~黒村一樹の異世界劇場~
第一章『始まり』
なっ、なんなのだこれは。
私の前世のものであろう記憶は、F‐19に乗って、敵泊地爆撃中のところを、敵の対地対空機関砲にやられたところで途切れている。
これは何を意味するのか。もちろん死である。
死んだはずなのになぜ生きているのか、しかも小さくなって。
また、F‐19のコックピットではなく、西洋のレンガ造りの家の中であった。
私はすごく混乱してしまった。
だがこの謎はすぐに開かされる。
いきなり時間が止まる。
『やあ、元気かね黒村 一樹君。』
『その声は白金か!』
『そうだとも。君の遊び相手、白金 健二だよ。』
ちっ、いやな奴に早速出会ってしまった。
いや、こいつがいるということは、今回の事にこいつが絡んでいると断定していいのではないだろうか。
そう思い、私は奴に聞いてみる。
『私が小さくなっていることについてはお前が絡んでいるのか?』
奴はすぐに答えなかった。
そんな簡単に答えはしないかと思ったとき、
『そうだね……隠し通す事ができ無さそうだから言うよ。僕が送り込んであげた。』
な、なんだと。奴はまさか人を操る術法の先、人の生命を飛ばす術法を編み出したというのか。だが、
『それは、禁忌に抵触する術法ではないか。刑を受ける覚悟でやっているのだろうな?』
『僕は刑を受けないよ。自国の領空ではないからね。』
なんてことだ。私がいた編隊には奴もいたことを忘れていた。だが、もうひとつの禁忌をわすれているではないか。
『お前は人の生命の存在次元を操ったではないか。魔女同士の禁忌に触れているじゃないか。』
勝った。これは勝ったな。
『いや、そんなことは無い。』
なんだと?
『死んでいる時点で、人の生命かどうかはわからないからな。しかも、禁忌に触れるのは、生命を作り出すことであるからな。』
うっ、そういえばそうかもしれない。
『じゃあ、せいぜいゲームを楽しんでくれたまえ。』
なんのことだ?ここにはゲームもないし、第一、体も自由に動かせないのだぞ。
『何だ、ゲームとは?』
『そちらの世界のことだよ。そろそろ世界大戦が始まる。そちらの世界で死ぬと永遠にそちらの世界をさまよう事になる。だが、大戦を終わらせられれば、お前の勝ちだ。こちらの世界に返してやろう。』
くそ。なんて理不尽なのだ。
『ではな。お前のゲームの成功を祈っているぞ。』
時間が進み始めた。
私は即座に眠くなってしまい、体を睡魔にゆだねた。
その後はこのようになっている。
私が7歳のとき、軍の検査団が小学校を回って、魔術適正試験をしていた。
その試験の際に術式の発動試験までクリアしてしまい、こちらの世界の妹ともども、軍に入ることが約束された。
そのときに、こちらの世界の術式の発動方法をはじめて知ったのだが、向こうの世界の発動方法と違って驚いた。
向こうの世界では、まず、対象を認識することから始まる。これは写真でも何でもよいが、この認識の強度でも術式の強度が変わる。
二番目に、術式発動補助機に対象の特徴や位置、術式の種類、威力を脳内入力する。
三番目に、この世界に対して術式情報のダウンロードをする。ダウンロードをするためには魔術師の世界に対する影響強度が関係する。
この影響強度が弱いと、ダウンロードに失敗し、術式は発動しない。
最後に、ダウンロードした術式を任意の時間で開くことで完成する。
だが、こちらの世界の魔術の発動方法は少し違う。
最初の認識を抜かして発動することが普通であった。
たしかに、認識するというどうさによって、1秒ほどの時間を要するが、それがどうしたというのだ?認識しないせいでこちらの魔術師は発動に失敗することが多い。それでは1秒以上のロスではないか。
私がいくらこのことを説こうとしても、子供だからと相手にされず、
発動速度 A-
魔法威力 B+
影響強度 SS
このような結果になってしまった。
検査から8年。私は15歳のとき、帝国士官学校の門をくぐった。
そのような、平凡な兵の行き着く先がこれである。
ルキウス暦1945年 6月4日 7時30分 帝国軍西部戦線中央司令室
『失礼します。クロム・カズキです。』
あまり入りたくは無いのだが、入らないと事が始まらないので、
『ああ、入ってくれ。』
『失礼します。』
この部屋にいるのは、中央指令のハンス・ヨゼフ。
『クロム君。良く働いてくれているようだね。
君の働きに応じて、中尉に昇格した。』
本題は違うだろうと思ったが、
『ありがとうございます。』
と言っておいた。
『そして本題なのだが、現在、西部戦線右翼に対する連合国軍の侵攻が激しくなっている。
君の小隊には、敵右翼の中枢部を少数急襲し壊滅に追い込んでほしい。
また、少数だけで、気がつかれかれないようにするため、牽引式ロケットしか使えない。
よって、司令部の破壊ののち、ダンケルク飛行場の占拠をしてくれ。そうすれば、後ろから先陣隊と降下隊が行く。』
まためんどくさい任務をまかしやがって。成功しなかったら大変な任務じゃないか。
だが、受けなかったら、右の戦線が崩壊する。よって、受けないわけに行かない任務じゃないか。
『分かりました。敵右翼の中枢部少数急襲任務、受留いたしました。』
『了解。お主の武運を祈る。』
同日 8時30分 帝国軍西部戦線ケルン郊外 ネアンデタール飛行場 作戦実行控え室
私は作戦実行控え室の扉を開いた。
まず、妹を呼ぶ。
『クロム・スズコ少尉!』
『はい、お兄様!』
次に相棒を呼ぶ。
『ジェームス・メイ少尉!』
『おうよ!』
両人そろっていたようで良かった。
『では、作戦を発表する。
まず、牽引式ロケットで敵地に進入。敵右翼の司令部に上空から一トン術式を投下する。』
『次に、ダンケルク飛行場を破壊しないようにしながら、制圧を行う。ここまではよいか?』
『お兄様、少しよろしいでしょうか。』
今は時間が惜しいが、他ならぬ妹の質問だ。答えてやらねば。
『何だ?』
『制圧とおっしゃっていましたが、敵の殺傷はよろしいですか?』
『それはOKだ。敵飛行機3機と、滑走路だけは残すようにしてくれ。両人よいか?』
妹と相棒の意思を確認する。
『ああ。』『はい。』
確認が取れたところで、時間になってしまった。
『残りは、後で通達する。
また、今回は特尉を連れて行く許可が出ている。よって、4人での行動となる。』
スズコは不満そうだったが、任務であるとわきまえてくれたようで、
『お兄様の意思のままに。』
相棒も少し不満そうではあったが、
『了解。』
と渋々頷いてくれた。
私は少々声を張り上げて、
『クロム小隊出撃だ!一番の戦果を挙げてやるぞ!』
『もちろんだ!』『はい!』
同日 9時00分 帝国軍西部戦線ケルン郊外 ネアンデタール飛行場 滑走路横
半特攻任務がそろそろ始まる。
『両人とも、機体の調子はどうだ?』
妹と相棒の機体、装備を再度確認させる。
『スズコ機、問題ありません。』
『俺も問題ないぜ、カズキ。』
両人ともチェックは怠っていなかったようだ。
だが、ここで問題があった。
私が逃げ腰になっていたのだ。この任務には死の危険性があるためだろうか。だが、そんなことでは、指揮官失格だと思いつつ、自分に渇を入れる。
『よしっ、これより敵司令部破壊及びダンケルク飛行場占拠作戦、行動開始。』
『了解。』『はい、お兄様。』『イエス、マスター。』
やっと、やっとこの第一歩を踏み出せる。今に見ていろ、白金めという思いで私はロケットにのりこんだ。
同日 10時12分 連合国軍陣地 ブローニュ上空
あまり気が進まない任務はたくさんある。
その中でもこの任務は一番気が進まない。
理由はたくさんあるが、その中のひとつとしては、魔術のみで移動しなくてはならないので、魔力消費が凄く激しくなる点がある。
でも、来てしまったからには仕方ない。これは死んでも仕方ないかも知れんな。
『皆、準備をしてくれ。そろそろ降下地点だぞ。』
『了解した。1トン術式でいいんだよな?』
相棒が再度確認してくる。よい心がけだ。勝手なことをやったりしたら、ハンスに怒られそうだからな。
『そうだ。私は上官としても、相棒としても怒りたくないからな。』
『気持ちは分かっているんだって。心配するなよ。』
それが心配なんだけどな・・・
相棒だけでなく、妹の心配をしなければ。
『スズコ少尉はそうだ?』
『大丈夫です。少し被弾しただけですから。』
なに?あの妹が被弾しただと?
どうして被弾したのか理由が分からない。
『敵の高射砲にロックされたみたいですね。もう少しだから、ロケット弾でもこなければ・・・!』
妹の表情が青ざめている。何があったのか、妹に聞かなくてもすぐに分かった。
『総員、即座に緊急離脱!離脱後はできるだけ機体から離れるんだ!』
ちっ、既に全員がロックオンされていたとは。
向こうの世界から白金が干渉をしてきているのだろう。
そうでなければ、こんなにも早く敵が感付くはずがないのだ。
『総員、1トン術式展開、目標は既に下に来ているのだ!』
『了解。展開完了、ダウンロード開始・・・完了。 投下!』
『展開・・・ロード完了、投下します!』
『展開、完了、投下開始。』
はじめから、ジェームス、スズコ、特尉である。
三者三様のやり方で1トンの投下をしている。
一番術式展開開始が早かったのはジェームスだが、投下が一番早かったのは、特尉だった。
『ジェームス、大きい魔術だからって苦手意識は持つなよ。』
『もちろんだぜ、カズキ。』
額に汗を浮かべながら言い返してきた。何か言ってやろうかと思ったが、新たな敵影を前にして、そんな余裕が無くなった。
『敵影20程度。ダンケルクの方向から来ます。どうしましょう?』
自分でも敵を視認した。あの機影は・・・たぶんP‐51だろう。
イギリスに対してアメリカが配備した最新機種だ。
すごくめんどうくさい奴らめ。
空中戦となるとこちらの圧倒的不利なのが分かってきやがったな。
『私が応戦する。お前らは着地準備だ。』
『分かりました。』『了解だ。』『イエス、マスター。』
三人から思った通りの答えを聞いたので、安心して応戦できるようになった。
だが、術式を打てるのは一度だけ。たった一度で敵全体を包みこみ殺してしまう術式といえば、自分で編み出した術式がある。だが、第5の禁忌として(白金の術式が4番目だと思っている)大魔女に認められてしまうであろうものであるから、使いたくない。が、窮地に陥ってしまったのだから使うしか選択肢が無い。
『総員、後方からの衝撃波に備えろ。地面に叩きつけられるぞ。』
『げっ、そんなのはごめんだぜ。』
ジェームスは本気で嫌がっていた。対してスズコは、
『ふふっ。お兄様ったら、あれを使うつもりですね。』
なにをするかが分かっていたようだ。
私は、覚悟を決めた。
『では打つぞ。』
大きく息を吸い込み、
『術式展開・・・完了。ダウンロード開始・・・』
『でかい術式だな。1トン爆弾なんて比じゃないぞ。』
ジェームスの独り言に答えてやりたかったが、余裕が無い。
『・・・完了。 空中炸裂魚雷群、いけ!』
私の放った空中魚雷が敵の群の真ん中で炸裂し始める。
炸裂音と混じって敵の断末魔が聞こえる。成功したのだろう。
百発を超える魚雷によって、灰になったものややけどを負って落ちていったものばかりになり、空中に留まっている敵兵は消えた。
だが、突風が来るということを忘れていた。私は着陸態勢を整えていなかったせいで、地面にぶつかることを覚悟した。
「かっこ悪いな、自分が一番着陸態勢を整えられないなんて。」
『そんなことはありません。お兄様。』
落ちかけていた私をスズコが支えてくれていた。
スズコのお陰で骨折せずに地面に降り立つことができた。
『スズコ少尉、ありがとう。』
『いえ、当然のことをおこなっただけのことです、お兄様。』
軍務の途中でお兄様と呼んでいるのは良くないが、今回は許してやることにした。
『それで、首尾は?』
『建物ごと消滅していますぜ。』
相棒がほっとしながら報告してくれた。
自分でも見たが、結果は非を見るより明らかであった。
『ではこれから、帰還をするためにカレー、ダンケルクを制圧しに行く。』
『了解。』『分かりました。』
両人、承諾してくれた。凄くスムーズに進んでいる。
『特尉は、先にダンケルクに行って、掃討してきてくれ。非戦闘員は殺すなよ。』
『ワカリマシタ。』
特尉が砂煙を立てながら飛び立つ。
皆が移動準備をする傍ら、私は西部中央基地に向け、信号を発する。
『西部中央基地。西部中央基地。こちらはクロム・カズキ。
我らは、これからカレー市を占拠しに行く。空挺隊を送ってくれ。』
少ししてから信号が帰ってきた。
『西部中央基地了解。空艇隊を送る。後30分程度で到着する。』
30分か。丁度よい時間だろう。
『クロム・カズキ中尉了解。オーバー。』
『武運を祈る。オーバー。』
西部中央基地との通信を終了し、通信機をしまう。
『クロム小隊、カレー基地に向かって移動術式展開。』