第四話「冒険者ギルド」
「とにかく中で話を聞こうじゃねぇか」
言うや、さっさと中へ入ってしまったルークさんに続き、私は初めて冒険者ギルドなるものに足を踏み入れた。
まず圧倒されたのはギルドに集まる人々だ。
外の通りで見かけたのは小人族と炭鉱族ばかりだったけど、ギルドの中は多種多様な種族で溢れかえっていたのだ。
2メートル超えのオオカミのような顔の人や、ほぼサルの◯星みたいな人、見た目は人間だけど獣耳と長い尻尾を持つ男の人や女の人、もちろん小人族や炭鉱族もいる。
そして大型犬のようなトカゲみたいなのが、何匹も床に寝そべっている。
割合的にはルークさんと同じ西洋人のような人が主だけど、かなりギョッとしてしまう光景だ。
建物の中は半円状のスペースになっていて、円の直径にあたる突き当たりに、受付らしいカウンターがあり、男女四人の職員が冒険者の対応をしている。
受付の男女は皆、ルークさんと同じ西洋人的な見た目だ。
そして、その手前にはテーブルとイスが並んでいて、ざっと見たところ30人ほどが、それぞれグループを作って座っていた。
ちなみにグループは種族が混在していて、同じ種族で固まっているグループはない。
円の外周部分にあたる壁には、依頼らしき張り紙が貼ってあり、そこへも冒険者が張り紙を立ち見している。
立ち見の人や職員らしき人を合わせると、このギルドの中には優に60人以上はいそうだ。
形が違うので比べにくいけど、学校の教室2つ分くらいの広さに60人以上だから、思いのほか賑わって見える。
「ちょっと混み合ってるから事務所で話そうか?」
ルークさんはチラリと私を振り返りながら言うと、カウンターとカウンターの間にある扉を開けて入って行く。
私は駆け足でその背中を追いかけた。
ギルドに集まる人たちの目が、私に集中していたからだ。
扉の向こうは通路になっていて、通路の左右に扉が並び、部屋が小割りされていた。
ルークさんは一番奥の左側の扉を開けて入って行き、私もそれに続く。
「で、腹は減ってんのか?」
ちょっとした応接室のソファのような長椅子に、どかっと腰を下ろしたルークさんは、開口一番そんな事を言って来る。
「……はい…」
私は正直に答える。
朝寝坊したせいで朝食を食べていなかったから、さっきからお腹がクウクウ鳴っていたのだ。
多分ルークさんにも聞かれていたに違いない…。
「俺も腹減ってるんでちょうど良かった。だったら、話はメシ食いながら聞くとすっか」
ルークさんはそう言いながら、ローテーブルの上に置いてあった黒い石を手に取り、「ニーナ聞こえるか、メシを2人前頼む」と言って、「味はあまり期待すんなよ?」と私に笑ってみせた。
黒い石は手のひらサイズで、薄い楕円形をしている。無線のようなものだろうか。
文明が進んでるんだか遅れてるんだか全くわからない。
ただ言えるのは、ここが異世界で、私の知ってる常識とはまた別の世界と言う事だ。
「とりあえず、お嬢ちゃんの名前を聞かせてくれよ?」
私が繁々と無線らしき石を眺めていると、ルークさんがそれを手渡しながら聞いて来た。
「そうでしたね。私、自分の名前も言ってませんでしたね…」
ご飯までご馳走してくれようと言う人に対し、自己紹介もしていなかった事実に恐縮してしまう。
私は少し逡巡するも、「稲田依音です」と本名を名乗った。
やはりこんなに良くしてくれる人に偽名は良くない。
「それ、本当に本名なのか? 嘘ついてもすぐ分かるんだぜ?」
心外な事を言って来るルークさん。
せっかく隠し事せずに行こうと思ったのに。こんなんだから大人はダメなんだよ。
「本当ですよ!」
「わかったわかった。まあそいつを触ったからには、嘘ついても言い逃れは出来ねぇってもんだぜ。ほれ、そいつを寄こせ」
ルークさんは私の強い口調に苦笑いしながら、今しがた手渡された無線らしき石を返すように言い、私の前に手を出して来た。
私は何の事やらと思いながらも石をルークさんの手に乗せると、ルークさんは石を裏返して指で擦り始めた。
「ただのイオンじゃねぇかよ。中途半端な嘘ついてんじゃねぇよな?」
ルークさんはそう言って、「ほらよ?」と石をかざして見せて来た。
何やら柄が描いてある。
裏側の平らな面が淡いグレーになり、元々の黒が柄となって残っている。
グレーの画面に黒い柄が浮き上がった状態だ。
「あ、そうか。お前、字読めねぇんだったな? これでイオンって書いてあるんだぜ? これからは自分の名前くらい読み書き出来るようにしなきゃな?」
私がポカンとしてると、ルークさんは納得したように言って、改めて私を哀れむような慈愛の目で見てきた。
だから家庭環境は至ってノーマルなんですけど…。
しかし、あの無線だと思っていた石に別の機能もついていたとは驚きだ。
ただ、驚きと同時に私に何も告げず石を持たせて、私の個人情報を調べたルークさんに不信感を抱く。
ルークさんの好感度が急上昇していただけに、その反動がもの凄い事になっている。
「ニーナ、メシまだか?」
私のルークさんを見る目が凄い事になっていたようで、ルークさんは私から目をそらし
、誤魔化すように石に話しかけている。
「まだ5分も経ってませんよ? 子供じゃないんだから、このくらい待てないんですか?」
ルークさんが石に話しかけた次の瞬間に部屋の扉が開き、トレーを抱えたピンク色の髪をした女性が入って来た。
肌が透き通るように白く、宝石のような緑色の目をしたスレンダーな美しい女性だ。顔だちは西洋人的だけど耳が尖っているので、彼女はエルフなのかも知れない。
「そうだったか? 腹減ってて時間の感覚が麻痺してたんだな。悪りぃ悪りぃ」
ルークさんは立ち上がりながら取り繕うように言うと、スタスタとニーナさんに近づき、ニーナさんからトレーを奪うようにして受け取った。
そして私をアゴで指しながら、
「このお嬢ちゃんはイオンってぇんだ。なんか困ってるみてぇなんで、これから話を聞いてやるんだが、話によってはニーナも後で聞いてやってくれよな?」
と続ける。
そして今度は私に目を向け、
「こいつはニーナだ。今はおっかねぇ顔してるが心優しい女だ。後で相談にのってもらうといいぜ?」
悪戯っぽく言いながらウインクし、トレーをローテーブルの上へ置いた。
パンらしき塊に、ソーセージのようなものと野菜らしきものの入ったスープだった。
「イオン…で良かったかしら?」
「は、はいっ。イオンです。よろしくお願いします、ニーナさん」
トレーを覗き込んでいるところに声をかけられて、少し慌ててしまった。
「ふふ、ニーナでいいわよ。とにかくお腹空いているみたいだから、早く食べちゃいなさい? 私なんかで良ければいつでも話を聞くわ。何かあれば副支部長との話が終わったら声かけてね」
「あ、ありがとうございます。ニーナさん…じゃなくてニーナ」
なんだか優しそうな人だ。ニーナさん。
あんなお姉ちゃんが欲しかったな。
綺麗だし、さぞや自慢のお姉ちゃんになったんだろうな。
そんな事を思いながらニーナさんに頭を下げる。
ルークさんといいニーナさんといい、二人ともいい人だ。
こっちへ来て最初に出会ったのがこの人達で、本当に良かった。
私が頭をあげると、ニーナさんは凛とした美しい笑みで返してくれる。
そして、そんな美しい笑みを引っ込めるや、ルークさんをひと睨みして、
「食事を頼むくらいで、貴重な魔道具を使わないでくださいね!」
と、キツイ口調で言い放ち部屋を出て行った。
ルークさんは肩をすくめて苦笑いを浮かべているだけで、スマホをスクロールするように石をいじっている。
しかし、やっぱりあの石はマジックアイテムのようだ。
それにしても、ニーナさんがあんな顔するくらいだから、かなり貴重な石なんだよね。
そんなスマホみたいに気軽に扱ってていいのかしら…。
「それってどのくらい貴重なんですか?」
「ん?」
「その石ってどのくらい貴重なんですかって」
ルークさんが石に夢中になっていたせいで、二回同じ事を言うはめになる。
人と話している時に石いじるのやめようよ。
「ああ、これな? この魔石はブラッケンストーンだ。ブラッケンストーンは希少な上に加工が難しくてな? こいつ一つでピグメリー王国の国家予算並みの値がつくんだぜ?」
ルークさんはそう言って、ピグメリー王国とやらの国家予算並みの石を、気軽に私の手へのせてくる。
ピグメリー王国がどんな国かは知らないけど、とにかく高価なものなのだろう。
そんなものを落としたらって思うとゾッとする。お願いだからスマホカバーしようよ。
私は手に石をのせたまま、緊張のあまり動けなくなってしまう。
そして手汗が凄いことになっていく。
おかげでツルリと行きそうでますます動けない。
暫く声も出せずに固まっていると、
「まあ国家予算は大袈裟だが、かなり値のはる代物だ。間違いなく俺の家よりゃ高えな?」
と、ルークさんは笑いながら言い、私の手から石を取り上げる。
国家予算は嘘かよ。
全くこれだから大人は信用出来ないんだよ。
ただ、ルークさんの家より高いって事は、高価なものに変わりないのだろう。ルークさんがテント暮らしじゃなけばね。
そんな風に弄ばれた気持ちを整理していると、
「やっぱりおかしいなぁ…」
と、ルークさんが石をスクロールしながら呟いた。
「何がおかしいんですか?」
「いや、イオンって名前は出てくるんだけど、種族なんかの他の情報が全く出て来ない…って言うより、名前以外の情報は文字化けしてんだよ。接触時間が足りなかったのかと思ってもう一度触ってもらったんだが、結果は一緒だったな…」
ん?
滅多に拝めない貴重なお宝を触らせてあげようって催しじゃなかったのね。
そんな姑息な手を使っていたとは…。
これだから大人は信用ならないんだよ!
と、何度目かの失望を抱いていた私に、
「ほれ?」
と、ルークさんが私に石をかざして見せて来た。
「………」
私はそれを見て思わず息をのんだ。
石に浮き上がった文字は文字化けではなかったのだ。
石には私が一番見慣れた文字、日本語が浮かび上がっていた。




