第八十一話「出発」
それにしてもルルの肌の露出はこの森には相応しくない。
完全に森をナメてる格好よ。
あんなんだと、あの白い綺麗な肌も虫刺されで大変な事になってしまう。
何気に葉っぱや木の枝で傷になったりもするしね。
私の場合すぐに治癒していくから大丈夫なんだけど、ルルにそんな治癒能力があるかわからないし心配だよ。
と思ってバッグをゴソゴソ。
テテテテッテテー!
ニーナさんのお下がりオールインワン〜!
あの曰く付きの逸品だ。
でも安心してください。
もう全然臭いませんよ。
「わわわわわっ」
「はい、これでよしと…」
嫌がるルルに無理矢理着せる。
丈はウエストのブラウジングで調節。
ルーズを通り越したサイジングだけど、ダッボダボ感がなんか可愛い。
「おっ? もしかしてこれはイオンとお揃いなのか!」
「ちょっと素材やデザインが違うけど、お揃いって言えばお揃いね?」
そう答えると、ルルの顔にたちまちニマーっとした笑みが浮かぶ。
着る時はあれだけ嫌がってたのに……。
ま、これで少しは安心ね。
「じゃあ出発よ!」
「おー!」
ルルの元気な声が森に響き渡った。
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【ルーク視点】
「ニャニャ! コイツ知ってるニャ!
こんなとこで仕事できるなんて、ちょーラッキーなのニャ!」
「待てジーニャ!」
「ッくっとととと…ニャニャ!!」
ジーニャは俺の声でピタリと剣を止めた。
まさに男の首を跳ね飛ばす寸前だ。
それでも刃先が触れたようで、男の首からはツーっと血が滴り落ちている。
全く、危ないところだぜ……。
俺たちはあの墜落した飛行船から伸びる足跡を辿って来た。
そうして見つけたのがこの男と言う訳だ。
男は全身に傷を負っていて、苦しそうに片足を引きずって歩いていた。
ジーニャは知っていると言った男。
俺もこの男の顔には見覚えがある。
この男の首には、商人ギルドから500大金貨※の懸賞金がかけられている。
何処のギルドにも賞金首としてコイツの似顔絵が貼り出されているので、冒険者ならば知らぬ者はいないだろう。
俺のギルドも御多分に洩れず貼り出している。
空賊、ダビアンヨカリ船長、マッド・ウォンカ。
謂わば見慣れた顔だ。
まさに神出鬼没に現れ、その度に略奪を繰り返す空賊。
死人が出る事も多いので、狙われる商人にとっては堪ったものではない。
商人ギルドが懸賞金をかけて依頼して来たのも頷ける。
ただ、神出鬼没と言われるだけあり、未だに捕獲、若しくは首を持ち帰る者はいなかったのだ。
それにしてもあの飛行船がダビアンヨカリの船だとは思わなかった。
正直な話、もう少し大型で最新式なものだと想像していた。
あんな年代物の帆船だったとは……。
とにかく、イオンはダビアンヨカリの船に乗っていたと言う事だ。
相変わらずイオンは無謀極まりねえな。
記憶がねぇってぇのは恐ろしいぜ……。
「一番に見つけたのは私なのニャ!
私が首をとって賞金をもらうのニャ!!」
「ジーニャ、何故コイツに辿り着いたかを思い出せ」
「……ッ!! イオンを捜してたのニャ!!」
本当にハッとした顔をするジーニャ。
すっかり抜けちまってたみてぇだぜ。
どんだけ金に目がねぇんだコイツ…。
「ああそうだ。だからイオンの行方に心当たりがあるか、コイツから聞き出さなきゃならねぇ。
殺しちまったら聞く事が出来ねぇだろ?」
「そ、そうだったのニャ……」
マッドがイオンの名前が出た時にピクリと反応した。
何か知っているのかも知れねぇ。
「そしたら聞き出したあとに首を跳ね飛ばすのニャ!
その役目は絶対に絶対に私がやるのニャ!」
「おぉ〜いおいおいおい、俺がコイツの痕跡を辿って来たんだぜぇ〜?
半分は俺の手柄だろうよぉ〜?
賞金も半分くれぇ俺に寄こすのが筋なんじゃねぇかぁ〜?」
「ニャニャ! 半分は多いのニャ!!」
「二人ともやめなさい!」
マッドはジーニャとジョシュの会話を聞き、今までの怯えた表情を割り切ったような卑屈なものへと変えた。
あの顔は完全に喋る気を無くしちまった顔だな。
全く余計な事を言いやがって……。
「お前、ダビアンヨカリのマッドだな?」
「……………」
「フッ、まあそんな事は、答えなくてもらわなくともわかってる事だがな?」
「……………」
完全に諦めているのか何か企んでいるのか、ドカリと腰を下ろしたマッドは無表情でだんまりを決め込む。
「ニャニャ! なんとか言うのニャ!」
焦れたジーニャがピンと尻尾を立てながら剣を逆の首筋に押し付けた。
首筋には新たな赤い筋が浮かぶ。
「よせジーニャ。今は俺が話してんだ、邪魔すんじゃねぇ」
「邪魔してる訳じゃないニャ! こういうヤツはこのくらいやらないとダメなのニャ!」
「それもわかるが、今は俺に任せろ」
「わかったニャ……」
ジーニャはそう言いながらも剣を引く様子がない。
困ったヤツだ、全く。
「ククククク……アッハッハハハハハハハ……」
マッドが狂ったように笑い出す。
そして笑いを治めると、
「取り引きしねぇか?」
マッドが開き直ったように口を開いた。
だんまりを通すのかとも思ったが、やはり悪足掻きするようだ。
「イオンの行方を知りたいんだろ?」
「そうだ」
「だったら取り引きしようぜ?
ほら、このメス猫を早くどけろ」
「ニャ!!」
怒りを露わにするジーニャを嘲笑うかのような目で見返すマッド。
先程とは一転、ヤケに強気に出ている。
余程の情報を持ってるって事か?
俺はジーニャに退がるよう目顔で知らせる。
ジーニャは渋々剣を引いて退がるも、手には抜き身の剣を下げたままだ。
「ジーニャを退がらせはしたが、俺はお前の言う取り引きはしねぇぜ?」
「取り引き無しなら喋らねぇ。煮るなり焼くなりすりゃいい」
マッドはヒラヒラと手を振りながら言うと、目を瞑って首を差し出した。
「そう自棄になるな。俺からの取り引きがある。
もちろん条件は俺が決めるがな?」
「……………」
マッドが黙って苛ついた目を向けてくる。
「……どんな条件の取り引きだ?」
太々しくも口を開いたマッド。
瞬時に損得を勘定したのか、目は平静を取り戻している。
まだ息のある仲間を見捨て一人で逃げ出したのも、冷静に生き残る確率を考えての事だろう。
なんとしても助かりたいようだ。
「イオンの情報と引き換えに、今日のところは見逃してやる」
「それは本当だろうな?」
「ああ。その代わり次にその顔を見た日には迷う事なく瞬殺するぜ?」
「…………」
ニーナが黙って頷いているのに対し、ジーニャが凄い目を向けてくる。
「まあ、俺には選択肢がねえって事だな?」
「そう言う事だ。知ってる事を嘘偽りなく話せば、一日分の命は繋がるぜ。
せいぜい上手く逃げて一日でも長く生き延びるんだな?」
「へっ、言いやがるぜ……。
だったら約束は必ず守ってもらわねぇとな?」
「ああ。約束する」
「ここで騎士の誓いを立てろ」
「なにっ?」
「その剣はエクシャーナルの騎士の物だろ?
今はどうか知らねぇが、昔は騎士だったんだろ?」
「…………」
確かにこの剣の柄頭に嵌めたメダルは、エクシャーナルの騎士が王から贈られる物だ。
ただ、このメダルはその中でも特殊なメダルで、これを知るものは少ない。
それこそ王族か一部の騎士くらいか……。
コイツ、元は同じ騎士だったとでも言うのか?
「わかった。ここに騎士の誓いを立てる。
約束は決して違えねぇ」
俺は柄頭を胸に当てて誓った。
今はコイツの過去などどうでもいい。
イオンの情報を聞き出すのが先決だ。
「よし。ならば話そう」
マッドがニヤリと笑う。
「正直言って信じてもらえるかわからねぇが、イオンを捜し出すには有力な情報になると思うぜ?」
「どう言う事だ?」
マッドが慌てるなとばかりに手をかざす。
「簡単な話だ。イオンは俺の船を襲ったドラゴンの背中に落ちたんだ。
偶々なのかわからねぇが、俺は船が墜落する時にこの目で見た。一瞬だったが見間違いじゃねぇ。あれは間違いなくイオンとホーバキャットだったぜ。
あのドラゴンを追えば、イオンと会えるんじゃねぇか?
まあ、ドラゴンに食われてなければの話だがな?」
「……………」
ドラゴンだと?
確かにヴィンツェントの話と符合するが……。
ドラゴンだと……?
「ルーク!」
ニーナが俺を呼んだ。
見るとニーナは大きく頷いて「早く飛行船に戻りましょ?」と急き立てた。
「ああ、早く行くんだな?
あれはきっとエンシェントドラゴンだ。
追いつくかどうかわからねぇ…グガッ!!」
「お前も早く行くんだな?
俺たちがイオンを見つけて帰って来るまで、せいぜい遠くへ逃げるといいぜ?」
俺は剣に血ぶりをくれながら答え、
「ジーニャ、ジョシュ、出発だ!」
右腕を失ったマッドを名残惜しそうに見ている二人に声をかけた。
俺は無傷で見逃すなど一言も言ってねぇ。
あの出血だと微妙なとこだが、今日一日くらいは保つだろ?
上手い事処置すれば生き延びる事だって可能だしな。
マッド、騎士の誓いは守ったぜ。
あとはイオンを追うのみだ。
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【イオンの通貨メモ】
〜エクシャナル通貨を日本円で考えてみた〜
・1エクシャナル大金貨(100,000円くらい)
[5エクシャナル金貨=1エクシャナル大金貨]
・1エクシャナル金貨(20,000円くらい)
[20エクシャナル銀貨=1エクシャナル金貨]
・1エクシャナル銀貨(1,000円くらい)
[12エクシャナル銅貨=1エクシャナル銀貨]
・1エクシャナル銅貨(100円くらい)
[12エクシャナル角銅=1エクシャナル銅貨]
・1エクシャナル角銅貨(8円くらい)
※マッドさんの懸賞金は5,000万円くらい。
捕まえとけば良かったよ……。
お読みくださりありがとうございました。
次の更新は月曜日の予定です。




