第六十二話「ワイバーンと敵襲」
黒い点はみるみる大きくなり、私でもその姿形を目視できるようになった。
ドラゴンみたいな頭にコウモリみたいな翼がはっきりと。
まさにワイバーンだ。
しかも先頭のワイバーンの後ろに更に6体続いている。
綺麗なV字飛行で隊列を組んで向かってきている。
ギルドで見たワイバーンは赤黒かったけど、迫りくるワイバーンは漆黒で、陽光を浴びた巨体は黒光りしている。
なんだか前に見たワイバーンより一回り大きく感じる。
いや、明らかに大きい。
物凄いスピードで迫るワイバーンは、数百メートルの距離を一気に数十メートルに縮めていた。
「レム起きろ!」
銀一の声とともにバッグからレムが飛び出した。
床に着地したレムは一瞬にして大きくなり、壁のように私の前に立ちふさがる。
バキバキッとの轟音と「グギャアア」との恐ろしい鳴き声が耳をつんざく。
次の瞬間、ゴガッと何かが衝突した轟音と船体を揺らすほどの衝撃。
私は何が起きたのか考える余地なく、勢いよく後方に吹き飛ばされた。
「きゃ……」
「イオン!」
後方へ吹き飛ばされたかと思ったら、今度は吸い取られるように身体が逆方向へ持っていかれる。
身体は完全に浮いた状態でどうにもならない。
みるみるレムが立つ窓際が迫ってくる。
このままだと気流にのまれて船内から放り出される。
ガシッ
私は咄嗟にレムの足に掴まった。
デッキに置かれていた椅子が私の横を猛スピードですり抜けていく。
椅子を目で追うと、みるみる小さくなって森に落下していく。
銀一が飛行船の縁で踏ん張りながら私の袖を噛んでいる。
私はここでやっと理解した。
船体に穴があいたせいで船外に投げ出される、と。
私は必死にレムの足にかけた手に力を入れる。
でももうダメだ。
風が凄くてもう掴まってられない。
レムの足を掴む手がしびれてきてる。
「あ…」
「イオン!」
かろうじて引っかかっていた指が解け、浮遊感とともに銀一の声が風にかき消される。
船外に投げ出されたのだ。
ああ、そう言う事か……。
私は猛スピードで落下しているにもかかわらず、何故か冷静に今の状況を見ていた。
レムがワイバーンへ攻撃した際、伸ばしたレムの腕が飛行船の結界を破ったのだ。
この飛行船は結界魔法で守られていて、猛スピードで飛んでいても風の抵抗を感じない。
何もない吹き抜けのような窓の作りも、実はそうした結界魔法の透明な壁で塞がれていたのだ。
レムの攻撃を受けたであろうワイバーンが、仲間に支えられながら体勢を整え、再び浮上して遠ざかっていくのが目端に映る。
そして反対側では飛行船らしき物体に向け、火炎球や氷槍らしき魔法が乱射され、また逆に向うからも同じように撃ち込まれている。
どうやらルークさん達が敵と戦っているみたい。
「あ…」
相手の火炎球が船体に着弾して黒煙が上がり、ルークさん達の飛行船がぐらりと大きく揺れた。
みんなが危ない!
「火炎球!」
瞬時に作り出した火炎球がボワっと風になびくと、ヒュンと尾を引いて飛んでいく。
そして猛スピードで飛行船の間を飛び交う火炎球をすり抜けていく。
他の火炎球の間近をすり抜けることによって、私の放った火炎球がふた回りくらい大きいのがわかった。
「やった…」
私の火炎球は見事に着弾した。
風でかき消されて音は聞こえないけど、敵の船体が着弾と同時に急激に傾くのが見えた。
敵の飛行船は黒煙を上げながらフラフラと高度を下げていく。
「イオン!」
ホッとしたところで銀一の声が聞こえた。
「レム、早くイオンをつかまえろ!」
「レム、イオ、ン、タス、ケル…」
ガシッとレムの大きな手が私の脇の下を捉え、ぐっと一気に引き寄せられる。
「レム、いいか、さっき教えたように上手く衝撃を吸収するんだぞ!」
「レム、ショ、ゲキ、キュ、シュ、ショ、ゲキ、キュ、シュ…」
「イオン、しっかりレムにつかまっててね!」
首の赤いリボンをバタバタとはためかせながら銀一が叫ぶ。
「…う、うん……」
言われた通りレムの首にしがみつく。
数秒、それとも数分、どのくらい経っただろうか。バサバサバサバサと風の音だけが聞こえる。
「レム今だ!」
銀一の声の後にフシュシュシュシュと風を切る音が響く。
次の瞬間、ふわりとGを感じ、落下速度が一気に下がった。
そして、ぐぐぐぐぐぐっと徐々にGがかかり、ピタリと静止した。
衝撃はない。
強いて言えば、車が急ブレーキで止まった時のようなGを感じたくらい。
「えらいぞレム!」
「レム、ショ、ゲキ、キュ、シュ、セイ、コウ…」
見るとレムは、腕立て伏せの状態で地面に張り付いていた。
「ボクの作戦は成功だね!」
自慢げに言った銀一は、レムの背中からぴょんと飛び下りる。
私も銀一に続いてレムの背中から下りると、レムの腕が地面に埋まっていることに気づいた。
「なにこれ……?」
「レムの手を地面に伸ばして、手を縮める速度で落下速度を吸収したんだよ?」
得意げな顔の銀一。ドヤってな感じ。
それにしても瞬時に良く考えついたわよね。
まあ、確かにそんなドヤ? ってな顔にもなるわね。うん。
「イオン、これからはボクの言うことはちゃんと聞いてよね?」
「え? なんのこと?」
「だから、腕輪だよ……。
飛行船に乗っている間は常にしといた方がいいって、何度も言ったよね?」
そうだった……。
飛行石が埋め込まれた腕輪の魔道具だ。
傷つけたりしたら大変だからバッグにしまってたんだ。
それじゃ意味がないから身につけておけって、何度も銀一に言われていたんだ。ルークさんにも……。
「…ごめんなさい………」
「本当だよ。せっかくルークがくれたのに、これじゃ意味ないよ……」
「あ、ルークさん達は!?」
忘れていた訳ではないけど、ルークさんの名前が出て急に心配になった。
「あ……」
空を見上げると、飛行船はフラフラと頼りなく飛びながら、ちょうど山を越えて行くところだった。
ど、どうしよ……。




