表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/116

第十話「ワイバーン」

 


 ………。


 私は急接近するワイバーンをただ呆然と眺めるしかなかった。

 頭が衝撃的な光景にパニックを起こし、身体が硬直して全く動かないのだ。


 眼前に迫るワイバーンがみるみる大きくなって来る。


「あ……?」


 もうダメかも知れないと思った瞬間、急にワイバーンが視界から消えた。


「助かった…」


 ふっと力が抜けた次の瞬間、


「ほら早くっ!」

「っ…」


 ニーナさんに手を引っ張られるのと同時に、ダダダダンと重い破裂音が私の耳をつんざき、次の瞬間、右腕に鋭い痛みが走った。


 何が何やらわからない。


 私の上にはニーナさんが覆い被さり、周りには瓦礫が散らばっている。


 ふと窓へ目を向けると遠去かるワイバーンが見えた。


 やはりワイバーンに襲われたんだ…。

 確信した途端、右腕を燃やされたような激しい痛みに襲われる。


「ぅぅううううぐっ…」

「イオン、まだ次があるわ。痛いだろうけど我慢しててね」


 ニーナさんの声の直後、ニーナさんの重みが無くなった。私は痛みで返事すら出来ない。


 恐る恐る右腕を見ると、二の腕のところがザックリ裂けていて、二の腕から下があらぬ方向へ向いている。

 内側の皮でかろうじて繋がっている状況だ。


 シューシューと凄い勢いで血が噴き出している。


 道理で頭が朦朧もうろうとしている訳だ。

 このままでは出血多量で命はないだろう。

 朦朧としつつもそんな確信をしてしまう。


 私は貧血でふわふわ浮遊感を覚えながら、ニーナさんを探す為に辺りを見回す。


「我が身に宿りし凍てつく魔素よ、貫く槍となりて我から出でよ、氷槍アイスランス!」


 私の霞かけた目に、何か呪文のようなものを唱えたニーナさんの後ろ姿が映った。

 次の瞬間、ニーナさんの突き出した両手から白い光のようなものが飛び出す。


「あ…」


 ニーナさんの肩越しから、さっきのワイバーンが見えたのだ。

 ワイバーンは既に10メートルほどの距離まで接近している。

 私がワイバーンを目視したと同時に、シャッと白い光がワイバーンに突き刺さり、グギャアアと地鳴りのような鳴き声が耳をつんざく。

 次の瞬間、攻撃をもろに受けたワイバーンが建物ギリギリで旋回し、一気に加速して遠去かって行くのが見えた。


「イオン!」

「………」


 ニーナさんが駆け寄ってきた時が私の限界だった。



 >>>



「おっ、やっと目を覚ましたか」

「良かったぁ…」


 整った顔立ちの男女が私の視界を占領していた。

 白髪で頰に大きな傷を持つイケメンと、ピンク色の髪に宝石のような緑色の瞳の美女。


 ルークさんとニーナさんだ。


 ん?

 なんかデジャヴ??


 二人は心配そうに私を覗き込んでいて、私は昨日の長椅子に寝かされているのだ。


 ん?

 死ぬと時間が戻る設定??


 私、ワイバーンに襲われたんだよな…?


「あ…」


 やはりそうだ。

 服が違う。


 さっきは制服のブラウスとスカート姿。寝起きのままの姿だった。

 今は生成きなり色の荒く織った生地で出来た、ブカブカした膝丈のオールインワンを着ている。

 さっきニーナさんが着ていたものと同じだ。


 きっと血まみれになった服を着替えさせてくれたのだろう。

 これはニーナさんの寝巻きなのかも知れない。


 そこで私は考えた。


 ルークさんが私の裸を見たのではないか。と。


 いくらイケメンでも、それはどうかと思う。

 家族以外の異性には見せたことないんだから…。


「なにそんな怖い顔してんだ?」


 知らず識らずルークさんを睨んでいたようだ。

 ルークさんは眉を寄せながらも「ニーナ、イオンに水を持って来てやってくれ」と言って、どかりと椅子に座る。

 ニーナさんはすぐに動き出し、「すぐ持って来るからね?」と、私に笑みながら言って部屋を出て行った。


「あのう…」

「なんだ? 他に何か欲しいもんがあんのか?」


 ルークさんが心配顔で身を乗り出して来る。


「見ました?」

「は?」

「だから私の裸見ました?」

「……………?」

「………………」


 これは確認しなければならない事だ。

 だって、ブラしてないんだもん…。


 暫し沈黙。


 ルークさんの顔がニヤケてくる。

 やはりこのおっさん…。


「プュハハハハハハハハハッ」


 大爆笑で誤魔化すのはどうかと思うよ。

 イケメンだからと言って、そんなんじゃ許されない。

 他の女性が許しても私は許さない。


「なぁんだ、そんな事か?」

「私にとってはそんな事なんかじゃないんですっ!」


 こういうイケメン過ぎる人は、なんか勘違いしているところがあるんだよ。

 何やっても許されると思ってる。


「まあ、着替えは手伝ったが、決してイオンの裸なんか見てねぇぞ?」

「くっ……」


 やっぱり現場にいたんじゃないか!

 お前は会議室で待ってろよ!

 しかも、イオンの裸なんかって…。

 なんかって何よっ!


「俺がここまでイオンを運んで来て、着替えを手伝ったのは事実だ。だがな、俺はただイオンを支えてただけで、着替え中は横向いてたから本当にお前の裸は見てねぇ。嘘だと思うんならニーナに聞いてみろ?」

「…………」


 本当だろうか。

 このルークさんのニヤついた顔が私の判断を鈍らせる。


「本当よ、イオン。ルークの言う通りよ」


 ニーナさんの声。

 振り向くと、ニーナさんが可笑しそうな笑みを浮かべながら歩いて来ていた。

 手には足の短いコップと花瓶のようなポットを載せた木のトレーを持っている。

 コップとポットは、どちらも深いグリーンの肉厚なガラスで出来ている。カットに光が反射してとても綺麗だ。


「私が見ないように目を光らせてたから大丈夫よ。安心なさい」

「な? 少しは俺を信用しろよ…」


 ニーナさんの言葉に追従するように、ルークさんが口を尖らせる。


「すみません…」

「まあいいって事よ。イオンも年頃の娘だから気にして当然だ」

「とか言って、チラチラ見ようとしてたのは何処のどなたさんでしたっけ?」

「いや、あれにはやましいことは一切ねぇ。単にイオンみてぇな人種は初めてだから、どうなってんのか確かめようとしただけだ」


 このおっさん…。

 私の謝罪を返せ…。

 しかし、今はムカつくくらい、このイケメンからスケベ要素を感じない。

 小さな甥っ子を見るような目で笑っている。

 それもなんか微妙…。


「それにしても、やっぱイオンは凄えな?」


 やっぱり見た?

 いや、こんなぺったんこが凄いはずがない。

 それに、見といて甥っ子アイで笑われるのもなんかキツイ…。


「あんだけの重傷負っといて、またまた無意識のうちに治癒させちまうんだからな?」


 あ、そうか。

 私、腕が千切れかけてたんだっけ。

 全く痛みが無いから忘れてたわ…。

 血まみれの服を思い出した時点で思い出すべきだったわ…。


 ルークさんは「本当凄えよ。あれが15分くれぇで完全治癒しちまうんだから、大したもんだぜ」などと、感心しきり。


「だがイオン。いいか?」


 ルークさんが急に真剣な眼差しで私を見て来る。


「いくら治癒魔術に長けてるからって、この季節の早朝に窓際立って姿を晒すんじゃ、ワイバーンに食ってくれって言ってるようなもんだぜ?」

「そうよ、イオン。昨日教えた時にはちゃんと返事してたじゃない。寝て起きたら忘れちゃったのかも知れないけど、明日からは絶対にあんな事しちゃダメよ?」


 そうゆうこと……だったの??

 ニーナさんの私を見る宝石のような緑色の目が、有無も言わせない厳しいものになっている。


「………はぃ…ごめんなさい……」


 ニーナさんはしっかり説明してくれていたと言うのに、私は半分夢の中で生返事をしていたらしい。

 実際、ニーナさんと何を話したかさっぱりで、ぼんやりふわふわの記憶しかなかった…。


 異世界ではちゃんと話を聞かないと命とりになるようだ。



 気をつけなければ。




【イオンの異世界日記】


ワイバーン。

寒気が去り暖かくなったこの季節、出産したワイバーンは食料を求め、頻繁に人里へも狩りに現れるらしい。

特に日の明ける早朝に限って事で、それを過ぎれば現れないそうだ。

その時刻は窓を締め切り、カーテンで中が見えないようにするのが、この辺りの人々の常識。

家畜に至っては小屋に追い込むのは勿論、風通しの窓には黒い布で目張りをしているそうな。


「春の早朝に窓際に立たせるよ!」


この辺りで子供が悪戯した時に使われる常套句。

戒めの言葉として使われているそうな。


皆さんも覚えておきましょう。


 依音xxx



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ