第三十三話「迷宮の外と内・2」
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【ルーク視点】
思った通りだった。
ヴィンツェントは第一王子の運命人の更新の連絡を受け、ギルドへ駆けつけて来たのだ。
なんせ運命人の名前はイオンだ。
先日イオンを自分で拘束していただけに、記憶に新しいのだろう。
ただ、何かおかしな様子でもある。
「とにかく、オミニラーデでイオンの情報を見てみないことにはなんとも言えない。報告はそれからだ」
「まあ、身内としてもそう言ってもらえると助かります」
有無も言わさずに捉えに来たのかと思いきや、まともな手順を踏もうとしているのだ。
先日の拘束が誤りだったとは言え、いつものコイツらしくない。
「で、ルーク。イオンは森へ行っているとの事だが、一人で行かせて本当に大丈夫なのか?」
「ええ。ホーバキャットも一緒なので大丈夫でしょう。それにここのところ毎晩行ってますので、イオンも慣れたものですよ?」
「一体イオンは森なんかに何しに行っているのだ?」
「森には天然のエルマーテがあるんですよ。イオンはエルマーテが好きみたいでして、毎日エルマーテに入っているんです」
「エルマーテに……」
急に顔を赤らめるヴィンツェント。
さてはイオンに気があるのか?
「今すぐ出ればイオンもまだエルマーテに入っているでしょうから、ヴィンツェント様もエルマーテに入りに行きますか?」
「………………」
「ルーク、この前エルマーテに忍び込んで散々怒られたでしょ? そんな事したらまたイオンに嫌われるわよ!?」
ふふ、顔を真っ赤にしやがって。
思った通り、コイツはイオンに気があるらしい。
これを見てると年相応のガキだな。
「冗談だニーナ。ただ、大丈夫だとは思うが、殿下の運命人の可能性が出てきたからには、万が一があってはいけねぇだろ? 様子を見に行くのも一つだと思ったまでよ」
「まさかお前、イオンとエルマーテに入ったのか!」
なんだよコイツ。
いきなり唾を飛ばしながら俺の胸ぐらを掴んで来た。
「いや、入ったは入ったが、アレは初日だったから心配で護衛してただけで、あれ以来はついて行ってないんで、たったの一回だけ入っただけだって……」
「一回でも入ったのだな! この痴れ者!」
ぶっ、唾が飛んでるってぇの。
なんなんだよコイツ。本人より怒ってやがるぜ。
「しかし、ヴィンツェント様。副支部長が痴れ者なのはごもっともですが、イオンが殿下の運命人の可能性が浮上した今、確かに副支部長の言うように念には念を入れ、イオンの様子を見に行くのは得策だと思います」
「そ、そうか? しかし、まだイオンがエルマーテ中だったらどうする?」
お?
いつになく俺に同調するとは、ニーナのヤツ、何か胸騒ぎでもしてるのか?
俺もなんとなく耳の後ろがピリピリとすんだよ。
こいつは何か嫌な予感がする時のもんだ。
こんなに早く辺境伯の使いが来た事かと思ったが、まさか本当にイオンに何かが起こったんじゃねぇだろうな……。
「ニーナ?」
「……なによ?」
やっぱりそうだ。
俺を見るニーナの目に焦りの色が見える。
ニーナも何か虫の知らせを感じとったに違いねえ。
俺がニーナに頷き返した時、部屋の扉がノックと同時に開かれた。
「お取り込み中失礼します」
アニーだ。
アニーはヴィンツェントに頭を下げると、身を屈めながら俺のところへやってきた。
「副支部長、ジーニャが火急の用で副支部長に面会を申し出ているのですが、その用と言うのがイオンについてだと言いますので、無礼を承知で報告に参りました」
アニーも記憶を失ったイオンを不憫に思っていたんで、こんな接客中にもかかわらず声をかけてきたのだろう。
「ジーニャがイオンの事で火急の用だと? それでジーニャは今どこにいるんだ?」
「実は一緒に連れて参りました。今は部屋の外で待たせています」
アニーの声が聞こえていたのだろう、ヴィンツェントが俺を見ながら頷いている。
「アニーをここへ通せ」
「は。かしこまりました」
アニーが部屋を出てすぐ、入れ替わるようにジーニャが飛び込んできた。
「大変なのニャ! イオンが大変なのニャ!」
「落ち着けジーニャ。それじゃ何が大変かわからねぇだろうが」
そう言いつつも、ジーニャの慌てぶりに俺も騒ついてしまう。
「イオンが迷宮転移魔法陣を踏んだのニャ! どっかに転移しちゃったのニャ!」
「ッ!!」
「ジジ、それは確かなの!?」
まさかそんなことが……。
ジーニャの目は真剣そのもので、嘘や冗談を言っているようには見えない。
こんな近くに迷宮転移魔法陣だと?
人工的な転移魔法陣だったとしても解せねぇが……。
しかもイオンが転移しただと……?
「ルーク!」
「あ、ああ…」
すっかりパニクっちまってたようだ。
とにかく、この目で確かめるしかねぇ。
「ジーニャ、今からそこへ案内してくれ!」
「わかったニャ!」
俺たちは慌ただしく出発した。
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「ねえギギ……」
「うん……」
「…………」
「………」
銀一と私はポッカリ口を開けて天井を眺めている。
そう、出口が見つかったのだ。
ただ、出られない出口だけど……。
4メートルくらいの高さの天井に、直径80センチくらいの穴がポッカリ空いている。
もう出口らしい出口はあそこしかない。
散々歩き回った結果、どこも行き止まりばかりだったのだ。
「もう少し穴が大きければ壁面を蹴りながら登って行けそうだけど、あの大きさじゃ流石にボクでも無理かな……」
「え? そんな事できるの?」
銀一の身体能力の高さに改めて驚いてしまう。
あ、ひらめいた!
私ってば天才!!
「もしかして、私が魔法で穴を大きくしたら行けちゃう?」
「多分行けると思うけどイオンはどうするの?」
「あ……」
間違いなく天才ではなかった……。
でも銀一だけでも脱出してもらって、ルークさん達に知らせてもらうってのはどうだろう。
「ギギだけで……」
「ボクを脱出させたとしても、ここが何処の迷宮かもわからないし、しかもあの先が迷宮の出口だなんてあり得ないし、例え無事脱出できて偶々ナッハターレ辺境区から近い迷宮だったにしても、ルークやニーナには言葉が通じないから助けを呼ぶ事なんてできないよ?」
私の言葉をさえぎって一気にまくし立てる銀一。
先生はお見通しだったみたい。
言葉の問題はジーニャさんで何とかなりそうな気もするけど、確かにあの先が出口とは限らないし、もし出られたとしても物凄く遠かったら、助けに来てくれた頃には私は餓死してそう。
それに魔物にだって襲われるだろうし……。
生存確率は貧相な数字しか浮かばない。
いや、もしかしたらゼロなんじゃない?
「イオン、ここは離れ離れにならない方がいいと思うよ?」
「そ、そうよね……」
確かに下手に別行動するよりも、二人が一緒にいた方が生存確率は上がりそう。
第一、私は迷宮のめの字も知らないのだ。
と言うよりも、迷宮どころか、この世界のことは何も知らないと言っていい。
そんな無知な私が、こんな危ないところを一人でぷらぷらしてたら、あっという間に死んでしまうだろう。
「きっとボク、イオンと一緒にいないと速攻で殺されちゃうよ? だから一緒にいさせてよ?」
「え?」
なんか逆じゃないの、ソレ。
私の方こそ一緒にいさせて欲しいよ。
「イオンは強いし、凄い治癒魔術も使えるし、イオンと一緒にいた方が絶対安全だよ!
それに、イオンだったら絶対脱出できるに決まってるよ!」
「そ、そう………なの?」
銀一の買いかぶりぶりが怖い。
私をなんだと思っているだろう。
ま、魔王……?
思わず天井を見上げる形で銀一から目をそらしてハッとする。
天井の穴の奥に、つい先ほども見たばかりの大量の赤い光。
ヴィギーダの大群が穴を下りてきてる!
「ってか、ギギあれ!」
「イ、イオン早く穴を塞いで!」
そ、そうだ。そうね……。
時間がないので、おへその下に魔素の塊を作り出すことなく魔法を発動。
土さんお願い!
時間がなかった割に、ドカっと手足から魔力が放出される感覚に襲われる。
その次の瞬間には、天井の穴が渦を巻きながら瞬時に塞がった。
「ふう。間に合ったねイオン?」
「…………………」
ヴィギーダの頭が天井から生えてるよ……。
間一髪と言えば間一髪だけど、グロ的には首の差で遅かった気がする……。
「なんだかイオンの魔法、すっごい上達してるよね!」
「そ、そう……?」
「うん! このまま行けばきっと無敵になれるよ!」
「…………」
だから無敵とか目指してないんだけど……。
まあ、確かに最初の頃にくらべたら、魔法を行使するまでの時間が桁違いに早くなった気がする。
魔法をイメージして形になるまでが本当に早くなった。
でも、最初の頃に感じたナチュラルハイ的な気持ち良さが、最近はあまり得られなくなっている。
魔力を放出する一瞬以外は魔法を使っている感覚がなく、空気を吸うような自然な感じなのだ。
私の身体が魔法に馴染みつつあるのだろうか?
「もしかしたら行けるかも知れないね?」
「な、なにが?」
「アダマーレムだよ、アダマーレム!」
「ああ………」
行けるとか行けないとかではなく、これであそこを通らない限りは、ここから抜け出せなくなったのよね……。
でも人類と魔物あわせても、対戦成績はほぼほぼ無敗なのよね、アレ。
そんなのを相手に無事に通れるのだろうか。
銀一が知らないだけで、クリアした人がいると信じよう。
「行くよ、イオン!」
「あ、うん……」
しっぽをピンとたてた銀一が歩き出していた。
なんとも堂々とした歩き方で、その表情はことのほか嬉しそう。
全くもってこの状況に似つかわしくないよ、ソレ。
ただ、そのメンタルが羨ましくもあり、心強い。
そして、首の赤いリボンが可愛らしい銀一に癒される。
それがなによりの救いかも……。
がんばろう。




