第三十七話「薄紫色の終焉」
間一髪、私が放った特大の火炎球は銀一を踏み潰す寸前のアダマーレムの足に当たり、今までびくともしなかったアダマーレムを吹き飛ばした。
吹き飛んだアダマーレムから光が失われている。
いつの間にか洞窟の中は薄暗くなっていて、もう一体のアダマーレムだけが淡く薄紫色に発光していた。
これが限界値なのね!
そう確信した時、グギギギギと発光したアダマーレムから音が漏れ、次の瞬間にはアダマーレムの手が私に向かって一気に伸びてきた。速い。
同時に私も特大の火炎球を発射。
火炎球はアダマーレムの手より速くアダマーレムの胴体に着弾し、アダマーレムは爆音とともに後方へ吹き飛んでいく。
アダマーレムの拳が私の目前まで迫っていた。
まさに間一髪のところで間に合ったのだ。
目端にもう一体のアダマーレムが、ゆっくり立ち上がる姿が見えた。
銀一を踏み潰そうとしていたヤツだ。
ここで一気に氷結だったわね……。
足は治癒が始まって出血は止まっているけど、焼けるような痛みが半端ではない。
あいかわらず頭は朦朧としている。
でもここで一気に仕留めないと銀一が危ない。
私は全魔力を込め、氷に覆われた冬の世界をイメージ。
銀一をあんな目にあわせるなんて……。
カキンカキンに凍らせてやる!
「氷結!!」
左右の手から勢いよく暴風が吹き出る。
それによって二体のアダマーレムが風圧で微かによろけた。
薄暗い中でも狙い違わず命中したようだ。
次の瞬間、ピキ、ピキキキキキキキ……と、金属音のような高音が鳴り響き、アダマーレムは全く動かなくなった。
「ギ、ギギ……」
駆けつけようにも足が無いので動けない。
私は深呼吸して、自分の足に魔力を込める。
「治癒!」
うぇ……。
自分の足が生えるとこってグロい……。
それでも1分くらいで元通りに足が生えた。
ちょっと複雑だけど痛みも無くなり、ほっとする。
「ギギっ!」
私は急いで銀一に駆け寄り、すかさず治癒魔術を発動。
右耳が生え、ところどころ抉れた肉も元通りに治癒していく。
ピク、ピクピクと、さっきの痙攣とは違う、温もりを感じさせる穏やかな筋肉の収縮運動を起こす銀一。
銀一がパチリと大きな目を開ける。
よかった……。
本当に良かったよ。
キョトンと大きな目で見上げる銀一。
「ごめんねギギ」
思わず泣きながら銀一を抱き上げていた。
私が無理なお願いしたばかりに、危うく死なせてしまうところだった。
「イオンが謝ることないよ? 謝るんだったらボクの方さ。アイツらを十分に引き付けられなかったんだし、最後は足手まといになっちゃったんだからね?」
「うううん、ギギはがんばってたよ。私がもっと早く倒してれば……」
銀一は逃げ回りながらも私を守ってくれた。
私なんてアダマーレムに必死で、そこまで気が回らなかった……。
「なに言ってるのさ、相手はアダマーレムだよ? しかも一人で二体を相手にしてたんだよ? やっぱりイオンは凄いよ!」
ペロリと頬を伝う涙を舐めて笑う銀一。
ザラっとした舌がこそばゆい。
「でも良く魔法が効かない相手に勝てたよね? 本当、最初はもうダメかと思ったよ?」
私も途中思った。
最初は聞いていたから想定内だと思ったけど、あまりにもびくともしないからダメかと思ったよ。
正直あの小学生に騙されたと思った。
あ、そうだ。
あの小学生、アダマーレムの目を持ち帰れって言ってたよな。
そして王都に持って行けと。
「イオン、アダマーレムの目ってグローグリーって魔石だって噂知ってる?」
「グローグリー?」
「そう、グローグリー。万病を治すって魔石なんだよ? もし噂が本当だったら、アダマーレムの目は相当な値がつく代物だよ?」
そうなのね。
あの小学生、完全に勘違いしてるわ。
私の願いはお金なんかじゃないんだけど。
ギルドの修理代があるにせよ、私はルークさんみたいな守銭奴ではない。
でも、お金は有って困るもんじゃないわよね?
回収しましょっかね……。
「ギギ、アダマーレムの目を回収するわよ!」
「うん、それがいいね!」
私の胸からぴょんと元気に跳び下りる銀一。
本当、死なないで良かったよ。
私は銀一の元気そうな後ろ姿を見ながら、ソフトボール大くらいの火炎球をつくりだし、それを空中に浮遊させた。
視界ゼロではないにせよ、こう薄暗いと細部が見えないからだ。
火炎球のおかげで周囲が明るくなり、アダマーレムの全貌がはっきり見えた。
アダマーレムはすっかり光を失い、一体は胴体が砕け、もう一体は足が砕けた状態で倒れている。
二体とも細かい亀裂を全身に張り巡らせていて、ほんの少しの衝撃で砕け散りそう。
「コイツら、カチカチに凍ってるね?」
アダマーレムの表面に薄っすら霜が降りている。
火炎球の近くの霜は、みるみる溶け出し岩肌を黒く濡らしていく。
「イオン、こっちも少し温めた方が良さそうだよ……」
見ると銀一は自分の前足がアダマーレムの額に張り付いてしまったようで、必死に剥がそうと四苦八苦していた。
凍らせ過ぎたみたいね……。
銀一に気をつけながら火炎球を近づけ溶かしてあげる。
そしてすぐさま銀一の肉球に治癒。
これで肉球がカチカチになったら嫌だもん。
ついでに氷槍の要領で岩のハンマーとタガネをつくってみる。
手のひらに米粒くらいの土の塊が現れたと思ったら、その塊がニョキニョキと伸びていき、イメージ通りのハンマーとタガネの形になっていく。
プラモデルのようにハンマーと繋がっているタガネをポキっと折って出来上がり。
魔法って、ちょう便利。
「イオンはなんでもできるんだね!」
「ハハ…。意外と上手くいくものね……」
初めての試みなのに上首尾に行きすぎて、自分でも驚いてしまう。
でも心配なので更に魔力を込め、硬度を目いっぱい高める。
それはもうカッチカッチに。
キン、キーン
ハンマーをタガネで叩いてみると楽器のような綺麗な高音が響き渡る。
なかなか耳に心地いい。
しかし、せっかく優美な響きで穏やかな気持ちになったのに、アダマーレムの目玉をくり貫く作業に取りかからなければならない。
岩化してるとは言え、ちょっと複雑な行為よね……。
アダマーレムの目は一つ。
某モビルスーツのアレを思い出す。
薄紫色に発光したアダマーレムは、目のところだけ黒く横長にスリットが入って、マゼンダピンクの目玉がうごめいていた。
薄紫の彗星、シャ◯・アダマレムと呼んであげよう。
でも今は体と同様に光を失い、赤味がかった黒い塊に様変わりしている。
ただ、それでもツヤ感といい、火炎球の光を反射する煌めきといい、人を魅了する美しさを醸し出している。
目の周りの無数にひび割れた隙間の一つへタガネを差し込み、迷いのない彫刻家のように一気にハンマーを振り抜く。
「キーーン」との高音とともに、ボロボロボロボロと顔が崩壊していく。
思いのほか脆くなっていたみたいで、手ごたえは余り感じられなかった。
目玉だけが綺麗に残る形で崩れ落ちた。
拾い上げた目玉の魔石は砲丸のようにずっしり重い。
しかしこのバッグに入れてしまえば、重さを感じずに軽々持ててしまうから不思議。
私は目玉をバッグに落とし入れると、もう一体のアダマーレムのところへいき、もう一度同じ作業を繰り返す。
「これでヨシっと」
このバッグはお高いだけあって物凄い優れものだ。
しかもブリザードマウスの革でできたこのバッグは、中に入れておけば食料の腐敗を防げると言う、夏場のちょっとした遠足でも安心な機能付き。
そして、私が満足げに優れものバッグを眺めていると、もう一つの優れものが結果を見せていた。
ネイビーのワンピだ。
ワンピースはアダマーレムの攻撃で私の左足ごと裾が千切れていたんだけど、元の状態に再生を終えていたのだ。
スネイルガンボスの殻でできたこのワンピは、その特徴として寒暖の調節や抗菌に優れているほか、なんと言っても全体の半分以上失わない限り、元通り再生する性質があるのだ。
超高性能素材な上、動きやすいし可愛い。
それはそれは申し分のない逸品なのだ。
あのお店のおじさんが少々値の張るものと言っていたのは、あながち嘘ではなかったのだろう。
型落ちだったそうだけど、本来ならかなりの金額だったはずだ。
「じゃあ行ってみる?」
「そだね。行ってみよう!」
元気にピンク色の肉球を突き上げる銀一。
この状況では本当に救われる。
私たちはアダマーレムが門番のように立っていた黒い扉へと歩き出す。
一箇所だけ発光せずに黒い扉みたいに見えていたのは、次の部屋へ続く通り穴だったのだ。
次は何が出てくるんだろ……。
て言うか、ゴツゴツした地面で左の足の裏が痛い。
流石に靴までは生えてくれなかったよ……。




