第三十四話「迷宮の外と内・3」
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【ルーク視点】
「ジーニャ、本当にここか?」
「ここなのニャ! ここでイオンが転移したのニャ!」
「………………」
夜だったから気がつかなかったと思っていたが、本物の迷宮転移魔法陣じゃ気がつかねぇな。
まさに罠だぜ。
魔法陣なんて見えねぇからな。
しかし、こんなとこに迷宮転移魔法陣があったとはな……。
人の手で描いた魔法陣なら一目でわかるが、迷宮の転移魔法陣は、そこを踏むまでは全くの透明で目印すらないのだ。
迷宮転移魔法陣がラビリンストラップと言われる所以だ。
「ルーク、どう思う?」
ニーナが言いてえのは、この迷宮転移魔法陣が双方向なのかどうかって事だろう。
迷宮転移魔法陣は一方方向に転移する魔法陣と、決まった双方向に転移する魔法陣の他に、不規則に転移する魔法陣がある。
通常の転移魔法陣は一方方向と双方向の二種類のみで、それぞれ使われる魔石の種類で顔料の色が違う為、一目でどちらの転移魔法陣かがわかるが、迷宮魔法陣は透明なだけに、実際に転移するまで区別がつかないのだ。
しかも、不規則転移する転移魔法陣があるから厄介なのだ。
不規則転移だと転移先がイオンの転移先と全く違い、更に転移先から戻って来れなくなる可能性がある。
一方方向、双方向のどちらかであればイオンの後を追えるが、不規則転移しちまったら取り返しがつかない。
下手したら迷宮のドツボにはまり、永久に抜け出せなくなる可能性があるのだ。
一か八かに賭けるにもリスクが大き過ぎる。
「正直わからねぇ。だが、この迷宮転移魔法陣が何処の迷宮に繋がっているのかには心当たりがある」
「本当なの?」
「ああ。ランク5の迷宮、竜王の腑だ」
きっとそうだろう。
これで15年前のラディクの件が説明つく。
迷宮、竜王の腑にトライしていたはずのラディクが、記憶を失くして街中を徘徊していた件だ。
ヤツはここから出て来たのだろう。
街中から離れた森の中とは言え、この距離なら街中を徘徊していたのにも納得が行く。
「竜王の腑って事は、例のAランクの冒険者の事件ね?」
「そうだ。だから一方方向の転移魔法陣の可能性は消えたな。最も迷宮の外にある迷宮転移魔法陣が一方方向な訳ねぇがな?」
イオンがここから転移したんなら、双方向、不規則転移の二つに一つだ。
まあ、どちらにしても大きな賭けになるのには変わりないがな。
「それはそうだけど……。それでどうするつもり?」
「不規則転移だとしても、同じ迷宮内に転移するんなら試す価値はあるが、もし全く違う場所に転移しちまったらたまらねぇ。ここは探索の手を二手に分けるしかねえな?」
二人で何処か知らねぇ場所に転移しちまったら元も子もねぇからな。
それにランク5の迷宮に二人きりで転移するのも危険だ。
もしもの事を考えると、一人で行った方が最悪の事態も一人で済む。
「ニーナ、今から装具を取りにギルドへ戻る。そしてこの迷宮転移魔法陣で転移するのは俺一人だ。ニーナは冒険者にイオン探索の依頼を出すとともに、お前もパーティを組んで陸路で竜王の腑へ向かってくれ」
「ちょっと、いくらルークでもランク5の迷宮に一人きりだなんて危険だわ!」
「いや、ランク5なら過去に一人でトライした経験がある。それに、もしこれが不規則転移だったら、何処へ飛ばされるかわからねぇだろ? 探索の手は広げておかねぇとな?」
「……………」
ニーナもわかってくれたようだな。
イオンは殿下の運命人なんだし、ここで危険な賭けに出る訳にはいかねえからな。
「じゃあ決まりだ。一旦ギルドへ帰るぞ」
「ちょっと待て」
今まで黙っていたヴィンツェントだ。
そう言えばここへ来る道中も無口だったな。
「竜王の腑と言えば、ここから三週間ほどかかるな?」
「まあ、徒歩だとそのくらいはかかりますね」
「もしその迷宮転移魔法陣が不規則転移だとしたら、三週間もイオンを一人にさせるつもりか?」
「………………」
痛いとこ突いてきやがる。
確かに危惧するところなんだがな。
だがしょうがねぇだろうよ。
イオンには救援が来るまで頑張ってもらうしかねえ。
アイツならなんとか凌いでくれるはずだ……。
「ならば当家の飛行船を使うとしよう。あれならば三日、いや二日で竜王の腑に着けよう」
「本当ですか!?」
「無論だニーナ。ルーク、私が当家の者を率いて竜王の腑へ向かおう。だからお前達はその迷宮転移魔法陣で行け。イオンが別の場所に転移している可能性が残されているし、その迷宮転移魔法陣には、その別の場所に同じく転移する可能性も残されているからな? その可能性を辿るにも手が多い方が意味をなす。一人きりで向かって、イオンを救出する前に死んでも何にもならんからな?」
「確かに……」
正直助かる。
ヴィンツェント・ファン・モンカールディ。
鼻に付くガキだとばかり思っていたが、良い領主になりそうだぜ。
「ニャら私もついてくのニャ。ルークとニーナと一緒に私も転移するのニャ!」
なんだか妙な展開になって来たな。
しかしジーニャも加わってくれるとなると正直助かる。
戦士が一人いるのといないのとでは、ランク5の迷宮では大違いだ。
しかもジーニャは確かAランクだったはず。
この上なく力強い助っ人だ。
「ありがとうジジ…」
「いいのニャ、ニーナ。パーティメンバーを助けに行くのは当たり前なのニャ!」
おいおい、いつからイオンとパーティ組んだってぇんだ?
まあ、どうせ自分勝手に思い込んでるだけだろうがな。
コイツの素っ頓狂なペースに乱されなきゃいいが……。
「ルーク、急ぎましょ!」
「あ、ああ。そうだな…」
俺たちは一旦ギルドへ戻る事となった。
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「ギギ、本当に大丈夫かな?」
「大丈夫にしないと死んじゃうよ?」
「………………」
そ、そうなんだろうけどさ……。
ソレ、どストレート過ぎない?
って言うか、もっとこう具体的な攻略法のアドバイスとかないのかね…。
おへそのゴマを取るとお腹が痛くなるとか、ツムジをトントン叩くとお腹が痛くなるとか、図書館や本屋さんに入るとお腹が痛くなるとか。
まあ、腹痛以上の情報が欲しいんだけどね……。
それにしても本当に大丈夫なのかしら?
なんか私に比重がかかり過ぎな気がするんだけど……。
視線を穴の向こうに戻すと、先ほどから微動だにせず門番さんしてる二体のアダマーレム。
静かに薄紫色に発光している姿は、どこか幻想的でもありながら、他者を寄せ付けない排他的な雰囲気をかもしだしている。
状況が違えば神秘的に見えるのかも知れない。
とにかく、この神聖とも感じられる静けさが、ますますアダマーレムを不気味なものにしている。
本当に大丈夫なのだろうか……。




