土竜とうどん
おうどん食べたい
月の無い真っ暗な夜、老いぼれのジジイにゃ寒さが凍みる冬の事です。
そろそろ暖簾を下げてうどんの仕込みをしようとした時、誰もいないのに入り口が動いたんです。
気味が悪いなァと思って店に戻ると、カウンターの上に薄汚れた外套を着たどんぶりより小さい人が大きな硬貨を抱えて腰かけてて、あたしを見るなり品書きを指差して言うんです。それは人の言葉じゃあありやせんでしたけども、明確な意思を持っていましたよ。
あたしゃ、ああこれは下手に騒いじゃいけないな、下手をしたら神様の祟りがあるって思いましてね。慌ててきつねうどんを拵えて差し出したんです。
小さな人は布団のようなおしぼりに小さな小さな手足を押し付け、人間の真似事でもするかのように組み付いていやしたけども、小鉢にうどんを3本ほど掬った小さなきつねうどんと短く切った爪楊枝の箸を見て小さな人は頭巾を脱いで、にぃとこちらに笑い掛けたんです。
綿毛のようにふくふくとした髪が顔の大半を隠しちゃいましたが
あたしには愛嬌のある突き出した鼻の女の子が「いただきます」って言った気がしましたよ。
1本の麺を半分ほど啜ってから頬をほんのりと染めて、彼女が惚けると、こっちにも余裕が出ましてね。あたしゃ小さな人の様子を見つつ、明日の仕込みをすることにしたんです。
小さい人は爪楊枝の箸を器用に使って油揚げを齧ると首を振り
出汁の中から麺をつまみ上げて口いっぱいに咥えましてね
半分ほど啜っては噛みきり、
半分ほど啜っては噛みきり、
半分ほど啜っては噛みきり、
1本の麺を一気に飲み込み、
最後にお揚げを口に放り込むと自身の満腹さ加減に気がついたのか、
腹がくちくなったのかは分かりやしませんが
小さな人は硬貨を1枚足元に置くとのそのそとカウンターから椅子へ、
椅子から腰壁の凹みへと伝い降りカラリカラリと扉を引いて去って行ってしまいましたよ。
あたしゃハッと我に返ると慌てて後を追いましたが、田舎の薄暗い夜です。
上空を遠近感が狂ったような、妙に大きな梟が獲物を抱えて飛び去っていくのが見えるばかりであの小さい人の姿はどこにも見当たりゃしないんです。
鬱蒼とした森の中で蛙が妙に重い音を立てながら跳んでいる。
ガードレールをべったりと腹でへし折って古びた林道へ飛び出し、轟音と共に崩れ落ちていくガードレールとは裏腹に、軽乗用車ほどある蛙がアスファルトを軋ませながら進む。
蛙の目線には地面に潜っていく土竜が映っていたが、梟の目線にはでっぷりとした蛙が映っていた。