第百五話「お城の中でした」
「ギギ?」
「あはっ、やっと目を覚ましたねっ!」
目を開けると視界のほとんどが銀一の顔だった。
そして嬉しそうに飛び跳ねる銀一の後ろに、見たこともないベッドの白い天蓋が目に入った。
体を起こして見回すと白で統一された豪奢な部屋。そして白の中に一際目を引くブルーの大きな扉。
その大きな扉の前で小さなレムが仁王立ちしている。
何ここ?
「ここは何処?」
「お城ん中だよ!」
私が思ったままを口にすると、銀一は嬉しそうに飛び跳ねながら教えてくれた。
「お城……?」
「そうさ、お城。ボクも気づいたらお城ん中にいたもんだからビックリしたよ!
レムの話だと、急にイオンが気を失っちゃって、エドワード王子がここへ連れてきてくれたみたいだよ」
「…………」
生首だ!
あの苦悶を絵に描いたようなミズーロ卿の生首だ……。
あのズシリとした嫌な重さまで蘇ってくる……。
マジないわ……。
思い出したら気持ち悪くなってきたよ……。
「お目覚めになられましたかイオン様」
「はい?」
大きな扉から黒いメイド服を着た女の人が入ってきた。
「わたくしイオン様の身の回りの世話を任されましたシューリングと申します」
左手を胸に当ててペコリと頭を下げるメイドさん。シューリングさんっていうらしい。
年は30後半くらいだろうか。ブロンドの美人さんだけど、無表情で機械的に淡々と喋るせいか少し怖い感じもする。
「まだ顔色が優れないようですが、お加減はいかがでしょうか?」
「ああ、気持ち悪いものを思い出してしまって……。でも大丈夫です」
「では、何かお飲み物でもお持ちいたしましょう」
「あ、ありがとうございます……」
部屋を出たシューリングさんはすぐに銀のトレーを持って現れた。
トレーの上には綺麗なカットが施されたガラス製の緑色の水差しとグラスが載っている。
「ただ今イオン様が目覚められたと伝えて参りましたので、殿下もじきにこちらへいらっしゃるはずです」
「…………!!」
なにこの胸のドキドキ。
エドワード王子がくるって聞いただけなのに……。
落ち着こうよ、私。
とりあえずお水をいただく。
うん。程よく冷えていて美味しい。
そう言えばルルはどうしてるのかな?
お水を飲んだら急にギルドに残してきたルルの顔が浮かんできた。
流石に一人じゃ心細いよね?
早く帰ってあげないと。
それにエドワード王子と会うにも心の準備が必要だし……。
「あのぅ……」
「なんでございましょう?」
「一旦ギルドに帰りたいんで……」
「なりません」
言い切らないうちに光速却下。
口調が機械的なだけにやけに冷ややかに聞こえる。てか怖い。
整った顔で無表情なのが怖さを増幅させてるのかも。
シューリングさんの手に持ってもいないナイフが一瞬見えた気がする……。
「…………」
「じきに殿下がいらっしゃいますので、殿下から直接許しを得てからにしてくださいませ」
ナイフに怖気付く私を不審に思ったのか、シューリングさんは表情はそのままに微かに首をかしげる。だからその無表情が怖いんだって。
でも、普通に考えてもシューリングさんは自分の一存で帰っていいなんか言えないよね?
考えなしに酷なことを聞いてしまったわね……。
「わかりました。無茶を言ってごめんなさい」
「いえ、イオン様が謝ることではありません。わたくしはイオン様の世話係ですので、これからも思ったことは遠慮なく口にしてくださいませ。
ただ、今のようにわたくしでは判断つかないこともありますので、残念ながら全ては叶えられませんが」
間髪入れず淡々と機械仕掛けのように応えるシューリングさん。
無表情でめっちゃ見てるよ。って、またナイフが……。
ま、とにかく私が王都へ来た目的は、エドワード王子に会ってアレークラ王国行きを許してもらう為だし、早々にその目的を果たせる機会なんだよね。
このドキドキを考えると、ちゃんとエドワード王子に話せるか不安だけど。
シューリングさんから殿下って言葉を聞いただけでコレなんだもん。実際に顔を見たらどうなることやら……。
そうだ。顔を見ないで話そう。
失礼だけどそれしかない。
無性に顔が見たい自分がいるんだけどね……。
それにしても一国の王子の『運命人』が俄か転移して来た異世界人だなんてあり得ないよね。
今更だけど、私は本当にエドワード王子の『運命人』なんだろうか。
でも、あの『天使の吐息』を体感してしまうと認めざるを得ないんだよな。
それに、あれからエドワード王子にドキドキしっぱなしなのが何よりの証拠。
これって、恋……よね?
でも……。
【運命の人:井伊加瀬航平】
あの石に浮き上がった文字は間違いなく井伊加瀬航平。
私がずっと恋焦がれていた人なのだ。
井伊加瀬先輩も私の運命の人なのだ。
それ以前にあの石に名前が出るってことは先輩が生きている証でもある。
あの石は死んでしまった人やまだ生まれていない人の名前は表示されないからだ。
だから先輩はあの事故に巻き込まれて死んではいない。
ただ、私のせいで重傷を負って生死をさまよっているのかも知れない……。
やっぱり気になる。
それを確かめるためには元の世界に帰らなければならない。
だからどうしても召喚魔法を学びたい。
そして、どうにか帰る方法を見つけたい。
「どうかなされましたか?」
あれこれ考えを巡らせて黙り込んでいたせいか、シューリングさんがまた微かに首をかしげながら声をかけてきた。
だからそのピクリとも動かない無表情が怖いのよね……。
「いえ、何でもないです。殿下とお会いする前に少し考えをまとめたいので、少しの間一人にさせてもらえますか?」
「畏まりました。ご用の時はそこのベルを鳴らしてくださいませ」
言うや、あっという間に出て行くシューリングさん。
本当に叶えられる望みはすぐに叶えてくれるみたい。
とにかく、なんとかアレークラ王国行きを許してもらわないと。
エドワード王子に納得してもらえるよう、しっかり話す内容をまとめなきゃ。
エドワード王子にとってもエクシャーナル王国にとっても、『運命人』が重要な存在なのはなんとなくわかる。
でも、私には『運命人』の他に『運命の人』もいる。
ただ、『運命人』と『運命の人』、どっちが重要な存在なのかなんてわからない。
ましてやエドワード王子は会ったばかりだし、井伊加瀬先輩だって、入学してからずっと恋焦がれていたとは言え、会話したのはあの日が初めてだった。
でも……。
エドワード王子にドキドキしている自分がいるのは認めるけど、やっぱり今は井伊加瀬先輩の無事を確かめたい。
そしてまた、お話がしたい。
それに、先輩とはもう一度会えるような気がしている。
根拠も確信もなく本当にぼんやりとしたものだけど、ずっとそんな気がしていた。
だから私はあきらめない。
そう心に決めた時、「ガチャ」と扉の開く音が聞こえた。
もう来たの?
どうしよ、どうやって話せばいいんだろ。
もうちょっと時間をちょうだいよ……。




