第四十四話「ギルドにて・1」
ギルドに帰った私は、すぐ寝てしまった。
流石に疲れてたみたい。
そりゃ初めての迷宮で初めての魔法戦らしきものをしたのだ。
16歳だって疲れると言うものだ。
銀一を起こさないようにバッグから取り出して、胸に抱きながらベッドに転がったところまで覚えている。
その時の銀一は起きる素振りも見せなかった。
銀一も相当疲れていたのだろう。
がんばってたもんね、銀一。
「でもその時に妹が言ったんだよ。お兄ちゃんのせいじゃないから、このまま逃げて生きのびてって」
銀一が薄っすらと涙を浮かべながら話している。
バスクダイパーに見せられた幻想を語っているのだ。
銀一は妹が三人、いや三匹いて、そのうちの一匹が竜王グリフォンに襲われて、生き別れになってしまったそうなのだ。
きっと亡くなっているそう。
その時の幻想、いや、悪夢を見せられていたらしい。
現実には妹が銀一をかばって体当たりしてきたところを、竜王グリフォンに鷲掴みにされて攫われたそうなので、会話することもなくそれきりだったそうだ。
銀一にも辛い過去があったんだね……。
そんなことがあったから、強くなることに固執しているのかも知れない。
なんだかカッコイイよ、銀一。
「でもボク、妹に会えて良かったよ。スッキリしたって言ったら妹に悪いけど、ずっとあの時のことが頭に残ってて、妹になんて言ったらいいかわからなかくて……」
「よかったね……。それにありがとね、ギギ」
私はぎゅっと銀一を抱きしめた。
銀一は妹と同じことを私にしてくれた。
アダマーレムと戦っている時の銀一は、ちょうカッコよかったよ。
「イオン、起きたのか?」
ルークさんだ。
ギルドに着いた時、ルークさんには話があるって言われていた。
辺境伯やら各所へ連絡があるから、一休みしてからでいいって言ってたけど、こんな騒ぎを起こしたんだから怒られたりするのかも……。
「はい、起きてます。今いきますね」
声をかけといて銀一に目配せする。
ニコリと笑った銀一はぴょんと身軽に肩に乗ってきた。
どうやら一緒に来るみたい。
「怒られるのも一緒だよ?」
「やっぱり怒られるのかな……」
それにしても銀一は優しくて頼もしい相棒だ。
それに、なによりも可愛い。
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ルークさんの部屋に行ったらニーナさんがいた。
なんか妙に緊張した面持ちのニーナさん。
透き通るように白い肌が薄っすらと紅潮して、頬や尖った耳なんかはピンク色の髪に近くなっている。
まるでニーナさんが怒られに呼ばれてるみたい。
「そこに座ってくれ」
「はい……」
ルークさんに言われて一人がけの椅子に腰を下ろす。
ルークさんはニーナさんの隣の長椅子に腰を下ろして私と対面した。
「イオン」
「ごめんなさい!」
ここは素直に謝るべきだ。
しかも早めに謝るのが得策。
見ると銀一までペコリと頭を下げていた。
さすが相棒。
「いや、謝られても逆に困るんだがな?」
まあ、そうかも知れない。
確かに何も言わないうちから謝られても嘘くさいかも。
家族の間では悪いと思ったら即謝るのがお決まりだったけど、社会ではそうではないみたい。
「お前、毎朝コイツに触ってたろ?」
「は?」
ルークさんの思いもよらない角度からの問いに、思わず拍子抜けしてしまう。
見るとローテブルに黒い石ころ。
オミニラーデだ。
「ごめんなさい……」
とっくにバレてたみたい。
見ると銀一はススススっと部屋の隅へ退散。
確かに銀一には関係ないもんね……。
「いや、念のため確かめただけで、別に咎めてる訳じゃねぇんだ」
「はぁ…」
何が言いたいのかわからない。
怪訝に思いながら助けを求めるようにニーナさんを見るも、ニーナさんは小さく頷くだけで相変わらず意味不明。
仕方なくルークさんに視線を戻すと、「もう一度触ってみろ」と、私に石ころを手渡した。
うげっ……。
やばいじゃんね、コレ……。
名前:稲田依音
種族:人間族
性別:女
年齢:16歳
職業:学生
魔力:158254350
潜在寿命:87歳
潜在使命:勇者(助手)
潜在魔力:82756000
運命の人:井伊加瀬航平
魔力が凄いことになってるんだけど……。
確か今朝見た時は、潜在魔力を少し超えてたくらいだったと思いけど、なんか倍くらいになってるよ。
銀一の魔力強化、効果絶大すぎだよ……。
「やっと気づいたか?」
「…………」
まずいでしょコレ。
コレ、間違いなく処刑よ……。
「そう言う訳だ。それで辺境伯からも使者が来たって訳だ。それにイオンが重要人物でも無けりゃ、あんな飛行船まで飛ばさねぇかんな?」
「…………」
確かに。
わざわざ私の為に、『竜王の腑』とか言う迷宮へ飛行船で向かってくれたらしいのだ。
手分けしてくれたそうだけど、冷静に考えたら私一人の為にはやり過ぎよね。
「ちょっと待ってルーク」
今まで黙っていたニーナさんが声をあげる。
何かいい案でも出してくれるのだろうか。
「イオン、運命の人の欄に出てる字って読めてる?」
「え?」
魔力じゃなく運命の人?
運命の人は井伊加瀬先輩だけど、ニーナさん達には読めないはずよね……。
そうだ!!
こっちの字でなんか書いてあったんだ!
「その顔を見る限り、やっぱりわかってないみたいね?」
「そうか、イオンは字が読めねぇんだったな……」
ルークさんが久々に慈悲の目を向けてくる。
そう言うことか。
確かにこっちの字は、間違いなくルークさん達は読めるもんね。
日本語で文字化けしてると勘違いしてたルークさんにとって、突然こっちの字で運命の人が出てきたら驚くだろうし、私に教えたくもなるわよね。
なんだか納得。
「なんか書いてあるなぁとは思ったんですが……」
「なんかと来たぜ」
呆れたように笑うルークさん。
字の勉強はしてるんだよ、ルークさん。
でもこっちの字って、同じ発音なのに男文字と女文字の二種類あって、その他に境界文字と言って国の違う人間族や小人族に獣人族と、魔族以外のあらゆる種族で共有して使われている文字もあるんだよ?
三種類もあるんだよ?
それに今では魔法陣くらいにしか使用されない古代天魔文字を入れれば、まさかの四種類だよ?
古代天魔文字は別にして、こんな短期間に三種類も覚えられないっつの。
境界文字で統一しろっての、全く。
ま、境界文字以外の文字を残すことで、その国の誇りが保たれてるみたいなんだけどね。
とにかく大変なのよ、本当。
「ふふ、字の勉強も魔法と同じくらい力を入れてくれればいいんだけどね?」
「はい……」
確かにそこまで力を入れてなかった。
正直、女文字だけマスターしておけば、とりあえずはなんとかなると思ってた。
男文字と女文字の差はアルファベットの大文字小文字程度の差で、何種類か異形があるけど強引に読もうと思えば読めなくはない。
ただ、境界文字なるものは全く違う言語のように別物なのだ。
おそらくオミニラーデは境界文字で表記されているのだろう。
完全に山が外れたテスト当日の気分……。
「エドワード・カーユイン・エクシャーナル」
「え?」
「お前の運命の人の名前だ」
エドワード・カーユイン・エクシャーナル……。
って言うか、もっともらしく言われてもなんて答えていいかわからないよ。
俺だ、とか言われたら存分にリアクションとれるんだけど……。
「正確に言えば運命の人ではなく運命人だ」
「さだめびと?」
「ああ、運命人と改めて呼ばれる存在は我が国で一人しかいない」
「…………」
なんだか厳かに言ってるけど運命の人とどう違うのよ…。
ニーナさんがやけに緊張しているのが気になる。
「我がエクシャーナル王国、第一王子、エドワード殿下の運命人、ただ一人だけだ」
…………今なんて言った?




