第四十九話「魔石の話・3 」
「しかし完全にしゃべり過ぎたよね?」
「ボクはそんなことないと思うよ? 第一口止めされてた訳じゃないし、アイツはグローグリーが欲しい訳なんだから、むしろこのくらいで手に入るんなら万々歳なんじゃない?」
「そ?」
「そうだよ。だってグローグリーは、アダマーレムを倒さなきゃ手に入らないんだよ?」
当然のように言う銀一。
言われてみればそうかも知れない。
でも、いくらグローグリーの為とは言え、あまり公にしたくなかったのは間違いないだろうし、やっぱりクサピに対しての罪悪感が消えない。
私は銀一とあれこれ話しながらも、頭ではクサピになんて言おうか悩みつつ歩いていた。
そしてギルドの外へ出てみると、壁際でしゃがんでいたクサピと目が合った。
なんともウ◯コ座りが似合うこと。さすがクサピ。
「へへ。その顔だと、やっぱ俺も一緒に行った方が良かったみてぇだな?」
小さく笑ったクサピは、予想していたかのように言いながら近寄ってきた。
「ごめんなさい。やっぱり第一王子のこととか話さないと難しいみたい……」
「お前が謝ることねぇよ。そりゃ流れ的にそうなるだろうしな?」
「怒ってないの?」
「なに言ってんだお前、こんなことで怒る訳ねぇだろ? 俺は希少なグローグリーを譲ってもらう身なんだぞ? それに表に辺境伯の馬車が停めてあったから、どうせ俺の身元はバレてたんだろう? そうなったら国同士の貸し借りにした方が得策だ。いくら手に入れたお前が頼んだとしても、はいどうぞとは行かねぇよ」
クサピはそう言って手をひらひら振ってみせる。
そして、身支度を整えるようにマントやズボンの砂埃をはたくと私にニコリと頷いてみせた。
何もかもお見通しだったみたい。
臭いでバカになってない分、頭が回るようだ。
それにしても無臭のクサピはイケメンすぎる。
まさにアンジェリーなイケメンだよ。
「じゃあ行くか?」
「あ、はい……」
うかつにもクサピに見惚れてしまってたよ……。
だって変わりようが半端ないんだもん。
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部屋に戻るとニーナさんもいた。
私と目を合わせたニーナさんは、整った眉の間に薄っすらシワを寄せ、少し怒ったような顔をした。
私がいない間に話しを聞いたのだろう。
『ごめんなさい……』
私がアイコンタクトで謝ると、ニーナさんはすぐに顔の緊張を解いてニコリと笑んだ。
「しょうがないわねイオンは」と聞こえてきそうな表情だ。
「大体はイオンから聞いた。初めに言っておくが、召喚魔法は軍事目的などではなく、ごく個人的な目的で、一個人が研究している案件だ。決して貴国に攻め入る為のものではない」
いきなり挨拶もなしに言い放つクサピ。
その言葉は落ち着いた雰囲気で静かに発せられた。
あのいつものチャラチャラした感じは見る影もない。
「では個人的な目的とは何なのだ? そして研究者とは誰なのだ? ジフュン教授辺りならば到底個人的では済まされないからな?」
御子息くんもクサピに負けず劣らずの落ち着いた雰囲気で問い返している。
12歳には到底見えない落ち着きぶりだ。
「そうなるな? 我が国を代表する魔法学者のジフュン教授ならばな? ある意味弱みを見せるようなので秘しておきたかったが、こうなれば致し方あるまい」
言葉を切ったクサピが私を見てウインクをする。
言葉づかいといい別人のようだ。なにより無臭だし。
「我がアレークラ王国の第一王子、オーフェス殿下は『運命人』がいないのだ。いや、お産まれになってから、これまで一度もオミニラーデに表示されずにいる」
「まさか…」
「そうだ。まさにそのまさかだ。これは王位継承にも関わる故、様々な方面で原因を探ったがわからずじまいなのだ。そこで殿下ご本人も色々お考えになり、異世界から『運命人』を召喚することを思いついたようなのだ」
「すると召喚魔法の目的は『運命人』を異世界から召喚することで、その人物と言うのが第一王子ってことなのか?」
「そう言うことだ。しかし、その召喚魔法は理論上は可能らしいが、現実的な話ではないようで殿下は既に諦めておられる。しかし、俺は聡明な殿下に王位を継いで欲しい。そこで俺は万病を治すとの言い伝えがある、グローグリーに託そうと思いたち、魔石ハントに出て来た訳だ。王位継承者を決定する日まで、既に一年を切っているからな」
「…………」「…………」「…………」
クサピがルークさんたち三人を睨めつけるように見渡す。
決して敵対心を剥き出しにしている訳ではなく、真摯に何も隠すことなく語ったんだと言わんばかりの目だ。
「それが本当ならば、何故魔石ハントに出て来たのが一人なんだ? グローグリーと言えば、アダマーレムを倒さない限り手に入らない魔石だ。一人では無理があると思うがな?」
「それは殿下が既に諦めておられるからだ。第二王子のに王位継承権を譲るお考えなのだ。既にその動きがあり、今や殿下の為にアダマーレムと闘う者はいない。それに殿下もそんな危険な行動は許していない」
ルークさんの問いにも淀むことなく答えるクサピ。
いや、もうクサピクサピ言ってたら怒られるな。
あれ? なんだっけ、クサピの本名……?
「でも、そうなったらイオンが直接召喚魔法の教えを請うのは、その第一王子ってことよね?」
今まで黙っていたニーナさんが口を開いた。
「そうだな。殿下とは子供の頃からの仲なので、そのくらいの融通は利くし、殿下も性格的にイオンの申し出を断らないだろう」
「ウィル、そう言うことを言ってる訳じゃないのよ。イオンが敵国である王子と会うことに問題があるのよ」
そうだ、ウィルだ!
いや、そこじゃないわね。
私がアレークラ王国の王子と会うことに問題?
会えないとなると、せっかくの帰る手がかりがつかめないじゃない。
「どう言うことだ?」
私の気持ちを代弁して問い返してくれるウィル。
「ウィルがここまで話してくれたのだから、話してもいいわよね?」
ルークさんと御子息くんをチラリと見るニーナさん。
二人ともニーナさんに小さく頷き返す。
「イオンはエクシャーナル王国第一王子、エドワード殿下の『運命人』だからよ」
「それは本当なのか?」
ウィルが驚きの目を私に向ける。
そんなウィルに私は曖昧に頷いてみせる。
「しかも殿下とお会いする前に、アレークラ王国の王子と会うなんてあり得ないわ」
「確かにな……」
「殿下とお会いした後なら、アレークラ王国の王子と会ってもいいんですか?」
聞かずにはいられなかった。
だって『運命人』のことを考えるにしても、『運命の人』の問題をはっきりさせたい。
それには帰る手がかりである召喚魔法を教えてもらいたい。
そして帰れるのであれば『運命の人』のところへ帰りたい。
「そこまでして召喚魔法を学びたいの?」
「は、はい…」
ニーナさんが呆れ顔で小さく笑う。
そして、その小さな笑い声を最後に場が静まりかえってしまった。
でも『運命の人』を放っては前に進めないんだよ……。
「しょうがねぇな……」
ルークさんの呆れた声が沈黙を破った。
「とにかく王都行きは決まりだな? あとは殿下と話してからのことだ。それでいいな、イオン?」
「はい……」
明日を待つことなく、私の王都行きが決まってしまったのだった。




