第九十四話「盗賊?」
ギルドの前でアイルビーバックなブライトンさんが怖い顔で仁王立ちしている。
そんな姿をイメージしながら怒られる覚悟をしてたんだけど、意外や意外、それはそれは淡白なものだった。
てか、なんかそれどころじゃないと言った様相で、次からは必ず断りを入れるようにって事と、外では名前を名乗らないようにって事の二点を私に約束させると、ブライトンさんは何人かのギルドスタッフを引き連れて慌ただしくギルドを出てしまった。
タイミングが良かったのか、とにかくそれだけで済んだのよね。
時間として1分くらいだったかな?
あれだけ憂鬱だったのに本当あっけなった。
ラハンナを渡すタイミングすらなかったよ。
「あの男、現れなかったね?」
「ん?」
ぼーっとブライトンさん達が出て行った扉を見ていたら、銀一が話しかけてきた。
「例の尾け回していた男だよ?」
「あ、そうね……」
そうだ、イケメン盗賊忍者だ。
忘れてたよ……。
そう言えばテオくんのお店で見かけた後は見ていない。
やっぱり単なる偶然だったのかしらね?
ってことはイケメン盗賊忍者ではなく、単なるイケメン忍者?
どっちでもいっか……。
「イオンさん、戻られたんですね?」
「あ、シャムロさん……」
振り向くとシャムロさんがいた。
ギルドを出た時にすれ違った獣耳の男の人だ。
近くで見ると、白いふわふわな毛並みが良くわかる可愛い系のイケメンさん。
「一応、あの後ブライトン本部長にはお伝えしておきましたが、無断外出はいけませんよ?」
「すみません……」
やっぱり伝えてくれてたんだ。
だからあの程度で済んだのかな?
だとしたらシャムロさんのおかげよね?
「これ差し上げますので皆さんで食べてください」
「へ?」
バッグからラハンナを取り出して、最初に入っていた袋に詰め替える。
こっ酷く怒られずに済んだんだからお礼をしなくちゃね?
「ハハ、皆喜びますよ。ありがとうございます」
良かった。素直に受け取ってくれた。
「ところで ブライトンさんが何人か引き連れて出て行きましたが、何かあったんですか?」
「あぁ。お城で何か問題があったようでして、急遽出動する事になったようです。ただ、あの人選からして何かの探索かも知れませんねぇ?
この様な事は偶にあるのですが、私はいつも留守を頼むとだけ言われるだけでして、詳しいことは良くわからないのですよ」
詳しいことはわからないみたいだけど、聞き捨てならないワードがあった。
何かの探索。
ぬぬ。やはりあのイケメン忍者は盗賊なのかも知れない。
私が見た時は既にお城から何かを盗み出したか、誰かを攫ったあとだったのかも知れないわよね……。
考え過ぎ?
ま、私には関係のないことよね?
それに、だからってどうもできないし。
「そしたら、もしかしてブライトンさんは帰って来ないかも知れないんですか?」
「まあその時によりますが、数日戻らない場合もありますね?」
どうしよ。明日の外出許可が取れないじゃない……。
「あのぅ、明日の午後も出かけたいんですけど、やっぱりブライトンさんが帰って来ないとダメですかね?」
「どちらへお出かけですか?」
「バザールにあるファブリーってお店です。
さっきリボンを注文してきたんですけど、明日の午後に仕上がるのでそれを取りに行きたいんです」
「そのくらいなら大丈夫ですよ。バザールだったら近いですし、手隙のギルド職員を同行させれば問題ないでしょう。
そうしましたら出発する前に私に声をかけてください」
「はいっ!」
話してみて良かった。うん。
誰かにこんな用事につき合ってもらうのは忍びないけど、これで明日の出来上がりに合わせてリボンを受け取れる。
そう思うと早く銀一やルルの喜ぶ顔が見たい。
チラリと銀一を見ると嬉しそうな銀一と目が合った。
ちょうニンマリ。
「イオン、お腹空いたーっ」
ニンマリルルも見たくなってルルを見たら、ルルは予想外の言葉を口にした。
お腹空いたって、さっき食べたばっかりでしょうに……。
「もう、さっき食べたばっかりでしょう?」
まんまの言葉が口に出た。
「さっきって、もうだいぶ前だぞっ」
ルルが口を尖らせながら窓を指差す。
見れば窓の外は薄っすら暗くなっている。
早く帰らなきゃと思いながらも、結構ぶらぶらしちゃってたみたいね……。
「ハハ、やはりこのくらいの歳の子は食べ盛りなのですね?
食事はこれを持って裏のギルド食堂で済ませてください。店の者にこれを見せれば支払いは不要です」
「はあ……」
シャムロさんがスマホのような形の石の板をくれた。
長方形のオセロって感じで、白と黒の石が背中合わせでくっついている。
そんな石はヒモがついていて、スマホや社員証みたいに首から下げられるようになっている。
これってクレジットカードみたいな魔道具なのかな?
てか、やっぱりここにもジャーナイルさんの食堂みたいなのがあるのね。
バイト募集してないかしら?
皿洗いしつつのヴィッギーマウスの捕獲。
今日は散財しちゃったからそれもいいかもね……。
「あまり遅くなるとガラの悪い冒険者が多くなるので、早めに行ってみてください」
「……え?」
ずらりと並んだ冷凍ヴィッギーマウスを想像してて、全然聞いてなかったわ……。
「いや、食堂は夜になると飲み屋になりますので、ガラの悪い冒険者が多くなるのですよ。なので食堂に行くなら早めに行くのをお勧めします」
「わ、わかりました、ありがとうございます」
そっか。確かナッハターレでもそうだった。
ギルド食堂はどこもこんなシステムなのかもね。
「ではこれから行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
この足で行ってみることにした。
お腹はあまり空いてないんだけどね……。
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「ギギ、あれ見て!」
「ん?」
ギルドの裏手にある食堂へ行こうと、ギルドを出た時だった。
何気なく見た先にあのイケメン忍者がいたのだ。
イケメン忍者は四、五人の男の人たちがたむろしてる後ろの方にいた。
「なに?」
「あ……」
私が大声をあげて指差したからか、いたはずの場所にイケメン忍者の姿はなかった。
「例のあの男?」
「あの男ってなんだ?」
銀一の言葉に興味津々の顔で見上げてくるルル。
しょうがないからルルに私たちを尾け回していた男の話をする。
私たちを攫おうとしていたかも知れないことと一緒に、お城で何かを盗んだのかも知れないことも。
「盗賊かっ?!」
「もしかしたら……」
「我が先に捕まえるーっ」
「ちょっ……」
ビュンと走り去るルル。ちょう速い。
見ると銀一も。これまたちょう速い。
てか銀一、競争となると本能で動いてしまうみたいね……。
もう……。
このパターンって続くのかしら?
やめて欲しい。きっと飽きられるし……。
「お嬢ちゃん、可愛いねぇ?」
銀一とルルが走り去った方へ小走りしてたら、たむろしていた男の人の一人に声をかけられた。
とりあえず無視。
「ちょい待てよ、お嬢ちゃんっ」
「痛っ」
無視してすり抜けようとしたら力一杯ギュッと腕を掴まれた。
「やめてくださ……」
近くで顔を見てこの人たちはヤバイ人だと気づいた。
いかにも人相の悪い男の人が五人。
みんなの私を見る目つきがヤバイ。
「お嬢ちゃん、悪りぃが俺たちと一緒に来てもらうぜ?」
「ちょろい仕事だぜ、全く」
「ああ。今日は退屈な見張りだと思ってたが、手間がはぶけたぜ」
「無駄口叩いてんじゃねぇ。早くここからずらかるぜ」
一緒に来てもらう? ちょろい仕事? 見張り? もしかして最初から私を狙ってた?
あれこれ言葉の意味を考えていたら、口に布を巻きつけられ、バサッと何かを被せられて目の前が真っ暗になった。
何かですっぽりと身体を覆われたみたいで、その上からロープか何かでグルグルと縛られる。
そしてそのままふんわり持ち上げられる感覚。
うわっ、これって人攫いじゃない……。
ってことは、この人たちはあのイケメン忍者の手下?
やっぱり盗賊だったんだ、あのイケメン忍者……。
もしかして自分が囮になって手下に攫わせる作戦だったのかも知れない。
そうだとしたらまんまと引っかかってしまったよ……。
叫ぼうにも口にきつく巻かれた布で、んーんーとこもった音しか出ない。
全身を何かで覆われた上から更にロープか何かで縛られてるので、手足の自由も効かずに暴れることすらできない。
きっと側から見たら完全に荷物として運ばれているよ……。
どうしよ……。




