第二十二話「大事な話」
【ニーナ視点】
私は怒っている。
確かにギルド副支部長としての立場を考えると、口にせざるを得ないのかも知れない。
でも、まだイオンと出会って二日目なんだから、わかってる事なんて微々たるもの。
それをどうこう言うのもどうかしてるし、そんな風に考えるルークにも失望してしまう。
ルークはそんな男ではなかったはず。
そう信じたい……。
とは言え、本当のところはルークの考えもわかる。
わかるからこそ、あえて口に出して欲しくなかったのだ。
正直な話、私もイオンには思うところがある。
意識を失いながらの治癒魔術も驚いたけど、さっきのホーバキャットに見せた治癒魔術は衝撃だった。
あの詠唱は傷を癒す初級治癒魔術であって、再生までさせる中級治癒魔術ではない。
本来ならホーバキャットの耳が再生するはずがないのだ。
しかも治癒速度も尋常じゃなかった。
それを考えると中級以上の治癒魔術だったのかも知れない。
いずれにせよ、あの詠唱ではあり得ない結果だった。
『魔王』
否応無く脳裏に浮かんでしまった。
そうすれば、無意識下での無詠唱治癒魔術にも説明がつく。
ただ、私は瞬時に脳裏に浮かぶ文字を打ち消した。
あのイオンが魔王のはずがない。
あんな妖精のような娘が魔王だなんてあり得ない。
イオンの魔力量がずば抜けてるのは間違いなさそうだけど、だからと言って、それを魔王に結びつけるのは早計と言うもの。
それに多いと言っても、まさか魔王クラスまではないだろう。
そう信じている。
イオンはイオンなのだ。
そう。
本当は、少しでもイオンを疑ってしまった自分に嫌気が差していた。
そこへ来てのルークの話だったので、余計に怒りが込み上げて来たのだろう。
これはルークにと言うより、自分に怒っているのだ。
しかし、ルークが詠唱の矛盾に気づいてなかったのは幸い。
ルークの事だから治癒魔術の詠唱なんて碌に覚えてないのだろう。
きっと傷はツバをつけておけば治る程度にしか考えていない。
そもそもあの人は滅多な事で傷を負うような事はない。
それだけの戦闘能力、危機回避能力を持っている。
人間族であそこまで強い男を私は見たことがない。
だからあの頰の傷が、何による傷なのかが不思議でならない。
「ジジじゃダメかなぁ…へッ?」
扉の向こうからイオンの声が聞こえてきた。
ふふ。イオンったらホーバキャットとお話ししてるみたいね。
私はイオンへは正直に現状を話すとともに、今後の魔法の使い方を話しにきたのだ。
変な誤解を受けない為にも必要だと思ったのだ。
「ぎ、銀一……って言った?」
ふふふ。
それにしてもなに話してるんだろう、イオン。
すっかり仲良しになったみたいね。
調教済みとは言え、警戒心の強いホーバキャットが気を許してるくらいだから、やっぱりイオンはいい娘なんだろう。
こんな娘が魔王だなんて、本当笑っちゃうわよね。
もし魔王だったら、ホーバキャットなんてとっくに逃げ出してるわよ。
「ねぇ、銀一以外でないの?」
アハハ。
コレ、名前決めてるんだわ。
もしかして、ホーバキャットにお伺い立ててるのかしら?
本当、可笑しな娘ね。
ふふ。
もう少し聞いていたい気もするけど、こっそり立ち聞きしてるみたいで趣味悪いわよね…。
それに早く仕事に戻らなくちゃいけないしね。
「イオン、入るわよ!」
>>>
「あ、ニーナさん」
ガチャリと部屋の扉を開くと、ニーナさんが入ってきた。
銀一かぁぁああああって、うなだれ中だったのでちょうどいい。
「ニーナさん、この子の名前、銀一は無いですよね?」
「ふふ、イオンが決めたんなら有りなんじゃない? 私はいいと思うわよ? それに私のことはニーナでいいからね?」
ダメだしのポイント違うでしようよ…。
それに私が決めたんじゃないし。
「いや、私が決めたんじゃなくって、この子が銀一がいいって言ってるんですよ」
「また変なこと言ってぇ。それよりイオンに大切な話があるのよ。今から少しお話しできる?」
うわっ、サラッと流されたよ。
まあ、大切な話があるならしょうがないけどね…。
でも、本当に銀一問題より大切なんでしょうね?
「ここ腰かけていい?」
「はい。もちろん」
ベッドの上であぐらをかいてた私は、ずりずりしてニーナさんのスペースを作る。
あけたスペースに腰をおろしたニーナさんは、クスクス笑っている。
ニーナさんが私の隣に来たことで、銀一が私の後ろに隠れ、チラチラとニーナさんを牽制していたからだ。
「本当に懐かれてるのね? こんな短時間で本当凄いわね?」
「そうなんですか?」
「そうよ。調教済みとは言え、ホーバキャットは警戒心が強いから、なかなか人に懐かないのよ?」
そうなんだ。
銀一がフレンドリーで良かったよ。
って、まずい。
私も普通に銀一で登録してるし…。
あまり長くこの状況を続けてはいけないな。
「大切な話って言うのはイオンの魔法のことなんだけど…」
そうだった。
ニーナさんは大切な話をしにきたのよね。
しかし、私の魔法のことってなんだろう。
「その前にイオンは覚えてないだろうから、この国の決まりごとを話しておくわね」
「はい、お願いします」
おいおい聞くつもりだったから、こう言うの助かる。
「この国と言うより、この世界の大抵の国では、魔力量が魔王クラスの人間が現れたら、被害が出る前にその者を処刑する事になっているのよ」
「はぁ……」
あの小学生が言ってたことだ。
やっぱり本当だったんだ……。
「なんでこんな話をするかって言うと、イオンは魔王クラスと誤解されるくらいの魔力を保持している可能性があるの」
「そ、そうなんですか…」
こんな短い期間でわかってしまうのか……。
まずいじゃないのよ、コレ。
「昨日や今朝の気を失いながらの治癒魔術もそうだったけど、さっきのそのホーバキャットを治癒させた時に確信したのよ」
「と言うと…?」
銀一がピタリと私の背中に身を寄せてくる。
彼はどんな風に思いながら聞いてるのだろう。
「あれは初級治癒魔術の詠唱だったから、そのホーバキャットの耳が再生するのはおかしいの。魔力の過剰な放出によるものか、イオンが無意識のうちに中級以上の治癒魔術を発動してたか、理由はわからないけど詠唱以上の結果が出たことになるのよ。いずれにしても、膨大な魔力が発動していない限り起こり得ない事が起こったの。だから魔王クラスは大袈裟にしても、イオンの魔力量はそれと誤解されてもおかしくないくらい、膨大な量を保持している可能性があるのよ」
なんだかわかったようなわからないような……。
あの小学生は私の魔力量は魔王クラスだと言っていた。
と言うことは、ニーナさんの話とも符合するし、間違いなく魔王クラスなのだろう。
やばいじゃんね、コレ。
見つかったら処刑なんでしょ?
それに今の話だと、魔法を使った時点ですぐにバレてしまうみたいじゃない……。
どうしよ……。
「だから今話してるのよ? 安心なさい」
私があれこれとパニクってたら、ニーナさんが優しく声をかけてくれた。
そうだ。きっとニーナさんは対策を考えてくれてるんだ。
本当に助かる。
つくづく知り合えて良かった…。
「幸か不幸かイオンは記憶を失くしているおかげで、オミニラーデに名前しか出て来ないじゃない?」
「そうでしたね…」
出てるんだけどね。日本語で。
でも、そんなこと口が裂けても言えない。
言ったら処刑だし……。
「最悪魔王クラスの魔力量があったとしても、オミニラーデに出ないんじゃ、余程のことがない限り魔王と判断されないわ。ただし、数値化されなくてもそれ相応の力を見られたら、怪しまれて監禁、場合によっては魔王とみなされて処刑される恐れはあるの」
ソレ、詰んでるってこと??
やっぱり処刑されるんだ……。
「やっぱり処刑されるんだ……」
つい思ったことが口に出てしまった。
「なに言ってるのよイオン。処刑されるのは魔王であって、あなたじゃないわよ? だから誤解されないように、あまり人前で魔法は使わないようにして、使うにしても上手に使いましょうって話よ? 明日から空いた時間でレッスンしてあげるから、上手な魔法の使い方を覚えて行きましょ?」
「は、はい! よろしくお願いします!」
ニーナさんが女神様に見えてきた。
本当、今の私にとってマジ救いの女神だよ。
がんばる!
私、マジがんばる!
がんばるよニーナさん!
「うん。とりあえず、それだけは早く話しとこうと思ってね? じゃあ、明日から食堂の仕事の合間に顔だしてみてね?」
「はい! 必ず顔だします!」
ありがたいなぁ本当。
それに魔法のレッスンって聞くと、ちょっとワクワクしてしまう。
まさに死活問題ではじめるレッスンなんだけど、テンションの上がる自分がいる。
「それにしても、その子は大人しくていい子ね?」
ああ、銀一を忘れるとこだったよ。
って、銀一かぁああぁ……。
「人見知りするんですかね? さっきまで元気におしゃべりしてたんですけどね……。ほら、ニーナさんよ、挨拶しなさい?」
「にゃ〜」
ニャーじゃなくてニーナさんなんですけど。
「ふふ。ちゃんと挨拶できるのね? ニーナよ。よろしくね、銀一」
「にゃ〜」
だから銀一は時期尚早だし、ニャーじゃなくてニーナさんだし……。
「じゃあ私、仕事に戻るわね?」
「あ、ごめんなさい、お仕事だったんですね…」
「勝手に私が押しかけたんだから、イオンが謝ることないわよ」
ニーナさんはキラキラしい笑みを向けてくれる。
本当にいい人と知り合えて良かった。
「じゃあ、銀一。イオンをよろしくね?」
「にゃ〜」
だから銀一尚早だしニーナだっつの。
最後まで「にゃ〜」で通してるよ、銀一。
ニーナさんは嬉しそうに銀一に手を振りながら、私の部屋を出て行った。
「にゃ〜」
「…………」
そこだけジジなのね……。




