出会い
春。それは出会いの季節。
新しい出会いを求め、リア充は更なる栄光を勝ち取るために生きる。
夏。それは青春の季節。
リア充は海にダブルデート、もしくはトリプルデートで満喫する。付き合ってなどなくても、男女混合でときめく。スイカ割りや流し素麺はリア充の娯楽そのものだ。
秋。それは収穫の季節。
栗を食らって腹を満たし、読書をして知識を満たし、そして紅葉狩りで心を満たす。もちろん、鮮やかな景色を一番大好きな人と。
冬。それこそが恋人の季節。
かじかむ手を繋いでイルミネーションの光る通りを歩きながらツリーを見てロマンチックに淡く、そして温かく眺める。リア充がリア充を謳歌する瞬間だ。
一つ思う。俺のような非リア充は、「梅雨」しか輝ける季節がないのかと。
この世に生まれて早18年。キスも壁ドンもアゴクイも、いやいや彼女どころかそもそも女子とまともに話せない超根元的ヘタレの非リア充、それが俺、仲沢充だ。
アダ名は「みっちゃん」だ。ただ、リア充の「充」という漢字が一緒で何か嫌だ。引っ越しとかで友達もそんなにいなかった。
そんな俺に、彼女なんて出来るのだろうか…。
俺はこの春、この街に転校してきた。
5年前にできた、「秋葉原高等学校」だ。学力で言うと、上でもなく下でもない、本当に並みでしかないレベルの学校だ。 頭がそこそこ良い奴等でも、「学校帰りにアキバでヲタ活したいから」という理由で、この高校を選ぶケースもかなり多いらしい。俺は別にアニメもそんなに観ないし、特別好きってわけでもなかった。ただ、田舎から上京してきた身としては、華のある都会の高校で生きていけて、尚且つ自分の学力に相応しくて、部活やら学校の規則やら気に入った学校などココしかなかった。突然田舎の超アウェイな奴が乗り込んできたら、皆ビビるんじゃねぇかと思う。
「幕別町から転校してきました。仲沢充です」
クラスがざわつき始める。昔馴染みに「横浜市民は神奈川県民ではなく、横浜市民であることを誇りに思っている」という情報を聞いたので、都会の人間はそういうのが好きなのではないかと思い、敢えて都道府県ではなく住んでいた地域を言ってみた。でもどうやら勝手が違うようだった。
「幕別町…?」
「なにあいつ…」
口々に飛び交う陰口。俺には田舎の人間を見下しているようにしか見えなかった。
すると先生がフォローしがちに
「北海道の幕別町からいらしたのよね!」
とクラスメイトのざわつきを抑えるように発言する。フォローは有り難かったが、どうせお前も俺のこと見下してるんだろと思ってしまった。
この担任の名前は城島美月。控え室でなぜか自分から24歳だと明かしてきた。先公だと言うのに、しかも理科の教師だと言うのにジャージ姿だ。どうやら剣道部の顧問をやっているそうで、顔もそこそこの美形で割とタイプの方だ。だが、何となく分かる。こういう奴はどうせ夜に複数の男を日替わりで連れ回し、いざそれが露見しても代わりが死ぬほどいるという根元的リア充だ。男なんて放っておけば自分を取り囲んでいると勘違いしているのだろう。リア充はくたばれ。
僻みに僻んだが、少なくともこの教師は俺をフォローしてくれたんだし、有り難く受け取っておこう。
席に座る。休み時間になる。
で、こういう時は大体クラスのうるさい系男女が転校生の周りに集まり、人間性を知りたいのか何だか知らんけど根掘り葉掘り個人情報を聞いてくる。小学生の時に実家だった富良野から幕別町に転校したから、このイベントには慣れたもんだ。
……と思っていたのだが、誰一人声をかけてこない。あれ、と思いつつ、周りの奴等の反応を伺うも、個々のお喋りは止めないまま、楽しそうに話をしている。
結局休み時間は終わり、なぜか俺がキョロキョロしているだけの極めてムダな数分となった。
周りの奴等も着席し、数学の先生が入ってくる。クラスのボリュームは僅かであるが下がり、各々が話を抑えつつするので、程よいざわつきとなった。
すると右前の席から、女子二人のヒソヒソ話が聞こえてきた。
「なんかあの人、ずっと休み時間キョロキョロしてたね。カマチョじゃん」
ヒソヒソ話は本人に聞こえないボリュームでやってくれよ、と思った。
そして気付くのも遅かったが、今はあの頃とは違い、年齢も環境も違うのだ。ましてや受験に向けて気持ちが傾いている時に余計な奴が場を荒らしに来るなど、邪魔だったんじゃないか。
トイレに一人で行く。誰も俺を気にかけてなどいない。まあ、そんなもんか。
結局クラスの誰にも話しかけてもらえず、自分の話題をしている人間はほぼ陰口のようなモノだ。そのうちこんなのも無くなってクラスに溶け込めるだろうって言い聞かせて下駄箱の靴を取り出して帰る。
「ねぇ…あなた…?転校生って…」
突然、一人の女が話しかけてきた。
「あぁ」
「同じクラスの、星野輝き!よろしくね」
「お、おう」
下駄箱で靴を履き替えようとしている。何か気まずいから取り敢えず喋る。
「お前、変な名前だな」
「え?」
やってしまったー!いきなり変な名前とか失礼過ぎんだろ、俺ェ!
「ご、ごめん!いや、なんか、珍しい名前だな…」
「うん。よく言われる」
そんな事、もう何度も言われて慣れたというような感じでちょっと切なく呟いた。
「あのね…私、実は…」
知り合って早々、なぜか深刻な顔をして何かを俺に告げようとしている。
「な、何だ?」
「あ、いや…何でもないよ!じゃあね!」
おしとやか…ではなかった。ちょっと元気が余ってるくらいの健康な女子だった。
でも、俺に何を言おうとしていたんだろう。
まあ、何であろうが俺はもっとおしとやかな…例えるなら清楚な大和撫子が好きって感じだな。あの女が別に今後俺の眼中に入るとも思えないし。
翌日の朝、寝坊した。1限の途中から入ったから超空気悪い。またヒソヒソ話してるよ。マジダリィ。
ふとあの女を探してしまう。星野…輝き…だっけ?
しかしその姿はどこにもなかった。どうやら今日は休みらしい。新学期早々欠席かよ。
なぜかこの学校では連絡帳制度で、それを本人の家にまで届けなきゃいけないらしい。こんなのやるの小学生以来だ。まあ、それはともかく、重要なのはその役だ。
「仲沢くん、お願いしても良いかな?」
担任の城島先生が依頼してきた。いや、そりゃ今脚光浴びてる(気はしないけど、とりあえずそういうことにしておく)俺が、選ばれやすいのは確かだけど、本当にそういう仕事を俺にやらせるのかよー。
「仲沢くんには生徒を早く覚えてほしいしね!あと、麗さんもお願いして良いかな?」
珍しく先生が下の名前で呼ぶほど心を開いている相手は、坂下麗という女子生徒だった。
そして、一目見てビックリした。
可愛い。
黒髪ロングのストレートで、パッチリ二重、ちょっとタレ目で優しい口元、俺よりかは身長全然低くて何かマスコットみたいな可愛さもあって、でもロリではなくほどよい清純さと大人っぽさ。一目見ただけなのにその弾けんばかりの魅力に圧倒されるわ~。てか、俺、下心丸出しだぁ~。ま、まあ、落ち着け俺。こういう女はどうせビッチだ。どうせ週5くらいの頻度で男を連れ回してダービースタリオンやってるんだろ、どうせ。どうせどの男が一番速いか競馬でもやってるんだろ、どうせ。
ひとまずそれは置いといて、俺はその女と一緒に星野の家に行くことになった。これからその女の事、見極めりゃいっか。
星野家は世田谷の高級住宅街にあるらしい。とりあえず坂下と電車に一緒に乗る。
「ね、ねぇ…」
突然声をかけてきた坂下にドキッとする。
「仲沢くんは、好きな人いるの?」
「へ?」
意味不明な質問にビビった。
「え!?あ、ご、ごめんなさい!昨日転校してきたんだったよね!あ、ていうか、いきなりこんな質問おかしいよね…」
「もしかして、緊張してるの?」
「う、うん…。男の子と帰った事なんか無かったから。」
意外だった。こういう女は全員ビッチだと決めつけていた。
「へぇ~意外だな。てっきり人気あんのかなって思ってた」
「どうして?」
「いやなんか、なんっつーかな。フワッとしてんじゃん、君」
何の話かよく分からんけど、とりあえず平静を装って無理に会話を繋げようとする。
「フワッとしてたら人気あるの?」
「男なんかみんな好きだよそういう類いの女子。あ、てか、坂下はどこ住んでんの?」
急に全然関係ない話をぶちこむ。俺、コミュ症にも程があるわ。
「あ、星野さんの家の坂の下だよ!」
坂下が坂の下…一瞬ギャグかと思った。
「え、お前らそんな家近いのか!」
気づけばお前呼ばわりしていた。あー、どうしよう、いきなり生意気かな…。
「うん。」
……。
あ、会話途切れた。ヤバい。どうしよう。
「あ、そ、そ、そうだ!坂下は彼氏いんの?」
「え!?」
ぐわぁぁっ!俺のバカバカバカ!大バカ野郎!!いきなり女子にその質問はセクハラじゃね!?やっちまったぁ…。
「あ、やっぱ!今のナシ!」
「いないよ」
「へ?」
あ、あっさり答えやがった。ん?これはラッキーなのか?いやいやいや!唐突な質問した時点で大分まずいだろ!
「そ、そっか、そうだよな…あははは…」
「そうなんだよね…」
坂下はため息をついた。だがため息の意味は、その時俺は正直よく分かっていなかった。
その後無言で携帯をお互いいじって電車を降りた。
駅から徒歩ということなので、その時間は別に知りたいってほどでもないしどうせ後々分かるであろう学校のシステムとか学食が何階にあるかとか、それが美味しいのかまずいのか、高いのか安いのか…本当にどうでも良いが取り敢えず話すことに努める。
「ねぇ…」
「どうした、坂下。顔赤いぞ」
「せっかくだからさ…友達ってことでも…良いかな?」
……。
はあ!?
こんな可愛い娘が友達に!?え!?ヤバくね!?まあまあな事件だぞ、おい!そりゃあやべぇなぁ。俺、いきなり日本一のリア充じゃねぇかよ!え!?マジで!?ホンマかよ!?
語り部が取り乱すのはよろしくないので、取り敢えずは、
「お?お、おう。全然良いけど。いやぁ俺さぁ、前に転校した時も全然友達できなかったからマジ助かるわ」
「そ、そっか!よかった!」
天使のように癒してくれるその笑顔。さっきダービースタリオンとか言っていた自分が恥ずかしい。
数分してようやく着いた。結構なお屋敷だ。どっかの令嬢かと思うくらい、かなり大きい。
「あ、麗!わざわざありがとう!あ、転校生の彼も来てくれたんだ。ありがとう。コホコホ…」
「大丈夫!?ほたるちゃん!」
星野の奴、咳してんじゃねぇか。でも何かわざとらしいな。どうせ仮病使って……ん?……あれ?
ほたる!?
「ちょっと待て!お前!何でほたるなんだよ!」
「え~別にいいでしょ、気に入ってるんだから」
「いやそうじゃなくて!お前、星野輝きだろ!何でほたるなのかって聞いてるんだよ!」
「昨日初めてあったばかりなのに、もうお前呼ばわりかよー。まあ、別に良いけど」
仕方ない、という顔をして、星野は喋り出した。
「私ね、名前にコンプレックス持ってるの」
そう一言呟いて、
「それだけだよ!後は何となく分かるでしょ!せっかくだし、お茶でも出すから入って!」
招かれた俺と坂下はこいつの家で和菓子とお茶をご馳走になった。
3人だと驚くくらい会話が弾む。やっぱりこれが楽しい。ただ半分以上がガールズトークで、俺は少し引いたが。
今改めて思ったけど、男よりも先に女の知り合いが二人も増えた。しかも転校して初日と2日目に。これってかなりラッキーだな。というか、よく男を家にポンっと入れられるなっていう、こいつの寛容性がすげぇって思う。そりゃあ勿論、坂下がいるから俺も入れてくれたんだろうけどな。
「あ、そう言えば、あなたの事、なんて呼べば良い?」
「前の学校でみっちゃんって呼ばれてたし、それで良いけど?」
「良いけど?って…突然馴れ馴れしい」
余計なお世話だ、バーカ。
「じゃーねー、ミツルは?」
結局何も捻らねぇのかよ…。
「別に良いけど。じゃーお前らは、麗と…」
さらっと麗と呼ばれて何故か頬を赤くしている麗がよく分からなかったが、問題はコイツの方だ。
「か、輝き…?ほたる…?」
「ほたる!!」
食い気味で強調してきた。はいはい、ほたるちゃんね。
多分だけど、俺らは友達になった。
二人のガールズトークが止まらなくなってきたので、俺は先に抜けた。
携帯のLINEを開いて、今日の晩飯は外で食べてくると親に伝えようとした。すると、『新しいともだち』という欄に二人加わっている。
今の俺、リア充だな。東京女子最高。
まあ、でもほたるはねぇな。話してりゃ分かったけど性格ブスだし。それに比べて麗は最高に反応がカワユイ。幸せを感じる。いつか彼女にしたい。
2日目の収穫は大きかった。担任に感謝だな。
翌日、麗と自然に話せると思ったが全然話せない。自分でもビックリだ。理由の1つにあいつはクラスで女子友達と楽しそうに話している。基本的にほたるとはグループが違うようなので、彼女を通じて麗と話すという手もない。それに想像以上に彼女を見てテンションが上がっている自分がいる。あれだけ見た目に下心全開だったのに、今となってはまともに視界に入れることすら出来ない。出会ってまだ数日だぞ。
「ほれ」
「あぁ」
前の席の奴がプリントをまわしてきた。
「お前、北海道から来たんだっけ?」
突然話し掛けてかた男に一応返事する。
「まあ。あんま有名な場所じゃねぇけど」
「いや、俺の友達がその幕別町住んでてさ」
「はぁ!?」
奇跡だ。こんなことあるのか。
「春のラベンダーは綺麗だよな。俺、数回だけど行ったことあるし」
「マジかよ!そりゃあ奇遇だな!」
すぐにそいつと意気投合した。金髪のメガネ。名前は…何だ?
「ごめん、名前なんだっけ…。まだ全然覚え切れてなくて」
「柊星だ、よろしく」
名前聞いてマジかと思った。どんだけキラキラネームってか珍しい名前多いんだこの学校。
「ひいらぎは分かるけど、『すたあ』ってすげぇな」
「まあ、星一文字で『すたあ』ってのも気持ち悪いけどな。自分でも思う」
そんなこんなで、俺にこの学校に来て初めての男友達が出来た。
まあ男友達が出来たのは良いが、あいつも宿題だの何だので忙しい。
「ねーねー」
ツンツンと誰かが指で突つく。振り向くとほたるだ。
「せっかく友達になったのに、全然話し掛けてくれないじゃん」
「いやぁ、俺も話したいなとは思ってたけどさ、そもそも女子と一緒にいるのに輪になんか入れねぇよ。てか入りたくもないし」
「ったくもう、ヘタレねぇ」
「う、うるせぇな!」
「ね、帰り、一緒に帰ろうよ」
意外とグイグイくるコイツに戸惑いながらも、一応OKしておいた。
帰り道。高校から駅までがやや距離があるので、そこは二人で会話をしながら進む。男同士なら余裕であろうこの行為が、女子相手ってだけで俺は不得意だ。
「ねー」
「なんだよ」
さっき買った缶コーヒーを飲みながら、ほたるの言葉に耳を傾ける。
「あなた、麗好きでしょ」
「ぶほわぁーっ!!」
豪快に吹き出した。コーヒーが服に付きそうになったが、ギリギリ回避。
「はぁっ!?いきなり何言うんだよ!」
「いや、あなた、昨日何回麗のことチラチラ見てたと思ってんの。好きだっての丸出し」
「う、うるせぇな…」
「ありゃあ~?その反応は図星かなぁ~?」
「そ、そんなんじゃねぇよ!別に!」
図星過ぎて思い切り取り乱す。やっべぇ。
すると、ふとほたるは立ち止まり、深刻そうな顔をほんの一瞬浮かべた。だがそれは本当に一瞬で、すぐにまた明るい、というか軽い感じの表情を浮かべた。
「じゃあさ~あんたの恋、応援してあげるよ!」
え。
え!?
え~!?
「いやいやいや!お前、自分で何言ってるのか分かってるのか!?俺、まだあいつと会って3日目だぞ!?ホントにマジで好きとかねぇから!」
「まったまた~!恋は突然って言うし~」
「いや突然過ぎんだよ!」
衝撃的な発言に戸惑ったが、でもノリで言っている様にも見えなかった。恐ろしい奴…。
「男は行動あるのみだよ!その感じじゃ、北海道でも彼女いなかったでしょ」
「ぐっ…」
「ほーら、また当たった~」
「う、うるせぇな!別にそんなことお前に知られてどうだって話だ!」
「まったく、意気地無しだな~」
「そういう問題じゃねぇんだよ!」
地味になんかコイツとは会話が弾む。ただバカにされているだけかもしれないが…。
「ま、とりあえず今度放課後3人で帰る?」
「お、おう。別に良いけど」
結局そんなこんなで今日は二人で帰った。
更に翌日の放課後。
麗も忙しそうだったので、俺から声をかけるタイミングは無かったのだが、
「お待たせ~」
と靴を履き替えていた俺の元にほたるがやってきたので、その件について触れた。
「あ~ごめん。麗、今日は友達と帰る約束してたんだって」
「そっか。そりゃあ、仕方ねぇな」
結局またコイツと二人で帰ることになった。
秋葉原駅の前は混雑している。時間帯的にラッシュというのもあるが、今日はアニメのイベントで超有名声優とやらが来ているそうだ。俺とは無縁でしかないが、コイツはどうなんだか…。
「なあ、ほたる」
「ん?」
「お前はアニメ好きなのか?それでココ志望したとか?」
「いやアンタねぇ、人のことバカにしてんでしょ?私はちゃんと目的持って、将来のコトとか色々考えてココを選んだの!そこら辺のオタク共と一緒にしないでくれる?」
「はいはい」
「アニメ見始めるようになったのもここ最近の話だよ。最近はクワガタックが好きかな~」
「それ、何年前の作品だよ!てか、あれアニメじゃなくて特撮じゃ…」
「細かいことは気にしないの!それに、前住んでたところはツタヤも近くになかったしね。レンタルとかしたくても中々すぐに出来なかったし」
「ん?実家ってことか?」
「いや違うよ。引っ越したの、私」
意外だった。もうずっとここ何年も東京で暮らしているのだとばかり思っていた。
「どっから引っ越したんだ?」
「え~内緒」
「はぁ~?何なんだよ」
「内緒ったら内緒」
「何だよその隠蔽体質は」
「別に良いでしょ!」
まあ、いつか心を俺に開いてくれたら教えてくれるだろう。というか、どこまで心を開いてるんだ?引っ越した事は教えてくれたんだよな。でも何でどこに住んでたのかは教えてくれないんだ?ったく女ってこれだから面倒くせぇ。
「あ、あのね…」
突然深刻そうな顔をするコイツを見て、一瞬怯んだものの、俺もすぐに応答した。そんな俺を気にも留めず、
「んー。やっぱりいいや」と話を中断してしまった。
「何だよ。言いたいことありゃ言えば良いのに」
「言うもんじゃないと思ったから言わなかっただけだよ!」
この時のコイツの表情を見ても俺は読み解けなかったが、後々この瞬間がすげぇ大事だったんだなって考えさせられることになる。
俺の自宅はと言うと山手線で新橋乗り換え、銀座線で表参道下車だ。無論そんなに時間もかからないのだが、コイツの場合は更に田園都市線で三軒茶屋乗り換え、東急世田谷線で世田谷下車とまあまあ大変だ。コイツと麗は同じ駅なので、俺はこの間麗と二人でこれだけの乗り換えをして世田谷のコイツの家に行ったと思うと、よく持ったなと思う。これまで自分のことを非リア充としか思ってこなかった俺からしてみりゃ女子と二人きりで下校するなどという奇跡の様なシチュエーションはたまらなく嬉しいのだが、まさか2日連続でこんなラッキーな事になるとは思ってもみなかった。
しかし、そこは性格の違う女子だ。麗とは違って何だかガサツだ。しかし俺は麗の時よりも自然にコイツと話せている。まあ慣れていないのもそりゃあ経験値不足してるなーって自己反省するが、ほたる自身もそんなに男子とキャッキャするタイプではなさそうだ。見た目は結構可愛いのにな。
「ねーねー」
相変わらず馴れ馴れしいが、ひとまず答える。
「何だよ」
「何で麗の事好きなの?」
コイツ、マジでだりぃ。
「だからまだ会って数日だろ?好きとかないから」
「でも、タイプなんでしょ?」
「うーん、まあタイプかどうかなら当てはまるけど。せっかく友達になったんだし、そういう関係には出来る限り踏み込みたくないんだ」
「おー紳士ぶってるねぇ」
「うっせーよ」
「男の子って全員変態だと思ってたけど、普通の子もいるんだってのが分かった」
「どうせ俺は普通ですよ。じゃあ何だ?変態の方が良かったか?」
「死んで」
何だコイツ!!うっぜぇ…。いやまあ、今のは俺も悪いか。でも俺も思う。まだコイツといたい。もうちょいでコイツとの電車時間も終わりだ。これからほたるとは恋愛とか抜きで、大切な一人の友達として仲良くしていきたい。
「なあ、ほたる」
「何?変態のクズ」
「いちいち口悪いんだよ、てめぇ!」
「あーごめんごめん、つい」
「つい、じゃねぇよ!」
「アンタこそ、いちいち揚げ足取るわねぇ。で?」
「この後…空いてるか…?」
「良いねぇ~青春してるねぇ~」
「はあ?」
「とりあえず片っ端からナンパして本命後回しってヤツでしょ?どっかで聞いたことあるよ!こういう男の手口」
「お前こそ、マジで死んで」
「クスッ。冗談よ。別に空いてるけど。どういうつもり?」
「どういうつもりも何も…。もうちょいお前と遊びたいだけだよ。俺も暇だし。……。もう友達ってことで良いだろ」
ほたるは少しだけ笑みを浮かべてゆったりとした表情で返してくれた。
「うん」
2日目で女子の家に上がり込み、4日目で遊びに行く。今まで非リア充でしかなかった俺にとっては、この上ない喜びでいっぱいだった。
まあ、遊ぶと言っても本当に単純で、ゲーセンに行って、帰りの飯を買いたいと言うあいつに乗る形でスーパーに行って、
まあ、本当にそれだけだった。
『太鼓の鉄人』という人気アーケードゲームの後は、ホッケーをやって盛り上がり、この歳になって何か恥ずかしくて…
でも、すごく幸せだった。同い年の女子と遊びに行くって事がこんなに楽しいだなんて。
ただ、悔しい。コイツには恋愛感情を抱けないのだ。それでもしそういう恋人的な関係になって、これが遊ぶというか「デート」っていう名前が明確についたりしたら、すごく嬉しいし素敵だと思う。というかそれにほぼ近いことをしているのだから、その夢が叶っただけでもかなりハッピーなのだが、欲を言うのであれば彼女にしたいって思えるようになりたい。でもやっぱりなりたくないのだ。たった3日で人を判断するのは難しいし、無理だと思うけど、でも何かコイツとは遠い昔に出会って、そこからの幼馴染の様な気がしてならないのだ。勿論、コイツとは生まれた場所も全く違う。コイツは都会でこれまで育ってきた人間。俺は北海道のド田舎で生きてきた人間。価値観も理解もきっと全て異なる気がする。でもなぜか恐ろしいくらいあっという間に仲良くなって、悪口が言える、そんな親近感が沸くような関係性にまで作り上げてしまった。我ながら天晴れである。
帰るときに手を振り、振り替えしてくれた。この何気ない幸せが永遠に続いてくれれば良いのに。
翌日、俺は柊星に積極的に話し掛ける事にした。思えばこの数日間、俺は全然自分から行動に移して来なかった。誰も寄ってこないってのを非常識なんじゃないかって心のどっかで思っていただけで、本当は何事も自分から動かなきゃダメな気がした。更に言えば男友達がいないとこの先やっていけないと思う。とりあえずはコイツとの繋がりを大切にしたい。
「えとー、スターくん?」
「ん?」
「今日一緒に帰ろうぜ」
「あぁ、わり。俺、今日バイトあるからダッシュで帰らねぇといけないんだ」
「良いぜ。俺、一緒にダッシュするよ」
「お、おう。そうか」
ちょっと出しゃばったかな…とは思うな。
「あ、あとさ…スターでいいよ」
「え?」
「同い年で『くん』ってのも嫌だ」
これは歩み寄ってくれていると捉えて良いのかな。何にせよ、距離が縮まったのはすげぇ嬉しい。やっぱ自分から声をかけて良かった。
俺は放課後スターと全力で駅までダッシュした。二人で閉まりそうな扉ギリギリに入り込み、車内でちょっと痛い視線を受けた。
「好きな曲あるか? 」
「俺は『ニセモノばかり』かな。『アキウタ』って曲が好き」
「ほー、『名占い師ドイル』の映画見たのか」
「いや、俺そんなにアニメ見てこなかったんだよね、スターは?」
「俺はシュリンプかな」
「あー、『SHRIMP OF TURKEY』だろ?」
「うん。『星空観察』は芸術の一曲だ」
音楽の話は想像以上に合う。しかしどうやらスターはアニメが好きみたいで、俺もオススメアニメを見てみることにした。
進めてきたのは、いわゆる『学園ラブコメ』だ。今までそんなにラブコメに興味がなかったのは恐らく、この類いのアニメを見たら自分が非リア充であることを認めざるを得なくなるような切ない理由だと思う。
「主題歌とかまとめ借りすると良いぜ」
「マジか!でも近所のツタヤがどこにあるかとか分からないからなー」
「とりあえず渋谷のでっけーツタヤ行けば良いんじゃね?確かあそこのツタヤは日本中のほとんどの在庫あるぜ」
「渋谷か…相変わらず神ってるな…」
「ん?行ったことあるのか?」
「いや、テレビとかのイメージ」
生まれも育ちも北海道の俺からしちゃ、東京に来た事なんて中学校の修学旅行一回切りだ。大体修学旅行となっちゃ秋田と青森の観光辺りが王道だが、うちの中学校は豪勢な事に、北海道のド田舎のクセして大都会に行ける機会を与えてくれた。まあ、行ったのは浅草と東京タワーと皇居、上野動物園という超安定どころで、新宿だの渋谷だの若者の街は治安が悪いとかいう田舎教師共の偏見で眼中にすら入れてもらえなかった。ついでに言えば修学旅行から帰って来て数日後に上野動物園にパンダが来たという事で、パンダを昔から見てみたかった俺はそのタイミングの悪さに相当イライラしていた。後日腹いせに旭山動物園をグルグルまわったものだ。
それからすぐにスターとは別れ、俺はアイツが言っていたアニメとその主題歌をまとめ借りすることにした。
初めて来た渋谷はとにかくデカイ…というか、それ以上に人が多い。これだけの人の多さにどこか懐かしさを感じた。
どうしても見たかったハチ公を連写する。ハチ公の隣に人が入り込んでピースした写真を撮りたがっているので、中々ハチ公単体で撮ることが出来ず、こうなったら俺もツーショットが撮りたいと欲求が溜まり他の観光客に撮影をお願いしたりして、田舎者要素丸出しの観光となってしまった。
そのまま、テレビでしか見たことのないスクランブル交差点の信号を待つ。これだけで大分テンションが上がるが、横断歩道の線を無視して全くの赤の他人たちがすれ違いまくる様を見るのは痛快で、人混みに揉まれながらその先にある渋谷ツタヤに入った。
あまりにもデカ過ぎるこの建物は、それぞれDVDだったりアニメモノだったりとジャンルごとに、1階丸々だ。それだけで普通のツタヤ1個分はある衝撃にただ言葉を失うだけだった。
その日、家に帰ってそのDVDをつけた。借りたアニメは『学園プロジェクト』という典型的なラブコメだ。中学校を舞台としたややハーレム要素を含んだ作品なのだが、一点だけ特殊なのは主人公の男の子が魔法使いだということ。その回に出てくるゲストキャラに取り憑いた悪霊と戦いながら、メインヒロインにその正体を隠しつつ、彼女との恋を成就させようと奮闘する。しかし恋の行く手を阻むライバルキャラや、自分のことを好いてくれる別の女の子キャラの登場、さらに自分に興味を持っているように見せかけている悪の手先の女の子キャラなど様々な登場人物との接触によって彼自身の正義が揺らぐ、若干の生々しさ、子供番組と見せかけての恋のリアルさを描いた、何って言うか、すげぇ作品。
てかまず子供番組を好むスターがよく分からんが…見てみると結構面白い。そもそも魔法使いは女の子向けという固定概念が強い日本のアニメ界で、主人公の男の子を魔法使いにするという特異な取り組みは、確かに見入ってしまう要素は十分に含んでいる。
しかし絵が古い。ネットで調べてみたところ、これが放映されていたのが10年以上前だった。まだ5才くらいだった俺からしてみれば、こんなドロドロ作品に興味など示すはずもなかったわけだ。
翌日、スターとその話で盛り上がった。結局徹夜して1クール全て観てしまった…。俺もそこそこってか結構、いやかなりハマってしまった。
リアルに銃を撃て。
お読み頂きありがとうございます。
ムッツリスケベな充くん。元気いっぱいなほたるちゃん、おしとやかな麗ちゃん。
あまりにも王道すぎるラブコメですが、彼らは大きな選択を迫られていくこととなります…。それが少しずつ紐解かれる様子をご堪能頂ければと思います。