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第三十話「道連れ」

 


 ジジだよジジ。

 この人、自分でジジって言ったよ!


「お嬢ちゃんはイオンって名前だったかニャ?」

「はい、イオンです!」


 思わず大声で応えてしまった。

 思わぬところでジジ問題にピリオドが打たれ、テンションがおかしなことになってるみたい……。


 でも声に反応して獣耳がピョピョって動くのが可愛らしい。

 ちょっと羨ましいかも、アレ。


「イオンはホーバキャットと話しができるんだニャ? しかもあのホーバキャットは上位種なのニャ。特に上位種のホーバキャットは、あそこまで人間族に懐かないのニャ。それに今の竜王グリフォンも、わざわざイオンを見にきてたニャ。イオン、人間族じゃないみたいで面白いニャ」

「…………ジ、ジーニャさん?」

「ジジでいいニャ」


 この人は何を言いたいのだろうか。

 まさか私が魔王だと疑っているのだろうか。

 もしかして、魔王討伐にでも来たのだろうか。


 でっかい剣も持ってるし……。


 でも「ジジ」って呼んでいいみたい。

 討伐だったとしてもプラマイゼロかも。


「なにより料理も上手いニャ。良かったら私とパーティ組むニャ」

「パ、パーティ?」


 思わぬ展開だった。

 とりあえず魔王云々ではなさそうなのでホッとする。


「そうニャ。パーティなのニャ。ちょうど仲間を探してたのニャ。本当、良かったのニャ。ところでイオンはどんな魔法が使えるのかニャ?」

「いや、使えるとか使えないより前に、私はあのギルドの定食屋で働いてますので、パーティ組むとか無理なんですけど…」


 なんだかほんわかしなからもグイグイくる人だ。

 こう言う人には無理なら無理と、最初にちゃんと言っておかないといけない。

 勝手に契約したことにされそうだ。


「大丈夫なのニャ。定食屋は娘もいるし、私がイオンの代わりを探してあげるのニャ」

「ジ、ジーニャさん?」

「ジジでいいのニャ」


 ジジ呼びはしたいところだけど、ちょっと強引すぎ……。


「しつこいよジジ。イオンの都合も考えなよ!」

「考えてるニャ」


 ひょっこりバッグから顔を出した銀一だ。

 ジーニャさんともしゃべれるみたい。

 猫系のなせる技なのだろうか?


「どの口が言ってんだか……」

「この口だニャ」


 なんだか不毛なやり取りになってきそう…。


「あのう。私、温泉に入りにきたんですけど、良かったら一緒に行きます? 休憩時間で来てるのであまり時間ないですし、お話は温泉に入りながらにしません?」

「オンセンってなんニャ?」

「あ、エルマーテです。天然のエルマーテ」

「エルマーテが近くにあるのニャ?」

「はい、もう少し行ったところにあります」

「わかったニャ。エルマーテに行くのニャ」


 そんな訳でジーニャさんも一緒に温泉へ行くことになった。

 銀一は面白くなさそうにバッグに引っ込んでしまう。


「ちょっと待つニャ」


 歩き出してすぐ、隣のジーニャさんが私の胸の前に手をかざした。


「じっとしてるニャ」


 そう言うと、ぴょんっと身軽に上空に跳ね上がり、そのまま一気に剣を抜きながら木の枝を切り落とし、返した剣の側面で切り落とした枝を地面に叩き落とした。

 一瞬のできごとで、ジーニャさんはまだ空中にいる。


「な……!!」


 枝が地面に叩きつけられる瞬間、土が木の枝を飲み込んだのだ。

 いや、土色で地面と同化して見えたけど、直径30センチほどの筒状の化け物が地面から飛び出してきたのだ。


「ニャっ!」


 シャっと風を切る音とともにジーニャさんの剣が振り抜かれ、化け物の頭部らしき部分が転げ落ちる。

 胴体部分は身悶えるように切断部分から濁った緑色の体液を撒き散らしている。

 放水が止まらない太いホースが地面から生えているようだ。

 しかしこの生臭さはたまらない。

 5メートルほど離れているけど、かなり鼻にくる。


「危ないところだったのニャ。こんなとこにスラッシュワームがいるとは思わなかったのニャ。まだいるかも知れないから気をつけるのニャ」

「スラッシュワーム?」


 聞き返しながらも生臭くて後ずさってしまう。

 そんな私にキョトンとするジーニャさん。

 クサピと違い、ジーニャさんが臭いわけじゃない。

 ドロっとしたキタナ色の体液が剣に付着しているせいだ。

 しかしあれだけ接近してて、身体には一滴も付着してないのが凄い。


「スラッシュワームは魔素の濃い地中いるミミズの魔物だよ。竜王山脈でも山の中腹以上のとこにいるはずなんだ。結構獰猛な魔物で共喰いとかもしちゃうんだよ? まあ、共喰いするくらいだから、群れで襲われることがないのがせめてもの救いだけどね」

「そうだったのニャ。イオンは記憶がないのニャ」


 キョトンとしてたのは私がスラッシュワームを知らなかったからみたい。

 それに気づいた銀一が代わりに説明してくれたおかげで、謎が二つ解明した。


 しかし冷静に考えたら、ここってかなりやばい場所よね?

 間違ってもジュリエルさん達にはお勧めできない。


 これじゃ温泉で疲れがとれるどころか、その前に命がとられるわよ……。


「イオンくらいの大きさなら一飲みにされちゃうのニャ。記憶がないなら覚えとくといいのニャ」

「…………」


 ほんわか口調で凄い情報をくれるジーニャさん。

 覚えておきますとも……。


「イオン、念のため地面を凍らしといたら?」

「そんなことができるのニャ!?」


 余計なことを言う銀一。

 やはりどうしても私に魔法を使わせたいようだ。

 思わずキッと睨んでしまう。


「アレスラッシュワームも凍らしたら、この酷い臭いも消えると思うよ?」

「…………」


 痛いとこつく銀一。

 卑怯よ……。


 仕方なくおへその下に気を集中させた私は、じんわり熱い魔素の塊を作り出す。

 そして足裏から自然のエネルギーが駆け上ってくる感覚とほぼ同時に、それがふわっと魔素の塊に吸い付く感覚。


 イメージはア◯雪。

 氷に覆われた冬の世界を思い描く。


「大気に満ちたる凍てつく魔素よ、凍える氷衣となりて大地を覆い尽くせ、我とともに凍てつく氷闇に閉ざされん、氷結乱舞マッドリーフリーズ! …少しも寒くないわ」


 ジーニャさんを意識して、あえて教わった詠唱を口にする。

 ただ、魔力制御の為に余計なことをつけたして間違えてみる。


 瞬時に手から足裏から魔力が放出されて行く。

 対象物であるスラッシュワームがキキキキッときしみだしたのと同時に、私の足下も放射状に軋みだす。

 辺りは一瞬にして大地が軋む音に支配される。


 コン…コンコンコンコンコンコン……


 そして静寂が訪れた次の瞬間、ひび割れたスラッシュワームが硬い音を立てて地面に崩れ落ちた。

 地表には霜柱が立ち、あちこちで光が乱反射を起こしキラキラと輝いている。


 これって思ったより魔力出ちゃった……?

 しかし、どれが正解だかわからないのが難点よね……。


「凄いニャ! こんな広範囲に凍るとこ初めて見たのニャ!」

「こんなの序の口さ。イオンはもっと凄いんだよ!」


 やっぱり魔力を込め過ぎてたみたい。

 それにしても銀一の私アピールは危険だと思う……。


「と、とりあえず温泉へ急ぎましょっか?」

「ああ、忘れてたニャ。行くニャ行くニャ」


 なんとか話をそらすことができたみたい。

 ジーニャさんはサクサク音を立てながら歩き始めた。

 私はその音を聞いてハッとする。


 温泉って凍ってないよね……?


 温泉までカッチカチに凍ってたりしたら、なんの為に魔法をつかったかわからなくなる。


 少し範囲を縮めておこう……。



 >>>



「本当ニャ、あったかいニャ。エルマーテなのニャ!」


 ちゃぷちゃぷ手をつっこみながら子供のようにはしゃぐジーニャさん。


「……!!」

「なんにニャ?」

「な、なんでもないです……」


 ババババっと、一気に革鎧レザーアーマーを脱ぎ捨てたジーニャさんは子供じゃなかった。

 私と同じような細身な体型なのに出るとこは出てる。

 女同士とは言え、これでは脱ぎにくい……。


「あっ」


 思わずジーニャさんから視線を逸らすと、木々の間からロマロの群生が見えた。

 いつもは夜なので気づかなかったけど、こんなところにもあったんだ。


 ちょうどいいからここで摘んで行こう。


「どこ行くのニャ?」

「あ、先に入っててください。そこにロマロを見つけたので、先に摘んじゃおうと思ったんです」

「手伝うのニャ」

「いや、だ、大丈夫です!」


 ジーニャさん、もう裸だし。

 私はジーニャさんを手振りで留め、密集した木々の中へと足を踏み入れる。


「イオン、気をつけて!」


 銀一がいきなり緊迫した声をあげた。

 私は声に驚きながらも周りを見回す。

 ただ、何かが襲って来る様子もなく平穏そのもの。


「どうしたのギ…な、何これ……」


 私の足下が丸く緑色に光ったのだ。


 そして次の瞬間、私の視界は暗転した。



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