第十九話「魔法の手ほどき」
ルークさんの背中が眩しい。
まるで後光を放射しているように神秘的な光で包まれている。
ルークさん、素敵!
やはりそんじょそこいらのイケメンではなかった。
歳が近かったら惚れてしまいそう。
あの頰の傷だって、勇ましく私を守ってくれる象徴のように思えてくる。
また、今はベル◯薇ルックだから尚更王子さまっぽい。
白馬に乗った王子さまならぬ、白髪の脂が乗った王子さまと言ったところだ。
考えてみたら、イケメンで手足が長くてすらっと背の高いルークさん。
めちゃくちゃ王子してる。
少しワイルドな王子さま。
ちょっと歳はいってるけど、それを十分補えるほどのビジュアルがある。
内面も男気溢れる優しいナイスガイだし。
この人、完璧ではないのだろうか。
「ほら、先に乗っちまいな」
「はひっ!」
ネコちゃんを抱えたルークさんが、顎をしゃくって馬車に乗るように促してきた。
ルークさん王子論に耽っていた私は、急な声かけに思わず声が裏返ってしまった。
ぶっきらぼうだけど、こうしてさり気なくレディファーストしてるし…。
「イオン、早く乗っちゃいなさい? それに、ルークに幻想抱くのはやめときなさいね」
「え……?」
ニーナさんが少し冷淡な感じで告げてきた。
怒ってる訳ではないけど、ニーナさんの宝石のような緑色の瞳が、なんか私を哀れんでいるように感じる。
私はルークさんとは釣り合わないって事?
それともルークさんは女癖が悪くて、どうせ不幸になるだけだって事?
あ、もしかして既にルークさんとニーナさんは付き合ってるとか??
誤解よ、ニーナさん!
確かに惚れてしまいそうなくらい、私の中でルークさん株が上がってるけど、そう言うんじゃないから!
だって私の運命の人は井伊加瀬先輩だし!
と思ってみてハッとした。
運命の人は変わる可能性があるのだ、と。
異世界へ来て一夜明けているので、もしかしたら既に更新されているかも知れない…。
あの小学生も、私はこっちで特別な良縁に恵まれるとか言ってたし…。
もしかして、それがルークさん?!
なんだか顔が熱くなってくる。
と言うより、私はルークさんをどんな顔で見てたんだろう。
ニーナさんがあんなこと言うくらいだから、ラブな光線を出してるように見えてたのかも知れない。
なんか無性に恥ずかしくなってきた。
しかし、そんなに私は顔に出てしまうのだろうか。
わかりやす過ぎて嫌になってくる…。
「ほら、早くなさい?」
「あ、ごめんなさい……」
待ちきれずに先に馬車に乗っていたニーナさんが、ワゴンの中から手を差し伸べてきていた。
すっかりフリーズしてた……。
私がニーナさんの手を借りて馬車へ乗り込むと、最後に乗り込んできたルークさんが、なんと私の隣に座った。
さっきまではニーナさんの隣で、私とは向かい合って座ってたのに…。
なにこのドキドキ。
どうしたのよ、私。
胸の鼓動がやばいことになってるよ…。
「早速試してみるか?」
「へ?」
ルークさんは御者に声をかけるや、そう言って私にネコちゃんを差し出してきた。
「ね? 酷いでしょルークって。イオンの治癒魔術がどのくらいのものなのか見たいあまり、あの男が矢を射るのをみすみす見逃したんだから……。下手したらこのホーバキャットは死んでたわよ?」
「まあいいじゃねぇか、死んでねぇんだし。それに死んだとしても、もしかしたらイオンには蘇らせるだけの魔力があるのかも知れねぇしな?」
「…………」
前言撤回だ。
だから大人は信用ならない。
ま、色々良くしてもらってるんだから、そこまで言ったらバチが当たるのかも知れないけど。
でもどうかと思う。
おかしいとは思ったのよ。
だって身体能力的に、私よりルークさんの方が早く動けていたに違いないもの。
あの猿顔の人の前に立った時の恐怖が蘇ってきたよ…。
それに、そんな理由でこのネコちゃんを危険にさらしてたんだとしたら、不謹慎にもほどがある。
ニーナさんじゃないけど、本当に下手してたらこのネコちゃんは死んじゃってたわよ。
なに考えてんだろ、この人。
最悪。極悪人。白髪の悪魔。
「ほら、早くしねぇと本当に死んじまうぞ?」
ぬけぬけとまあ…。
「早くしろって言われても、どうすればいいかわかんないんですけど!」
「あ、そうか。イオンは記憶失くしてるんだったな?」
私のお怒りモードな口調にも、ルークさんはにへらと笑いながらお構いなし。
なんかムカつく。
「ニーナ、きっとイオンならすぐに感覚を取り戻すだろうから、コツを教えてやってくれ」
「だから昨日も言ったけど、こう言うのはゆっくり時間をかけてやらないとダメじゃないのよ…」
ルークさんの適当ぶりに、ほとほと呆れたように返すニーナさん。
昨日からこんなこと話し合ってのか……。
でもニーナさんの言葉通り、いきなり一発本番的なのはどうかと思うよ。大雑把過ぎだよルークさん…。
「とは言っても、このホーバキャットもこんなだし、やってみましょうか?」
「て言うか、ニーナさんやルークさんは治せないんですか?」
諦めたように言うニーナさんに、当然の疑問を投げかける。
だって、私が治せなかったらどうするのよ?
「ごめんねイオン。私もルークも属性が違うから、かすり傷程度なら治癒魔術を使えるんだけど、ここまで大きい怪我は治癒できないのよ」
「えーっ、だったらこのネコちゃんはどうなっちゃうんですか!?」
なに考えてるのよ、本当。
保険なしなんかあり得ない…。
「だから今はイオンが頼みの綱なの…」
「そうだイオン。お前ならできる!」
「…………」
なによソレ…。
て言うか、お前が言うなっての。
にしても困った。
ここまで来て私だのみって、ちょっと酷じゃない?
なんかネコちゃんの呼吸がやばい感じになってるし…。
可哀想すぎるよ、ネコちゃん……。
「で、どうすればいいんですか?」
とりあえずやれるだけやってみよう。
このネコちゃんを死なせたくない。
「いい? 私たちの身体には魔素が血液のように流れているの。魔法はその魔素をコントロールして身体の内外へ放出するのよ」
ちょちょちょちょ、ついてけないってばニーナさん。
魔素をコントロールってどう言うことよ。
そもそも魔素ってなによ…。
そんなのできないよ………。
「大丈夫イオン。あなたは無詠唱で魔術を使えてたんだから、必ず魔力を発動できるわ」
よほど絶望感に満ちた顔をしていたのか、ニーナさんが安心させるように優しく言ってくる。
とは言っても、ぜんぜんピンと来ないのが本音。
「イオン。そしたらまず目を瞑って?」
とりあえずやるしかない。
私はニーナさんの言葉通りに目を瞑る。
「おへその下あたりに気を集中させて?」
って言われても………ん??
なにコレ、なんか今まで感じたことのない感覚。
「なんか熱くなってきた感じがします」
「そうね。それでいいのよイオン。そしたら今度はその熱く感じたものを、何処でもいいから移動させてみて」
またむちゃくちゃなこと言うし……。
って思ったけど、動くもんなのね、コレ…。
「なんか動いてるみたいです」
「そう? なら今度はそれを思うままに移動させてみて」
なんだろ、この感覚。
じんわりした熱さの塊が、私の中で私の思うままに移動していく。
「はい。できたみたいです。これって思ったところに動くんですね? なんか不思議な感じです…」
「イオン、それが魔素のコントロールよ。言われてすぐに制御できるなんて、流石に無詠唱で治癒魔術を使うだけあるわね?」
何故か嬉しそうなニーナさん。
この感覚を掴むまで、相当な時間がかかったりするのだろうか。
これは後で聞いてみよう。
とにかく今はネコちゃんだ。
さっきまでの荒い息遣いが、急に弱々しいものになってきた。
急がないと本当に死んじゃう。
「じゃあイオン。その魔素をコントロールしながら、私の詠唱に続いてちょうだい。最後にコントロールした魔素を、自分の手から放出するイメージで詠唱するのよ」
「は、はいっ!」
ワイバーンの時にニーナさんがやってたヤツだ。
本当に私にもできるのだろうか?
でも、できないとネコちゃんが死んじゃう……。
やらねば。
「我が身に宿りし癒しの魔素よ、大地の息吹が如し力を我に与えん、汝に恵の息吹を…」
「我が身に宿りし癒しの魔素よ、大地の息吹が如し力を我に与えん、汝に恵の息吹を…」
じんわりと熱い魔素の塊を徐々に手先へ移動しながら、ニーナさんの唱えた詠唱を復唱する。
「…治癒!」
「…治癒!」
最後の詠唱とともに、熱い塊を押し出すようにして手から全力で放出する。
かざした手の先にはネコちゃん。
…………。
ワイバーンの時のニーナさんみたいに、手から何かが飛び出てくるのかと思いきや、なんにも出て来やしない。
失敗………したってこと??
と思った瞬間、私は不思議な現象を目の当たりにした。
みるみるうちにネコちゃんの耳がニョキニョキ生えて来たのだ。
耳が無く丸顔だったネコちゃんから、顔より少し長いくらいの耳が生えて来ている。
前足や矢が刺さって避けた肩の傷もどんどん癒えていく。
「凄えなおい…」
今まで黙っていたルークさんが声を上げた。
確かに凄いよコレ…。
耳が生えてくるとは思ってもみなかったよ。
「……。やったわね、イオン! あなたやっぱり凄いわよ!」
ニーナさんが、その宝石のような瞳を更にキラキラさせている。ただ、少し引き気味なのが気になるけど…。
確かに凄いんだけど、でもコレって私がやったの?
全く実感がない。
ニーナさんみたいに手から光線みたいなのが出るんなら、それは実感も湧くのだろうけど、目に見えるものが何もないから、本当に何が起こってるのやらって感じ。
あれよと言う間にネコちゃんの耳は完全に生えそろい、前足や肩の傷も完全に治癒してしまった。
時間にして、1分も経ってないと思う。
相変わらずネコちゃんの意識はないけど、呼吸は安らかになってるし、命が助かったのは間違いないだろう。
「いやぁ、びっくりしたぜ全く。 まさかここまでとは思わなかったぜ…」
「確かにこれは尋常じゃないわね…」
「…………」
私はネコちゃんを胸に抱きしめていた。
ルークさん達が何か言ってるけど、今はそんなことより、ネコちゃんを助けられた喜びで胸がいっぱいだ。




