13
筋肉さんから聞いた(脅し取った)情報を元に、スラムを探索すること三十分。やっと、情報屋さんの店にたどり着きました。
お店の外見は、今にも倒壊しそうな感じのボロボロのあばら家でした。一応、看板らしき板に、汚い文字で『情報屋』と書かれているので、間違いないでしょう。……これ、中に入った瞬間に壊れたりとかしませんよね? ちょっと不安になって来たんですけど。
ま、まぁ。それでも行かないというわけにもいきません。取り合えず、中に入りましょう。
中は……まぁ、外見同様にボロいですね。一部屋しかないようです。そして、そのボロボロの部屋の中央に置かれた円テーブルにの上に、一人の男が座っていました。
「………おう、客か?」
入って来た私に、鋭い視線が向けられます。彼が、情報屋さんなのでしょうか?
灰色の外套を纏い、鉛色の髪を無造作に伸ばしています。歳は二十代後半というところでしょうか? 種族が分からないので、外見からの判断になりますが。
特徴的なのは、やはりその槍の如き鋭い眼光でしょう。鈍色に光るその目は、情報屋というより、歴戦の戦士とかの方がよほど似合います。
さて、とりあえず彼が情報屋さんなのかどうかを聞きましょう。ここまで来て人違いだったら笑えませんし。
「貴方が情報屋で間違いないかしら?」
「ああ、俺が情報屋だ。名をフェイクという」
「フェイクね。覚えたわ。私はマリスよ。今日は欲しい情報があって来たの」
「だろうな。情報屋尋ねて酒が欲しいとか抜かす野郎はいねぇだろうし」
……なんとなく、馬鹿にされた気がしますが、気にしません。きっと彼は皮肉屋な性格なのでしょう。
そんなことより情報です。ええ、情報が手に入りさえすれば、目の前の男がどんな性格をしているかなど、些細な問題ですよ。
「で、どんな情報が欲しいんだ? その情報によって値段は変わるからな。中には目玉が飛び出るくらい高額な情報もあるが……まぁ、異界人の嬢ちゃんが知りたがるような情報じゃねぇか」
この人、私が異界人だとどうしてわかったのでしょう? 情報屋というくらいですし、【鑑定】とか【解析】みたいなスキルを持っているんでしょうか。
目玉が飛び出るくらい高額な情報……。貴族の隠された不祥事とかですかね? 確かに、そんな情報なら異界人にとっては無用の長物でしょう。その貴族と敵対している別の貴族とかにとっては、喉から手が出るほど欲しいモノでしょうが。
私が欲しい情報。それは、この町にジパング出身の人間がいるかどうかです。
私の考えた機工国ジパングへ行く方法。それは、ジパング出身のNPCについて『門の神結晶』で移動するというモノ。
トーリさんの先輩は、王都に行ったことが無い状態で、恋人と『門の神結晶』を使って王都に行ったと聞きました。
この事実から考えられることは、『NPCとプレイヤーでは、神結晶を使うルールが違うのではないか』ということです。例えば、NPCはその場に行ったことがある人間が一人でもいれば、集団でそこに行くことが出来る……といった感じです。
確証はできませんが……ことゲームに置いて、『完全に不可能』ということはありえません。もし直接ジパングにいくしか銃を手に入れる手段が無いのなら、初期武器で銃が選択できるはずがありませんから。
まぁ、後はこの町にジパング出身の者がいるかどうかですけど……どの世にも物好きな人はいるでしょうし、旅に出てそのまま偶然この町にいる人が一人二人いたとしてもおかしくはありません。国と国同士の交流が皆無とは言え、民間レベルで交流がゼロということは無いと思いますし。
「私が欲しいのは、この町にいる機工国ジパング出身の者、または機工国ジパング行ったことある者の情報よ」
「ほう……異界人は、よく分からない情報を欲しがるんだな。まぁ、その程度の情報なら、三万エリンでいいぞ」
「……情報の相場が分からないから何とも言えないけど、今回は貴方を信じさせてもらうわ」
その値段が本当に正しいのかどうかは、私では判断が付きません。ですが、ここで疑ってかかってもしょうがないですし、素直に三万エリン渡しましょう。
私が実体化させた三枚の金貨(これ一枚で一万エリン)を受け取ったフェイトは、懐から一枚の紙を取り出しました。……いやいや、今の一瞬でどうやって用意したんですか、それ。
「では、これがその情報だ。……くくっ、その様子を見ると、驚いてくれたみたいだな」
「え、ええ。今の一瞬でどうやって情報をまとめてこの紙に書いたのよ?」
「それは企業秘密だ。まぁ、スキルの組み合わせとだけ言っておこう」
なるほど、スキルを組み合わせれば、ああいう手品染みたことが出来釣ようになるということですね。……いや、やりたいかどうかは別としてですよ? 私は別に手品師になりたいわけではありませんし。
でも、スキルの組み合わせでいろいろなことが出来るなら、戦闘でも役に立ちそうですね。そういう意味では、いい情報がもらえたということでしょう。
では、さっそくその情報を見させてもらいますか……って、一人しか書いてないじゃないですか。A4くらいはありそうな羊皮紙の中央にポツンと書かれた名前とその人物についての情報。……何でしょう別にいいんですけど、ぼったくられた気分になってしまいます。
まぁ、通販で送られてる明らかに過剰な包装のようなものだと思っておきましょう。で、この一人だけなんですよね…………………………はい?
「…………この情報、確かかしら?」
「おう、仕事には手を抜かないことにしてるからな。完璧な情報だぜ? まぁ、その情報を貰ってお前がどうするかだけどな」
はぁ、そうですか。そうでしょうね。嘘であってほしかったですけど、これが真実ですかぁ……現実って世知辛いモノですね。ゲーム見たくうまくは……って、今ここはゲームの中でした!? なんたること……。
ああ、やることが増えてしまいましたね。これからどうするか……取り合えず、レベル上げ&スキル習得ですかね? なんとか、【隠れる】スキルを手に入れないと……。
「……はぁ、前途多難ね」
「くくっ、まぁ頑張るんだな。若人よ」
気楽な様子でそんなことを言うフェイクに、思わず恨みがましい視線を送ってしまいました。けれど、彼は面白そうに嗤うだけです。
もう一度貰った紙に目を通しました。やっぱり、はぁ、とため息が出てしまいます。
そこには、こう書かれていました。
―――――名前:なし。女、年齢は9~10歳。黒髪黒目。『ダハゴイラン商店』が最近仕入れた違法奴隷。
ですって。いやもう、本当にどうしましょうか?
◇◇◇
情報屋さんに別れを告げた私は、とりあえずフィールドに出ていました。場所は町の南側のフィールドです。フィールド名は、『山脈に続く道』。門を出てすぐに伸びる道を進んでいくと、遠くに見える山にぶつかるらしいです。
まぁ、あの山にはこのあたりとは比べ物にならないほどに強い魔物が住んでいるそうですけど。
「【祝福の刃】」
私は手にしたナイフに魔術を発動し、刀身を指でなぞります。すると、なぞった部分が淡く輝きを帯びました。刀身に魔力を付与し、強化する魔術、【祝福の刃】。この魔術を使ったナイフの一撃は、このあたりの魔物なら一撃で葬り去ることが出来るくらいです。
出現する魔物は、ゴブリンに狼型の魔物、グラスウルフ。そして、ゴブリンの上位種であるホブゴブリンがたまに、といった感じです。
今も、出現したゴブリンをナイフ一閃でコロコロしたところです。……ふむ、作業感がすごいですね。時折【蹴り】も使っていますが、こちらも二三発でコロコロ出来てしまいますし……。魔術に至っては、いまだに攻撃力のある魔術と言うものを覚えていません。
さて、今のでゴブリンを二十体。依頼分はこれで達成ですね。ここに向かう途中、冒険者ギルドで受けてきた依頼は、『ゴブリンの討伐』。ゴブリンを二十体コロコロしてこいという依頼です。この通り、特に問題なく終わりました。
……それにしても、私。このゲームを始めてから、戦闘らしい戦闘をしていませんね。ゴブリン相手だとただの駆除作業みたいなものですし、筋肉さんとガリネズミさんを相手にしたのが一番まともな戦闘と言えるかもしれませんね。VRMMORPGをやっているにもかかわらず、それはどうなんでしょうか?
駆除作業じゃレベルも上がりませんし……危険かもですが、トーリさんの言っていた『北東の森』に行ってみましょうかね? 森の中なら、【隠れる】のスキルを習得できるかもしれませんし。
……え? どうしてそこまで【隠れる】にこだわるか、ですか? それは勿論、あの奴隷の女の子を手に入れるためですよ。
私がジパングに行くには、取り合えず私が立てた仮説をためしてみるしかない。そして、その仮説に必要な女の子は、違法な場所に捕らえられている。……これはもう、盗み出すしかないでしょう。違法と銘打ってますし、奪ったところで何の問題もありませんね。ええ!
結構な数の魔物を狩りましたし、その素材の売却などをギルドで行った後に、『北東の森』に行ってみましょうか。
というわけで、冒険者ギルドに舞い戻った私。トーリさんに依頼達成の報告をして、報酬を貰いました。ゴブリン程度じゃはした金もいいところですね。ナンパ男の方が報酬が良かったです……って、ああ、ナンパ男はエネミーじゃありませんでしたね。
もう一つ、トーリさんから情報を仕入れました。それは、このあたりで出没する盗賊の情報です。
これは……まぁ、殺人症の解消のためですね。筋肉さんたちのように、犯罪者なら殺しても特に問題はないでしょうし、それに盗賊のアジトを制圧できれば、そこに捕まえて拘束した盗賊を放り込むことで、一日一コロコロ用の殺人症解消場に……いやまぁ、非道な行いですけど、効率は非常にいいですから……ね?
まぁ、盗賊を監禁して一日に一人ずつコロコロする計画は兎も角、『北東の森』に向かいましょうか。ポーション類はありますし、武器や防具の耐久度も問題無し。後は……【蹴り】用に丈夫なブーツでも買いますかね? ローファーだと攻撃力不足な感じがしますし。
というわけで、ブーツと、その他諸々の買い物を済ませ、『北東の森』へ出発! ……と、思ったのですが、残念ながら日が暮れてきてしまったので、宿屋に戻りました。夜のフィールドは出現する魔物の強さが上がるらしく、今のステータスで出かけるのはちょっと危ないですので。
そう言えば、ステータスの確認をしていませんでしたね。一応しておきましょうか。
====================
Name:マリス Gender:Female Race:人族
State:殺人症
STR:E+
DEF:E
INT:D
MIND:D
AGI:E+
DEX:E+
LUK:D
Skill:【ナイフLv10】【銃Lv6】【隠すLv7】【目星Lv3】【聞き耳Lv4】【魔術Lv7(移動不可)】【魔導書Lv4(移動不可)】【蹴りLv5】
AlternateSkill:【■■■■■■Lv6(移動不可)】
Equipment:鋼鉄のナイフ(STR) 初心者の銃(DEX) ホワイトブラウス(DEF) シルクスカート(DEF) ニーソックス(AGI) 革のブーツ(AGI) 紅黒のリボン(MIND) 収納付き革ベルト(【収納】) 『AL・AZIF』(MIND INT 装備解除不可)
Title:【Fランク冒険者】【『AL・AZIF』の契約者】【■■■■の福音】
====================
まぁ、順調ですかね? 攻撃を喰らうことが無いので、DEFがまるで育っていませんが……まぁ、回避特化型を目指しているということにしておきましょう。
今後、私がどういう風に成長していくか、なのですが……。銃が手に入るまでは、ナイフと魔術をとにかく育てていくしかないでしょうね。ステータス的には、私完全に魔法職なんですけどねぇ……。
宿屋の一室で、ステータス画面を閉じた私は、ふと自分の腰あたりに括り付けられた『ソレ』に視線を向けました。
『AL・AZIF』。
原作では、神を呼ぶ方法すら書かれているといわれるこの魔導書。そう言えば、手に入れてから一度も呼んでいませんでしたね。……いい機会ですし、ちょっと読んでみましょうか。
そう思い、私は腰のブックカバーから『AL・AZIF』を取り出し……って、取り出した途端に元の大きさに戻りましたね。もうなんでもアリって感じです。
ベッドに腰掛け、膝の上に置いた『AL・AZIF』の表紙を開きます。……この表紙が何で出来ているのかは、考えないようにしておきましょう。私の精神衛生上、その方がいいはずです。
部屋の照明は、小さなテーブルにのっている蝋燭の明かりのみ。文字を読むことはできますが、薄暗いことには変わりありません。
そんななか、開いた一ページ目に目を通しますが……あの、何語ですか? 学校で習う英語と嗜んでいたフランス語なら読めるのですが、全く持って知らない文字なんですけど……。
これは、専門のスキルが必要なのかもしれないと思いつつも、手持ち無沙汰なのには変わりないので、とりあえず読めない文字に目を通していきます。ページを埋め尽くす文字は、口で説明するのが難しい感じです。ただ一つ言えるのは、この文字には角がありませんでした。すべてが曲線で構成されています。
見ているだけで、どこかおかしくなってしまいそうな……。………………って、あれ? じっくりと見ていると、少しづつ……本当に少しづつ、意味が分かる……?
眺めているだけで、なんとなく意味が理解できていくような……もしかして、こうして読書をすることでスキルの熟練度が溜まっているということでしょうか? まぁ、読めるならばそれでいいんですけど。
書いてあることは……意味は分かるのですが、理解ができません。いえ、というより、理解することを拒んでいるような……?
暗く。悍ましく。恐ろしく。そして、ただただ冒涜的。それだけは分かりました。流石は世界最凶の魔導書ということでしょうか。
それに、読んでいるとこう、だんだんと本の中に吸い込まれてしまいそうな感覚を覚えます。なんとなくですが、長く続けているとよくないことが起こりそうです。解読のペースから考えて……とりあえず、今読んでいるページが読み終わったらやめにしておきましょう。
ジッと、文字の並びに視線を通し。
靄がかかっているかのように隠された意味を導き出す。
理解を拒みながら、それでも内容を頭の中に流し込んでいく。
そうして、たった一ページを読み終わるのに、実に四時間もかかってしまいました。
ですが、その成果として……。
《プレイヤー:マリスは魔術【不可視の鋭刃】を習得した》
さぁ、明日は『北東の森』での修行レベリング。それに備えて、今日は眠るとしましょう。