第九十八話「酔っ払っちゃダメね」
「ルル、一人で大丈夫?」
「ゔぅぅうううう……う、う〜」
ルルは朝から唸り声しか発しない……。
完全に二日酔い。
ルルは昨日、二回吐いた。
食堂を出てすぐとギルドの部屋に戻ってから。
沢山食べたせいかビックリするくらいの量を。
外では土魔法で地中に埋めた。
部屋では土魔法で急遽器を作り受け止めた。
それは蓋をかぶせといて、朝になってから外に出て地中に埋めた。
土魔法、大活躍。
それにしてもルル、聞けばお酒を飲むのは昨日が初めてだったみたいなのよ。
全くなにやってんだか……。
あと、ブライトンさんは昨日ギルドを出たきり戻ってこなかった。
今朝も見かけていないので、しばらく戻れないのかも知れない。
そんな訳で結局ブライトンさんに昨日のことを報告できていないのよね。
そんな状態なんだけど、結局はブライトンさんに内緒にする形で外出することになった。
だって銀一が譲らないんだもん。
本当は誰かに受け取りに行ってもらうつもりでシャムロさんと話したんだよ?
でも今日は手隙の人がいないとの事で、仕事を終えてからシャムロさんが取りに行くと言ってくれたんだよね。
そしたら銀一が待ち切れないと……。
銀一のリボンへの執着の凄まじさに改めて驚かされたよ……。
ま、実際良く似合ってて可愛いんだけどね。
ファブリーはバザールの手前にあるから、小一時間で行って帰ってこられる。
シャムロさんもまさか私が誘拐されてたなんて知らないから、場所の近さもあって簡単に許してくれた。
でも、問題は二日酔いのルルなのよ。
今も辛そうだから一人にするのは可哀相。
「ルルは自業自得だよっ。それに寝てればそのうち良くなるって。イオン、ルルは大丈夫だから早く行こ」
「でも……」
銀一は厳しい。
てか、ルルよりもリボンが大事なのだろう。
ルルが助けを求めるように辛そうな顔で見てくる……。
「ルル、これ以上足を引っ張るなら群れから追放だからなっ」
「ゔゔっ……うぐぅ〜」
銀一から更に厳しい言葉が飛ぶ。
追放が効いたのか、ルルは頭からすっぽりと布団をかぶってしまう。
「ルル、新しい器ここに置いとくからね?」
さっき新たに土魔法で作った器を水差しの横に置いておく。もちろん蓋つきで。
ルルはちょこんと顔を出して小刻みに頷いた。
まあ言っても外出は小一時間だし、ルルも今は寝てるしかないからね……。
そう言い聞かせてウキウキの銀一に続いて部屋を出た。
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「おや、もう来たのかい?」
ファブリーに着くと店主のセードルフさんが驚きながらもにこやかに迎えてくれた。
「実は今日は来れないのかと思ってたから、注文の品は後で取りに行きがてらギルドへ届けようと思ってたんだよ。やっぱり少しでも早い方がいいと思ったからね?
そんな訳だからここには注文の品がないんだよ。こんな事なら出来上がり次第持って来てもらえば良かったねぇ……」
ポリポリと頭を掻きながら申し訳なさそうに言うセードルフさん。
確かに今日は来れないかも知れないと言っちゃったもんね、私。
それなのにまさか午後一で来るとは思ってなかったわよね……。
「おぅい、ジェズ、今から大至急アトリエに走って、レイから昨日の注文の品を受け取って来ておくれっ」
セードルフさんが奥にいるジェズさんへ声をかける。
「おぅい、ジェズ。おぅい……?
荷下ろしでもやってるのかね……。ちょっとここにでも座って待ってておくれ?」
セードルフさんは自分が座っていた椅子を私に勧めると、首を傾げながら奥へと歩いていった。
なんだか立て込んでる時に来ちゃったのかしらね、私……。
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ー店の奥の話し声ー
「親分、まさか昨日の今日でのこのこと現れるとは思いませんでしたね?」
「また親分などと……。
まあ、お前の言う通りだ。しかも厄介なチビが居ないときてる。これは昨日のしくじりを取り返すどころか、ツキが回って来たかも知れんな?」
「しかしあのホーバキャットも厄介なんですよねぇ?」
「そうなんだ、ジェズ。それがあるから、お前にはシェリルを呼んで来てもらいたいんだよ。
なぁに、あのホーバキャットは※マダーヒュで気をそらすつもりだから、あくまで念の為なんだけどねぇ」
「確かにマダーヒュを出しときゃ何とかなりますね?
それじゃ注文の品はどうしましょう?」
「あれはレイに持って来させればいい。あれを試着させてる隙に捕らえるつもりだからねぇ」
「そうでした、そうでした。では親分……じゃなく旦那様、早速ひとっ走り行って来ます」
「そうしておくれ」
※マダーヒュ
山ならどこにでも自生している植物で、その果実は美味とは言い難いが香り良く栄養豊か。
疲れた旅人はマダーヒュを摂る事でマタタビをしようとの活力が湧く事から、街道沿いに植樹されていたりもする。
また、ネコ科の動物はマダーヒュから発せられる臭気物に恍惚を感じる事が広く知られている。
えーと、要はネコが好きなアレですね……。
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「今ジェズを使いにやったので、品物は直に届きますよ?
それまでお茶でも飲んで待ってましょう?」
セードルフさんが湯気の上がるカップを手に戻ってきた。
ちょっと前からフルーティないい香りがしていたけど、その正体はフレーバーティーだったみたい。
こっちの世界でもフレーバーティーがあるのね!
お店は厳つい軍物屋さんだけど、セードルフさんの趣味は意外と乙女チックなのかも知れないわね?
ハートのクッキーとか焼いてたりして?
フハァフハァフハァフハァフハァフハァ……
ん?
何の音かと思ったら銀一が高速で鼻を鳴らしていた。
目なんかトロンとしている。
「フフ、そうだったね。この子はホーバキャットだったね?」
セードルフさんが可笑しそうに笑う。
ホーバキャットだと何かあるのだろうか?
「このお茶にはゲラバニハにラハンナ、そしてマダーヒュが入っているんだよ?」
ネタばらしするように言ってるけど、ラハンナはわかるけど他が何のことやらで、全然ネタばらしになってないよ……。
「ちょっと待ってておくれ、確かマダーヒュスティックがあったから持って来てあげるよ」
フハァフハァフハァフハァフハァフハァ……
高速で香りを嗅ぎ続ける銀一……。
てか、ちゃんと息を吐かないと死んじゃうよ?
「ちょっとギギ大丈夫?」
フハァフハァフハァフハァフハァフハァ……
私の声が耳に入らないくらい興奮してるんだけど……。
ちょっと怖いくらいなんだけど……。
「ほら、これはどうだい?」
セードルフさんが葉巻みたいな小さな棒を銀一に差し出すと、銀一は棒に向かってまっしぐらに駆けていく。
そしてセードルフさんから奪い取るように咥えて、そのまま部屋の隅へと駆けていった。
「マダーヒュはネコ科の動物や魔物にとっては堪らないみたいでね、一種の媚薬的効果があるんだよ?」
ポカンと見ていたら、セードルフさんが説明してくれた。
ってことは、マダーヒュはマタタビみたいなものなのかな?
「あ、あれって危険なものではないんですか?」
「ああ、それは心配ない。相当量摂取させたら分からないけど、あの程度の量なら気持ち良くなる程度だからね?
あれはネコ科の魔物に襲われた時に使うものなんだけど、そもそも殺傷目的ではなく、ああやって気をそらしている隙に逃げる為のものなんだよ」
確かにあれだったら余裕に逃げられるわね……。
銀一は実際、クネクネ体をくねらせながらゴロゴロ転がって棒と戯れいてる。
まさにメロメロ。
「フフ、人間はあんなになったりしないから、安心してお飲み?」
「は、はあ……」
思わずカップに疑いの目を向けていた。
セードルフさんは毒味をするように先に飲んでみせる。
「マダーヒュをお茶に入れるのは、香りと言うよりもその作用にあって、血行を良くして疲労回復してくれるんだよ。それに強精効果もあるって話でね……」
「…………」
セードルフさん、最後のカミングアウトは要らないし……。
ま、要するに身体にいいってことね?
「美味し……」
「フフ、でしょう?」
一口飲んでみると、爽やかな柑橘系の香りの中にふんわりバニラのような甘い香りが広がり、すーっと鼻へと抜けていく。
お茶自体もスッキリした甘さがあるので、香りがケンカすることなく共鳴している。
すんごく美味しい。うん。
しかも身体にいいときてる。
「これってどこで買えるんですか?」
思わず聞いてしまった。
でも、これは聞かずにいられない。
「いや、これは私が配合して作っているんですよ」
セードルフさんの女子力、半端ない。
てか、銀一の目が酔っ払いみたいにトロトロなんですけど……。




