第七十六話「混乱」
【ヴィンツェント視点】
「……しかしヴィンツェント様、今はルーク殿やニーナ殿が不在です……。
治癒魔術師が負傷してる為、怪我を負ったままの魔法使いも多く、攻撃魔法を行使出来る人手が足りていません……。
でありますから、今あの者達を深追いするのは得策ではないかと……」
空賊如きに弱気になるとは……。
アレークラ王国との戦が始まったら、そんな事は言ってられないのだぞ……。
「このまま低空飛行を続ける」
「…………」
「攻撃魔法の射程圏外ギリギリで……な、なんだあれは!」
いや、あれはどう見てもドラゴンだ。
突如空賊の向こう側に、船の倍以上ある漆黒のドラゴンが現れたのだ。
空賊の船は巨大なドラゴンの体当たりで船体を大きく揺らし、次の瞬間には船体が振り子のように反動で反対へ傾き完全に真横を向いた。
「おお……」
司令室に響めきが起きる。
ドラゴンが船の下をくぐりながら上昇した際、ドラゴンの尾が空賊の船に引っかかったのだ。
船体が地を転がるように回転しながら墜落して行く。
「ヴィ、ヴィンツェント様、我らも即刻ここから離れませんと危険です…」
「あ、ああ……」
山の中に消えた飛行船から黒煙が上がっている。
確かにあのドラゴンに襲われでもしたら一巻の終わりだ。
今の戦力ではどうする事も出来ないだろう。
今となっては、あの飛行船にイオンが同乗していない事を祈るだけ……。
ただ、先程までの胸騒ぎが幾分緩和された気がする。
ーーイオンは生きている。
そうだ、イオンはあの飛行船には乗っていない。
きっと無事だ。
「船を低空のまま旋回させろ!
そのまま低空飛行でドラゴンから離れる!
念の為、船体を迷彩モードに切り替えろ!」
「はっ!」
大丈夫だ。
イオンはあの中になど居ない。
必ず生きている。
私は心の中で強く念じ、黒煙の上がる山肌から目を離した。
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『自己紹介のつもりが………わ、悪かったな?』
脳に直接響くようなルザーナさんの声。
本当に申し訳なさそうでなんか笑える。
こんな大きなドラゴンなのに、やけに人間味があるのね。
「いえ、いいんです。逆に助かりましたよ?」
こみ上げてくる笑いを堪えながらルザーナさんへ返す。
でも本当に助かった。
それに、あのままだと御子息くん達と戦闘になってたかも知れなかったんだもん。
結界魔法の部屋に閉じ込められてたし、何もできずにただ見てるだなんて辛すぎるよ。
『寛容なのだな……』
「いえ、あの飛行船の人達は悪い人達でしたので、本当に助けてもらえたと思ってるんですよ?」
『どう言う事なのだ?』
よほど興味があるのか、神妙な声音から一転、茶目っ気たっぷりなものに変わるルザーナさん。
少し子供っぽいところがあるみたい。
本当にドラゴンなのかしらね?
ますます人間味を感じてしまうよ。
「それはですね……」
私はそんなルザーナさんに可笑しくなりながら、経緯をかいつまんで説明することにした。
王都、エクシャーレへ向かう途中、飛行船が空賊に襲われたこと。
それと同時にワイバーン(ルザーナさん)の襲撃に遭い、レムが私を護るために攻撃して船体に穴が開いてしまい、森に落ちてしまったこと。
森で魔物に襲われていたところに空賊が居合わせて、お礼に王都まで送ってくれることになったこと。
送ってくれることになったけど、結界魔法で閉じ込められていたこと。
「……だから本当に助かったんですよ?」
『そうか……。
しかし王都へ行く足をなくしてしまったな?』
「まあ、それはそうですが、元々あの飛行船に見つけてもらうまで歩いて向かうつもり……ん?」
あれ……?
御子息くんの飛行船がいない。
さっきまで見えてたのに、いつの間にか見えなくなっている。
どこ行ったんだろ?
せっかく合流できると思ったのに……。
『それはそうと、あのゴーレムみたいなのはレムと言うのか?』
「あ、はい……」
あの時、ルザーナさんにバチンといいのをお見舞いしてしまったんだよね、ウチのレムくん……。
『不意打ちとは言え、久々にダメージらしいダメージを受けたぞ?』
「は、はぃ……」
やっぱり怒ってる?
そりゃ怒るわよね?
『あれもヌシが創り出したのか?』
「そ、そうです……」
『……………』
殺気とも感じられるピリピリした沈黙が流れる。
コレ、ヤバイんじゃない………?
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【ルーク視点】
「や〜っと、見〜つけたぜぇ〜!
こぉ〜こで見失っちまってたみてぇだな〜。イオンはこの茂みの中へ入ったに違いねぇぜ〜」
幾分スピードを落として戻る事20分くらいだろうか。
ジョシュが獣道の脇に茂る草木の中を指差した。
確かにこんな所で急に方向を変えられていたら、流石にジョシュでも見失ってしまうだろう。
「ニャニャ! 凄いのニャ!」
既に茂みの中へ飛び込んでいたジーニャだ。
ニーナがギラついた目を向けてくる。
「ああ、行ってみようぜ?」
ジーニャの凄いは当てにならねぇが、イオンの痕跡に違いねぇ。
ニーナがあんな目になるのも頷ける。
「これは……」
茂みの中へ足を踏み入れると、すぐ先に樹木が薙ぎ倒されて出来た広い空間が見えた。
陽の光で白く輝いていている様は、目が眩むほどに眩しく、幻想的にさえ見える。
「こぉ〜れは、あの空賊が不時着した場所みてぇだな〜」
確かにジョシュの言う通りだろう。
向こうに折れた帆の残骸が見える。
応急処置として、ここらの木で代わりを作ったのだろう。
それよりもこの無数の砂の山はなんだ?
「上位種のキンゲスカーデが出たみたいね…」
見ると膝をついたニーナが、手に取った砂をサラサラと落としていた。
上位種のキンゲスカーデと言えば、群れを率いて魔術を使うとの噂を聞いた事がある。
なかなか、いや、かなり手強い魔物だったはずだ。
「どう言う事だ?」
俺も砂を手に取りながらニーナに声をかけた。
「これは上位種のキンゲスカーデが創り出した分身の残骸なのよ」
「分身?」
「そう。上位種のキンゲスカーデは土魔術でゴーレムの如く分身を創り出し、巧みに連携して襲ってくるのよ。
それは恐ろしい数の分身でね?」
この砂の山がキンゲスカーデの分身だとすれば、確かに恐ろしい数の分身だ。
これをイオン一人で撃退したって事か?
いや、向こうに空賊の船が不時着してたはずだ。
偶々居合わせた空賊とともに戦ったのだろう。
それにしても恐ろしいまでの数だ。
其処彼処に砂の山が出来ている。
待てよ。
空賊と一緒に戦ったとしたら、今頃イオンは空賊の船に乗っているかも知れねぇ。
もし仮に空賊を助ける形だったら尚更だ。
アイツらは一度受けた恩は必ず返すはずだ。
イオンが王都へ向かうと知れば、王都まで送り届けると言い出すだろう。
ただ、アイツらは恩を返せばそれで終い。
その後は何でもヤル輩だ。
イオンが危ねぇ。
「こぉ〜の魔獣の足跡見てみろよ〜ぅ。
こぉ〜んなんじゃあ、イオンの足跡を辿るなんて出来っこねえぜぇ〜」
ジョシュの声と同時に視界が一気に暗くなった。
「ルークあれは!」
「ああ、ヴィンツェントの船だな…」
ヴィンツェントの飛行船が超低空飛行で陽の光を遮ったのだ。
しかしタイミング的にはちょうどいい。
俺たちも飛行船に戻って空賊を追おう。
「ニーナ、ヴィンツェントに合図を送れ!」
「でも、まだイオンが……」
「いいんだ。イオンは空賊と一緒にいる可能性が高い。
俺らもヴィンツェントの船に戻って、空賊を追う事にする」
飛行船が通り過ぎ、再び視界が明るくなった。
ニーナは改めて周りを見渡している。
そして瞬時に俺の考えを理解したようで、合図の魔石を取り出し詠唱を唱え始めた。
魔石は氷槍とともに空高く打ち上げられ、二筋目の氷槍が突き刺さって爆散した。
爆散とともに俺たちの立つ地点に七色の光が降り注ぐ。
巨大な虹の柱がそびえ立つ形だ。
これでヴィンツェントも気づくだろう。
とにかく、早く空賊を追わねば……。




