第三十六話「薄紫色の戦い」
「イオン! イオン! イオン!」
「ギギ……」
「良かった〜。急に目が虚ろになってボーっとしちゃったから心配したよ……」
どうやら戻ってきたみたい。
銀一が言葉通りの心配顔で私を見ている。
薄っすらピンク色で可愛い。
しかし今のは幻覚じゃないわよね?
前にも経験してるから幻覚ってことはないと思うけど、上手く気持ちの切り替えができない。
薄紫色に発光している空間の先に、同じく薄紫色に発光しながら佇むアダマーレムが二体。
白い空間とのギャップが激し過ぎる。
「イオン、もう大丈夫?」
「あ、うん。ちょっとボーっとしちゃったみたいだけど大丈夫よ…」
どのくらい時間が経ってるのだろう。
一瞬な気もするし、15分から30分経ってるようにも感じる。
ただ、以前感じた変な疲れと言うか、身体がだるくて重いと言った倦怠感はない。
とにかく、あのアダマーレムをなんとかしなければ。
「ギギ、アダマーレムって動きが速かったりするの?」
「ごめん、イオン。アダマーレムのことはあまり良く知らないんだ。なんせアダマーレムと対戦して生き残ったヤツがいないからね……」
そっか。
確かに考えてみればそうね……。
じゃあ、どんな風に攻撃して来るのかも未知ってことよね?
とにかく魔法を使い続けるしかないのよね……。
「とりあえず私が魔法を連射してみるから、ギギは私の側で見てて?」
「うん! 見てる!!」
やけに嬉しそうな銀一。
群れ長とか嫌だからね、私。
あの小学生は火炎系の魔法がいいって言ってたよな。
そして魔法が効いてきたら一気に氷結させるといい、とも。
でも魔法が効いてきてるって、どうしたらわかるんだろう?
その頃合いがわからないよ……。
とにかく、火炎系だったら火炎球を撃って撃って撃ちまくればいいか。
我ながらちょうばっくりな作戦……。
でもそれしか思い当たらないのが現状。
これでいくしかない。
それに、これでダメなら私には為すすべがない。
「ギギ、ちょっと熱くなるから、やっぱり少し後ろで見てて?」
「うん、わかった!」
銀一が私の後ろに隠れたのを横目に、おへその下へ意識を集中し、魔素の塊をこれでもかと作り出す。
同時に地面や大気からも魔素を吸い込むように取り込む。
瞬時に体内の魔素の塊に吸い付き、私の中で魔力が増大していくのがわかる。
一連の流れがイメージとともにスムーズになっている。
視線の先には薄紫色に発光するアダマーレムが二体。
私は左右の手に火炎球をつくりだし、イメージとしては大きさはそのままで濃縮するように火力を上げていく。
真っ赤なバスケットボール大の火炎球は、次第にオレンジになり黄色っぽくなっていく。
更に魔力を込める。
ごうごうと燃えさかる火炎球は、その音が小さくなるとともに白っぽくなり、次第に青みを帯びてくる。
これって大丈夫なの?
っとは思ったけど、色に反して熱さが半端ないのですぐさま発射。
スン、スン
火炎球が青白い尾を引きながら、アダマーレムへと高速で飛んでいく。
発射とほぼ同時にブバァババァーンと着弾音が鳴り響く。
さっきのヴィギーダの時とは比べものにならない轟音だ。
瞬時に目の前が真っ白になり、視界が奪われる。
「やったねイオン!」
銀一がいつの間にか肩に乗ってきて、耳元で叫んでいる。
もしかして一撃で仕留めることができた?
と思った直後、
グゴゴゴゴゴゴゴ、グゴゴゴゴゴゴゴ…………
大地が軋むような鈍い音が聞こえてきた。
視界は未だ奪われたままで、何が起こっているのかわからない。
「あ、アイツ全然効いてないよ……」
少し怯えた口調の銀一。
私より早く視界を確保できたみたい。
しかし、これは私にとっては想定内。
一撃で仕留めることができるとは思ってもいなかったから、すでに次の火炎球を左右の手につくりだしている。
同じように魔力を充実させて発射。
スン、スン
思いのほか軽い音とほぼ同時に凄まじい爆発音が轟く。
「ま、不味いよイオン! アイツらこっちに来るよ!」
あいかわらず視界が乏しい私の耳元で、銀一の恐々とした叫び声。
大地が軋むような鈍い音が近づいてきてる。
あれはアダマーレムから発せられる音なのだろう。
「あんな凄い魔法が通じないんじゃ到底勝てっこないよ! に、逃げよう、イオン!!」
「ギギ、ここから逃げても向こうは行き止まりよ! それよりアダマーレムの気を引いて逃げ回ることってできる?」
銀一の俊敏性と、いざという時に身体を透明にする魔力変幻にかけてみる。
銀一が囮になってくれている間に、私が魔法を連射し続けて、アダマーレムの魔法耐性光の限界まで持っていくしかない。
幸い目が慣れてきて視界も開けてきた。
「や、やってみるよ!」
銀一は瞬時に理解してくれたみたいで、私の肩から飛び下りるや、二体のアダマーレムへと駆けていった。
「絶対ギギには当てないから、がんばって!」
そう叫びながらも火炎球をつくりだし、最大級に魔力を込めて次々に発射させる。
スン、スン、ブバァババーン、スン、ブバァーンブバァーン……
次第に爆発音しか聞こえなくなっていく。
かろうじて確保できている視界に、徐々に近づいてくる無傷のアダマーレム。
「ウッ……」
脇腹に衝撃が走ったと同時に私は地面を転がっていた。
次の瞬間、私が立っていた崩れた岩壁が破裂音とともにガガガガと更に大きな穴に変わった。
「イオン、アイツらの手に気をつけて!」
いつの間にか銀一が私の前に立っていた。
銀一が体当たりして助けてくれたようだ。
銀一の肩ごしからアダマーレムを見ると、長く伸びた手が元の長さへと戻るところだった。
「ギギ……」
「大丈夫、なるべくアイツらの気を引くから、イオンもアイツらの手には気をつけてね!」
言うや銀一は走り出す。
その銀一の右耳は半分無くなっていた。
「ギギ……」
私は立ち上がり、魔力を込めて火炎球をつくりだす。
銀一は二体のアダマーレムの間をジグザグに駆け回っている。
スン、スンとの軽い発射音と爆発音が重なりあい、見る間に視界が真っ白になっていく。
あれ?
壁や天井、地面にいたるまで薄紫色に発光していた洞窟が、いつの間にか半分ほど光を失っている。
あいかわらずアダマーレムは無傷だけど、この変化はやはり、全く魔法が効いていない訳ではないのだろう。
少しずつ消耗してるに違いない。
そう確信しながらも魔力を込めた火炎球を連射。そして連射。
魔素が体外から猛烈な勢いで私の中へ流れ込んでくる感覚。
それを循環させるように火炎球に魔力を込めての連射。
バスケットボール大の火炎球が二倍くらいに膨れ上がり、青白い尾を引いて飛んでいく。
爆発音も更に大きさを増し、眩しくて目も薄く開けるのがやっとだ。
魔力の枯渇なのか、ふっと貧血を起こしたかのようにふらついてしまう。
次の瞬間、ドドドっと音がしそうな勢いで私の中に魔素が流れ込んできた。
全身に魔素が行き渡るのを感じながら、また一気に魔力を込めて火炎球をつくりだす。
さっきよりも大きい、直径1メートル以上はある火炎球ができあがった。
しかし銀一が見えない。
ただ、なんとなく銀一を感じる。
その感じた銀一を避けながら特大の火炎球を発射。
「ぐっ……」
発射と同時に左足に激痛が走り、私はそのままバランスを失って転がった。
「ひっ……」
足が無い……。
左足の膝から下が無くなっていたのだ。
シューシューと勢いよく血が噴き出している。
出血のせいか頭が朦朧としてくる。
「ギギっ!!」
視界の端に血まみれの銀一が倒れていた。
ピクピクと痙攣している。
「やめて!」
私は叫び声とともに火炎球を発射する。
一体のアダマーレムが銀一を踏み潰そうとしていたのだ。




