第九十六話「救いの音」
どうしよ……。
外はすっかり暗くなっていた。
脱出したはいいけど、考えてみたら王都には昨日着いたばかりで右も左もわからない。
しかもこんな暗くちゃ例えギルドの近くだったとしても見分けがつかないよ……。
とにかく遠くにお店かなんかの灯りが見えるので、とりあえずそこを目指すことにする。
大抵の人はギルドの場所くらい知ってるはずよね?
「……だから今はイオンを探すのが先だって!」
「でもギギも見ただろ? アレは絶対アイツだぞ! このまま人間如きにコケにされてたまるかっ!」
駆け出してすぐ、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
暗くてはっきりとは見えないけど、あの見覚えのある小さなシルエットは銀一とルルで間違いない。
揉めてる原因は今の会話で容易に想像できる。
どうなるか見ていたい気もするけど、今はそれどころじゃないのよね……。
「ギギ、ルル、ここから離れるわよっ!」
「イオンっ!」
こちらを向いていた銀一がすぐに私に気づいて駆けてくる。
「何してたんだイオン、ずっと探してたんだぞっ」
ルルが腰に手を当てながら頬を膨らませる。
私よりイケメン忍者で頭がいっぱいだったくせに……。
「詳しい話はあとよ、とにかく早くここから離れましょ」
手短に言ってルルの手を取り走り出す。
「お、いたぞ! こっちだみんな、早く追えっ!」
後ろから男の人の声がした。
見ると建物と建物の隙間から続々と黒い人影が出て来るのが見えた。
その瞬間、ボワっと私の周りが明るくなった。
そしてブワンと唸りを上げながら男の人たちに向かって火炎球が飛んで行く。
「うわっ、逃げろっ!」
黒い人影がボーリングのピンが弾けるように紙一重で避けると、ドガーンと轟音を立てて建物の壁が砕け散った。
「小癪なっ!」
「ルル、もういいから逃げわよっ!」
「でも……」
ルルが指をくわえながら見上げてくる。
この調子でルルに暴れられたら街が滅茶苦茶になっちゃうよ……。
「あ、そうだイオン! さっきあの怪しい男を見たぞ? 今からあの男を追おうっ!」
「ルル、その話はもういいからっ」
「ギギは腰抜けかっ!?」
「何をっ!」
暗くても銀一の毛が逆立ってるのがわかる。
だから今は揉めてる場合じゃないっつーの。
「やめなさいよ二人ともっ」
「悪いけどやめないよイオン。ルルの言葉は聞き捨てならないもんっ」
言うやピョンと飛び跳ねてルルとの間合いを開ける銀一。
しかも前足の先がギラリと光っている。
あの鋭い爪まで出してるってことは完全に本気みたい……。
「ほう。ホーバキャット如きが我に力勝負を挑むとは面白い。
うむ。望むとこ『クキュキュ〜』ろ……」
ルルのお腹が鳴った。
両手を腰に当てながら偉そうに踏ん反り返っていたルルは、たちまち前かがみになってお腹を押えている。
「イオン、お腹すいたーっ」
「…………」「…………」
ルルがお腹を押えながら見上げてくる。
天真爛漫というか……。
今までもずっと本能の赴くままに生きてきたんだろうね……。
銀一はポカンと口を開けている。
闘う気も削がれたようで、既に鋭い爪は仕舞われている。
とにかく本気の喧嘩にならなくて本当良かったよ……。
ちなみにルルの火炎球を避けた人たちは、地面に伏せたままジワリジワリと後退している。
どう見ても今は襲われないと思う。
やり過ぎかと思ったけど、悪人にはあのくらいのことをしないとダメなのかもね?
「イオーン。お腹すいたよー」
催促するルルの眉毛は完全に八の字になっている。
ま、もう襲われる心配がないとはいえ、ゆっくりもしてられないわよね。
「じゃあギルドの食堂に行きましょっか?
あ、帰り道ってわかる?」
ルルは私の言葉に顔をぱぁっと明るくさせるも、続く言葉に目を泳がせる。
「イオン、帰り道はわかってるから安心して」
「流石ギギね! じゃあ急ぎましょ!」
「わ、我もわかってるんだぞっ!」
口を尖らせながら嘘をつくルル。
わかってたら我先に駆け出してるでしょうに。
そう考えたらルルがわかってなくて良かったよ。
また競争が始まったら堪ったもんじゃないもんね……。
「じゃあボクについてきてっ」
「わかったわ、よろしくねギギ」
『クキュ、クキュキュ〜』
ルルはお腹で返事をしたみたい……。
すっかり電池切れを起こしたみたいで、フラフラしながら私に手を引かれている。
「面倒だからこっちから行くよ」
銀一はそう言って建物の隙間の狭い路地に入って行く。
見ると向こうの灯りの方から人が沢山歩いて来ている。
火炎球の轟音を聞いた野次馬だろう。
確かに面倒なことになりそうよね……。
『クキュ、クキュキュ〜』
ルルのお腹の音が狭い路地に鳴り響く。
『クゥ〜クキュ』
つられたように私のお腹も鳴ってしまう。
ギルド、近いといいな……。




