第二十六話「湯浴みへGO」
「ねえギギ、本当にこっちでいいの?」
「うん、この道が一番の近道なんだっ」
この道が一番の近道って……。
コレ、道じゃないんですけど……。
私は今、ギルドから10分ほど歩いた町はずれの森にいる。
あれから夜の皿洗いのお仕事を終え、銀一と二人きりでギルドを出て来たのだ。
一応、ルークさんとニーナさんには夜の散歩という名目で断りを入れている。
ヴィッギーマウスに襲われる恐れがあるので、二人にはてっきり止められるのかと思いきや、ニーナさんの「銀一と一緒なら安心ね」との言葉で、あっさりと了承を得たのだ。
銀一の信頼度があれほど絶大なのには正直驚いたよ。
ルークさんなんか、「じゃあコレ持ってけ」って、捕獲したヴィッギーマウス用の大きな皮袋を出してくる始末。
あんなグロいの持ち歩きたくないっつの。
でも、大ぶりなヴィッギーマウスはエクシャナル銀貨2〜3枚で売れると聞き、皮袋はしっかり斜めがけバッグにしのばせている。
だって、お金はあって困るものじゃないし。
『いいとこ』に行くついでに『いいこと』があるのだ。
そうそう、銀一の言う『いいとこ』とは、ざっと話を聞く限り、まさに『天然温泉』らしいのだ。
温泉が歩いて行ける距離に湧いているとは思わなかったよ。
それにしてもここを通るには勇気がいる。
銀一は森の入り口から続く山道ではなく、こんもり草木の茂った獣道とも呼べない道なき道を行こうとしているのだ。
しかも真っ暗で、魔法でつくった松明が指先にあるにせよ、視界は周囲5メートルくらいしかない。
それに、下手したら火が木に燃え移りそうで怖い。
いや、こんなとこ歩いてたら絶対山火事を起こしてしまう。
「ねえギギ、やっぱりこのままここを歩いたら山火事になっちゃうし、近道はやめて他の道で行こうよ?」
「他の道だって似たようなもんだよ? 道のことよりイオンがその炎をもう少し小さくすればいいんじゃない?」
「…………」
他の道はなさそうだ。
でも、森の安寧が私の魔力制御にかかってるって怖くない?
ひとっ風呂の為に、何ヘクタールも焼き尽くすことになったら洒落にならないよ……。
「イオンはオンセンに行きたくないの? オンセンだよオンセン!」
「それは行きたいわよ…」
教えたばかりの『温泉』の響きが気にいったようで、さっきから無意味に連呼する銀一。
でも、行きたいのよね……オンセン。
「あ、そうだ。もし何かに襲われたらボクが守ってあげるからね? でも数が多かったらイオンも魔法でやっつけてよ? あ、その時は炎は使わない方がいいかな?」
「なによそれ、そんなに沢山ヴィッギーマウスみたいなのがいるの?」
「あんなのは可愛いもんだよ? でも大丈夫、だいたいはボクがやっつけるから!」
だいたいってどのくらいよ……。
それにヴィッギーマウスはグロであって、決して可愛くはない。
あれが可愛いもんって、一体どんなのが出てくるのよ……。
「アハハ。ウソウソ、ここはまだ竜王山の入り口だから大した魔物はいないよ。言ってもヴィッギーマウスに毛が生えたくらいの魔物だよ?」
「…………」
お気楽に笑う銀一。
悔しいけど可愛い。
「じゃあ行こっか? 炎を小さくしてついてきて!」
「ちょ、ちょっと待ってよ……」
さっさと歩き出した銀一を慌てて追いながら、必死に魔力調整をしてみる。
とにかく今の銀一は黒いので、離されると見えなくなってしまう。
しかし、なかなか炎は小さくなってくれない。
いや、小さくなるんだけど程よい大きさになってくれない。
あまり小さ過ぎて周りを照らせる範囲が狭いと意味がない。
これはなかなかに難しい。
「……!!」
必死の私はひらめいた。
「イオン、ボクにはかけないでよ!」
「気をつけてやってるけど、間違ってかかっちゃったらごめんね?」
ぴょんぴょん跳ねながら私の放水をかわす銀一。
なんか可愛い。
そう。
私は先に水で濡らしておくことにしたのだ。
大雑把だけど、魔力調整ができるまでに火事になっても困る。
今は右手の人差し指に松明、左手の手のひらから霧状の水を放水している。
確かに魔法はイメージが大切のようだ。
イメージして魔力を込めると形になってくれるのだ。
しかし銀一は水が苦手なのだろうか?
ま、ネコだしね。
って思ってたら、銀一が素早く跳躍して視界から消えてしまった。
次の瞬間、バサバサバサって音が鳴り響く。
「はいコレ」
「…………」
銀一が咥えて持ってきたのは、昨日のより少し大きなヴィッギーさんだった。
またもや喉の一撃で事切れている。
私はバッグから皮袋を出して口を開け、銀一にそこへ落っことしてもらう。
案外軽いけど嫌な重みが手に伝わってくる……。
「イオン、次は群れでくるから気をつけて!」
そう言うなり銀一は素早く横っ飛びして、側の木の幹を蹴ると、木から木へとジグザグに飛び移りながら、高さ5メートル程の枝の上で身を伏せた。
初めて見る銀一の身体能力に驚いてしまう。
やはり銀一は魔物なんだと、あらためて実感した。
とは言え、ヴィッギーマウスが群れでくるって言われても……。
「イオン、左上にさっきの水を放水してから凍らせて!」
そんなこと急に言われても!
でも銀一はおかまいなしに、逆の方へと枝を蹴って飛び去ってしまう。
とにかく銀一に言われた通り、左手を左上空へ向け一気に魔力を込める。
イメージはさっきの5倍くらいの範囲をびしょ濡れにする感じで、水量も多目に勢いよく噴射。
すかさず新たな魔素をおへその下から呼び起こしながら、頭の中を雪氷のイメージに書き換え、続けざまに左手から一気に放出する。
ブファァアアアアアアアっと左手から凄い勢いで風が放出され、その勢いで尻もちをついてしまった。
と、私が尻もちをついた次の瞬間、ボトボトボトボトボトと何かが地面に落下する音が鳴り響く。
「イオンって、やっぱり凄いね!」
銀一の声に振り返ると、銀一はさっきの2倍以上ありそうなヴィッギーマウスの前に、可愛らしく前足立ちで立っていた。
ヴィッギーマウスは銀一と同じか少し大きいくらいだ。
「コイツが群れのボスだよ。あとはイオンが全部やっつけてくれたから、もう安心だね?」
「そ、そうなんだ……」
しかし大きくなるとグロさも増すわね……。
「コイツ、かなりデカイから高く売れるんじゃない?」
「そ、そうなのね……」
思わずバッグから皮袋を取り出して口を開ける。
銀一は細いわりに力もあるみたいで、自分と同じくらいのヴィッギーマウスを楽々と持ち上げ、ボトリと皮袋に入れてくれる。
そして、ずっしり嫌な重みが手に伝わってくる……。
ただ、バッグに入れてしまえば不思議と重量を感じない。
それに革が伸びるのか、バッグの大きさが幾分大きくなってまだまだ入る感じ。
お高いだけあり、なかなかの優れものバッグだ。
「イオン、魔法でここに穴を開けてよ?」
「へ?」
また銀一がなんか言い出した。
ちょんちょんと、前足で地面を叩いている。
ここ掘れニャンニャンってことだろう。
「だいたい20匹くらいだったから、このくらいの大きさがいいかな」
銀一はそう言いながら、直径1メートル強の円を描くように歩いてみせる。
「今からボクが集めてくるから、それをイオンが作った穴に埋めとこうってことだよ? 全部持って帰るの大変でしょ? 明日にでもルークに取りに行くように頼んだら?」
「そう言うこと……」
残りは埋葬してあげるのかと思いきや、ご丁寧に冷凍保存するらしい。
まさか最初からそのつもりだったとか……?
「じゃ、よろしくね!」
ウキウキで冷凍ヴィッギーマウスを回収しに行く銀一。
まったく、可愛いんだか恐ろしいんだか。
首のリボンが血染めのリボンに見えてくるよ……。
しかしこれ、本当に湯浴みに行くのよね……?




