第三十二話「迷宮の外と内・1」
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【ニーナ視点】
「わ、わかったわ。確かに処遇の詳細がはっきりするまでは、ギリギリまで捜索依頼は出さない方が良さそうね……」
イオンが第一王子の運命人だなんて……。
こんなことってあるの?
さっき「ちょっといいか?」とルークが部屋に入ってきた時、その表情で何か重大なことを話しに来たのだと感じた。
感じたけど、まさかこんな話になるとは……。
イオンには本当に驚かされる。
もしかしてイオンは自分の運命の人を知り、このエクリャーナル王国を目指して遠国から旅をしていたのだろうか。
そして旅の途中、何かしらの事故に遭って記憶を失った……?
てっきり魔力量の多さを疑われ、やむを得なず生まれ故郷を追われたのだと思っていた。
記憶を失ったのも、その道中で事故にでも遭ったのだと思っていた。
まあ、今考えても不毛よね。
いずれイオンの記憶が戻れば明らかになるんだし。
イオンが運命人だとわかった今、イオンを保護することが第一よね。
王国の意向次第で処刑される恐れもあるし、更新前の運命人の地位や家柄次第では、新しい運命人に暗殺者を差し向ける恐れもある。
今のところ前者は無さそうだけど、まだまだ気は抜けないわ。
歴史を見る限り、成功の有無にかかわらず後者は必ず実行されてきたのだ。
魔王どころの話ではなく、間違いなく生死に関わる事案になってしまった。
「そうだろ? とにかく少しの間だけでも、この事は俺たち二人で止めておくしかねぇ。ただ今後どうなるにしても、当事者のイオンにだけは考えておかねぇとな?」
「そうね……。まずは本人がこの事実を知って、これからどうしたいのか聞いてあげたいしね?」
ただ、王国が受け入れる意向を示している今、イオンには選択肢がないんだけど……。
私たちはイオンを暗殺者から護る事しかできない。
「もうそろそろ魔法を習いに来るんだろ?」
「ああ、それだったら夜に変更したのよ。今日の休憩時間は、例のエルマーテに行くとか言ってたわよ?」
「そうだったのか……。じゃあ、イオンが来たら一緒に俺の部屋に来てくれ」
「わかったわ」
私の返事と同時に、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。
「アニーです。こちらにルーク副支部長がおられますか?」
「おう、俺はここにいるぞ?」
ギルド受付のアニーだった。
誰か客人でも来たのだろう。
「ナッハターレ卿御子息、ヴィンツェント様がお越しでして、応接室へお通ししております。至急応接室へ足をお運びください」
「そ、そうか……」
ルークが苦い顔で私を見てくる。
「すぐ向かうから茶でも出しといてくれ」
「承知しました」
アニーの足音が遠ざかると、ルークは更に苦い顔になる。
原因はわかる。
「辺境伯のところへも連絡が入ってたって事ね?」
「そうだな? 辺境伯が王家の親類筋に当たる事をすっかり忘れてたぜ。そりゃ真っ先に連絡が行ってもおかしかねぇや……」
「でも他の要件って事もあり得るから、向こうの出方を見てから話をすることね?」
「そうだな。いずれにせよニーナも聞いといた方がいいだろうし、お前も一緒に来てくれ」
「わかったわ」
私の返事を聞いたルークが立ち上がった。
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「なに……アレ?」
私は崩れた穴からそっと中を覗いている。
足元では銀一も同じように覗き込んでいる。
薄っすら明るいのは、地面や壁や天井の岩が淡く薄紫色に発光しているからだ。
体育館を少し大きくしたくらいのスペースが、薄紫色にぼんやりと発光しているのだ。
そして薄紫色に淡く照らされた空間の先には、同じく薄紫色に発光した巨大な岩の怪物が二体。
3メートルは優に超える巨体のそれは、岩を積み上げて作ったかのような人型をしている。
肩幅も2メートル近くあり、そこから伸びる腕は地面に着きそうな程に長い。
全体的にずんぐりしてる怪物は、一箇所だけ発光していない岩壁を挟むようにして立っている。
岩壁が黒い扉のように見えるので、まるで門番のような佇まいだ。
「多分アダマーレムだよ、アレ。ボクも初めて見たよ」
「アダマーレム……」
「うん、ゴーレムとよく似た魔物さ。自我を持ってるから魔物として認識されてるけど、誰かの創造物って話もある謎の多い魔物なんだよ」
なんでも知ってる銀一先生。
本当に助かる。
「ただ、光るゴーレムを見たらアダマーレムだから、すぐに逃げた方がいいって言われてるんだよね…」
「ってことは、相当凶暴で強いってこと?」
「まあ、アイツとやり合って生き残った魔物や冒険者の話は、今まであまり聞いたことないかな。とにかく、出会ってしまったらすぐに逃げろとしか聞いてないんだよね」
なにそれ。
超ヤバイ相手じゃない……。
一気に中へ入らなくて良かったよ。
「じゃあ、気づかれないうちに別の出口を探そうよ?」
「そうだね。きっとヴィギーダが通ってる道があるはずだからね」
魔力強化の為にヤバイ挑戦を選択するのかと思いきや、銀一は意外とあっさり聞き入れてくれた。
それを考えると、あのアダマーレムはよほど危険な魔物なんだろう。
「そうと決まったら、とっとと移動した方がいいね?」
「そ、そうね……」
直立不動のアダマーレムから銀一へ目を移すと、可愛らしい顔で私を見上げていた。
癒される。
銀一が可愛らしい猫で本当に良かったよ。
この状況でヴィギーダやヴィッギーマウスみたいなのに見上げられでもしたら、絶望の二文字しか浮かばない。
相棒が銀一で本当に良かった。
「暗いし危ないから、ギギはまたバッグに乗っててよ?」
「そだね。じゃあ行こう!」
銀一は返事と同時にひょいとバッグに飛び乗ると、前足を突き出すようにして肉球を高らかに挙げた。
そうね、迷宮からの脱出よ!




