第七十四話「遭遇」
【ヴィンツェント視点】
イオンは何処へ行ってしまったのか……。
私は眼下の森をぼんやりと眺めている。
ここはイオンが落ちたとされる東側デッキだ。
もう修繕は済んだが、所々イオンが落ちた穴の名残りは伺える。
私はここでイオンを感じたいのかも知れない。
思い返せば、私はイオンと出逢った瞬間から彼女に惹かれていた。
初めて彼女を見た瞬間は、思わず見惚れてしまったほどだ。
そのくらいイオンは一際美しく、輝いて見えたのだ。
まさに神話にでも出てきそうな神々しさだった。
そんな女性があのような店で働いていた事に疑問を抱き、どうしても素性が気になって声をかけたのだ。
ただ、照れ隠しと職務とが綯交ぜになり、普段より口調がぶっきら棒で高圧的になってしまった。
イオンはそんな私にも臆する事なく話し、しかも無礼な物言いな上に私の質問には答えなかった。
今思うと私は平常心ではなかった。
何にせよ、ムキになっていたとしか言えない。
有無も言わさず捕らえてしまったのだから……。
まあ、そのお陰でイオンがルークの遠縁にあたる事が知れたのだ。
イオンには悪い事をしたが、結果的には嬉しい情報を得た事になった。
その訳は、ルークの家は元を辿れば貴族。それも公爵位を持つ家。
イオンがルークの遠縁なれば、当然ながら彼女も貴族に違いない。
だとすればだ。
彼女を妻に迎えたとしても何ら不都合はない。
勝手ながら密かにそんな事を思い描いて、小躍りしそうなくらい嬉しくなったものだ。
ただ、そんな淡い恋心も直ぐに散る事となった。
なんとイオンが殿下の『運命人』だったからだ。
確かに私の運命の人はイオンではない。
しかし、私はかねてより、必ずしも運命の人を娶るつもりはなかった。
オミニラーデで記される運命の人との婚儀は、政略結婚よりは幾分かマシとしか考えていなかったのだ。
それよりも自らの目で見て、直感的に心を揺さぶる女性を娶りたいと切に願っていた。
まさにイオンがそんな理想の女性だった。
ただ、私はまだ希望を捨てていない。
殿下も私同様、『運命人』だからと言うだけで娶るとは限らないはずだ。
自らの直感で娶るかどうか判断すると思っている。
その証拠に、殿下は『運命人』が更新された事実に対し、興味をお持ちになっているとの事で、決して新たな『運命人』を娶る、との決定事項とされていない。
ただ、その相手がイオンなだけに、希望はほんの一欠片でしかないのだが……。
とにかく、イオンを見つけ出さない事には始まらない。
しかし、この鬱蒼とした森の中にイオンがいるのだとして、果たしてすんなりと見つけ出す事ができるだろうか……。
いや、見つけ出さねばなるまい。
ただ、やはり上空からだと、木々に覆われた森の探索は困難極まりない。
森はルーク達に任せ、私は森を抜けた辺りへ先回りするべきか?
正直言って、ずっと迷っている……。
「ヴィンツェント様!」
軍曹のノクディスだ。
そう言えば、イオンを地下牢から連れて来たのがノクディスだった。
此奴もイオンと面識があると言えばあったな。
「なんだ、何かあったのか?」
「昨日の空賊が現れました! 直ぐに司令室へお戻りください!」
こんな時にまたあの空賊か……。
やはり回避も兼ねて森を抜けるべきか?
「うむ、わかった。今すぐ戻る。
してノクディス、敵との距離はどのくらいだ?」
「は、右舷南西約2キロと言ったところです」
目をデッキの逆方面に向けると、微かに黒い点が見える。
攻撃するにはお互い距離があり過ぎる。
回避するなら今のうちかも知れない。
ーーただ……。
なにやら胸騒ぎがするのは何故だろう。
このまま回避してはならない気がする。
イオン………か?
この胸騒ぎ、イオンが囚われてるとでも言うのか?
迎撃態勢を整え、地上ギリギリまで高度を下げて近づいてみるか?
「とにかく司令室へ戻るぞ!」
「はっ!」
私は得も言われぬ胸騒ぎを覚えながら司令室へと走った。
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マッドさんが部屋から出て行くと、飛行船の中が一気に殺気だち、駆け回る無数の足音が聞こえてきた。
マッドさんは山側へ回避すると言ってたから、御子息くんの飛行船と争う気はないと思うんだけど……。
それならそれで安心なんだけど、私はこのままってことだよな……。
でも、もし私がこの飛行船に乗ってることを報せたら、間違いなく助けてくれようとするわよね?
そうなれば確実に戦闘になってしまう……。
それだけは避けなければ。
私のために人が死ぬなんて、絶対にあってはならないことよ。
ひとまずここは報せるのはよそう。
とにかく戦闘にならなければいい。
「イオン、外のヤツらの気配がないよ?」
銀一が声をかけてきた。
銀一は扉の前にじっと身を寄せ、耳をヒクヒク動かしながら外の様子を伺っている。
「このどさくさに紛れて逃げちゃおうよ」
「そ、そうね…」
確かに今がチャンスかも知れない。
今はマッドさんもいなくなったし、乗組員も慌ただしく駆け回っている。
抜け出すにはもってこいのタイミング。
「レム、バッグに入って!」
「レム、タイ、キ、リョ、カイ、…」
レムがバッグの中へ飛び込むと、バッグの中から飛行石の腕輪を取り出し装着する。
「行くよ、イオン」
「うん。じゃあ開けるわよ?」
私が扉に近づいて鉤型の取っ手に手をかけると、銀一が凛々しく頷いた。
「あれ?」
「どうしたの?」
鍵がかかっていて開かない……。
何度もガチャガチャと取っ手を捻るも、扉は一向に開く様子がない。
「こうなったら魔法で扉を突き破っちゃおうよ」
「それしかないわね…」
火炎系だと船ごと火だるまになってしまう。
ここは氷槍で扉を壊してしまおう。
そう思いながら魔力を込め、銀一を片手に抱きながら扉から離れる。
そして部屋の隅まで離れたところで、氷槍を扉の取っ手目がけて発射。
発射するや、飛び散る破片を避けるため目をつぶってうずくまった。
「え……?」
確かに氷槍がシュンと飛んでいったのに、破裂音も何もなくシーンとしているのだ。
目を開けて振り向くと、扉は何事もなかった様子。
「私、氷槍を放ったわよね?」
「うん。イオンの手から確かに発射されたよ?」
そうよね。シュンって言ったもの。
一体どこ行っちゃったんだろ……?
「もう一度やってみるわね?」
「うん。やってみて。今度は最後までしっかり見とくよ」
銀一はそう言って私の頭の上に移動する。
軽いからいいんだけど、何もそこじゃなくてもいいと思う……。
それはさておき魔法だ。
「氷槍!」
今度はさっきより大きめの氷槍を放ってみる。
と言っても部屋の中、シュンと勢いよく飛んで行ったかと思った瞬間には、狙い違わず扉の取っ手部分に激突し……ない?
「え?」
扉に吸い込まれるように氷槍が消えてしまったのだ。
え?
なにコレ??




