表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/116

第四十三話「帰路」

 


 絶対アイツにだけは魔石をあげない。


 そう心に決めた。


 だって私の聖域が……。


「フゥオォォオオオーッ! やっぱ湯浴みは最高だな! こんなとこに天然のエルマーテがあるとは思わなかったぜ! お、スゲッ! ボロっと垢が剥がれ落ちたぜ? 見ろよイオン! スゲーぞコレ! ちょっと見てみろって? なかなかこんだけデカイ塊は見れねぇぞ?!」


 穢された。


 もう汚物の沼にしか見えない。

 見ないけど……。


 なんてことをするのだろうクサピのヤツ。

 迷宮から戻って来た喜びも、コイツのせいで一瞬にしてこの絶望感。


 どうしてくれよう……。


 温泉ごとカッチカチに凍らせてしまいたい。

 だって熱せられたせいか、ヘドロのような臭いが微かに漂ってくるんだよ?


 封印すべきよね、コレ。


「イオン、行きましょ?」

「………………」

「行くのニャ!」


 思いのほかショックが大きくて、まともに返事ができない。

 私はただ頷いてニーナさんの後を追った。


 さらば温泉。


 私の異世界での楽しみが奪われた瞬間だった。


 私がショックで動けなくなっている間に、ルークさんとジョシュさんはさっさと先を歩いていた。

 何やらさっき聞こえてきた会話は、ルークさんがジョシュさんを口止めしてる風だった。

 きっと私の魔力量の話なんだろう。


 色々と動いてくれてありがたく思うと同時に、ますます心配になってくる。

 だって聞くところによると、さっきのヴィギーダの巣はAランク、アダマーレムはSランクの冒険者パーティじやないと倒すのが難しい相手らしいのだ。

 AとかSがどんなもんだかわからないにしても、パーティってことは複数ってことよね。


 それを一人と一匹で倒してしまった……。


 ルークさん、どんな言い訳をしているんだろう。


「それにしてもイオンは凄いのニャ! これからが楽しみだし心強いのニャ!」


 ジーニャさんは既に私をパーティメンバー認定してるし。


 断ったよね?


 まあ、危険を冒してまで助けに来てくれたことには、本当に心から感謝してるんだけど……。


 断ったよね?


「ヴィギーダとアダマーレムを倒した火炎球ファイアボールが見たいニャ!」

「いや、ジーニャさん。あれはここだと危ないからまた今度の機会で……」

「そっか、わかったニャ。それとジジでいいのニャ!」


 ジジ!

 そうか、ジジと呼べるんだ。

 確かにニーナさんもジジって呼んでたから、これは大丈夫なヤツだろう。

 いいよね、呼んでも?


 と思いつつ、さっきの事を思い出して地面を凍らしておく。

 またスラッシュワームが出てきたら厄介だもんね。

 もちろんこっそり無詠唱。


 さっき凍らしたところから先が、キリキリキリキリって微かな音を立てて凍っていく。

 このくらいなら気づかれないだろう。


「ニャニャ!」


 ジーニャさんが私の胸の前に手をかざしながら歩みを止めた。

 しかもいつの間にか剣を抜いている。


「何か魔素の流れがあったニャ! 気をつけるニャ!」

「…………」


 早速敏感に反応しちゃったみたい、ジーニャさん。

 そんなジーニャさんに気づかれないように、ニーナさんがジロリと私に目配せしてくる。

 ニーナさんにはバレてたみたい……。


『ごめんなさい……』


 アイコンタクトで謝罪する。

 ニーナさんが整ったお顔を歪めて小さなため息をつく。


「ジジ、大丈夫そうだから先を急ぎましょ?」

「そうかニャ?」

「ええ。でも警戒はしといた方がいいわね。ジジ、森の入り口まで頼んだわね!」

「了解だニャ! 私に任せるのニャ!」


 上手いこと誤魔化すニーナさんと誤魔化されるジーニャさん。

 なんかどちらにも申し訳ない。


 でもフラッシュワームやジジントが出てくるより、この方がマシよね?


 銀一は疲れたのか、バッグの中でスヤスヤ眠っている。

 小さく丸まって眠る姿が超キュート。


 しかし、さっきまで迷宮にいたのが嘘みたいよね。

 銀一も傷だらけだったし、私だって左足が千切れてたんだよな。

 本当無事に帰って来られてよかった。


 あのバスクダイパーって白い蜘蛛なんて、ルークさん達が来なかったらやばかった。

 あれは幻想を見せる魔物らしく、相手が死を覚悟した瞬間に鋭い牙で魂を抜き取るのだそうだ。

 バスクダイパーは目が悪い上、物理攻撃には弱いそうだけど、単独で挑むには厄介な魔物らしい。

 ルークさんの推理では、例の記憶喪失になった冒険者は、あのバスクダイパーに魂を抜き取られた後、運良くヴィギーダの巣を逃れて迷宮転移魔法陣ラビリンストラップで転移してきたとのことだった。


 危うく私も正真正銘の記憶喪失になっているところだったよ……。


 あの悪夢から目が覚めた瞬間に見た白い塊……。


 思い出したらゾッとする。


 かなり危機一髪で助けられてたことになる。

 迷宮は怖いところだ、本当。


 しかし迷宮から出てからと言うもの、自分の体内で魔素の流れが活発化してる気がする。

 それはもう如実に。


 意識して作り出していた魔素の塊が、無意識のうちに体中をうごめいている感じなのだ。

 しかも一つではなく無数に。


 これが銀一が言っていた、魔力強化の賜物なのだろうか?


 少し怖くなってくるよ……。


「イオン、大丈夫?」

「あ、はい……。少し疲れたっぽいです…」


 事実、ほんのりとした倦怠けんたい感がある。

 あれだけ魔法を使ったのだ。

 これもしょうがない気がする。


「少しって、あれだけの魔物と対峙して魔法を行使したんだから、少しどころか疲れて当然よ? 帰ったら少し横になって休むといいわ」

「……はい。ありがとうございます」


 どこまでも優しいニーナさん。

 本当にこの人と出会えて良かったよ。


「ニャニャ! 帰ってからもっと詳しく話を聞きたかったのニャ!」

「ジジには私から話すことがあるから、そんなこと言ってないで帰ったら私の部屋へ来るのよ!」


 ニーナさんもジーニャさんに口止めするのだろう。

 ルークさんといいニーナさんといい、本当に迷惑をかけてばかりだな、私。

 しかし本当に隠しきれるのだろうか。


 なんだかどんどん不安になってきたよ……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ