第八十話「迷走」
【ルーク視点】
空賊の飛行船は見つかった。
まだ生々しく黒煙を上げている。
二、三息のある者もいたが、きっと長くは保たないだろう。
運良く助かって逃げた者がいるかも知れないが、この状況では乗組員は全滅と言っていい。
ただ、イオンが見つからない。
しかしイオンが船に乗っていたことは確かだ。
先程虫の息だったヤツから聞いて裏は取れている。
ヤツは朦朧としながら、俺が最初に手をつけるなどとほざいてやがった。
ヤツはそのまま逝ってもらった。
ケッ、助ける価値もねぇ。
ゲスにはお誂え向きの末路だぜ。
とにかくだ。
船に乗っていたイオンがここに居ないって事は、死んでないって事だ。
間違いなく生きている。
この山の中の何処かにいるはずだ。
「ルーク、また二手に分かれての探索か?」
顔面蒼白のヴィンツェント。
この惨状を見てしまうと、流石に無事を信じてはいても心配になるのだろう。
「闇雲に探索に出るのもどうかと思うが、それしか手はないな?
ジョシュ! 何か手がかりは見つかったか!?」
ヴィンツェントに答えつつ、船の周りを見回っているジョシュに声をかける。
「どぉ〜だかなぁ〜、足跡らしきもんはあるんだが、こぉ〜れがイオンのものかどうかぁ……」
ジョシュが首を傾げながら茂みから出てきた。
「他に痕跡はねぇのか?」
「い〜まんとこ見当たんねぇな〜。
あ〜そこを見回ったら最後だぁ。も〜ぅ少し待ってくれねえかぁ?」
ジョシュはそう言うとまた茂みの中へと入って行く。
「ルーク?」
「ああ、心配するなニーナ。
まだ時間は然程経ってねぇ。すぐに追いつくはずだ」
言ってはみたものの、どうも嫌な予感がする。
朝からの探索に比べ、イオンを近くに感じないと言うか……。
とにかく、痕跡を辿るしか道はねぇ……。
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体感的には何も感じないんだけど、ルザーナさんはブビュンと物凄いスピードで飛んでいるはず。
と言うのも、私は目をつぶってるからよくわからない。
だって、タイムトラベルでもしそうな勢いで景色が歪んで、すっごく気持ち悪いのよ……。
レムの部屋をエチケット袋にする訳にもいかないしね……。
『それいいなっ!』
「じゃあ決まりだね!」
『決まりだギギ!』
なんだか楽しそうな二人。
意外とウマが合うのかも知れない。
「イオンもこれからはルザーナじゃなくルルって呼んであげてね?」
「わ、わかったわ……」
そう。
ルザーナさんは、銀一がギギって呼ばれてるのが羨ましかったみたいで、自分もギギみたいな愛称をつけて欲しいと言い出したのよ……。
私はルザーナさんのままでいいんじゃないって言ったんだけど、銀一の「ルルはどう?」との言葉にメチャ食いついたのだ。
ルル、ねぇ……。
花粉症にも効くのかしら……?
いやいや、もうムズムズしないし花粉症は忘れよう……。
ルルか。
まあ、確かに人型のルザーナさんは、ルルの方が響き的にしっくりくるよな。
可愛くて呼びやすいからルルでいいか。
「でもこのままルルの背中に乗って王都まで行ったら、それこそ大騒ぎになっちゃうんじゃない?」
よくよく考えたら、空賊の飛行船どころの話じゃないような気がする。
人里に体長50メートルクラスのドラゴンが現れたら、それこそ大パニック間違いなしだよ。
「確かにそうだね。
ルル聞こえた? 人里へ入る前に地上に下りるんだよ?」
「き、聞こえてるぞっ! ル、ルルに任せろ!」
嬉しげに答えるルザーナ少女、改めルル。
ルルと呼ばれたことがよほど嬉しかったみたいね。
それだけ喜んでもらえるなら、もう何があろうがルル決定ね。
ま、このドラゴン姿だとかなりの違和感だけどね……。
『じゃあこの辺で地上に下りるぞ!』
「へ?」
まだ30分くらいしか経ってないと思うんだけど、もう王都近郊に着いたの?
思わず目を開けると、着陸するのにスピードを落としたみたいで、景色は凄いことにはなっていなかった。
いや、違う意味で凄かった。
遠くに見える城壁と何処までも続く街並み。
白と煉瓦色を基調とした建物が、放射線状に所狭しと並んでいる。
その街並みの中に一際高い建物が聳え立っている。
たけのこみたいなのが四、五本ニョキッと。
なんとも壮観な眺めだ。
城壁の手前には川が流れ、周辺には緑が溢れている。
綺麗に区切られているところを見ると、人の手の入った農地なのかも知れない。
よく見るとポツリポツリと小さな家も伺える。
あれが王都エクシャーレなのか……。
思ったのも束の間、ルルが旋回しながらぐんと高度を下げて行く。
反対側には森が広がり、その手前にいく筋かの道らしい線が目に入る。
『とりあえず森の中へ着陸するぞ!』
自慢げなルルの声が脳に直接響く。
それにしても、こんな短時間で王都に着くだなんて思ってもみなかったよ。
飛行船でノンストップで飛んだとしても、一週間ほどかかると聞いてたから尚更。
ルルはどんだけのスピードで飛んでたのよ?
まあ、景色が歪むほどのスピードは伊達じゃないってことね……。
凄すぎだよ、エンシェントエアライン。
しかも目をつぶってれば乗り心地最高。
などと感心してたら、フワリと着陸した。
と言うより、木の上にピタリとホバーリング。
まあ、この巨体がドシャンと着陸したら、それ相応の騒ぎになるわよね?
もしかしたらルルは自然に優しいのかも知れない。
などと感心してたら、ドシャンと木々をなぎ倒して着陸した。
うん、前言撤回ね……。
翼のスロープを下って地面に降り立つ。
まだ離陸して1時間も経ってないけど、なんか久々の地面の感触のようにも感じる。
森独特のむせ返るような濃い緑の匂い。
ただ、周りはシーンとしていて動物の鳴き声も聞こえない。
ましてや魔物の気配すらない。
少しばかり森を知る者としては、逆に薄気味悪いくらい。
森に落ちてからと言うもの、何かしらの鳴き声や葉音などの物音がしていたからだ。
静かすぎる。
「なんか不気味よね?」
「なにが?」
思わずそのまんまを口にすると、銀一がキョトンと私を見上げてきた。
「だって静かすぎるでしょ?」
私はそう言って改めて周りを見回す。
時間が止まってるんじゃないかと思えるほどの静寂だ。
「ああ、それは当然だよ?」
「当然?」
どう言うこと?
銀一に目を戻した時、ピキピキピキピキ、クキュークキュークキュー、ガサガサガサガサと、一気に色々な鳴き声や物音が聞こえきた。
なにこれ?
「ルルがあんな姿でいたんじゃ、森の生き物は息をひそめるに決まってるよ?」
「そうだ、我は凄いんだぞ!」
可愛らしい女の子に姿を変えたルルが、誇らしげに腕を組んで仁王立ちしていた。
確かにあんな大きなドラゴンがにいたら、いくら魔物でも息をひそめるか……。
それにしてもルルのその格好……。
街に着いたら上に着るものを買ってあげよう。




