第二十話「守銭奴」
「なあ、もしかして怒ってんのか?」
「別に……」
怒ってるに決まってる。
こんな可愛いネコちゃんを瀕死の状態にさせたのだ。
鬼か悪魔よ。本当。
ネコちゃんは未だ私の胸の中でスヤスヤ眠ったままだ。
大きな耳が生えそろったおかげで、可愛さ倍増してる。
さっきは猿顔の人と争ってたせいで怖い顔をしてたけど、今は目を瞑っていてもわかるくらいの穏やかな可愛らしい顔をしている。
それに、シルバーグレーの毛並みが思いのほかしっとり滑らかで、なんと言っても抜群に抱き心地がいい。
しかも、不思議なことに重さをほとんど感じないのだ。
温もりはあるけど、ふんわりふわふわな抱き心地なのだ。
もう、ずっと抱いていたい。
「こいつの名前は銀一ってところだな? なんせエクシャナル銀貨一枚だかんな? いいだろ銀一? お前は銀一だ、銀一」
そう言って可笑しそうに笑うルークさん。
なによソレ。
確かにそうだけど安易すぎるでしょうよ…。
キラキラと美しく放物線を描く光景が台無しよ。
なによ、銀一って…。
「ホーバキャットはしゃべれねぇけど、俺たちの言葉は理解してっから、上手く使えば便利な動物なんだぜ? ま、それがスパイキャットって呼ばれる所以なんだがな?」
勝手なことを言うルークさん。
そう人間の都合ばかりを押しつけるのもどうかと思うだけど…。
「このネコちゃんは、これからどうなるんですか?」
「そうだな。このまま傷が癒えて暫く静養させたら、どこぞへ売りに出すのが一番だな? なんせオスとは言え、調教済みのホーバキャットは高く売れるかんな? 大金貨3、4枚はくだらねぇだろうな。もしかしたら5枚くらいの値がつくかも知れねぇ。そしたらさっきの買いもんに釣りが来るくれぇだ。1銀貨が5大金貨になるんだぜ? 一気に百倍だぞ百倍?」
「…………」
私の治癒魔術レベルを見るのと同時に、そんな財テクを目論んでいたとは…。
この守銭奴め。
せっかく上がったルーク株も下落の一途だよ。全く。
「しかし、能力によっては5大金貨どころじゃねぇかも知らねぇからな…」
「あの、ルークさん?」
「なんだ?」
一人盛り上がるルークさんに話しかけると、にへらと守銭奴抜け切らなぬ顔を寄せてきた。
「このネコちゃん、私が買い取りたいんですけどダメですか?」
「イオンがか? でもお前、金持ってねえだろ?」
「いや、だから今すぐは無理なんですけど、働いたお金で少しずつ払って行く形でお願いしたいんです」
「ああ、そう言う事か…」
ルークさんは難しい顔になってしまう。
ニーナさんは何も言わず、薄っすらと笑みを浮かべながら、この状況を楽しんでいると言ったところだ。
「でもイオンから金取るのもなぁ…」
「いや、こう言うのはちゃんとしないとダメですし、私だからって遠慮しないでください」
「そうは言っても払えんのか?」
「払います! ちゃんと計画的に正規の金額をお支払いします!」
ルークさんが腕を組んで唸るように考えている。
助けを求めるようにチラチラとニーナさんを見ながら、可視できそうな太い鼻息を吐き出す。
「わかった。お前に売ろう」
「ありがとうございます! 何年かかろうが、しっかり完済してみせます!」
やった!
これでずっと抱いていられる。
異世界へ来て早々に借金をしてしまったけど、これはネコちゃんの為にも必要な借金だ。
お父さんも借金くらいしないと、仕事にやる気が出ないって言ってたしね。
『住宅ローンはやる気を継続させる為に組むものなんだよ。だからそんなこと気にしないで、依音は好きな学校へ行っていいんだぞ?』
私立高校受験を前にお父さんが言っていた。
今になって、やっとあの言葉の意味がわかったような気がする。(父:「………」)
「イオン、完済まではそう何年もかからないわよ? すぐに済むから安心なさい」
「そりゃ言い過ぎだろうニーナ。イオンにあまり変な期待持たせんじゃねぇぞ?」
ルークさんは呆れた表情でニーナさんに言い放つ。
そんなルークさんに、ニカリと美しい笑みを歪めるニーナさん。
「イオンは正規の金額って言ったのよ? 正規の金額と言ったらエクシャナル銀貨一枚でしょう?」
「い、いや、あれは俺が買った値であって、正規の金額とは違ぇよ!」
唾を飛ばしながら言い返すルークさん。
少し焦って見える。
「あれは今にも死にそうなホーバキャットだったからじゃないの。じゃあ、あの状態から完治させるまで治癒させたイオンに、正規の治癒魔術料を支払うべきね? 私の見たところ、あそこまで瀕死の状態からの治癒魔術料は、最低でも大金貨で10枚ってところよ。ルークの言い分で考えたら、10大金貨から5大金貨を差し引いた金額、5大金貨をルークが支払う事になるわね?」
「ぐぐ……」
ルークさんが黙ってしまう。
ニーナさんは、よく考えなさいってな感じで窓の外に目を向けた。
そして暫し沈黙…。
なんだか自分のことが原因だと考えると、尚更この沈黙が長く感じる。
「で、どうするか決まった?」
外の景色からルークさんへ視線を戻すニーナさん。
既に詰んだ相手に時間をかけさせるのは、なんか酷だとも思ってしまう…。
「銀一で…」
ついにルークさんの口から投了の言葉が漏れた。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙のせいか、馬の蹄と馬車の車輪の音だけがやけに大きく聞こえてくる。
そしてすぐにその音もなくなった。
「あのぅ、もしかして到着しました?」
「…………」
「そうみたいね。ジュリ達も心配してるでしょうから、早く顔見せてあげなさいね?」
「はい! この足で行ってきます!」
「…………」
ようやくギルドに帰って来れたよ。




