第四十二話「選択肢はひとつ」
「こぉ〜いつは、次の間の入り口だぜ〜。こぉうなりゃ最後までトライすっかぁ〜?」
そう言いながらジョシュさんがルークさんを見る。
見事なまでに縦に口を開けた穴は、先が真っ暗で中がどうなっているのかわからない。
しかし静かに口を開けた穴は、不気味さとともに何処か誘っているようにも感じられ、なんとも不思議な雰囲気を醸し出している。
吸い込まれそうな不思議な引力を感じるのだ。
「今はこの先に行く必要はねぇ。選択肢はひとつだ。俺たちの存在が知れる前に戻るぜ」
「確かにそうね。イオンを見つけることが目的だったんだし、今は不必要な危険は回避すべきね」
ルークさんの言葉に続けたニーナさんは、「みんな、帰るわよ!」と声高々にみんなへ号令をかける。
「ちょっとだけ見に行くのニャ! お宝が手に入るかも知れないのニャ!」
「俺もこのかわいこちゃんと同じ意見だけどなぁ〜」
ジーニャさんが騒ぎ出すとジョシュさんも不満気に声をあげる。
やはりジョシュさんの好みはジーニャさんなのかも知れない。
鼻の下の長さがそれを物語っている。
「まあ、お前らだけで行くんなら好きにしていいぜ?」
「ニャニャ…………」
「ちぇ……」
しかし、ルークさんの言葉で二人は静かになった。
二人の反応を見るに、この先が危険なところなのは間違いなさそうだ。
「ちょっと待て、アダマーレムがいたってどう言う意味なんだ?」
「どう言う意味もなにもねぇ。帰り道に転がってるからすぐにわかるぜ。お前も一緒に帰るか、それとも一人で先へ進むか、早く決めるんだな?」
そうクサピへ応えたルークさんは、私の背中を抱くようにして歩き出す。
「ほら、俺たちの存在が知られる前にここを出るぞ」
「わかったのニャ……」
「しょ〜うがねぇなぁ〜。また今度にすっかぁ〜」
ジーニャさんもジョシュさんもしぶしぶながら後に続いてくる。
そしてクサピも。
やはりクサピも一人では危険だと判断したのだろう。
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「コイツがアダマーレムなのか?」
薄紫色だった部屋までくると、クサピは真っ先にしゃがみこんでアダマーレムを検分していた。
「そうだ。今は発光してねぇが、間違いなくアダマーレムだ」
「本当かよ、頭部が粉々じゃねぇかよ……」
クサピが苦々しい顔をあげる。
今でこそ石像みたいになってるけど、首ナシの巨大なモンスターが二体も転がってるのだ。
その無残な姿にクサピですら顔をしかめる始末。
しかめられる側のクセに。
でもしょうがなかったのよソレ……。
「コイツが強敵なのはわかるが、ここまでやっちまったら、グローグリーだって噂の目が跡形もねえじゃねぇかよ……」
「ハハ、言いてえことはわかるが命あっての物種だぜ?」
「そりゃそうなんだがよ……」
クサピががっくりと首をたれる。
やはりグローグリーって貴重な魔石だったみたいね。
クサピのこの落胆ぶりを見るに、よほど高価なものなのかも知れない。
「もしかしてあなたが探していた魔石ってグローグリーなの?」
「まあ、そう言うことだ。しかしそんな上手い話はねぇと思ってるし、『竜王の腑』に行きゃ、まだ手にするチャンスはあっからな?」
ニーナさんに応えるクサピ。
クサピがやけに落胆していたのは、探していた魔石がグローグリーだったからだったみたい。
そう言えばアダマーレムの目は万病を治す魔石だって、さっき銀一が言ってたな。
クサピの身内に大病を患ってる人でもいるのだろうか。
「ざぁ〜ん念だがそのチャンスは来ねえぜぇ〜。なぁ〜ぜなら、こぉこが『竜王の腑』だからなぁ〜?」
「なんだそれ? 本当にここが『竜王の腑』なのか?!」
「ああ、ジョシュの言う通りだ。九割がた『竜王の腑』で間違いねぇ」
「……ッ!!」
ルークさんの断言するような物言いに、クサピがさっきよりも急角度に首をたれる。
よほど手に入れたかったのだろう。
どうしよ……。
持ってんだけど、二つも。
小学生は王都に持ってけって言ってたけど、魔石は二つあるんだし、場合によっては譲ってあげてもいいかも。
うん、使用目的次第では譲ってあげよう。
臭い仲ってことで……。
「そんなに欲しかったんですか、そのグローグリーって魔石?」
「ほぁ?」
よほどショックが大きかったのか、顔をあげたクサピの目は焦点があらぬ方向へといっていた。
どんだけショックだったのよ……。
「まあな。その為に長いこと旅して来たんだしな?」
瞬時に焦点を合わせ、やや遠い目で答えるクサピ。
悔しいけど元がイケメンなだけに絵になる。
「もし良かったら理由を教えてもらえませんか?」
「悪りぃが教えらんねぇな。それに覚えとけ、闇雲に人のプライベートに首を突っ込むのはいただけねぇぜ?」
なぬ。
せっかく使用目的次第では譲ってあげようと思っていたのに。
しかも、最初に人のプライベートにグイグイ首を突っ込んできたのはクサピだし。
そんなにプライベートを大事にするんだったら、分身を人に晒すんじゃないわよ!
「ほら、そんなのは放っておきなさい。急ぐわよイオン」
「あ、はい…」
ニーナさんに手を引かれて我に返った。
危うく水魔法でこの茶色い塊を流すとこだったよ……。
クサピめ。
全く、ムカつくヤツだ。
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「ここら辺だったな?」
「ぬかりはねぇぜぇ〜、ルークのとっつぁ〜ん。ほぅ〜ら、こぉこに目印の石が置いてあんだろ〜う?」
「そのとっつぁんはやめろって言ってんだろうが…」
ヴィギーダがいた部屋にたどり着くと、ルークさんとジョシュさんが間の抜けたやり取りを始めた。
私が最初に転移して来た場所だ。
ここでいきなりヴィギーダに襲われたんだった。
なんか今でもゾッとする。
「帰るわよ、イオン」
「ここ……からですか?」
「そうよ、双方向の迷宮転移魔法陣なら、きっとここから帰れるはずよ?」
嘘でしょ?
こんな近くに出口があったとは……。
今までの苦労はなんだったのだろう。
銀一は知ってたのだろうか?
ふと頭をよぎって銀一を見ると、銀一はプイって目をそらした。
何そのぎこちないプイ。
知ってた?
これは後で追及すべき案件ね……。
ただ、銀一もあんなになるまでがんばってたんだから、言われてみて初めて気がついたのかも知れない。
今はそうしとこう。
「じゃあ行くぞ?」
「ニャニャ、行くのニャ!」
「よぉしきたぁ〜」
ルークさんが声をかけて2メートルほど先にジャンプすると、ジーニャさんとジョシュさんもその後に続いた。
三人の周囲が薄っすら緑色に丸く光りだす。
「イオン、行くわよ」
「あ、はい!」
ニーナさんに手を引かれて私も飛び込む。
と同時に、ふわっとアレな臭いが鼻腔を刺激する。
「あんたは別便で来なさいよ!」
「へへ、そんなつれないこと言うんじゃねぇよ、イオ……」
クサピの声が耳元でした時、ブワンと音が聞こえそうな勢いで視界が暗転した。




