第七十二話「受難」
【ルーク視点】
イオンが見つからねぇ。
陽の光が乏しくてわかり難いが、今は昼前くらいだろう。
早朝から捜索を開始して、既に六時間は経っているはずだ。
確かにイオンがこの森に迷い込んだのは昨日の話だ。
イオンも昨日は半日以上歩いたはずだから、それなりの距離を移動しているのだろう。
だが、俺たちはそれを踏まえた上でここまでほぼ走り通しで来ている。
ジョシュがいなければもっとスピードを上げられるんだが、それでも少女の足で半日やそこら歩いた距離ならば、そろそろ追いついてもいいはずだ。
それに、小一時間ほど前には、イオンが野営したとみられるドーム型の小屋を発見した。
土魔法で造られたものだったが、なかなか頑丈にできていて驚いたものだ。
そこには食い残したシーラスカイマンが落ちていた。
それほど傷んでない事を考えると、あれは朝メシとして食ったのだろう。
だから尚更追いついてもいいはずなのだ。
「な、なぁ〜?
そ〜ろそろ休憩を入れてもいいんじゃねぇかぁ〜」
「ジョシュ、さっきも言ったけど、あと一息で追いつくはずよ。もう少しだけ頑張って」
「さ〜っきも、もう少しだけって聞いたから言ってんのよ〜?
き〜っとイオンも俺たちみてぇに走ってんのさぁ〜」
「だったら尚更もう少し走るのよ!」
「ひぇ〜、言わなきゃ良かったぜぇ〜……」
ジョシュは流石にへばって来たようで、さっきら休憩させろとうるさい。
やっぱり連れて来るべきではなかったか……?
ただ、ジョシュが言う方角へ進み、イオンの野営場所を発見した。
ヤツがいなければ、こうは行かなかったかも知れない。
「しっかし、道を間違えたかも知れねぇな〜」
「どう言う事だジョシュ?」
「いやな〜、さ〜っきからイオンの足跡が見当たらねぇのさ〜?」
「…………」
思わず立ち止まってしまう。
なに考えてんだコイツ。
そう言う事は気づいた時に言いやがれ。
「こ〜のスピードで走ってんだから、しょ〜うがねぇじゃねぇかよ〜」
俺がむっとしてるせいか、ジョシュは言い訳しながら俺の顔を覗いてくる。
まあ、確かにジョシュの身体能力で、あんな痕跡の薄い足跡を探しながら走るのは困難だろう。
俺ですらしゃがんで良く見ねえ事には判別できねぇくらいの足跡だ。
ジョシュの目の良さには正直感心させられる。
「ま〜ぁ、途中から歩幅が広くなってたんで、イオンが走ってるのは間違いねぇと思うんだがな〜。
そ〜れもあって、つい見落としちまったんだよなぁ〜」
ジョシュは地面に顔を近づけてイオンの痕跡を探し始めた。
「や〜っぱり、イオンの足跡は見当たらねぇな〜。
少〜しばっか、戻るとするかぁ?」
顔を上げて皆を見回しながら言うジョシュ。
歩幅の違いまで気づいてたヤツが見落としたんだ。
きっと体力の限界で集中力が落ちたのだろう。
致し方ない。戻るしかねぇな。
「ニャニャ!? ちょっと待つニャ!!」
「どうしたジーニャ?」
ジーニャに声をかけてすぐ、俺も察した。
魔物が近づいている。
「近くにアートネートルが来てるニャ! しかも群れなのニャ!!」
群れのアートネートルだと?
ちっ、これ以上時間を無駄にしたくねぇのに……。
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「離陸しちゃったんだけど…….いいの?」
「……………」
いいのって、銀一くん……。
ちょう返答に困るんだけど……。
良くないのは十分わかってるわよ。
でも手遅れだったんだから仕方ないじゃない。
デッキには船員さんがいっぱいだったし、下船しようにもできなかったでしょ?
「王都へ向かうのは嘘じゃないみたいだし、王都の近くまで行ったら、こっそりと飛行船から飛び降りちゃえばいいんじゃない?
腕輪を付けて飛び降りれば問題ないでしょ?」
こんなことを言うのには訳がある。
私は船員さんたちが話しているのを聞いたのだ。
「本当に王都へ向かうのか? 軍隊にでも囲まれたら終わりだぜ?」
「あくまで近くまでって話だから大丈夫だろ? それよりあの女、解放するくれぇなら、その前に俺がいただいちまってもいいかね?」
「お前馬鹿か? そんな事してみろ、お前はアソコをちょん切られておっ死ぬ事になるんだぞ? それに女って言っても身体は子供じゃねぇか。確かに顔はいいが、あんな子供に欲情して命を捨てんじゃねぇっての」
「そ、それもそうだな……。だが、魔がさしそうだったら止めてくれな?」
「ちっ、そんなもん自分でなんとかしろっての……。でもあれだ、キャプテンの事だから解放するかどうかはわかんねぇぜ? とにかく空賊の誓いをした以上、誇りにかけて約束は果たすだろうが、その後に攫っちまうってのも考えられるだろ?」
「そう言えば前にもそんな事があったな?」
「ああ。だからせめてそれまでは我慢するこったな?」
「ああ、我慢する。だが、どうしても魔がさす時もある。その時は止めてくれよ?」
「だから知らねぇよ! そんなもんは自分で制御しろよ」
「できねぇから頼んでんじゃねーか!」
と。
こんな話は聞きたくなかったけど、今回ばかりは聞けて良かった。
扉のすぐ向こうでの会話だったから、いつ扉を開けられるかヒヤヒヤだったんだけどね……。
とにかくあの会話で、約束通り王都へ向かってくれることがわかった。
そしてジョ兄さんさんの本性も……。
名前の通りにまさにマッドよ、マッドさん。
まあ、絶対にそうなるとは限らないけど、絶対に信用してはいけないと思った。
でも、だったらだったで警戒を怠らなければいい。
そして王都の近くまで行ったら逃げてしまえばいいのだ。
私ってばマジ策士!
「ねえ、イオン。本当に上手く行くと思ってるの?
マッドはああ言ってたけど、スケベで危なそうな部下を二人も部屋の前に張り付かせてんだよ?
これじゃ部屋の外にさえ気軽に出られないんだよ?」
「…………」
そうなのよ……。
あの会話を聞いて急いで部屋に戻ったら、マッドさんが部屋の中にいて、身の安全のために警備をつけてやるとか言いだしたのよ。
いざその警備の人が来てみれば、逆に身の危険を感じる卑猥な目で見てくる始末。
もっとマシな人がいたはずなのに、よりによってって感じの人選なのよ……。
「まあ、こっそり抜け出すのは諦めた方がいいね?
それよりいっそのこと大暴れして、この飛行船を墜落させちゃえばいいんだよ。
あんなヤツらイオンの魔法ならイチコロだしね?
きっとキンゲスカーデより楽チンだよ?」
「…………」
楽チンって……。
いくら悪人だったとしても人を殺すのはちょっと……。
私の思いを察したみたいで、銀一が呆れたように首を振りながらため息をつく。
私ってば、つくづく顔に出ちゃうみたい。
「なんならボクとレムだけでやってもいいよ?」
「ま、まあ…そうなったらそうなったで考えるけど、とりあえずはこっそり抜け出すって方針で行きましょうよ? ね?」
「うーーん。わかった……よ。
でもね、イオン。躊躇したら逆に殺されちゃうってことは覚えといてね?
いーい、イオン?」
「わかった……」
確かに銀一の言う通りなんだけど、やっぱり人を殺すとなると抵抗がある。
幸いと言うか、あの私の火炎球で墜落した際は、怪我人こそ出たみたいだけど、死人は出ていないと聞いてホッとしていた訳だし。
何かいい方法がないのかしらね……。




