第五十四話「王都へ出発」
「じゃあ頼んだぜ、イオン。気をつけてな?」
「クサピも気をつけてね」
「だから誰だよクサピって……」
顔をしかめるクサピ。
どうもクサピから抜け出せない……。
「イオン、そろそろ離陸するわよ?」
「はい! 今行きます、ニーナさん」
もう飛行船には私以外みんな乗り込んでいる。
ギルドでジュリエルさんたちとお別れし、先ほど馬車で辺境伯のお城に到着したところ。
ギルドの引き継ぎが忙しかったルークさんも既に船上の人で、腰に大きな剣を携えて御子息くんと話している。
「じゃあ王子さまに例の話しをしといてね?」
「おうよ。その代わりグローグリーを頼むな?」
「はい。譲ってあげられるように精一杯努力します!」
クサピはこの足で自国へ帰ることになったのだ。
グローグリーは一旦王都へ持って行き、了承を得ることができたら、エクシャーナル王国からの贈り物として、アレークラ王国へ空輸する計画になっている。
これは確実にこなさなければならない任務だ。
なんせ、元の世界へ帰れるかどうかがかかっている。
帰る方法が何も思いつかない今、なんとしても手がかりを掴みたい。
「ありがとな。本当に気をつけろよ」
「……ッ!!」
なによ今のっ!?
もしかしてクサピ、チュってした??
ほっぺにだけど、なんてことするのよっ!
「これは御守りだ。お前にやるよ。じゃあな、アレークラで待ってるぜ?」
「……………」
クサピは自分がしていたペンダントを私の首にかけて遠ざかっていく。
後ろ向きで手を振りながら振り返りもせずに。
ほっぺファーストキスを奪われてしまった……。
なんだよアイツ。
しかもクサピのくせに無駄にカッコいいし……。
「ほらイオン、行くぞ!」
「あ、はい……」
ルークさんに催促されてようやく意識が戻った。
最後の最後になんてことするのよ……。
「イオン、空の旅は長いのニャ。退屈しのぎに魔法を見せて欲しいのニャ」
「おぉ〜いおいおいおい、空の上での魔法はやめようぜぇ〜。そぉ〜れでなくとも俺は高所恐怖症なんだぜぇ〜?」
何故かジーニャさんとジョシュさんも一緒に行くことになっていた。
ジーニャさんは自主的に着いてくるそうだけど、ジョシュさんはルークさんがギルドからお金を出してまで雇ったそうだ。
このお猿さん系イケメンのジョシュさんは、きっと思いのほか頼りになる存在なのだろう。
でもジョシュさんを見てるとあのテーマ曲がループしちゃうんだよな……。
やはり必殺技はパンチだろうか。モンキーだけに。
「そうよ、イオン。まだ完全に制御できないんだし、船内では魔法はやめときなさいね?」
「ニャニャ、そんなのつまんないのニャー」
「キャっ…」
おお。
フワっと音もなく離陸したよ。
結構なスピードで浮かび上がったのでびっくり。
重力がぐんとかかって、なんだか超高速のエレベーターに乗ってる感覚。
この飛行船は全長40メートルくらいあって、まさに船の形をしている。
いや、船と言っても二つの船の船体が背中合わせでくっついた感じ。
船の上にひっくり返った船が載っかってる不思議な形をしている。
ピカピカと銀色のスペーシーな見た目だったら宇宙船とかUFOって感じだけど、木でできてるせいで、かろうじて船に見える感じなんだけどね。
それ故に、より空の旅を不安にさせる見た目でもある。
どうせなら見た目だけでも未来的な安心要素が欲しかったよ。
木って……。
まあ、装飾が豪華で船体もツヤツヤに磨き上げられてるから、気品と重厚感はあるんだけどね。
でも木なのよ、木。
「なかなかいいだろ?」
「…あ、はい……」
窓枠の竜の彫刻部分を撫で撫でしてたら、御子息くんに声をかけられた。
自慢げに顔をほころばせている。
こんな顔されたら木造に不安を抱えていたなんて言えない……。
「まあ、今回は急ぐ旅で飛びっぱなしだ。ただ、気分が悪くなったら緊急着陸させる故、遠慮せずに申告するんだぞ?」
「はい、ありがとうございます」
王都へは、本来なら飛行船でも半月ほどの旅程なんだそう。
通常は二日に一回は着陸して休み休み行くそうだ。
ただ、今回はまさに急ぐ旅。
ノンストップで飛び続け、一週間ほどでの到着を目指している。
御子息くんと話しているうちに、見る見るナッハターレ辺境地区の街並みが小さくなっていく。
意外と揺れも少なく安定していることにホッとする。
「シリ、イオンに船内を案内してやれ」
「畏まりました、ヴィンツェント様。ではイオン様、こちらへどうぞ…」
御子息くんは通りかかった女性に声をかけ、またルークさんの元へと歩いていった。
「この船は戦艦ではありませんので、比較的快適に空の旅を過ごせると思いますよ?」
「はぁ……」
「それはいいのニャ」
何故かジーニャさんもついてきた。
確かに空の上では特にやることもないし、船内ツアーがあると聞いたら参加するよね。
「こちらが食堂でございまして、二十四時間いついらして頂いても構いません。それに、お食事は客室にお持ちすることも可能ですので、その時は私にお声がけください」
「はぁ……」
「わかったのニャ」
「えー、申し訳ありませんが、私はイオン様付きのコンシェルジュですので、ジーニャ殿は食堂にてお願いいたします」
「ニャニャっ」
なんか特別扱いされてるみたい……。
まあ、そもそも私の為に飛行船を出してくれてるんだし、『運命人』への待遇として当然のことなのかも知れないけど、慣れないと言うか恐縮してしまう。
「こちらがイオン様の客室でございます。お隣にはニーナ殿、ルーク殿のお部屋と続いていますので、どうかご安心ください。私も反対の小部屋に控えていますので、いつでも何なりとお声がけくださいませ」
客室はそれほど大きな部屋ではないけど、それでも10畳くらいはありそうな部屋で、ベッドの横にテーブルに椅子、ソファまで置かれている。
部屋の奥には小さな窓が二つあり、明るく風通しも良さそう。
「私の部屋はどこなのニャ?」
「ジーニャ殿は確かルーク殿の隣だったと記憶しております」
「ニャニャ、イオンと近くて良かったのニャ」
「はい。このフロアは警備上、関係者のみに振り分けられていますので、他はジョシュ殿とヴィンツェント様のみになっております」
やっぱり何だかんだ警戒してるのね……。
王都まで何事もなければいいんだけど。
他にトイレやお風呂、会議室に遊技場と案内され、シリさんの船内ツアーは終わった。
お風呂と言っても盥にお湯を溜めて拭き拭きするタイプのアレで、テンションが上がることはなかったんだけどね。
贅沢は言えない……か。
しかし遊技場は思いのほか広く、銀一が嬉しそうに駆け回っていた。
普段は辺境伯に帯同する騎士が体を動かす為に使われているとかで、特に何があると言う訳ではないスペース。
ちょっとした体育館みたいな感じ。
確かに長い船旅だと体が鈍ってしまうだろうし、こうしたスペースがあると日々の鍛錬もできて、空の旅のストレス発散にいいのかも知れない。
銀一を見ててつくづくそう思った。
それにしても王都まで約一週間か。
陸路だと下手したら半年もかかるみたいだけど、一週間も長いっちゃ長いな……。




