第二十九話「嬉しい悲鳴」
「おっ、もしかして、この料理の考案者ってぇのはお嬢ちゃんかい?」
厨房に入ると、いきなりお客さんから声をかけられた。
わしゃっと髭の生えた炭鉱族のおじさんだ。
この定食屋はカウンター越しに厨房があるので、厨房の中はお客さんから丸見えなのだ。
「考案者って訳でもないんですよ……」
実際、私が一から考えた料理なんかじゃない。
日本ならある程度の人は作れるし、どの家庭でも一度は食卓に並ぶような代物だ。
「いやいや、まさかロマロがあんな美味いもんだとは知らなかったぜ!」
「そ、そうですか……」
ロマロとはズバリ、トマトのことだ。
ただ、こちらでは食用と言うより観賞用だったり、一部では便通が良くなる薬として摂られているのだと言う。
今回もお店に飾ってあったのを見て、それを食材に使ってみてはと提案したのだった。
しかも森の入り口付近に自生してるのを見ていたので、仕入れ的にも好都合だと思ったのだ。
ロマロは日本で売っているトマトに比べ、青臭く酸味も強くて硬いんだけど、外見は色といい形といい紛れもなくトマト。
それを煮込んでピューレ状にしたものを使って、オムライスとカーニャローズのロマロ煮込みを作ったのだ。
オムライスはあのヴィッギーマウスの肉を鶏肉代りにチキンライスを作り、トロッと仕上げた玉子焼きで覆っている。
何せヴィッギーマウスの肉はほぼ毎日仕入れている。
使わない手はないのだ。
カーニャローズのロマロ煮込みはビーフシチューみたいなもの。
ロマロピューレと生のロマロをこっちのワインと一緒に煮込んだカーニャローズ。
食サンロールも一緒に煮込んだバージョンもある。
それと、なんと言ってもメッコローナだろう。
これは食サンロールを作る際の食材の一つなんだけど、これがお米みたいな食材なのだ。
もちろんメッコローナは植物の種なんだけど、形状がお米と全く違う。
いや、似ているけど違うと言うべきか……。
細長いタイ米が、30センチくらい極端に長くなったのを想像して欲しい。
そう、スパゲッティーニの乾麺みたいな形状なのだ。
これを米粒サイズに切って鍋で炊いたものをオムライスのライスに使用している。
やっぱりジャポニカ米に比べてパサパサ感があるので、炒めたりそのままリゾット風にするのが向いている。
「これはお嬢ちゃんの故郷の料理なのかニャ?」
また違う人から声がかかる。
今度は獣耳の女の人だ。
しっぽまで生えてるけど、一見西洋人的な見た目。
髪の毛もしっぽも真っ黒で目はグリーン。細身の身体に纏っているのは、防御性の低そうな露出度多めの赤い革鎧。
なかなかのファンタジービジュアルで、顔立ちも整っている。
ニーナさんは綺麗系でこの人は可愛い系と言ったところ。
「あ、それは……」
「この娘は記憶を失くしてるんだよ、ジーニャ。今は記憶を取り戻してる最中で焦らせてもいけないから、あまり過去の事は聞かないでやっておくれ?」
「そうだったのニャ。わかったニャ」
私が言いよどんでいると、ジャーナイルさんがフォローを入れてくれた。
それにしてもこのジーニャさんって人、語尾がおかしい……。
それはさておき、確かに新メニューのオムライスとロマロ煮込みは好評なようだ。
10人ほどいるお客さんのほとんどがどちらかの料理を食べている。
みんなチャレンジャーと言えばチャレンジャーよね。
ギルド直営だけあり、この定食屋のお客さんは冒険者が多いので、食の方も冒険心あふれているのかも知れない。
「イオンちゃん、早速だけど玉子焼きをお願いできるかな? こう忙しいと、トロッとしたのがなかなか安定しないんだよ?」
ジャーナイルさんが苦笑いしながら告げてきた。
トロっと半熟にさせること自体、今までやったことがなかったらしいので、注文が集中して尚更苦戦してたみたい。
「はい、わかりました!」
早速調理に取りかかる。
とは言っても土のかまどでの調理だから、私だって毎回上手くできる自信はない。
逆に昨日一度だけ作って見せただけなのに、いきなり今日からお店に出しちゃうジャーナイルさんは凄い。
「あんた、イオンちゃん。オムライスあと2つ追加ね!」
「おうよ!」
「はいっ!」
こんな調子でオムライス先行型で新メニューが次々と注文されていく。
皿洗いと違い火を扱う仕事なだけあって、なかなかの暑さで汗が凄い。
コックさんはこんな大変な思いをして料理を出してくれてたんだと、身をもって実感する。
夏なんてそれはそれは大変な暑さなんだろう。
「イオンちゃん、おつかれさん!」
「え? もうお終いなんですか?」
玉子焼きを焼きつつ、追加でロマロピューレからトマトケチャップを作っていたらジャーナイルさんに肩を叩かれた。
銀一は暑かったようで洗い場の方で涼んでいる。
「その玉子焼きで昼の部は終いだよ。って、本当のところはメッコローナライスが無くなったから、いっそのこと昼は終いにしたんだよ。なぁに、お客にはまた夜に来てもらう事にしたから、それまでにまた仕込んどくさ。今日は夜も料理が出まくるぞ!? ハハ、そんな訳だから、イオンちゃんは夜までゆっくりしておくれ?」
「は、はい!」
そういう事なら早く温泉に行って汗を洗い流そう。
そしてロマロもついでに摘んで帰ってきて、仕込みのお手伝いをしよう。
昼間なのでヴィッギーマウスには出会わないと思うけど、冷凍ヴィッギーなら腐るほど腐らずにある。
とにかく最後の玉子焼きを手早く焼き、ジャーナイルさんが作ったチキンライスの上にのせる。
昼の部、終了だ。
「じゃあ私、このまま上がりますね?」
「もう行くのかいイオンちゃん?! 賄いくらい食べてお行きよぅ…」
ジュリエルさんが眉をしかめる。
「はい。用事のついでにロマロも摘んできたいので、賄いは帰ってきてからでも大丈夫です」
「そうなのかい? でも後で食べるにしても流石にお腹空くだろうから、とりあえずこれを持ってお行き?」
なんか木ノ実みたいなのが入った袋を差し出すジャーナイルさん。
「そうだよぅ。働いたのにひもじい思いをするんじゃ、なんのために働いてるかわからないからねぇ? 遠慮しないで持ってお行き?」
もらったものかと戸惑っていると、そう言ってジュリエルさんが私に袋を握らせた。
「ありがとうございます……」
私がお礼を言うと、二人は同じ笑みを浮かべながらうんうんと頷く。
でも流石に混み合っていたせいか、二人の笑みにも疲れの色が見える。
私だけ温泉に浸かるのが申し訳なくなってくる。
この時間帯が安全なようなら、二人にも教えてあげよう。
やっぱり温泉は疲れがとれるものね。
「では行ってきます!」
そんなことを思いながら、私は元気よく温泉に向かった。
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「なぁんだ、この時間だったら変なの出て来ないんじゃない」
「そんなことないよ? たまたまだよ、たまたま」
銀一のたまたまはリアリティがある。ネコだけに。
まあ、嘘くさいけど警戒だけはしておこう。
「ほら、あそこに飛んでるのだって、結構ヤバメのヤツだよ?」
「……!!」
銀一に促されて見上げると、ワシの上半身にライオンみたいな下半身の大きなナニカが飛んでいた。
広げた翼は優に5メートル以上あるだうか。
まさに伝説上の生物だよ、アレ……。
グリフォンを生で見れるとは思わなかった。
「まあ竜王グリフォンは、滅多なことでは人間を襲わないけどね?」
「そうなの?」
見惚れてて襲われるとか忘れてた。
まずは襲われるってことを考えなきゃ……。
でも人を襲わないんなら安心だよ、本当。
「アイツらなかなか知恵があるから、人間を襲うと後で報復されるってことを知ってるんだよ。特にこの辺は人里が近いから、よほどの飢餓状態じゃない限り滅多に襲わないよ」
「そ、そうなのね……」
ってことは飢餓状態ならば襲うってことよね……?
「ただ、ボクらホーバキャットは恰好の餌食みたいだから、いくら人間と一緒にいるとは言え油断できないんだけどね?」
「…………」
やばいじゃないのよ、ソレ。
「ちょっとギギ、そんな大事なことは早く言わなきゃダメじゃない! ほら、早くこのバッグの中に隠れてよ!」
「アハハ、そだね」
私が斜めがけしていたバッグを開くと、銀一はぴょんと身軽に飛び込んできた。
なによ、この呑気っぷり……。
その間にバサバサと翼をはためかせて頭上を通過する竜王グリフォン。
近くで見ると翼は5メートルどころじゃなく、7、8メートルはありそうだった。
体長は4メートルくらいだろうか、とにかく大きい。
それに猛禽類独特のギロリとした目力と言うのか、その鋭い目が通過する時に私を見据えていた。
思わず身体がすくんで動けなかった。
あのまま襲われてたらと思うとゾッとする。
「ニャハハ、やっぱりお嬢ちゃん面白いニャ!」
背後でいきなり声がしてドキッとするも、その声と語尾に聞き覚えがある。
「ジ、ジーニャさんでしたよね?」
振り返ると、やっぱりジーニャさんだった。
彼女は大きな剣を腰に帯びてるだけで、さっきと同じ革鎧姿。
「ジーニャなのニャ。でも仲間はジジって呼んでるからジジでいいのニャ」
「……ッ!!」
ジジ!
ここでジジがきたー!!




