第六十一話「魔力量」
「ん? そうか。イオンは記憶を失くしているから、一般的な魔力量もわからなかったのだな……」
もの凄く労し気に私を見上げる御子息くん。
成り行きでルークさんにのっかった形だけに、そんな目をされると心が痛い。
しかも御子息くんは見た目小学生だから、子供を騙しているようで尚更心苦しいよ……。
「しかしイオンは強いな?」
「私が強い?」
「ああ、そうだ。もし自分が記憶を失ってしまった事を考えると、とてもではないがイオンのように平然としていられないだろう。お前は強い。私はお前を心より尊敬している」
「尊敬……」
ますます心苦しい……。
「そうだ。イオンが『運命人』でなければ私が……いや、なんでもない。い、今のは聞かなかった事にしてくれ……」
急にあわあわして顔を赤らめる御子息くん。
これってもしかして、アレ?
私ってば、モテちゃってる?
近所の小学生や小学生の従兄弟からもやけにモテるのよね、私。
なんでか小学生ウケするのよね……。
って言うか、小学生と一緒にしたら御子息くんに失礼よね……。
「魔力量の数値だったな!」
「あ、は、はぃ…そ、そうです……」
急に音量が上がったからびっくりするじゃないの……。
でも、そうそう。魔王魔王言うけど、そもそも基準値がわからないから、ずっと気になってたのよ。
そして、ふたを開けたら実は魔王なんてほど遠かったりするんじゃないか、なんてちょっぴり期待してたりもしている。
「偏に普通と言っても、平民と貴族ではかなりの違いがあるのだ」
ほうほう。
そう言えば御子息くんと最初に出会った時、私が平民だからと言って散々な目にあったよな。
あの時の小憎たらしいガキが、今はヤケに頼り甲斐のある顔に見える。
まあ、出会いはアレだったけど、そもそも御子息くんは根が真面目で聡い子なのよね。
あの時のことは許す。うん。
「まず平民の魔力量は千から一万の間と見ていいだろう。
中には一万を超す者もいるが、割合的には四、五千程度がほとんどだな。
一万近くある者は大抵、己の属性に特化した商売をしていて、一万を超す者は兵士や冒険者などある程度魔力を必要とする職に就いている」
「属性に特化した商売って何ですか?」
なんだか興味がそそられて思わず聞いてしまった。
「属性とは魔法属性の事で、それぞれの魔法属性によって専門の職に就くのだ。
例えば己の魔法属性が土ならば石屋、水ならば水屋、治癒ならば治癒師と言った具合にな?
そして己の属性に加え複合的に魔法を扱える者は、その程度によって、鍋などの日用品から武器や魔道具まで、多岐にわたる用具の加工や製造職に就いている。
魔力量が多く、その道で熟練すれば、下手に冒険者などやるよりも実入りがいいようだ」
この世界は学力より魔力社会みたい。
まあ学があるに越したことはないと思うけど、やっぱり魔力が重要になってくるのね。
それにしても平民で千から一万か……。
「そして貴族の魔力量は平民よりも幅があって、十万に満たない者から一千万を優に超える者までいる。
ただ魔力量は家の格式に関わる故、大っぴらにしている貴族は僅かなので、貴族の普通を言うのは難しい。だが婚姻を結ぶ際に望まれる魔力量は、七、八百万ほどが好条件の目安とされているので、数的にはそれを下回る者の方が多いのだろうな?
そして余談だが、平民の中でズバ抜けた魔力量を持つ者は、男爵位を授かることもあるし、逆に貴族の中でも望んで冒険者にや商人になる者もいる。
一概には言えないが、人は魔力量によって身の振り方が変わってくるのだ。
まあ、そのくらい魔力の量は、生きる上で重要な要素となっていると言う事だ。
ただし、魔力量が多いだけでは貴族も平民も大成しないがな?」
まあ、いずれにしても魔力だけではダメみたいね。
それにしても貴族でも一千万か……。
一千万を優に超えるってどのくらいなんだろう?
「貴族最高の魔力量ってどのくらいなんですか?」
「貴族最高か?
そうだな、私が知る限り八千万ほどだろうか。
古には億を超える猛者が現れ、結果、魔族との戦を終わらせたとの伝説があるが、それはあくまで伝説だからな?」
「伝説……」
「そうだ。ただし、魔王法により億を超す者は監視下に置かれ、十億を超えれば処刑されることになっている故、貴族で億を超す者がいたとしても、当然ながら己の魔力量を秘匿するだろう。
よって、そうして秘匿している者がいる可能性はある……が、限りなく可能性は低いだろうな?」
「そ、そうなんですね……」
確か最後に見た私の魔力量は一億六千万くらいだったから、今のところ処刑はセーフみたいね。
ただ、確実に監視下に置かれる数値だけど……。
……ッ!!
まさかまた増えてたりしないわよね?
あれからの魔力の充実ぶりが半端ないんだよな……。
「どうしたイオン。具合でも悪くなったのか?」
御子息くんが心配そうに顔を寄せてきた。
今の魔力量を想像して、思わず両腕を抱いて身震いしてしまった……。
「いや、具合は悪くないので大丈夫で……って、アレなんですかね?」
御子息くんの肩越しの空遠く、豆粒ほどの黒い点が見えた。
「ん? どれの事だ?」
御子息くんが私に身を寄せて目を細めた時、後ろから声がかかった。
「ヴィンツェント様! 左舷より敵襲です!」
緊迫した兵士さんが駆け寄ってきた。
兵士さんは私たちが見ていた方角とは逆の空を指差している。
「何っ! 戦闘態勢は整っているのか!?」
「はい。既にルーク殿が指示を出しております。
ルーク殿よりヴィンツェント様も司令室へ入室くださいとの伝令です。
また、イオン様も部屋へ入るようにとの事でしたので、早急にお戻りください」
「わかった。イオン聞いたな? これより急ぎ部屋へ戻れ。いいな?」
言うや御子息くんは司令室へと繋がる扉へ駆けていった。
敵襲?
「イオン、ワイバーンだよ!」
「え?」
いつの間にか銀一が戻ってきていた。
見るとさっきの黒い点が大きくなっていて、薄っすらと形になりつつある。
まだ私には何か判別できない。
ただ、その後ろにも無数の黒い点が見える。
あれってワイバーンの群れ………?
え?




