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第二十三話「ひらめき」

 


「やっぱり魔法は使わないに限るよな…」

「でも、必要な時は使わないとダメだよ?」

「そうかなぁ…」


 私はニーナさんの話を思い出しながらあれこれ考え、それをこの肩に乗っかっている相棒、『銀一ぎんいち』に相談しつつ洗い物をしていた。

 私はジャーナルさんの食堂で夜も働かせてもらう事になったのだ。


 だって昼夜働けばエクシャナル銀貨一枚もらえる。


 早速、銀一で銀一の返済ができるのだ。


 そう。

 銀一だよ銀一…………。


 もうジジは諦めた。

 と言うより、諦めざるを得なかった…。


 だって、本人が超気に入ってるんだもん、銀一って名前。


 ニーナさんが帰ったあとなんか、かなり長いこと私の周りをウキウキで跳ねていた。

 早速ニーナさんから名前を呼ばれたのが嬉しかったみたい。


 あんな無邪気に喜ばれたら認めるしかないよ……。


 あのぬいぐるみみたいな愛くるしい姿でピョンピョン喜ばれてみなさいよ。

 誰だって認めちゃうよ。


 でも、銀一ってストレートに呼ぶのもねぇ?


 銀一のギをとって『ギギ』ってどうかしら!


 なぁんて、魔女宅スペシャル的な呼び方を思いついて、ぐぐっとテンションがあがったんだけど、これが実際に口にしてみると響きがイマイチ。

 なんでも混ぜればいいってもんじゃない…。

 ただ、慣れれば可愛く聞こえるかも知れないので、しばらく銀一を『ギギ』と魔女スペで呼ぶことにした。


 ギン、ギンギン、ギンちゃん、ギっちゃん、ギーやん、ギッチー、ギンイチっち、ギー太郎、牛太郎……。


 …………。


 まずは『ギギ』からにしたのだ。



「でもさあ。イオンは魔王なんかじゃないんだから、別に隠す必要ないと思うけどな?」


 私が洗い物に精を出していると、諦めきれない銀一が話をぶり返してきた。


「だから、誤解されて捕まったりしたら堪んないじゃない? それに誤解がとけなくて、本当に処刑されたらどうすんのよ? 処刑だよ処刑? 私、殺されちゃうんだよ?」

「……まあねぇ。でも、もしイオンが捕まったとしても、ボクが処刑される前に助け出してあげるよ!」


 嬉しいことを言ってくれる。

 でも、そうならない為に予防線を張っておくべきなのよ。


「ギギの気持ちは嬉しいけど、やっぱり捕まらないに越したことないでしょ? だからあんまり魔法で目立っちゃいけないのよ」

「じゃあ目立たないように使おうよ」

「いや、だから……」


 銀一は瀕死の状態から完全治癒させたのが私だと知ってから、やけに私に魔法を使わせたがっている。

 なんでもリーダーの魔力が強ければ強いほど、群れの格も上がるのだとか。

 見た目ぬいぐるみみたいだから忘れそうになるけど、流石に魔物なだけある意見。


 でも却下よ、ソレ。

 私、群れのリーダーとか興味ないし。

 なんてったって私、魔物じゃないんだもの。


 とにかく銀一の尺度では、魔力は生死にも直結する最重要事項となっていて、生きる上で魔力の強さこそが全てらしい。

 そんなものだから、魔力量が多いのは誇れることであって、こうして負い目に思うのは理解できないみたい。


 そして銀一自身の経験で得た理論では、魔法は使えば使うほど、より強い魔力を得られるんだとか。

 私に魔法を使わせたいのは、そうした自身の経験から得た魔力強化を、私に実践させようとしているのだ。

 もともと魔力量が多いなら、この魔力強化で最強の群れ長になれる、と。


 私、群れ長にはならないから…。


 それにしても、その考えだと最強の群れ長の頂点は、それこそ魔王な気がするんですけど。


 危険な思想だぞ、銀一……。


 本末転倒だよ、全く。

 処刑されるっつの。


「ねえ、聞いて聞いて、ボクの相棒は魔王クラスなんだよ!」

 なぁんて、魔物仲間に言い回りそうで怖くなってくるよ……。

 銀一の自慢げに話す嬉しそうな顔が目に浮かぶ。

 まあ、魔物仲間だけなら大丈夫か。


 だ、大丈夫よね??


「ねぇギギ、私の魔力のことは誰にも言っちゃダメだからね?」


 念のため、釘をさしておこう。

 やっぱり処刑なんてごめんだ。


「わかってるよ。それに、ボクはイオン以外の人間と話せないから安心してよ」


 そうなのだ。

 魔道具を通してなら話ができるそうなんだけど、直接話が通じる人間は私が初めてなんだそう。

 これも私の魔力の強さがなせるワザだと考えているみたい。

 ただ、それも今のところは私と二人だけの時に限るんだけど。


「わかってないわよ。私が言ってるのは人間以外のことよ!」

「…………」


 釘をさしておいて正解だったみたい。

 肩に乗ってるから銀一の顔は見えないけど、この沈黙は無邪気に自慢しようと思ってたに違いない。


「言ったら絶交だからね!」

「ッ!!」


 肩でビクっとする銀一。

 重さは感じないけど、ビクリとした気配は感じる。

 ちょっと可哀想な気もするけど、こうしてキツ目に言っておかないと、私が可哀想なことになってしまう。


「何やってるんだい、イオンちゃん。暗くなる前に上がっておくれって言ったじゃないのさ」


 ジュリエルさんだ。

 確かに暗くなってた。

 銀一とおしゃべりしながらの皿洗いで、手元や話に気を取られて全く気がつかなかった。


「私はまだ大丈夫ですよ? それにあと少しで終わるので、せめてこれだけでも洗っちゃいます」

「ダメダメ、もう少ししたらヴィッギーマウスが出てくるかも知れないよぅ。残りをやるんでも、水汲んで中でやらなきゃダメだよぅ」


 ヴィッギーマウス?

 なにその「ヴィッギーだよ」って裏声が聞こえてきそうな名前。


「ほら、水汲みはあたしがやっとくから、イオンちゃんは早く中へ入るんだよ?」

「はぁ」


 ジュリエルさんが小走りで駆けてくる。

 暗くてジュリエルさんの表情はわからないけど、慌ててる様子がありありと見てとれる。

 ヴィッギーマウスは可愛らしい方ではなさそうだ。


「イオンちゃん逃げて!」


 ジュリエルさんの叫び声と同時に、私の背後でバサバサバサって音が鳴り響く。


 私はその場にしゃがむのが精一杯で、何が何やらわからない。

 咄嗟に頭を守るようにお皿で防御態勢をとってたけど、きっとなんの効果も望めないだろう。

 瞬時にそんなことを思いつつも、身体はこわばって動かない。


「そうだったわねぇ。ギンちゃんがいたんだったわね?」


 普段ののんびりした口調に戻ったジュリエルさんの声が聞こえてきた。

 私はその声につられて後ろを見てみると、ちょうど黒い塊がもう一つの黒い塊を、私の前にボテっと落としたところだった。


「流石ホーバキャットだわねぇ…。偉いわよぅ、ギンちゃん。あなたイオンちゃんを守ってくれたのねぇ?」


 黒い塊は銀一だった。

 そしてもう一つの黒い塊は、耳のところまで裂けたみたいに大きな口をした、翼の生えたネズミだった。

 翼の形からしてコウモリと言えばコウモリだけど、長い尻尾でネズミの印象がより強く感じられる。

 恐らくジュリエルさんが言っていたヴィッギーマウスだろう。


 ヴィッギーマウスは喉から血を流し、牙をむき出しにした恐ろしい表情で事切れている。

 銀一が首根っこを咥えてたので、声すら出せずに喉を噛まれ、まさに一撃で死んでしまったのだろう。

 凄まじいと言うか、鮮やかなお手並みと言っていい。


 ヴィッギーマウスから視線を上げると、銀一が前足を立てて、可愛らしく自慢げに座っている。

 少しおどろおどろしかった黒い塊から一変、「ほらほら褒めて褒めて!」みたいな、ほんわかオーラの塊だ。

 なんだか一瞬前に見せたものとのギャップが物凄い。


 ん?


「ギギ、毛の色が黒くなってない?」

「にゃ〜」


 私の問いに、「そうにゃ〜」とでも言いたげに喉を鳴らす銀一。


「イオンちゃん。ホーバキャットは、闇に紛れる時には毛色を黒く変えるんだよぅ? それに上級種のホーバキャットの中には、透明になるのもいるんだって。あたしは見たことないけどね?」

「そ、そうだったんですね…」


 知らないことが多すぎる…。

 いや、知らされてないことが多すぎる。

 さっきのヴィッギーマウスにしてもそうだけど、常識とは怖いものだ。


 それに色が変わるとかそんな重大なこと、もっと早く教えといてくれてもいいと思う。


 はっ!


 色が変わった銀一を素知らぬ顔で抱いてるルークさん。


 …………。


 こんな不信感を抱いてしまう私、最低…。


 いや、あながち……。


 やめておこう。

 これ以上考えてもいいことない。


 それより銀一が黒って……。


「ッ!!」

「そんな驚いた顔がしてどうしたのイオンちゃん?」

「にゃ〜?」


 また顔に出てしまったようだ。

 ただ、この99%のピカッと来たひらめきは隠しきれない。


「ジュリさん、お願いがあります!」


 私は残り1%をジュリエルさんに期待するのだった。



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