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第十五話「帰り道」

 


「それにしても酷え臭いだな…」


 わかるけどルークさん。そう何度も言わないで欲しい。

 16なのよ、私。

 そう言うの、結構気にするお年頃なんだから…。


「………でもジャーンが駆けつけてきた時はびっくりしたわよ? ジュリが連れてかれるイオンを見てなかったらと思うと、本当ゾッとするわ…」


 ニーナさんが話題を変えてくれる。

 ルークさんには同性として舌打ちものだったのだろう。

 本当ありがたい。

 ただ、そんなニーナさんは、馬車の窓をさり気なく全開にしてるんだけどね…。


 まあ、それだけ私から漂っているものが強烈なのだろう…。クサピめ。


「確かにそうだよな? ジュリが見てなかったら、単にイオンが逃げ出しちまったと勘違いしてたかも知れねぇし、こうやって早く助け出す事は出来なかったろうな?」

「本当よう。これはジュリのお手柄よね? イオンも帰ったらジュリたちにお礼を言わなきゃね?」

「も、もちろんですよ。帰ったらすぐに会いに行ってきます」


 私は今、狭い馬車の中で二人と向かい合って座っている。

 ルークさんもニーナさんもすっかり安心したご様子で、ここまでの経緯をざっと語ってくれていた。


 あの時、たまたま馬車に放り込まれた私を、ジュリエルさんが見ていたのだそうだ。

 本当に運が良かった。

 そしてジュリエルさんはジャーナイルさんに報告し、ジャーナイルさんがギルドのルークさん達へ知らせに走ってくれたそうだ。

 そんな迅速な伝達が行われたおかげで、ルークさん達はジュリエルさんが目撃してから、4、50分とぼでギルドを出られたのだそう。

 二人は辺境伯さまとの直談判と言う事で、それぞれ正装している。

 その着替えの時間を考えたら、驚きの速さと言うべきだろう。

 ちなみに、ギルドから辺境伯邸までは馬車で40分くらいで、辺境伯さまと面会できるまで暫く待たされたそうだ。

 みんな迅速に動いてくれて、実にありがたい。

 昨日出会ったばかりなのに、本当泣けてくる。


 それに、7歳くらいだと思っていた辺境伯さまの御子息くんは、なんと12歳だった。

 最後に辺境伯さまが立ち上がった時、170センチないくらいだったから、辺境伯さまの家系は小さいな血筋なのかも知れない。


 そして彼は最近元服を迎えたばかりで、見廻りなどの領主としての務めに張り切っているとの事。

 それに家庭教師も唸るほどの秀才くんとの事だ。

 なんでもこの春、王都のエクシャーレ王立魔法大学への入学が決まっているらしい。

 そんな訳で近々辺境地区を離れる為、特に領地の見廻りには力が入っていたのだろうと言っていた。


 そして、やはりルークさん達と辺境伯さまとの間は、深い協力関係で結ばれているようだ。


 ナッハターレ辺境地区は、クサピから聞いた通り国境防衛の為に設けられた地区で、有事の時には、冒険者ギルドからも人が派遣されるそうなのだ。

 傭兵みたいなものだろう。

 ただ、魔法戦に長けたルークさん達冒険者は、一人で百人力と言っても過言ではなく、辺境伯さまは、かなりルークさん達を当てにしているみたい。

 そんな中でも辺境伯さまの様子を見る限り、ルークさんとニーナさんは特別のような気がする。

 なんせ飛翔剣フライングソードのルークに氷裂の森人ニーナだもんね。

 いけないと思いつつもニヤリとしてしまう。


 そんなこんなの話を聞きつつ、私は馬車に揺られていたのだ。


「そうだ、腹も減ったしその辺でメシでも食って帰るか? 古着屋もあるし」


 外を見ていたルークさんがおもむろに口にした。

 よほど臭いのだろうか…。


「あ、いいわね。そうしましょイオン。この先私のお古だけだと、どのみち困っちゃうしね? これはいい機会だわ」


 ニーナさんもすっかり乗り気で、鈴のような声を弾ませる。

 確かに借りてばかりだと気が引けてしまう。

 でも私には先立つものがない…。


「金は俺が出してやるから気にする事ねぇぞ? これは俺からの挨拶代わりの贈り物みてぇなもんだ。それに古着なんて大した金額じゃねぇしな?」

「ルークさん……」


 何から何まで…。

 泣きそうになりながらルークさんを見ると、ルークさんは窓でスーハーしていた。


 本当に泣けてきた…。


「とにかく先に服を選んじゃいましょうね?イオン、私が見立ててあげるわね!」


 握りこぶしでキラキラ微笑むニーナさん。

 とても楽しそう。

 おかげでこの何とも言えない悲しみから抜け出せそうだ。

 うん、なんかワクワクしてきた!

 なんせ異世界で初のショッピングだもん。


 ルークさんが御者台へ繋がる小窓に声をかけると、程なくして馬車は止まった。


 ルークさんに続き馬車を降りると、そこは冒険者ギルド周辺とは少し異なった活気を見せていた。

 肉や野菜の食料品から食べ物屋さんや小間物屋さん、布切れや服をわっしゃっと積んだ屋台やなどが、ずらりと並んでいる。

 勿論ちゃんとしたお店を構えたお店もある。

 屋台は布張りの大きなテントの下に集まっていて、そこを取り囲むように、少し高級そうな飲食店やら洋服屋さんだったりが店を連ねている。

 きらびやかな甲冑がデデンと店先に飾ってあるのは、武器屋さんなのだろう。

 とにかく人も多く、とても賑わっている。


「すごい人ですね…」


 思わず口をついて出た。


「ああ、このナッハターレで唯一のバザールだからな? ギルドの周りは職人連中が主だが、ここは色んな職種や人種が集まった商業区だ。メシ刻なんかはもっと人で溢れかえってるぜ?」


 ルークさんはそう言って笑い、ここは辺境伯さまのお城と、冒険者ギルドのちょうど中間地点くらいなんだと教えてくれた。

 それに、ギルドの周りに小人族や炭鉱族が多かったのは、物作りに特化した地区だからなんだそうだ。

 作物の栽培から武器や日用雑貨の加工まで、様々な物資が製造される拠点なんだとか。


 また一つ勉強になった。


「じゃあ早速見に行きましょう」


 ニーナさんが嬉しそうに言うや、私の手を掴んで歩き出した。


「おっ、今日はまたどうしたニーナちゃん。えらい綺麗どころと一緒じゃねぇかぃ?」

「でしょ? イオンって言うの。よろしくね?」


 えっ?

 私ってば綺麗どころ??


 ニーナさんは屋台のおじさん達にやんやと声をかけられ、それに満面の笑みで応えている。

 なかなかの人気者と言っていい。

 ただ、それよりも気になるのが私を見る皆の表情だ。


 キラキラしている。


 まさにアイドルでも見かけた時のようなソレだ。

 確かにそんな好意的な目で見ているのだ。この私を。

 元の世界ではされたことのない、こんな表情をされると、なにやら心が騒ついてしまう。


 何かの間違いではないのだろうか。


 私を元気づける為に、あらかじめ手回しされてたとか?


「私が綺麗ってどう言うことなんです?」


 たまらず聞いてみた。


「なに言ってるのイオン。あなたは綺麗よ。神秘的な美しさがあるって言うのかしら。私も初めて見た時は、神話から出て来た妖精なんじゃないかって思ったくらいだしね?」

「…………」


 なにソレ。

 そうなの……??


「そうだな。俺も初めてギルドの前で見かけた時は、正直テンション上がったぜ?」


 ルークさんが後ろからニヤニヤしながら話しに入ってきた。


「まあ年の差考えると、そう言う意味のテンションじゃねぇがな?」


 ルークさんはそう続けると、昨日私が寝てしまってから「あれは誰なんだ?」と、ギルド内に居た冒険者達から、私についての問い合わせが殺到していたと付け加えた。


「それに、早速ジャンの店も繁盛してたみてぇじゃねぇか?」

「そうみたいね。真面目に働いてくれるし、お客も呼んでくれるってジュリも喜んでたわね。そうそう、もっと店のことがわかって来たら、店に出て看板娘になってもらうって言ってたわよ?」

「そ、そうなんですか…」


 なんだか妙な感じだ。

 確かに私はアイドルや妖精なみに可愛い。

 ただ、それはあくまでもお父さん視点であり、家族内でのソレであって一般的のソレではない。

 この世界はお父さん視点の人が大多数を占めているの?


 ……ッ!!


 これって、もしやお父さんの夢の世界……??


「まあ、安心しろイオン。こうやって大勢の前で、俺とニーナがお前と一緒に居るところを見せつけてんだ。そう悪さするヤツは出ねぇだろうよ」


 私が動揺していたからだろうか、そんな事を言ってわしゃりと私の頭を撫でるルークさん。


 ルークさんったらそんな計算までしてたの?

 なんだか、ありがたいと同時に胸が熱くなってくる。

 本当にこの人たちと出会えて良かったよ。

 いや、本当に私はラッキーだったよ。


「このお店にしようかしらね」


 ニーナさんが一軒のお店の前で立ち止まった。

 屋台の中を歩き廻っていたのに、立ち止まったお店は少し立派な石造りの店舗だった。


 お高いんじゃないの?


 思わずそんな風に思ってしまう佇まいのお店だ。

 古着屋って言ってたのに、本当にここでいいのだろうか…。


「好きなもん選ぶといいぜ?」


 私が躊躇していると、ルークさんがそう言って早く入れとばかりに顎をしゃくる。


「でも…」

「大丈夫だ。ニーナが選んだんだから間違いねぇよ?」


 そう言う意味じゃないんだけど…。

 だって、高そうなドレスが店先に飾ってあるんだよ?

 いいの? お財布大丈夫なの??


「もしかして金の心配か? だったら心配すんな。ここはギルド割引きがあるんで、ものによっては外の屋台より安くつく場合もあんだよ。ツケもきくしな?」

「そ、そうですか…」


 屋台より安くつくって事はないだろうに…。


「大丈夫よイオン。ルークはこう見えて結構持ってるのよ? 独り身で忙しく働いてるから使う暇ないし、どーんと甘えちゃいなさい?」


 ニーナさんはそんな風に言って笑い、私の手を取って店の中へと入っていく。


 私の異世界最初のお買い物は、いきなりブルジョワジーなものになりそうだ。


 こんなにしてもらっていいのだろうか…。



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