第二話「白い空間」
白い。
天上も壁も何から何までが白い。
おかげで何処からが壁で何処からが天上なのかがわからない。
視界に入る全てが白いのだ。
白い空間に浮いているようでもある。
白いと言っても淡く発光して見えるので、尚更白い空間に浮遊しているように感じるのだろう。
そして起き上がろうにも身体が動かない。
手足の感覚がなく、声すら出ないのだ。
そして、無音だ。
先ほど目が覚めてから何の音もしない。
ここまでの静寂は生まれて初めての経験かも知れない。
目に入るもの全てが真っ白な中、私はずっと考えていた。
あの時のこと。
あの時、井伊加瀬先輩の声と同時に、車のクラクションが私の耳をつんざいた。そして次の瞬間、青っぽい色が視界いっぱいに迫って来たのだった。
きっとあれはトラックなのだろう。
私はトラックに跳ねられて死んでしまったとしか考えられない。
ただ、あの瞬間、誰かに手を引っ張られた気もする。
もしかしたら、私はギリギリのところで先輩に助けられ、今は救急車の中や手術台の上で生死をさまよっているのかも知れない。
いや、きっとここはあの世なのだろう。
身体の感覚がなく、こんなに頭がはっきりしているのだ。
きっと今の私は肉体を失った霊魂なのだろう。
でも、昨夜読んだ異世界ものの小説もそうだったけど、こんな風にトラックに跳ねられて、白い空間へやって来てから異世界へ転生するのは、小説の中ではありがちでテンプレと言って良い。
あれは生死をさまよったことのある誰かが、この風景を見て小説にしたのだろうか。
そう考えると笑えてくる。
『何がそんなにおかしいのじゃ?』
突然、頭に直接響き渡るように声がした。
少年のような高音のそれは少し嗄れていて、小学生の男の子がお爺さんの真似をしているようである。
想像すると笑いが止まらない。
『だから何がおかしいのじゃ!』
想像して更に笑ってしまったら、今度は荒げた声が頭に響き渡った。しかも「じゃ」だって……。
『爆笑するでない!』
少年の嗄れた声が怒気を帯びて頭に響き渡る。
『だって、死んでるのか生死をさまよっているのかわからない状況で、いきなりそんな声で話しかけられたら笑っちゃうでしょ?』
私は念じるように言い返した。
こんな小説にありがちなシチュエーション、本当に死にかかってたり死んでたりしてるのだとしたら、私は余程おめでたい妄想癖の持ち主だ。
小説の読み過ぎとは怖いものだ。
『人の地声を笑うものではない! それにお主は死んどるぞ』
なんかサラッと重大なことを付け足した?
って、やっぱり私死んだの??
自分でも思っていたことだけど、改めて他人から言われると結構こたえるわね……。
私の人生はなんだったのだろう。
まだ16歳。これからと言う時に車に跳ねられて死んでしまうなんて……。
しかも憧れてた先輩の目の前で死んでいるのだ。
きっと私の身体はグロいことになっているのだろう。
ああ、先輩にとって私はグロの象徴として脳裏に刻まれるのか……。
先輩は一生、そのトラウマに悩まされることになっちゃうのか……。
せめて先輩のいないところで事故に遭いたかった。
そして、「くしゃみを浴びせられた女」くらいの思い出になりたかった。
いや、そんなくしゃみ女なんか嫌だ。
そうよ、全てはくしゃみがいけないのよ!
いやいや、憎っくき花粉がいけないのよ!!
『で、お主は何処へ行きたいのじゃ?』
『花粉のない世界!』
即答で答えていた。
脳内の叫びなので、きっと口に出すよりコンマ何秒早い回答だろう。
『花粉とは雄しべのあれか? そりゃ無理じゃ。何処の世界にも植物は生えちょる。よって花粉はつきものじゃ』
『スギ! スギ花粉のない世界!』
思わずムキになって叫んでしまった。
子供がお爺さんの真似してるような声なので、すっかり小学生におちょくられている気分になってしまったのだ。
しかし、叫んでしまってから思った。
そもそもこの声の主が神様かなんかで、今話している話が本当だったら、そんな花粉云々で判断していいのだろうか、と。
もし異世界もの小説のテンプレ通りの展開だったとしたら、剣と魔法のファンタジー展開がありえるのだ。
魔法少女としてパーティーを組んで冒険するとか、女騎士として王子を守ってラブロマンスとか、あ、超綺麗なエルフに転生するのもいいかも……。
『スギ花粉じゃな。よかろう』
『いや、やっぱり魔法の……』
真っ白な空間が暗転した。