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 遠くなっていく背中。たなびく真紅のツインテールが視界から消えるまで、そう長い時間はかからなかった。


 私――フランには、それしか出来なかった。歩み去って行く親友にかける言葉は、どうしても見つからなかった。待って、と手を伸ばそうとしても、すでにマリスは手の届かないところにいる。



「……いっちゃったー」


「……なんというか、すごい子だったな」


「ふぇ……でもでも、世界を滅ぼすって……」


「……ん。あの目は、本気の目だった。マリスの言葉は、嘘でも何でもない」


「初対面で、とんでもないヤツだと思ったが、さらにとんでもないヤツだったな……というか、世界を滅ぼすとか、何を考えてるんだ!」



 ……多分、悪役として一番派手なことをしたいとか、そのくらいの理由だろう。この世界に恨みがあるとか、心の奥底に眠っていたとんでもない破壊衝動が目覚めたとか、そういう大層な理由は、何一つとして存在しない。


 彼女がマリス(彼女)を、世界を滅ぼす存在だと設定した。彼女がこのゲームの世界を滅ぼそうとしているのは、ただそれだけなのだ。


 はぁ、と内心でため息を吐く。言いたいことはいっぱいあるが、マリスの自信に満ち溢れたあの背中を見ていたら、何一つ言葉にはならなかった。


 けれど……これで、良かったのかもしれない。



「わらわが好きなのは……そういうおぬしじゃからのう」



 思わず、といったように言葉が口から漏れた。


 私の親友は、ああいう風に、自分のやりたいことを満喫しているときが一番輝くのだ。それを見ることが出来るなら、まぁ、この世界くらいなら対価として丁度いいのではないだろうか。


 本音を言えば、一緒にこのゲームを楽しみたかった。というか、このゲームを始めた理由の半分はそれである。マリス―――千寿朱音と一緒に遊びたかった。それだけなんだ。


 リアルでの私と朱音の関係は、親友ということになっている。しかし、それは私と朱音の間でしか知られていない間柄だ。


 学校での私と朱音は……ただのクラスメイト。それも、クラスカースト最上位と最低位という、明確な格差がある。


 学校での朱音は、女神様だ。勿論比喩表現ではあるが、実際に彼女のことをそう呼ぶ生徒は多い。


 整った容姿に、柔らかな物腰。成績はトップで、運動神経も良い。時折浮かべる優し気な笑顔で心を撃ち抜かれる者が、月にダース単位でいたりもする。そして、無理だと分かっていても告白してフラれる者も。……朱音の恐ろしいところは、告白が男連中だけでなく、女子からもされるところだろう。彼女の前では、性別の壁さえ無意味と化すのだ。


 誰にでも分け隔てなく優しくするその姿は、確かに女神と呼びたくなるほどの慈愛に満ちている。そんな朱音が学校一の人気者なのは、もはや神に定められた理か何かなのだろう。


 そして、私は……チビでオタクで、こののじゃ口調でキャラづくりをしないと会話もロクに出来ないという残念具合。


 他人とかかわらず、最低限の受け答えだけをして、学校ではいつも一人、自分を慰めるようにラノベを読んで過ごす。灰色というか、真っ暗な青春を送っていた。


 そんな私と、女神な朱音。普通に考えたら、この二人の間に接点などないように思える。というか、私自身、朱音と仲良くなるその時まで、そんなことは考えもしなかった。


 私たちが知り合い、そして仲良くなったのは……えっと、話すと長くなるから、簡単に言うと……。


 私が虐めに遭い、朱音がそれを解決してくれて、それがきっかけで朱音が話し駆けてくれるようになり、その内に家が近いことや、朱音が重度のオタクであることを知ったりするうちに……という感じだ。


 まぁ、学校の連中は朱音が私に話しかけることが気に食わないようで、それを私も朱音も知っているので、私たちが学校で親し気に接することはほとんどない。


 でも、この世界なら……ゲームの中なら、朱音と存分に遊べるかと思ったんだけどなぁ……。


 不満はある。けれど、マリスとしての朱音は、学校で猫をかぶっている時よりもずっと魅力的だった。あの姿の方が、素の朱音に近いのかもしれない。



「ギルマス、どうかしたか?」



 黙りこくっていた私に、ラーナが心配そうに声をかけてくる。おっと、そういえば皆がいることを忘れてたわ。なんとか誤魔化さねば……。



「うぬ? ああ、ちと……な。あの阿呆のことを考えておっただけじゃよ。まったく、世界滅亡を目論む悪役てなんじゃ。今どき子供向けアニメにも出てこんぞ?」


「そうだねー。変わった子だったね、マリスちゃん」


「いやいや、変わったで片付けていいのか、アレ?」


「み、皆さん。言い過ぎですよぅ。このゲームは、どう楽しもうと、そのプレイヤーの自由ってことになっているんですから」


「……ん。リセの言う通り。あれも一つのプレイスタイル」


「プ、プレイスタイルの一言で片づけるのもどうかと思うぞ、僕は」



 彼女たちは、マリスとは初対面。にもかかわらず、すでに彼女の存在が心に刻まれている。やっぱり、マリスはすごいや。天性のカリスマとも、魔性の魅惑ともいえる、ただそこにいるだけで人を引き付けてしまうのだ。


 マリスのすごさにうんうんとうなずいていると、ポンと肩を叩かれた。振り向いてみると、アイギスが心配そうな顔をしていた。どうしたのだろう?



「その……良かったのか? 彼女が、ギルマスが前に言っていた友人なのだろう?」


「アイギス……そうじゃのう……」



 そういえば、アイギスにはマリスのことを少しだけ教えていたんだっけ。「もしかしたら、リアルの友人がギルドに参加するかもしれないのじゃ」とか言ったんだった。すっかり忘れてたよ。


 確かに、マリスと一緒にこのゲームを楽しむことが出来るのなら、それが一番嬉しい。けれど、そのためにマリスのやりたいことを邪魔するような真似はしたくない。


 うーん、一番は私がマリスの手伝いをすることなんだけど……流石に、ギルドのメンバーをないがしろにするわけにもいかないしなぁ……。根気よく説得すればあるいは……? いや、皆なんだかんだで常識人だし、マリスのぶっ飛び具合についていけるか怪しいか。


 とりあえず、アイギスにはそれっぽいことを返しておこう。



「まぁ、いろいろと予想外じゃったが……、もとよりあ奴はああいうヤツじゃからのう。気にしてもしょうがないのじゃ」



 まぁ、私は朱音のそういうところが好きなんだけど。



「……そうか、ギルマスがそう言うなら、私は何も言わないでおこう」


「うむ、おぬしたちも、あ奴のことは気にするだけ無駄じゃぞ? 予想外と想定外、思考の斜め上を行くことを生き甲斐にしてるようなヤツじゃからな。さ、そろそろレベリングに戻るかのう。思ったよりも時間が掛かりよったし、よりハードにいくのじゃ」


「「「「うえー!?」」」」


「はっはっは、文句は受け付けんぞ? ほれ、行くがよい!」



 私がそう言うと、ギルメンたちは、ひゃーとフィールドに向かっていった。これ以上マリスに意識を奪われてると、その内彼女のことしか考えられなくなる恐れがあるからね。ウチの学校には結構いるからねー、朱音のことしか考えられなくなってる人。



「では、わらわたちも行くかのう、アイギス」


「ああ、早くβテストの時までステータスを戻したいものだ」


「三か月かけて上げたステータスじゃからのう……。まぁ、ノウハウがある分、前よりも早く上がるじゃろ」



 アイギスの言葉にそう返し、私もギルメンたちを追いかける。


 そんな中、ふと思い出したのは、先ほどの出来事。


 強引に抱きすくめられ、密着した身体に伝わる柔らかな感触。細くたおやかな指が顎に添えられ、くいっと持ち上げられたと同時に、もう少しでキスが成立してしまいそうなほどに近づいたマリスの顔。頬にかかる吐息。


 そして、耳に届く、やけに甘く感じた、マリスの声。蜜のようなささやきが、私の脳を犯し、次第に何も考えることが出来なくなり……。


 思い出しただけで、頬が紅くなることを抑えられない。そして、一度意識してしまうと、それを考えないようにすることは、とてつもなく難しかった。



「うぅ……アレは刺激的すぎたのじゃ……」



 ……私の通う学校には、朱音のことしか考えられないようになっている人がいると言ったな?


 何を隠そう、その筆頭は私自身なのだ。

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