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第十六話「お買物」

 


 やっぱり最初からこんなブルにジョワるのは良くない。

 ましてや人のお金だ。


 いい訳がない。


 それに、このフリフリしたのなんか到底似合わないだろうし、なによりタカソウ…。


「イオン、遠慮はいらねぇぜ?」

「い、いやぁ……」


 怖気づいてる私を気にかけてくれたのか、ルークさんが声をかけてくれる。

 しかしそう言われても分相応と言うものがある。

 ニーナさんはウキウキとフリフリに夢中だし…。


「お客さま。大変失礼だと承知しておりますが、まずはこちらの商品にお着替えになられてから、ゆっくりお選びいただきたいのですが…」


 ルークさんにウジウジしてたら、お店の人から声がかかった。

 ソバカスの可愛らしい若い女性店員さんだ。

 店員さんはチラチラと後ろを気にしながら、手に持った鮮やかな濃紺の服を差し出してくる。

 彼女の後ろでは店主らしき優しそうなおじさんが、早く渡せとばかりに小さく頷いている。


「こちらは差し上げるとの事ですので、まずはこちらにお着替え願えませんでしょうか…」


 近寄ってきた彼女の呼吸が浅い…。


 なるほど。

 臭いのね、私…。


 確かに外とは違い店内は密閉空間だ。

 クサピ臭に耐性を持たないノンキャリアには、相当なダメージを与えているのかも知れない。


「すみません……」


 私は顔を真っ赤にしながら畳まれた服を受け取った。

 もう消えて無くなりたい…。


「あ、ありがとうございます! ではお着替えはこちらでお願いします!」


 ホッとしたような笑顔とともに、元気よく試着室っぽい小部屋に案内される。

 そりゃお客さんに向かって、「あんた臭いわよ」なんて言えないものね…。

 恥ずかしいを通り越して、本当に申し訳ない。


「あ、お脱ぎになられたお召し物はこちらの袋へお入れください…」

「すみません……」


 ショップバッグのようなお店の紋様の入った袋を渡される。

 しかもご丁寧に二重になってるんだけど…。

 どんだけよ、私…。


 それにしても恐るべしよ。クサピ&アイツ臭。


「あらっ」


 渡された服を広げてみたら、今着ているオールインワンのバリエーションみたいなワンピースだった。なんか可愛い。

 今着ているものより若干Aラインのシルエットで、よりガーリーな感じ。

 なんの素材かわからないけど、生地も粗野な感じではなくしっかり織られていて、しかも凄く軽い。


 こう言うシンプルなデザインなんだけど可愛いのって、なかなか無いのよね。

 ニーナさんから借りたこの服もいいけど、どちらかと言えば、こっちの方がストライクだ。


 少し嬉しくなってきた。

 ショッピングモールで試着だけ楽しんでた時を思い出す。


 しかもコレ、くれるって言ってたよな…。

 なんだが罪悪感とともに、クサピに感謝の気持ちが湧いてしまう不条理。


「やっぱり可愛いいわ…」


 鏡に映る理不尽の塊は可愛かった。

 しかも予想以上に着心地がいい。

 手に持っていた時よりもずっと軽く感じる。

 動きやすいし可愛いし、文句のつけようがない。


「コレだけでもいいんだけど…」


 いけない事を呟いてしまった…。

 まさか何も買わないでここを出る訳にはいかないだろう。

 それじゃクレーマーよりタチが悪いよ…。


「イオン、ついでだからコレも着てみて!」


 ニーナさんがウキウキでフリフリを持って入ってきた。


「あら、とても良く似合ってるわね! それもらえるんでしょ? 良かったわねイオン」


 ニーナさんのお墨付きをもらった。

 素直に嬉しい。


「じゃあ次はコレ着てみてね!」


 やっぱり着なきゃダメなんだろうか…。

 ニーナさんはウキウキでフリフリを置いて出ていく。

 ま、人の服をチョイスするのって楽しかったりするもんね。

 気がすすまないけど着てみるか…。


 とか思いつつ、案外嬉しかったりする。フリフリ。

 一度は着てみたいとは思っても、ラブリー過ぎるのがどうも自信なくて、今まで着たことがなかった。


「…………」


 もう一つの理不尽の塊が鏡に映っている。


「どう、イオン……」


 待ちきれずに入ってきたニーナさんのウキウキした表情が、ブクブクと一気に沈んでしまう。

 ニーナさんのせいじゃないから……ね?


「ちょ、ちょっとイオンには大きかったみたいね……? うん、他のを見てくるわ!」


 主に胸の辺りがね…。

 なんか入れないと、悲し過ぎて見てられない感じになっている。

 かなりの詰め物が必要ですよ、コレ……。

 ニーナさんは気をとり直して出てったけど、もうこう言うプレイは嫌なんですけど…。


 ちなみにニーナさんはエルフ族なんだけど、出るところは程よく出ている。

 パーフェクトボディと言っても過言ではない。

 そう言えばさっきの店員さんもそうだけど、何故かこっちの女性は大抵胸が大きい。

 私以下なのは子供か男の人くらいだろう…。


 なんか嫌な予感しかしない。



 >>>



「いやぁ……サイズが合わないとは言え、いくらなんでも…」


 店主のお出ましだ。

 優しそうな顔からほとばしる困惑。

 そうなるよね…。


「じゃあ、この靴を買ってくよ。イオン、コレはサイズ合ったんだろ?」

「それは有難いのですが…」


 ルークさんの言葉に私が頷き、店主さんはモゴモゴ言いながらも、更に困惑顔をほとばしらせる。


「あのワンピースは、スネイルガンボスの殻でできた少々値の張るものでして…」

「じゃあ、その分の代金は払うぜ?」

「いえいえ。それは手前どもが最初に差し上げると申し上げたものですから、商売人としていただき兼ねるお代でございますし…」

「じゃあどうしろって言うんだよ? この店にイオンのサイズが無いんだから、しょうがねぇじゃねぇか!」

「それを申されると何とも返事のしようが…」


 そう言う訳だ。

 ニーナさんのウキウキ虚しく、このお店には私サイズの服が無かったのだ。

 主に胸の辺りの話だけど…。


 店主のおじさんも早計だったようだ。

 ニーナさんが店に入るなり、高そうなフリフリを選んでいたので、あれを買ってもらえるのであれば、あのワンピースをプレゼントしてもいいと思ったようなのだ。

 きっと本心は、あの臭いから解放されるのであれば安いものだと思ったのだろう。


 しかし現実はことごとくサイズが合わなかった。

 お直しすれば着れないことはないのだけれど、そこまでして欲しいかと言えば否。

 だったら、あのワンピースをもう一枚欲しいところ。

 なので、そう言ってみたけど、残念なことにあのワンピースは最後の一枚だったみたいで、他の在庫は無かったのだ。


 買ってあげたいけど着れるものがない。


 私たちはそんな状況に陥っている。

 私のせいではない。……よね?


「イオン、他になんか欲しいもんねぇのか?」


 ルークさんも困り顔で聞いてくる。

 確かに気の毒だもんね、このおじさん…。


 ただ、欲しいものと言っても……。


 実はあるのだ。


 服を買ってくれると言われていたので、今まで遠慮していたけど、試着室から出た時に見つけていたのだ。


「あのぅ、服じゃなくてもいいですか?」

「そりゃいいに決まってるだろ。服はサイズ合わねぇんだしな?」


 内心ぱっと嬉しくなりつつ、「じゃあ…」と、目当てのコーナーへと歩き出す。


「コレが欲しいです」


 棚の上に置かれた目当てのものを指差した。


「それ冒険者用のバッグじゃねぇか? そんなもんがいいのか?」

「はい、コレがいいんです!」


 このバッグは試着室を出た時にたまたま目に入ったもので、ずっと気になっていたのだ。

 隣の部屋だったのであまり良く見えてなかったけど、今あらためて近くで見て確信した。


 まさに魔女の宅◯便バッグ。


 色こそ淡いグレーだけど、形はほぼこんな形だったと思う。

 ま、なんて事ない斜めがけバッグなんだけどね。


「そうか…。あっちに婦人用のバッグがあるけど、イオンはコレがいいんだな?」

「はい、コレがいいんです!」


 元気に同じ返事を繰り返す。


「こっちの赤い方はどうだ?」

「いや、コレがいいんです!」


 ルークさんが隣の赤いトートバッグ的な形のバッグを勧めてくるも、私の指差す先は変わらない。

 確かに一見、赤い方が女の子が持っても可愛いかも知れないけど、コレはそれが目的ではない。

 このワンピならではの鉄板アイテムと言っていい。


「そうか。………わかった。特別に奮発してやるぜ!」


 ん?

 高いの、コレ??


「これで文句はねぇだろ?」

「ええ、ええ。それはもう。しかしお嬢さんはお目が高い。これがブリザードマウスの革でできたバッグとご存知だったのですか?」


 ルークさんの投げやり気味な言葉を受けたおじさんは、満面をとろけさせながら快諾し、私にその嬉しそうな目を向けてきた。


「イオンが知ってた訳ねぇや。ま、いいから包んでくれ」

「はいはい、ただ今…」


 おじさんが嬉々としてバッグを持って奥へと引っ込む。

 まさに嬉々バッグだ。


 いや、そんなふざけた事を考えてる場合ではない。

 ブリザードマウスの革がなんだかわからないけど、あの感じからして相当高級な代物みたいだ。

 一体いくらするんだろう…。


「もしかして、アレって凄く高いんですか?」

「まあ、高えは高えよ? でもそんだけ価値のあるもんだ。何があるかわからねぇし、持ってりゃ持ってたで、きっと役に立つと思うぜ?」

「そうね。ブリザードマウスって事は、中に入れたものは腐り難いから、ちょっとした遠出する時なんか重宝するわね」


 私の問いかけに事もなく答えるルークさんに続き、ニーナさんも納得顔で追従する。


 なんだか高機能なバッグだったみたいだけど…。


「で、お高いんですよね?」


 テレビショッピングではないけど、やはり気になる。


「まあ、あのドレス20着分ってとこだな? でも気にする事ねぇぞ?」


 高そうなフリフリを指差して笑うルークさん。

 20着って……。


 かん高い声で否定してよ…。


 私は自分のちょっとしたジ◯リかぶれに後悔するのだった。



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