第四十三話「帰路」
絶対アイツにだけは魔石をあげない。
そう心に決めた。
だって私の聖域が……。
「フゥオォォオオオーッ! やっぱ湯浴みは最高だな! こんなとこに天然のエルマーテがあるとは思わなかったぜ! お、スゲッ! ボロっと垢が剥がれ落ちたぜ? 見ろよイオン! スゲーぞコレ! ちょっと見てみろって? なかなかこんだけデカイ塊は見れねぇぞ?!」
穢された。
もう汚物の沼にしか見えない。
見ないけど……。
なんてことをするのだろうクサピのヤツ。
迷宮から戻って来た喜びも、コイツのせいで一瞬にしてこの絶望感。
どうしてくれよう……。
温泉ごとカッチカチに凍らせてしまいたい。
だって熱せられたせいか、ヘドロのような臭いが微かに漂ってくるんだよ?
封印すべきよね、コレ。
「イオン、行きましょ?」
「………………」
「行くのニャ!」
思いのほかショックが大きくて、まともに返事ができない。
私はただ頷いてニーナさんの後を追った。
さらば温泉。
私の異世界での楽しみが奪われた瞬間だった。
私がショックで動けなくなっている間に、ルークさんとジョシュさんはさっさと先を歩いていた。
何やらさっき聞こえてきた会話は、ルークさんがジョシュさんを口止めしてる風だった。
きっと私の魔力量の話なんだろう。
色々と動いてくれてありがたく思うと同時に、ますます心配になってくる。
だって聞くところによると、さっきのヴィギーダの巣はAランク、アダマーレムはSランクの冒険者パーティじやないと倒すのが難しい相手らしいのだ。
AとかSがどんなもんだかわからないにしても、パーティってことは複数ってことよね。
それを一人と一匹で倒してしまった……。
ルークさん、どんな言い訳をしているんだろう。
「それにしてもイオンは凄いのニャ! これからが楽しみだし心強いのニャ!」
ジーニャさんは既に私をパーティメンバー認定してるし。
断ったよね?
まあ、危険を冒してまで助けに来てくれたことには、本当に心から感謝してるんだけど……。
断ったよね?
「ヴィギーダとアダマーレムを倒した火炎球が見たいニャ!」
「いや、ジーニャさん。あれはここだと危ないからまた今度の機会で……」
「そっか、わかったニャ。それとジジでいいのニャ!」
ジジ!
そうか、ジジと呼べるんだ。
確かにニーナさんもジジって呼んでたから、これは大丈夫なヤツだろう。
いいよね、呼んでも?
と思いつつ、さっきの事を思い出して地面を凍らしておく。
またスラッシュワームが出てきたら厄介だもんね。
もちろんこっそり無詠唱。
さっき凍らしたところから先が、キリキリキリキリって微かな音を立てて凍っていく。
このくらいなら気づかれないだろう。
「ニャニャ!」
ジーニャさんが私の胸の前に手をかざしながら歩みを止めた。
しかもいつの間にか剣を抜いている。
「何か魔素の流れがあったニャ! 気をつけるニャ!」
「…………」
早速敏感に反応しちゃったみたい、ジーニャさん。
そんなジーニャさんに気づかれないように、ニーナさんがジロリと私に目配せしてくる。
ニーナさんにはバレてたみたい……。
『ごめんなさい……』
アイコンタクトで謝罪する。
ニーナさんが整ったお顔を歪めて小さなため息をつく。
「ジジ、大丈夫そうだから先を急ぎましょ?」
「そうかニャ?」
「ええ。でも警戒はしといた方がいいわね。ジジ、森の入り口まで頼んだわね!」
「了解だニャ! 私に任せるのニャ!」
上手いこと誤魔化すニーナさんと誤魔化されるジーニャさん。
なんかどちらにも申し訳ない。
でもフラッシュワームやジジントが出てくるより、この方がマシよね?
銀一は疲れたのか、バッグの中でスヤスヤ眠っている。
小さく丸まって眠る姿が超キュート。
しかし、さっきまで迷宮にいたのが嘘みたいよね。
銀一も傷だらけだったし、私だって左足が千切れてたんだよな。
本当無事に帰って来られてよかった。
あのバスクダイパーって白い蜘蛛なんて、ルークさん達が来なかったらやばかった。
あれは幻想を見せる魔物らしく、相手が死を覚悟した瞬間に鋭い牙で魂を抜き取るのだそうだ。
バスクダイパーは目が悪い上、物理攻撃には弱いそうだけど、単独で挑むには厄介な魔物らしい。
ルークさんの推理では、例の記憶喪失になった冒険者は、あのバスクダイパーに魂を抜き取られた後、運良くヴィギーダの巣を逃れて迷宮転移魔法陣で転移してきたとのことだった。
危うく私も正真正銘の記憶喪失になっているところだったよ……。
あの悪夢から目が覚めた瞬間に見た白い塊……。
思い出したらゾッとする。
かなり危機一髪で助けられてたことになる。
迷宮は怖いところだ、本当。
しかし迷宮から出てからと言うもの、自分の体内で魔素の流れが活発化してる気がする。
それはもう如実に。
意識して作り出していた魔素の塊が、無意識のうちに体中をうごめいている感じなのだ。
しかも一つではなく無数に。
これが銀一が言っていた、魔力強化の賜物なのだろうか?
少し怖くなってくるよ……。
「イオン、大丈夫?」
「あ、はい……。少し疲れたっぽいです…」
事実、ほんのりとした倦怠感がある。
あれだけ魔法を使ったのだ。
これもしょうがない気がする。
「少しって、あれだけの魔物と対峙して魔法を行使したんだから、少しどころか疲れて当然よ? 帰ったら少し横になって休むといいわ」
「……はい。ありがとうございます」
どこまでも優しいニーナさん。
本当にこの人と出会えて良かったよ。
「ニャニャ! 帰ってからもっと詳しく話を聞きたかったのニャ!」
「ジジには私から話すことがあるから、そんなこと言ってないで帰ったら私の部屋へ来るのよ!」
ニーナさんもジーニャさんに口止めするのだろう。
ルークさんといいニーナさんといい、本当に迷惑をかけてばかりだな、私。
しかし本当に隠しきれるのだろうか。
なんだかどんどん不安になってきたよ……。




