第三十五話「白い助言」
いや、こんな弱気になってちゃダメよ。
どんなことがあろうが生きのびなきゃ!
そうよ。
今朝決心したばかりじゃない!
このところ朝の日課のようになった、ルークさんの部屋での石ころチェック。
【運命の人:井伊加瀬航平】
未だに消えない井伊加瀬航平の文字。
私はなんとしても先輩の元へと帰るのだ。
今はわからないけど、何かしら方法があるかも知れない。
ここは魔法の世界なのだ。
あるはずに決まっている。
そう信じて帰るすべを探すと決めたのだ。
まだまだこれからだと言うのに、こんなところで死ぬなんてあり得ない。
ただ、今朝は先輩の名前の下にこっちの文字が浮き出ていた。
あの小学生が言っていた「この世界で特別な良縁に恵まれる」との言葉が脳裏をよぎった。
その良縁相手の名前なのかも知れない。
先輩の名前が消えないうちに何とか帰る方法を探さないと。
それにはやはり、こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。
「イオン?」
銀一が心配そうに覗き込んでくる。
穴の中の光に照らされた銀一は、薄っすらピンク色っぽく見えてとてもキュート。
こんな状況でも銀一には本当に癒される。
「あ、うん。ちょっと考え……」
『窮地に追い込まれとるようじゃな?』
「……ッ!!」
銀一に応えていたら、また脳内にあの小学生の声が響き渡った。
そして一瞬の暗転後、私はまたあの白い空間の中にいた。
あいかわらずの全て白の世界に怖いくらいの静寂。
どうにもこの肉体を失ったような感覚に慣れない。
恐怖と全能感が混在した不気味な感覚も然り。
やはり『死』を意識してしまう。
『せっかく別の世界へ送ってやったと言うに、もう死にそうになっとるとはのう? と言う訳じゃて、特別の特別、まさかの再登場じゃ』
聞き覚えのある嗄れた子供の声が脳内に直接響き渡った。
なにこのタイミング。
しかもなにが特別の特別よ……。
本当は私のことを四六時中見てて、登場したくてしたくてしょうがなかったんじゃないの?
ハッ!!
まさか温泉に入ってるとこ覗き見してたんじゃないでしょうね!
『流石にそれほど暇ではないぞぃ? それに、お主を覗き見たところで誰得じゃと言うのじゃ?』
いやいやいやいや、16、16よ私!
16歳の穢れなき乙女の湯浴みだよ?
誰得も何も皆得でしょうよ!!
『そんなことより、お主にこんなに早く死なれては後味悪いでな? それにワシの善意が無になってしまうじゃろ?』
「………………」
確かに皆得は言い過ぎたと思う。
でも「そんなこと」と片付けられるほど、私は捨てたものではない。はず……。
ほんと失礼しちゃう。
しかも善意ってなによ。
私が死んだのは、あんたが順番を間違えたせいじゃないのよ!
『今からする話は、お主にとって生死を分かつ大事な話なんじゃがのう。聞かなくとも良いのじゃな?』
『きく聞くキク聞くっ!』
なによ、いきなり現れといて用件も伝えずに帰るつもり?
元をただした正論を思っただけじゃないのよ!
『聞きたいのか聞きたくないのか判断が難しいのう、お主は。善意を無にせんが為とは言え、せっかくお主を助けてやろうと思っ来てやったのじゃぞ? それをお主ときたら……』
「いいから話しなさいよ!!」
なんかムカつく。
恩着せがましいにもほどがあるわよ。全く。
それにしても心を読まれるってのは厄介よね……。
『まあそう言う訳じゃて、ワシと接する時は常に清らかな心でな? ま、お主のようなのも嫌いじゃないがの?』
『…………で、大事な話ってなによ?』
なんか調子狂う。
この小学生は本当に神様なのだろうか。
はなはだ疑問に思えてくるよ……。
『信じようが信じまいがお主の自由じゃが、今からする話を信じなければ死んじまうぞぃ。ククク、ワシ今上手いこと言ったの?』
「…………」
『…………』
「…………」
『そ、それで話なんじゃがな…』
そうよ。
つまんないこと言ってないで、さっさと話しなさいよね。
『あのアダマーレムは、魔法耐性光に守られているのじゃよ。じゃからちょっとやそっとの魔法は効かん』
なによそれ…。
反則じゃない。
あんなに大きい上に魔法が効かないなんて、私に勝ち目なんてないじゃない……。
『そう諦めるでない。お主を生かす為に助言しに来たのじゃぞ? 余計な事を考えておらんで、最後まで話を聞かんか』
『はい………。お願いします…」
『魔法が効かんとは言え、実はそれにも限度があるのじゃ。常人の魔力量ならいざ知らず、お主の魔力量なればアダマーレムの限界値を超えよう。最初はお主の魔法も通用せんが、限界値を超せば必ず魔法が効いてくる。諦めずに魔法を使い続けるのじゃ』
『魔法を使い続ける……』
確かに魔力量は増している。
今朝見た石ころには、それが歴然とあらわれていた。
名前:稲田依音
種族:人間族
性別:女
年齢:16歳
職業:学生
魔力:82756630
潜在寿命:87歳
潜在使命:勇者(助手)
潜在魔力:82756000
運命の人:井伊加瀬航平
もう既に潜在魔力を超えていたのだ。
そして名前と運命の人の欄には、こっちの文字らしきものが浮き出ていたけど、まだ他の欄には浮き出ていなかった。
しかし、この魔力や潜在魔力の数値が露見したらえらいことになる……。
今後もチェックしていくにしても人前ではできない。
『そうじゃ。お主は魔法を使い続け、とにかく逃げるのじゃ。アダマーレムに捕まったら、お主なぞ一握りで潰されてしまうからの?』
「…………」
私にできるのだろうか?
そんなに足が速い訳でもないし、相手は二体もいるのだ。
逃げ切れる自信なんてない……。
『とにかく捕まらないことじゃ。そうじゃな、具体的には火炎系の魔法が良いじゃろう。そして魔法が効き出したら一気に雪氷系で氷結させると良いぞ』
攻略法があるんじゃない!
でもその攻略法って、魔法が効くまで私が逃げ切れるかにかかってくるのよね……。
『それと、もう一つ良いことを教えて進ぜよう』
『は、はいっ!』
とにかく、今はどんなことでも教わっておきたい。
『倒したアダマーレムの目を持ち帰り、王都へ持って行くのじゃ。然すればお主の願いごとも叶うじゃろう?』
え?
アダマーレムを倒した後の話をしてどうすんのよ?
倒し切らない限り、願いごともなにもないじゃない。
まさに取らぬ狸の皮算用ってヤツだよ……。
攻略法だって、よく考えたらばっくりし過ぎだし。
もっとアダマーレムの急所とか仕留め方とか、なんか気の利いたマップにまとめてたりしてないの?
『それよりも……』
『以上じゃ。幸運を祈る。さらばじゃ』
私の問いかけ虚しく、真っ白な空間は暗転した。




