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フランとの待ち合わせ場所である、中央広場に向かいました。図書館から約十分ほどでついたのですが……やっぱり、待ち合わせスポットなんですね。人が多いです。
広場の何処と指定していませんでしたし、この中からフランを探すのは結構骨が折れます。
というわけで、【目星】を使います。……けれど、視界に光っているところは見つかりませんでした。もしかして、判定失敗しましたか? しょうがないですね、地道に探すとしましょう。
とりあえず……広場の中心にある結晶体のところに行きましょうか。えっと、『門の神結晶』でしたっけ?
結晶の近くに、フランらしき人影はありませんでした。むぅ、待ち合わせていうから、この目立ち過ぎなくらい目立つ結晶体のところにいると思ったんですが……。
「それにしても……不思議な色をしているわね、コレ」
町と町の間を移動することのできる『門の神結晶』は、見る角度によって色が変わる、所謂玉虫色をしていました。一体、何で出来てるんでしょうね? それとも、この世界にはこういう色をした鉱物があるのでしょうか?
「むっ、そこにおったのか」
「……あら、フラン?」
私が『門の神結晶』を眺めていると、横合いから声をかけられました。振り向いてみれば、先程までチャット画面に映っていた顔がそこにはありました。どうやら、探しに来てくれたようです。
何しとるんじゃ? と小首をかしげるフラン。さらりとセミロングの白髪が揺れ、くりくりとした瞳が私を見つめてきます。動きに合わせて、三角形の耳がぴょこんと動きました。
着ているものは、和服ドレスとでも言えばいいんですかね? 黒色の生地に桜吹雪が舞っています。下半身は袴風のミニスカート。こちらも色は黒です。
……嗚呼、相変わらず可愛らしいですね、私の親友は。見ているだけで癒されます。特にちっちゃいところがベリーグッド。特徴的なのじゃ口調もあざといですがむしろそれがいい。
くっ……! ダメですね、欲求が抑えられそうにありません。なでなでしたい……!
というわけで、欲望に屈したいと思います。ほーら、なでなでー。
「ちょっ! おぬし! 唐突に撫でるでないのじゃ!」
「ちゃんと私のところまで来れたのね。偉い偉い」
「話聞いておるのかおぬし!? というか、子ども扱いするでないわ!」
「なでなでー、なでなでー」
「ええい! 人の言語で話せこの阿呆が! というかこのくらい、自力で離脱して……!」
と、私のなでなでから逃れようとするフラン。ですが甘い! フランの動きに追いすがり、さらには行動を阻害するようにステップ。私の足運びに翻弄され、フランは思うように動けません。
ふっふっふ、その程度で私のなでなでから逃れられると思ったら大間違いです!
「くっ……、こんなところでその無駄な能力の高さを発揮するでないわ! というか、いい加減頭を撫でるのをやーめーるーのーじゃー!」
「いーやーよー」
うふふ、と笑う私に、ぐぬぬ……と悔し気な表情を浮かべるフラン。そんな表情もまた可愛い……。結論、フランは可愛い。
その後、可愛い可愛いフランちゃんを思う存分なでなでもふもふごろごろし、一通り満足した私は、フランを解放しました。
「ふぅ、満足した」
「うにゅぅ……。ひ、酷い目に遭ったのじゃ……。……まぁよい、口調も雰囲気も変わり過ぎなくらい変わっておるが、おぬしが間違いなくおぬしだと確信できたからのう」
「むっ、なんか今とても納得のいかない納得のしかたをされた気がする。また撫で繰り回してやろうかしら」
「やめんか! はぁ……おぬしはどーしてこー、いろいろと残念なのじゃ……。才色兼備、容姿端麗、文武両道、成績優秀、素行良好、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。学校の連中に一声聞けば、あれよあれよと賛辞の嵐。欠点らしい欠点と言えば胸が無いことくらいなのにのぅ……」
「喧嘩を売っているのかしら? 売っていると判断するわよ? あと、私は『無い』訳じゃなくて『慎ましい』だけよ。どこかの洗濯板ちゃんと一緒にして欲しくはないわ」
「ほう、いい度胸じゃのおぬし」
「あ?」「お?」と笑顔でメンチを切る私とフラン。心なしか、周りにいた人たちが私たちから距離をとっているように感じます。
ですが、今のフランの一言は、私の超えてはいけない一線というものを超えてしまいました。これはもう、戦うしかありません。
「あっ、いたいた! おーいギルマスー! 何してんのー?」
一触即発の雰囲気を醸し出していた私とフランの間に、突如そんな声が聞こえました。聞き覚えのない声ですが……ギルマス?
「むっ、サツキか」
その声に反応したのは、フランでした。ということは、この声の主はフランの知り合いということですね。そしてフランが……ギルマス? 何のことでしょう。
声の方に振り返ってみると、こちらに向かってくる女の子がいました。身長は私よりも高い160センチくらい。フランの身長? えっと……140あるかないかくらいです。ちっこ可愛いですね。
橙色のくせっ毛をショートカットにしており、こう、にぱーって感じの無邪気な笑みを浮かべています。身に着けているのはチューブトップに丈の短い半袖のジャケット。おへそのチラリズム、いいと思います。
下半身はショートパンツをはいており、足元には編み上げブーツ。健康的な脚線美は見事の一言ですね。
そしてこの少女……大きいです。どこがとは言いませんが。ええ、言いませんけど、周りの野郎どもの視線が釘付けになる程度には大きいです。
装備から察するに、斥候職ですかね? 武器は、腰裏に差している二本のダガーでしょうし。
その少女―――サツキは、私たちの側に来ると、フランに話しかけました。
「もう、知り合いを探してくるって言ったきり戻ってこないから、心配したよー」
「おお、それはスマンかったな。ちとこやつと話しが弾んでしまってのう」
「そうだったのかー。って、何この子! メッチャ可愛いー!?」
「あら、そう? 褒められて悪い気はしないわね。ありがとう」
私の方を見て驚くサツキ。容姿を褒められることは多いですが、こうしてドストレートに言われると、結構照れますね。まぁ、顔には出しませんが。
「サツキ、でよかったかしら? 私はマリス。そこにいるフランのリアフレよ」
「うん、アタシはサツキだよー。ギルマスのギルドのメンバーなんだー。よろしくね、マリスちゃん」
「ええ、よろしくお願いするわ」
笑顔を浮かべたサツキが差し出してきた手を取り、握手をしました。ふむふむ、サツキは笑顔が可愛い子である……と、脳内メモに書き込みます。
「それでフラン? ギルマスってどういうことかしら? 貴女、ギルドを作っていたの?」
「あー……そういえば言ってなかったのう。そうじゃな、わらわはギルド『百花繚乱』のギルドマスターをしておる」
「へぇ、ということはフランは、《黒閃の剣帝》みたいに結構有名なプレイヤーだったりするのかしら?」
「いやいや、わらわはどこにでもいる普通の……」
と、何でもないように言うフラン。しかし、伏兵は思わぬところにいました。
「ギルマスはねー、《桜花乱舞》っていう二つ名を持ってるんだー。近接戦闘だけなら、βテスター最強じゃないかって言われてるんだよー?」
「こりゃ、サツキ! そういうことをほいほい言う出ないわッ!」
「えー、だってそうでしょー? ギルマス、ちっちゃいのにすごく強いでしょー? それに、戦い方がすごく奇麗で、まるで踊ってるみたいでねー。あとあもがっ」
「それ以上の発言は許さん!」
サツキに誤魔化そうとしたことを暴露され、フランが慌てて彼女の口をふさぎます。けど、一歩遅かったですね。
ほっほーん、そうですかぁ。フランは二つ名持ちだったんですかぁ。しかも《桜花乱舞》なんてかっこいい感じの二つ名を、ねぇ……?
へぇー、私、そんな話一言も聞いていませんねー? おかしいなー? どうして教えてくれなかったのかなー? 悲しいですねー?
「うぐっ……そ、そんな目で見るでないわ。大体、おぬしに教えたら絶対からかうじゃろうが!」
「あら、心外ね。私、そんなことしないわよ? というか、かっこいい二つ名じゃない……《桜花乱舞》のフランさん?」
「ぬおおおおおお!? やめるのじゃアアアアア!? それ、ものっそい恥ずかしいんじゃぞ!?」
「知ってるわよ?」
「こンの、悪魔めぇええええええ!」
とってもいい笑顔を浮かべて見せれば、フランはうがぁああああ! と叫びながら頭を抱えます。
はぁ、とっても楽しいです。こうして可愛い子や面白い人をからかうのは私のオタク趣味以外の唯一の趣味と言ってもいいかもしれません。……え? 悪趣味? あはは、ほっといてください。
「くすっ、冗談よフラン。けれど、貴女がギルドを作って、そのトップをしていることくらい、教えてくれてもいいじゃない?」
「じゃって、おぬし二つ名のこと知ったら絶対にからかうじゃろ!? 現にからかったし!」
「それはまぁ……私の生きがいのようなものだし?」
「ほんっとおぬしは悪魔じゃな! 何がどうすればそこまで性根がぐんにゃぐにゃになるんじゃ!」
「酷い言われようねぇ……。でも私、《桜花乱舞》って、貴女によく似合ってると思うわよ?」
「ほら見たことか、すぐにそういうことをいう……」
あらら、ちょっとからかい過ぎましたかね? まぁ、警戒心マックスな姿も、子犬が威嚇しているようで可愛いことには変わりないんですけどね?
けれども、私の言葉に嘘はありません。本当に、本心から似合うと思っています。
というわけで、それを分からせてあげましょう。
私はフランの意識の隙間をつき、瞬時に接近。フランの腰を片手で抱きしめ、顎にそっと指を添え、くいっと上を向かせます。最後に、顔を寄せて―――
「《桜花乱舞》。舞い踊る桜の花。風に踊る花びらは、優雅で壮大で、それでいて儚い。その小さな体に、可愛らしさも力強さも兼ね備えたフランには、ピッタリだと思うわ」
「ふおっ!?」
「それに知ってる? 桜の花言葉。色々あるけど、『純潔』や『優れた美人』とか、フランに当てはまると思わない? どこからどう見ても無垢で穢れを知らないであろう『純潔』。誰かの上に立つことが出来るほどの能力と器を兼ね備えた『優れた美人』。……どうかしら?」
「ど、どうっておぬし……」
「あら、まだ足りない? それなら……」
「だぁあーーーーーッ! 分かった! おぬしの言いたいことは十二分に分かったのじゃ! だから、早くわらわを離すのじゃ! これ以上はマズいのじゃー! いろんな意味でぇー!!」
ふふっ、分かって貰えたようで何よりです。腕の中でじたばたともがくフランを、パッと解放してあげます。
ぎゅいんッ! と私からかなりのスピードで距離をとったフランは、「ふがーッ!」と真っ赤な顔でこちらを睨んできます。そんなフランの様子を見て、頬をわずかに染めたサツキが、思わずといったようにつぶやきました。
「おおー……。ギ、ギルマスがやり込められてるー……」
「うるさいのじゃ! つーかサツキ、見とったんなら助けるなりなんなりして欲しかったのじゃ……」
「あははー、ごめんねギルマスー。……とても入り込める雰囲気じゃなかったよー。皆もそう思うでしょ?」
ん? 皆って誰のこと……って、いつの間にかサツキさんの後ろに四人、見知らぬ人がいますね。これは、もしかして『百花繚乱』のメンバーなのでしょうか?
「っ……、あ、ああ、そうだな。サツキの言う通りだ……」
そう、フランと同じくらい顔を真っ赤にして言ったのは、全身鎧を身に着けた女性です。青色の髪を頭上でまとめており、可愛いというよりは美人な顔立ちをしています。背も高くすらっとしており、モデルさんのようです。
「ふわぁ……す、すごいモノ見ちゃいましたぁ……」
と、フラン以上に顔を真っ赤にし、手で顔を隠しつつも指の隙間から覗くというなんともベタなことをやってのけている、神官服の少女。こちらは輝かんばかりの金髪を背中まで伸ばしており、背丈や体型は私とあまり変わらないくらいでしょうか?
「……ん。いい百合だった。グッジョブ」
ぐっ、とサムズアップして見せたのは、黒いローブにとんがり帽子という、見るからに魔女という恰好をした眼鏡の少女。帽子の下のおかっぱ髪は黒色でした。なんというか、趣味の合いそうな子です。
「な、なななな……! 何をしているんだ君は! こ、公衆の面前で、そんな……! は、破廉恥なことを……!!」
そういって顔どころか肌が露出している部分すべてを赤くして、私に指を突き付けてくるのは、こげ茶色の髪をした中性的な顔立ちの少女。顔立ちは中性的ですが、体つきは大変女性らしいです。真面目そうな容姿を裏切らず、真面目な人のようですね。そして初心です。破廉恥とか最近はあんまり聞きませんよ。
なるほど、彼女たちが『百花繚乱』のギルドメンバーであり、この世界のフランの仲間というわけですか。……何といいますか。
「個性的なメンバーね、フラン?」
「おぬしが言える義理は無いとおもうのじゃが……まぁよいわ。せっかくじゃし、皆におぬしを紹介することにしようかの」
「自己紹介くらい自分でするわよ。……というわけで、サツキにはさっき言ったけど、私はマリス。フランのリア友よ。よろしく」
簡潔な自己紹介。最初に返事をしてくれたのは、全身鎧のお姉さんでした。
「マリスさん……というのか? 私はアイギスという。『百花繚乱』の副ギルドマスターとメインタンクを務めている。えっと、それでだ……気持ちは分かるが、あまりギルマスで遊ばないでやってくれ。見ていると中々不憫に思えてくる」
「ふふっ、前向きに検討させてもらうわ」
「要するにやめぬということじゃろう? 知っておったわ」
続いて、神官服の子です。まだ赤みの引かない顔のまま、私のことをちらちらと見ています。
「あ、あの……わたしは、リセです。このパーティーのヒーラー兼バッファーです。よ、よろしくお願いしますっ」
「ええ、よろしく。……可愛いわね、この子」
「手を出すのはやめるのじゃよ? 絶対にやらせんからな」
「ふえ!? わ、わたしもあんな風に…………はふう」
「あら、気絶したわね。一体何を想像したのかしら?」
「リセはピュアじゃからのう……。おぬしの存在はちと刺激が強過ぎたのかもしれんな」
「まるで私がピュアじゃないみたいな言い方ね。心外だわ」
「ぬかしおる」
続いて、魔女の女の子です。キュピーンと眼鏡を光らせた彼女は、私の前に来ると、すっ……と手を差し出してきました。握手ですかね? とりあえず、差し出された手を握ります。すると、結構勢いよく握り返されました。お、おう?
「……私、ラミリス。いいものを見せてもらった。あんなに可愛いギルマスを見るのは久しぶり。マジでグッジョブ」
「喜んでもらえたようで何よりよ。ふふっ、なんというか。貴女とは仲良くなれそうね」
「……同感」
「……あー、この二人は、一緒にしちゃあいかんかったかのう……」
「「ふっふっふっふ……」」
「その笑い方はやめてくれんかのう……! 嫌な予感しかしないのじゃ……!」
さて、最後はあの真面目そうな女の子です。未だに頬は真っ赤です。私からぷいっと顔をそむけています。
「ぼ、僕はラーナだ。ギルドでは、生産職兼バックアタッカーを務めている。あと……ああいった破廉恥な真似、僕は嫌いだからな!」
「そうなの。けれど、私は好きよ、ああいった真似。貴女にもしてあげようかしら?」
「け、けけけ結構だぁ!」
「遠慮なんてしなくてもいいのに……それとも、照れてるのかしら?」
「ひぅううううううう!?」
「やめんか阿呆」
「あ痛っ」
これで、全員分の自己紹介が終わりました。
……なんというか、自己紹介だけで随分と危険視されてませんかね、私。ラーナとかアイギスとかの警戒の眼差しがビシバシと……。ラミリスは、最初から友好度が高い感じなんですけどね。サツキは……ラーナ、アイギスとラミリスの間くらいですね。リセちゃん? まだ気絶中です。
「フラン、『百花繚乱』のメンバーはこれで全員なの?」
「そうじゃな、わらわのギルドは少数精鋭が売りじゃからのう……というのは建前で、身内でわいわいするのが好きなだけじゃよ」
「なるほどね。なんだか、フランらしいわね」
この子は、あまり大人数と一緒にいることを好みませんから。学校でもそんな感じですし。
「へー、マリスちゃんとギルマスって、本当に仲が良いんだねー」
「まあの、一応親友じゃし?」
一応って何ですか。そこはちゃんと親友って言ってくださいよ。またなでなでしますよ? 今度は頭だけで済むと思わないでくださいね。
「……なんか、寒気がしたのじゃが……。こほん、それでなんじゃがのう、マリス。おぬしに一つ提案があるのじゃよ」
そういって、フランは私の方をじっと見つめてきました。このタイミングで出てくるであろう提案。それは……。
「ギルドへの勧誘かしら?」
「ほう、察しがいいのう。その通りじゃよ。で、どうじゃ? わらわの『百花繚乱』に入ってくれんかのう?」
「ふぅん、それはありがたいお誘いね……」
そう、フランがそういってくれるのは嬉しいです。とっても嬉しいですけど……今の私は、マリス何ですよ。この世界を滅ぼすために、世界を敵に回そうとしている私マリス。
さすがに、そんな私が彼女たちの仲間になることはできないでしょう。それに、私はこの命題テーマを一人でやり切ると決めたのです。
……たとえ、親友を敵に回すことになっても。
さて、それでは始めましょうか。ここからは、フランの親友である私朱音ではなく、世界滅亡を目論む悪役である私になりましょう。
一瞬だけ瞼を閉じ、それを開いたときには、すでに私朱音は私マリスに変わりました。
さぁ、ロールプレイの始まりです。
「――――――悪いわね、フラン。その話を受けることは出来ないわ」
うっすらと笑みを刻みながら、そう言い放ちます。『百花繚乱』のメンバーは私の雰囲気が変わったことに戸惑った様子を見せています。
その中で、唯一動じていないのは、フランです。私の変化をみて、「ああ、やっぱり」とでも言いたげな顔をしています。
「……まぁ、半分くらい予想しとったがの。その様子からするに……おぬし、本気じゃな? 本気で命題を実行しようとしておるのじゃな?」
「ええ、その通りよ。流石はフランね。私のことをよく分かってるわ」
「不本意ながら、のう……。本当に世界を滅ぼすつもりなんじゃな、おぬし」
世界を滅ぼす。その言葉が出た時、私とフラン以外の全員が、「何を言っているんだ」という顔をしました。
そして、皆の代弁者として、アイギスさんがフランに問いかけました。
「あの、ギルマス。それはどういう意味だ? その、世界を滅ぼすというのは……」
「そのままの意味じゃよ。この阿呆は、己の命題を『世界を滅ぼすこと』と定めたのじゃ」
「…………はぁ!?」
アイギスさんから、素っ頓狂な叫び声が上がります。けど、そこまで驚くようなことですかね? 多くのプレイヤーが参戦しているゲームですし、一人くらいそういう人がいてもいいと思いません?
「せ、世界を滅ぼすって……いや、まずそんなことが可能なのか?」
「命題として認められ取るということは、可能なのじゃろう。どうやるかはさっぱりじゃが……マリスの様子を見る限り、手段くらいならすでに掴んでいそうじゃのう」
どうなんじゃ、と視線で問いかけてくるフランに、私は意味深な笑みを返しました。私の笑みを受けたフランは、呆れを多大に含んだジト目を向けてきました。
「これはもう間違いないの……。はぁ、やめじゃやめじゃ。こんな危険人物をギルドに入れられるか」
「ふふっ、それが賢明な判断よ。フラン」
「全く……となると、今回は『悪役』といったところかの? なんでまたそんなものを選んでしまうかの……」
「『秩序混沌、善悪すらも自由』。それがこのゲームのうたい文句でしょう? それに、普段とは違う自分になるのが、ゲームの醍醐味というものじゃないかしら?」
私が笑みを崩さずに言い切ると、フランは深い……深淵の如きため息を吐きました。
「はぁ~~~~。おぬしというヤツは……。まぁよい、とりあえず、ギルドに入るという話は無しじゃ。おぬしもそれで構わんじゃろう?」
「ええ、構わないわよ。もともと、ギルドへの所属は考えていなかったしね。……さて、じゃあ私はこの辺でお暇させてもらうわね。世界滅亡までの道は険しいもの、やることは山積みよ」
「そうかそうか、せいぜい頑張るのじゃ」
「そうさせてもらうわ。それじゃあ、フラン。それにお仲間さんも。ごきげんよう」
そういって、私はフランたちに背を向けます。足取りはしっかりと、背筋を伸ばし、決して振り返ることはしません。
さぁ、私マリスの目的と考えを知った彼女たちは、どうするんでしょうか。私の命題テーマの障害になるのか、はたまた私に協力してくれるのか。……まぁ、後者はありえませんか。
彼女たちは、皆このゲームが……この世界が好きだからこそ、この世界を訪れているのでしょう。私が使用としているのは、彼女たちが好きなモノを破壊する行為。それを受け入れるなんてことが、あるはずがありません。絶対にありえません。
けれど、私の方も、今の宣言で覚悟が決まりました。絶対に退かないという覚悟、なんとしても命題を実行して見せるという覚悟が、しっかりと形になり、この胸に宿ったのです。
ここからです。ここが、スタート地点。
私にとっての出発点は、今、この時でした。
さぁ、命題を実行しましょう。