第二十七話「湯浴みでSHOW」
それにしても、急に魔法で穴を開けてって言われてもな……。
「ほら、早くしないと集めきっちゃうよ?」
「あ、うん……」
長いしっぽをピンと立てて、ルンルンでグロいのを置いて行く銀一。
できたらグロ顔は向こうに向けて置いてって欲しい…。
まだ5、6匹くらいだけど、確かに冷凍ヴィッギーマウスは着々と運ばれてきている。
そして数と比例してグロ度も増している。
こんなもの、20匹も並んだ日にはたまらない。
とっとと土に埋めるに限る。
でもどうイメージするかだよな……。
掘るイメージなのか凹ませるイメージなのか、はたまたパコってくり抜くイメージなのか……。
ま、なんでもいいか。
さっきヴィッギーマウスを凍らせた時、魔力の放出と同時に地面からエネルギーを吸い上げてる感覚がした。
生活魔法と言われる松明や放水の時とは、また違った感覚だった。
あれは自然の力を吸収していたのだろうか。
だとすればこのここ掘れニャンニャン魔術も、自然の力を吸収するつもりで行使すると良さそう。
大地の力を借りて大地を動かすイメージかな……。
なんか漠然としすぎかもだけど、そんな感じでやってみよう。
まずはおへその下に気を集中させて……。
そして、じんわり熱くなってきた魔素の塊に向かって、足の裏から大地のエネルギーを吸い上げるイメージ……。
「……ッ!!」
きた!
魔素の塊に向けて足の裏から何かが凄い勢いで登ってきた。
このフワッと一気に吸い付いてくる感じ。
さっきの感じと同じだ。
銀一がぐるりと円を描いた地面を見て、直径1メートル強の丸い円錐状の穴をイメージ。
そして、一気に足の裏へ逆流させるように魔力を放出させた。
『土さん、どいて!!』
一応共同作業なので土にさん付けしてみた。
そんな私の心の叫びが聞こえたのか、ぐぐぐぐぐぐっと魔力が地面に放出される感覚とともに、視線の先の地面に異変が起きる。
1メートル強の円が少し膨らみかけたと思った次の瞬間、ゴゴゴゴッと一気に円錐状に凹んだのだ。
「す、凄いじゃない……」
私はできたばかりの穴を覗き込みながら、思わず呟いていた。
コレ、私がやった……んだよね??
魔法って凄い……。
「イオン、確かに凄いけど、これじゃ掘り返せないよ……」
回収してきたヴィッギーマウスを穴に放り込んだ銀一が、穴と私を見くらべるようにして呆れ声で言う。
冷凍ヴィッギーが底に当たる音が聞こえて来ない……。
「だ、だよね……」
「だよ……。でも、やっぱりイオンは凄いや!」
呆れながらも嬉しそうに私に飛びついてくる銀一。
ちょう可愛い。
コン……コンコンコンコン……
穴の中から小さな音が聞こえてきた。
やっと底に到着したっぽい……。
「アハハ、やっぱりこれじゃダメだね? じゃあ、ボクは残りを回収してくるから、イオンは掘り起こせるくらいの穴にしといてね!」
私からぴょんと下りた銀一は、そう言って跳ねるように回収に向かった。
なんか私、魔力を込める時はあまり頑張り過ぎない方がいいみたい。
これって詠唱してたらどうなってたんだろう。
想像するとちょっと怖い……。
温泉が湧いたりするんならいいけどね。
そしたら温泉宿とかやるといいかも…。
それはさておき、適度な深さの穴にしないと。
でも、この『適度』って言うのが難しいのよね……。
とにかく私はおへその下に気を集中し、さっきの手順で魔力を放出。
『土さん、も少し戻って!』
ゴゴゴゴゴッとの地鳴りで変化を確信し、私は指先に松明を灯して穴を覗き込む。
「うげぇぇえええ……」
穴の深さは5、60センチくらいでイメージ通りだったけど、さっき銀一が投げ込んだ冷凍ヴィッギーの頭が土から生えていた。
照らすんじゃなかったよ……。
「あ、いい感じだね! 完璧だよイオン!」
ポイっと冷凍ヴィッギーを投げ込んだ銀一からお褒めの言葉をいただく。
「完璧でしょ、ジジ」
「……………」
「…………………ギギ」
「じゃあ、さっと残りを回収してくるね!」
銀一は嬉しそうな顔で言うと、ヒュンと音がしそうなくらいのスピードで回収に向かった。
どさくさに紛れてジジ作戦は撃沈だった…。
ちぇ。
とりあえず、私も穴を作る前に回収した冷凍ヴィッギーのところへ行き、顔を見ないようにつま先で蹴りながら穴に落としていく。
少し大きめの石ころを蹴ってる感覚。
冷凍しといて良かったよ……。
「よし、じゃあ行こっか?」
「そうね!」
全ての冷凍ヴィッギーを穴に入れ、魔法で土をかぶせ終えた。
ちゃんと目印に、木の枝をクロスさせて立てている。
やっと温泉に行けるよ。
>>>
さっきの要領で散水しながら松明で前を照らし、歩くこと10分くらいだろうか。
横からガサガサ、ガサガサと物音が聞こえてきた。
「あっ!」
松明で照らしてみると、そこには可愛らしい白黒のウサギが二匹いた。
二匹とも目の周りや長い耳、両手両足が黒く、顔や胴体は真っ白。パンダみたいな配色だ。
長い耳をピンと立て、こちらを覗き込むように後ろ足だけで立っている。
そしてピクピクって耳を動かしたりしてる。
ちょう可愛い。
「ほら、こっちおいで?」
私はしゃがんで、散水をやめた手でおいでおいでと呼んでみる。
それを見たウサちゃんは小首を傾げてて、ぬいぐるみみたいで超ラブリー。
ぴょん、ぴょん、と、一匹ずつ順番に跳ねて近づいてくる。
なんか、お手とかしそう。
人に慣れているのかもしれない。
「イオン逃げて!」「ッ!!」
銀一の声と同時に私は目を疑う。
ゆっくり交互にぴょんぴょん近づいて来ていたウサちゃんが、一瞬で飛びかかって来てて、私のおいでおいでしてた指先を喰い千切ったのだ。
私の左手は甲から先がなくなっている。
親指しか残っていない歪な手に呆然としてしまう。
「あ"ぁぁああああ……」
次の瞬間、凄まじい痛みが襲ってきた。
痛みで転げ回る私に、あのウサギが、ぴょん、ぴょん、と、また近づいてくる。
そしてまた気がつくと、ウサギは私の目前まで飛びかかって来ていた。
「イオン、コイツらの両目を魔法で攻撃して!」
銀一は私に飛びかかってきたウサギに体当たりし、着地するなり声を上げる。
私は痛みをこらえながら、必死に銀一の言葉を頭の中で復唱して理解させる。
魔法、魔法で攻撃。魔法で攻撃……。
手の甲から先がなくなっただけのに、肩から引き千切られたような痛さで目眩がする。
魔法、魔法……。
なによ、コレ………。
ワイバーンの時みたいに頭が朦朧としてくる。
朦朧としながらもあの時の映像が蘇ってきた。
ニーナさんの魔法。
『氷槍』
あの時の魔法だ。
ニーナさんからは、魔力を発動させずに詠唱だけ教わっていた。
『我が身に宿りし凍てつく魔素よ、貫く槍となりて我から出でよ、氷槍!』
私は魔素の塊を作ることなく、頭の中で詠唱を唱えながら手をかざした。
何か白いものが私の手から出た気がしたけど、頭が朦朧としていて、そこまでが私の限界だった。
「……イオン! イオン! イオン!」
「あ、ギギ……」
銀一の声で目を開けると、目の前に銀一の可愛らしい顔があった。
「気がついた?」
「あ、うん。心配させてごめんね…」
「アハハ、心配なんてしてないよ。それよりアイツらを一発で仕留めちゃうなんて、やっぱりイオンは凄いや!」
銀一の視線の先を見ると、両目が飛び出しているように氷柱が刺さった、二匹のパンダウサギが仰向けに倒れていた。
ちょっと面白萎える絵面よね……。
「コイツら毒があるから、また穴を作ってその中で燃やしちゃお!」
「そ、そうなのね……」
見た目可愛らしいのに、私の手を喰い千切る獰猛さの他に毒があるって……。
って、手よ、手! 私の手!!
「あった!」
指が元通り!
お父さんがひとりぽっちじゃない!!
「ボクがコイツらが死んでるのを確認した時には、もう治ってたよ?」
「そうなの?」
なんか私、自分が怖い……。
「うん。そのくらいだったら、あっと言う間に治せちゃうんだね? イオンは本当凄いや!」
「…………」
なんだか誇らしげに見てくる銀一。
理想の上司を見る部下ってこんな目をするのかしら…。
私のこと、魔王とか陰で喧伝しないでよね!
「じゃ、とっとと焼いちゃおう? また血の匂いを嗅いで、別のヴォーパルニーが出て来たら厄介だからね?」
「ヴォーパルニー?」
「うん。コイツら、ヴォーパルニーって言う魔物さ。血の匂いに敏感な魔物なんだよ。さっきのヴィッギーマウスの血の匂いを嗅ぎつけて出て来たんじゃないかな?」
「…………」
「目を合わせると身体が硬直しちゃう魔法を使うんだ。コイツらと目を合わしたら、跡形もなく食べられちゃうんだよ? 骨だろうが何だろうが、何もかも食べ尽くすからね、コイツら」
「…………」
なんなのよ、この森……。
森に入ってまだ30分も経ってないと言うのに、ヴィッギーマウスの群れにヴォーパルニーとか言う超獰猛な魔物。
私、生きて湯浴みができるのだろうか……。
「ほらイオン、早く穴作って燃やしちゃってよ?」
「あ、そ、そうね……」
あっけらかんと頼んでくる銀一。
銀一の肩越しに面白萎える物体がなければ、普通に可愛いんだけど……。
とにかく言われた通り、穴を開けて燃やしちゃおう。
もうあんな物体は見たくない……。
>>>
「ふぅ〜〜。極楽ごくらく……」
思わずお婆ちゃんみたいなことを口にしてしまった……。
でも、それもしょうがない。
なんせ私は今、天然の露天風呂に浸かっている。
夢の湯浴みだ。
思えばこんなに早く夢が叶うとは思ってもみなかった。
この天然温泉には、ヴォーパルニーなる魔物を火葬して5分もしないで到着した。
すぐ横に穏やかな川が流れていて、その水音がクラッシック音楽のように耳に心地いい。
そして、なんと言ってもこの満天の星空。
プラネタリウムを凌ぐ星の数に圧倒される。
42、3℃くらいのちょうど良い水温といい、満点の星空といい、私史上最高の湯浴みだ。
しかし、なんか銀一の作戦にハマったような気がしてならない……。
私が望んだとは言え、やけに魔法を使わされたような気がする。
気のせいだろうか?
「ねえギギ?」
「なにイオン」
銀一は今、私の頭の上に乗っかっている。
やっぱり温泉には浸かりたくないようだ。
ただ、銀一は体重を感じさせないので、乗ってる感覚はあっても物理的な重さは感じない。
「もしかして、私に魔法を使わせたくて連れてきた?」
「にゃ〜」
ニャーってなによ!
って、あんたがどうしてここにいるのよ!!
「ふぅ〜〜。こんなとこに天然のエルマーテがあったんだな!?」
呑気に声をかけてくるルークさん。
てか、横目になんかチラっとブラっとしたの見えちゃったし!
「な、なんでルークさんがここにいるんですか!!」
即座にルークさんから背を向けながら叫ぶ。
信じられないよ、この人。
「なんでって、やっぱ心配だからこっそり見守ってやってたんじゃねぇか?」
「だ、だったらヴィッギーマウスとかヴォーパルニーに襲われた時に現れてくださいよ!!」
なんで今よ。
本当、信じられないタイミングだよ、このおっさん。
「いや、あのくれぇだったら銀一がチャチャって片付けちまうと思ったし、イオンもなんとかすっかなって思ったからな?」
「だ、だったら今も何の問題なくなんとかできてるんで現れないでくださいよ!!」
意味がわからない。
なんの言い訳にもなってないわよ、このオヤジ。
しかもなんで、しれっと裸で入ってくるのよ!
「でもさっきのイオンの魔法は凄かったな? 無詠唱であれだけできるのは大したもんだぞ?」
いや、だから普通に会話続けんなっつの。このエロオヤジ。
「いやぁ〜、それにしてもエルマーテに入るのは久々だぜ。イオンもエルマーテに行くなら行くって、先に言っといてくれりゃいいのによぉ?」
「…………」
今、ザッパーンと大いに水飛沫を上げながら勢いよく出たところで、大した目隠しの術にもならずに色んなところを見られてしまうだろう。
コレ、先にルークさんが出てくれるまで待たなきゃいけないの?
「そうすりゃ酒でも持ってきて、飲みながらワイワイ入れたじゃねぇか?」
DQNで呑気な呑兵衛かよ!
なんなのよコレ。
せっかくの満点の星空なのに水面しか見れないし、さっきのブラっとしたのが脳裏に……。
「ニーナも連れて来りゃ良かったな?」
「…………」
全く、私史上最悪の湯浴みだよ……。
「にゃ〜」




