第四十六話「混浴のエルマーテ」
「なんでクサピがいんのよ!」
「いや、まず言っとくが俺はクサピじゃねぇ。ウィルだ。それに俺がここにいるのは俺が凄えからだ。ギルドでお前が出かけてると聞いて、もしかしたらと思ってここへ来てみたんだよ。俺の勘が当たったってことだな? 凄えだろ?」
なによコイツ。
そんなことが聞きたかったんじゃないわよ。
しかも偉そうに語っちゃって……。
相変わらず無神経なヤツだ。
「私が入ってるのわかってたんでしょ? それなのにわざわざ入ってくることないでしょうよ!」
「なに言ってんだお前、天然のエルマーテだぞ? タダなんだぞ? そりゃ入るに決まってんだろうが」
ダメだコイツ。
自分の臭いでやっぱり色んなところがバカになってるよ。
って、アレ?
クサピ臭がしない。
もしかして私の鼻、もうヤラれたの?
「あぁそうか。もう臭くねぇだろ? 身体も服もガッツリ洗ったから俺はもう無臭だ。いや、俺の女殺しのフェロモンが香ってるかも知れねぇな? カッカカカカカカカ……」
私がクンカクンカしてたのを見てか、クサピが意味不明な戯言を言って高笑いする。
正直いちいちツッコムのが億劫。
しかし確かに無臭だ。
てか無臭のクサピはクサピじゃない。
ただのイケメンだ。
…………。
普通にイケメンなんですけどコイツ。
急に恥ずかしくなってきた!
だってハリウッドスターのようなイケメンと一糸まとわぬ姿で対峙してるのよ?
しかし同時にすんごく屈辱的な気分にもなってくる。
クサピに緊張してる私。
あり得ないよ……。
「実はお前に頼みごとがあって来たんだ」
なにそのシットリしたトーン。
ギャップがもの凄いんですけど。
「な、なんですか頼みごとって……」
なんか声が震えてるんだけど私。
なにクサピなんかに緊張してんのよ……。
「俺にグローグリーを譲って欲しいんだ」
「グローグリーってアダマーレムの……」
「ああ、そのグローグリーだ。聞いたぜ、お前がアダマーレムを倒してグローグリーを取り出したんだろ?」
誰から聞いたんだろ……。
使用目的によっては譲ってあげてもいいかなって思ったのは事実だけど、プライベートに首を突っ込むなって言ったのは何よりコイツだし、聖域を穢したコイツにだけはあげないって心に決めたことだ。
「お前、俺になんでグローグリーが欲しいか理由を聞いてたよな?」
「まあ聞いたけど、プライベートに首を突っ込まないで欲しいんでしょ?」
「まあな。でもグローグリーを持ってるとなりゃ別だ。あの時理由を聞いたってことは、その事情の如何によっては、俺に譲ってやってもいいって思ってたんだろ?」
「…………」
その通りだけど……。
なんかクサピの思考があまりにも現金すぎて、せっかくの親切心が萎える。
「ハハ、そのマヌケヅラだと図星だな?」
萎えるどころか消滅したよ。
って言うより、近いっつの顔。
手で押しのけたいところだけど、その肝心の手は大事なところを隠しているので使えない……。
「あ痛っ……」
「ギッ、ギギギギッ……」
銀一ナイス猫パンチ!
クサピが銀一の猫パンチと威嚇で後ずさった。
やっぱり頼りになる相棒だ。
「と、とにかくだ。誰でも人には言えねぇ事情ってのがある。特に今回の俺の事情は、なかなか繊細な問題なんだ」
なによいきなり……。
もう聞いてないっつの。
「特にエクシャーナルの人間には聞かせたくなかったんで、あの時は無下にしちまったが、こうなったら話すしかねぇ」
だからこうなったらも何ももう聞いてないっつの。
臭いがとれても存在自体が面倒臭いみたい。
「実はこう見えて俺はアレークラ王国の貴族で、王子とは従兄弟なんだよ?」
嘘でしょ。
こんなヤツが貴族なの?
しかも王子と従兄弟って……。
アレークラ王国と言えば、このエクシャーナル王国とは犬猿の仲の敵対国。
クサピがアレークラ王国の人だってのは聞いてたけど、まさか貴族だなんて……。
こんなのが貴族だったら相当野蛮な国なのだろう。
「そんな訳で王子とは子供の頃から仲がいいんだ」
クサピと仲がいいなんて、その王子の底が知れるわね……。
そんなのが王子ってことは、やっぱりアレークラ王国は野蛮な国なんだろうな。
「でだ。ここからが本題だ」
勝手にしゃべり出したんだから早く本題に入ってよ。
そして早くお湯からあがって欲しい。
私が先にあがりたいところだけど、コイツに色んなところを晒したくない。
「この王子なんだが、生まれた時から今に至るまで運命人が表示されねぇんだ」
「運命人!」
タイムリーすぎるワードの『運命人』がクサピの口から出てきて、思わず大きな声をあげてしまった。
「ああ、運命人だ。それで困ってんだ」
「困ってる?」
「まあ、もう本人はどうでもいいみてぇだがな?」
少し哀しげな顔で笑うクサピ。
コイツもこんな顔するんだ。
と思うと同時に、イケメン度が増すクサピに戸惑ってしまう。
なんで裸で話してるのよ、私たち……。
「王子は第一王子で王位を継承する身なんだが、運命人が定まってねぇがために王位を継げねぇんだ。今まで何人もの魔法学者に診てもらったんだが、その原因は一向にわからねぇ。結局は何かしらの病いに侵されてるってことで、今のところは一種の病気と診断されている…」
「それで万病を治すとの噂のグローグリーを……?」
クサピは私の呟きに満足そうに笑い、「そう言うことだ」と言って話を続ける。
「まあ正直な話、王子も俺もそれで治るとは思ってねぇ。だが試してみる価値はあると思っている。王子は運命人がこの世界にいないんなら異世界から召喚すればいいとか言って、随分前からその筋を勉強してるんだが、実現するまで待てねぇんだよ。だから俺は藁をもすがる思いで、グローグリーに賭けてみることにしたんだ」
「異世界から召喚!?」
思わず絶叫してしまった。
なんてったって異世界だ。
ここから見れば日本は間違いなく異世界なはず。
召喚ができると言うことは、こっちから転移することも可能かも知れない。
「異世界からの召喚ができるんですか?!」
「な、なんだよ急にでけぇ声出して……」
ビクリと驚いたクサピが怪訝な顔を私に向けてくる。
ちょっと力みすぎたみたい。
でもとっても重要なことだ。
「いや、ちょっとびっくりしちゃって……。でも本当にできるんですか、そんなこと?」
重要なことなので、なんとか興奮を抑えてもう一度確認してみる。
「俺は良くわからねぇ。だが、王子の話では理論上はできるらしい。やけに魔力を使うらしいんで、ある魔石が必要になってくるみてぇだ」
「ある魔石?」
「ああ。詳しくは聞いてねぇが、竜の宝珠級の魔石が幾つか必要らしい」
「竜の宝珠……」
「そうだったな。そう言えばお前、記憶喪失だったんだな? 竜の宝珠って言うのは、エルフが神の魔石と崇めている森の源とも言える魔石だ。この竜の宝珠によって、エルフの森は雨が降らずとも豊かでいられるらしい」
なんだか良くわからないけど、凄い魔石なのはわかる。
とにかく凄い魔石が幾つかあれば、異世界からの召喚ができるってことだろうか。
そうしたら転移も……?
「条件が揃えば、今すぐにでも異世界からの召喚が可能ってことですか?」
「まあそうだろうな。でも、あくまで条件が揃えばの話だぜ? 竜の宝珠級の魔石は、大迷宮の最下層にでも行かねぇと手に入らねぇから、なかなか手に入る代物じゃねぇ。だから俺はこうしてグローグリーに託すことにしたんだ。なんせ王位継承者を決める日が、あと一年もしねぇで来ちまうからな? とてもじゃねぇが間に合わねぇし、実際に手に入るかも定かじゃねぇ。まあ無理だろうな?」
クサピの話を聞く限り、異世界召喚の条件を満たす可能性はゼロに近いみたい。
でも、理論上はゼロじゃない……んだよね?
「もし、もし条件が揃ったら、異世界から運命人を召喚するみたいに、こっちから異世界へ転移することもできるんですか?」
聞かずにはいられない。
まさに私が求めているものだから。
「さあな。なんせ俺は門外漢だしな? あれだったら直接お前が王子に聞いてみるか? グローグリーを譲ってくれんだったら、そのくらいの手引きはするぜ?」
「譲ります!!」
「おぅふ……」
思わず叫びながらジャパッと立ち上がってしまった……。
クサピに見られてしまったよ……。




