第4話
「お久しぶりです。女王様」
「・・・ああ、久しいな」
ライはどことなく嬉しそうに冬の女王に声をかけました。
対する女王は、いつもと変わらない無表情に見えます。
ですが。
「体の調子はどうだ? 良くないのか?」
女王は自らライの様子を聞きました。
それだけでも、冬の女王がライのことを他の者より気にかけているのだとわかります。
「ええ、寒い時期はどうしても。・・・おかげで女王様にも不義理をしてしまい、申し訳ありません。しかも、こんなところまで足をお運びいただくなんて」
「・・・そんなことは気にしなくていい」
感情のこもらない声音は下手をすると冷たいと誤解を受けそうです。
けれど、長い付き合いであるライは言葉にこもる優しさを正しく受け止めていました。
「いいえ。あなたが人々を見守るというご自分のお仕事をどれだけ大切になさっていたのか、私は知っています。・・・本当はそのお仕事を邪魔するような真似だけはしたくなかったんですが」
冬の女王が何年も何年もずっと窓辺で人々を見守っていたのを、ライは一番近くで見ていました。
それが仕事だと言われても最初は良くわからなかったのですが。
冬は厳しい季節で、人々にはあまり歓迎されません。
だからこそ、できる限り人とかかわらず人に迷惑をかけないように、ただ見守るということを仕事として自分に課した冬の女王。
ただただ人々の安寧を思って見守る。
それだけが仕事、それだけが冬の女王の存在意義。
それに気づいたとき、ライは女王の奥ゆかしい皆を守りたいという気持ちに触れたのです。
だから、その仕事の邪魔だけはしたくないと、体が動かなくなったとき、ライは塔の近くの街ではなく田舎に帰ることを決めたのです。
優しい冬の女王が自分に気をかけてくれることは知っていましたから。
遠く離れた方が迷惑にならないと思ったのです。
けれど。
「女王様、失礼を承知でお聞きいたします。・・・ここ数年雪が深くて皆困っているというのは、もしかして・・・」
「それは!」
珍しく、冬の女王が驚いたような感情の見える声を上げました。
ふたりのやり取りを静かに見ていたレオとフォーも驚きます。
「・・・皆には、申し訳ないと思っている」
いつもの無表情に戻って、ぽつりと言葉を落としました。
「女王様?」
「・・・うまく調整が利かないんだ。こんなことは今までなかった」
感情がわかりずらい冬の女王ですが、さすがに困っている様子は見て取れました。
「原因がわからないんですか?」
それまで黙って話を聞いていたレオが声を上げます。
春の女王がふたりを会わせたいと思っていた理由は、雪が多くなった原因を解消するためなのだと信じて、ここまで冬の女王を連れてきたのに、肝心の冬の女王が理由に気付いてさえいないとは思わなかったのです。
これでは雪の量を変えることなど無理なのではないかとリオは焦ったのですが。
「あの・・・それって」
フォーがどこか言いにくそうに声を上げました。
頭痛をこらえるように額に手を当てて少しうつむいています。
「なんだ、どうしたんだ?」
驚くレオに、フォーは失礼にも胡乱気な視線を送ります。
「本当に気づかないんですか? ああ、でもレオ様はまだ10歳だもんな・・・」
なにやら呟く言葉も失礼な感じで、レオはその雰囲気を敏感に感じ取ります。
「なんだ? 馬鹿にしているのか?」
「いや、あの。そうじゃないんですよ・・・とても言いづらいといいますか・・・でも、この中だと自分が言うしかないのかな?」
「なにをブツブツ言ってるんだ? なにかわかったんならはっきり言え!」
レオに急かされて、フォーはようやく覚悟を決めます。
「冬の女王様はライのことが好きということですよ」
フォーの言葉に冬の女王とライが絶句します。
しかし、レオには良くわかりませんでした。
「それはわかるが、だからどうして雪が深くなったりするんだ?」
首を傾げて真顔で聞くレオに、逆にフォーが絶句します。
「なんだ? また馬鹿にしているのか?」
詰め寄るレオにフォーは慌てます。
「違います。ただ驚いただけです! それにレオ様は知らないかもしれませんが、人のことを特別に好きになると、ダメだと思っていても仕事中にその人のことを考えちゃったりして、馬鹿みたいなミスをしたり、感情がうまくコントロールできなくて、浮かれたり落ち込んだり、とにかく普通でいられなくなるものなんですよ!」
フォーは思わず大きな声で反論して、そしてハッとして冬の女王とライを見ました。
ふたりは一見怖そうな無表情と強面の顔を、そろって真っ赤に染め上げていました。
「・・・すみません」
思わず謝ると、冬の女王がこれまた珍しく自分から話しはじめました。
「いや・・・おかげで納得した」
気付いてしまえば、今までの自分でもどうしようもない感情も理解できました。
そして理解さえしてしまえば制御できる自信があったのです。
やっぱり精霊である女王は人とは少し違うようでした。
「すまなかったな。今まで迷惑をかけて」
その声色はやっぱり感情がうかがえないものでしたが、どこか今までとは違って落ち着いた様子に見えました。
そして、冬の女王はライに向き直ります。
すでに平静を取り戻した女王と違って、ライはまだ動揺を隠しきれていませんでした。
その様子に、冬の女王は静かな眼差しを向けます。
「ライ、私の感情に無理に付き合う必要はないぞ」
ライは驚いて目を丸くします。
「今日のことは忘れてくれていい。・・・もう皆に迷惑をかけるようなことはしないから」
そうして、冬の女王はライの元を立ち去ろうとしました。
けれど。
「待ってください!」
驚いた顔で固まっていたライが声を上げます。
「勝手に私のことを決めつけるのはやめてください」
ライは睨むように冬の女王を見つめます。
冬の女王は初めて見るそんな姿に動揺してしまい、自分が大丈夫だと思ったことが間違いだったと知りました。
そして、眉を顰めて見返してくる女王に動揺したのはライも同じでした。
けれど、ここで帰らせてしまうわけにはいきません。
ライは意を決して言葉を紡ぎます。
「私も、この体でさえなければ、あなたとずっと一緒に冬を過ごしたいと思っていました。・・・気持ちは同じです」
ただ一緒に過ごしたい。
あの部屋の暖炉の前で、美味しいお茶を飲んで、静かな、けれど暖かな時間を。
その気持ちはただ好きだという言葉よりも、冬の女王にとって嬉しいものでした。
「・・・ありがとう」
気持ちが言葉になって零れ落ちます。
そして、それは言葉だけにはおさまりきれませんでした。
溢れた感情は表情となって冬の女王を彩ります。
微かに上がった口角、眉が下がった目じりはほんのりと赤く染まっています。
その美しい頬にはいつの間にかキラリと輝く雫が伝っていました。
それすらも美しい宝石のように華を添える存在です。
そして、その雫がぽとりと床に落ちた瞬間。
それは起こりました。
ぱあっと雫が落ちた場所を中心に光の輪が広がります。
波が揺らめくように光の輪は幾重にも周りに流れていきます。
その突然の輝きにレオたちが驚いて目をつむり、そして次に目を開けたとき、世界は一変していました。
ピーチチチッと鳥の声が聞こえました。
静かな冬には聞くことのできなかったものです。
レオは慌てて窓を開けました。
途端に、ふわっと暖かな空気が頬に当たります。
目の前には淡い桃色の小さな花を零れんばかりに湛えた大きな木。
そして、その先には色とりどりの花を咲かせた草原が見えました。
まぎれもない春の風景がそこにはありました。
そこは先ほどまで雪で真っ白な世界だった場所です。
あまりの変化に誰も声すら出せませんでした。
その静寂を破ったのはここに居るはずのない存在の声でした。
「驚いた? ちょっとしたサービスよ」
歌うような鈴のような独特の声色。
そしていたずらが成功して喜んでいるような口調。
それはレオにとって聞きなれたものでした。
「春の女王?」
「そうよ。わあ、レオまた大きくなってる~」
春の女王は振り向いたレオに抱きつきます。
スキンシップが激しいのはいつものことですが、さすがにその突然の登場に驚きは隠せませんでした。
「ちょっと待って、いつから居たの?」
冬の女王にはそれなりの節度を保った口調だったレオですが、春の女王にはついつい気安い口調で答えてしまいます。
「え~? それは言うのちょっと面倒なんだけど」
少し体を離した春の女王は不満げに顔をしかめます。
いや、さすがに説明してもらわないとわからないんだけど。
心の中で突っ込んで、レオはようやく違和感を感じます。
「あれ? 冬の女王は?」
さっきまでここに居たはずの姿が見当たりません。
そして、フォーはなにか怖いものを見たかのように春の女王を見て固まっています。
「ちょっとフォー。人のこと、お化けでも見たような目で見ないでよね」
ぷっと顔を膨らませた春の女王は「それにしても暑いわね」と言って、防寒着と思われる外套を脱ぎます。
レオはフォーはどうしたんだ? と思いつつも、同じように脱ごうとして、はたと気づきます。
春の女王は冬の女王と同じ顔をしています。
なおかつ、今脱いだのは冬の女王が着ていたのと全く同じ外套です。
そして、春の女王がここに居るのに冬の女王が居ません。
まさか、まさか!!??
「冬の女王が春の女王!?」
口に出してみたものの、レオは自分で信じられませんでした。
けれど、春の女王はにんまりといたずらが成功した時の得意げな表情を見せます。
「そうよ。ああ、でもちゃんと別人よ」
意味がわかりません。
こうなってくると、さっきまでの冬の女王を春の女王が演じていたといわれた方が納得できるレベルです。
「レオ? レオちゃん? ちょっとちゃんと話を聞いてる? 変なこと考えてない?」
変に聡い冬の女王にはレオの考えなど筒抜けのようでした。
春の女王はひどく面倒そうな顔をしつつ、レオにもわかるように説明をしました。
「私たちはひとつの体を共有しているの。でも、まったく別々の人格よ。ひとりだけど4人なの」
つまり、女王は本当はたったひとりなのに、季節ごとの性格が全く違うが故に、勝手に皆から4姉妹だと思われていたということでした。
それならば同じ顔なのは当たり前です。
そして、ひとりの女王が起きている間、他の季節の女王は永い眠りについているような状況で、他の女王の言動を把握しているわけではないと説明されます。
じゃあ、どうして春の女王は冬の女王のことを知ることができたのか。
その疑問に、春の女王はとても迷惑そうな顔をします。
「だって、あの子が素直にならないおかげで、毎年雪がすごくて解かすの大変なんだもの」
春になって雪を解かすのは春の女王の最初の仕事です。
ここ数年毎年そんな状況で、冬の女王がおかしいことに気付きました。
そして、その理由もすぐにわかります。
なんといっても同じ体を共有する春の女王です。
ライとの付き合いだって、冬の女王と同じ年月です。
起きてすぐに会うライの態度でふたりの関係は薄々気づいていました。
「春になって喜ばない人なんて珍しいから、すぐわかっちゃうわよ」
得意気にニコニコと笑顔を向けられて、ライは居たたまれないという顔を見せました。
「会いたいのなら素直に行動すればいいのにね。本当に手間のかかる子なんだから」
春の女王は胸に手を当てて、優しい声音で言いました。
まるでそこに冬の女王が眠っているかのようです。
いや、本当にそうなのかもしれません。
精霊である季節の女王たちはやはり不思議な存在です。
「でも、ライにはそうゆうバカ真面目なところがいいのかしらね」
からかう口調で覗き込まれたライですが、意外な反応を見せます。
「そうですね」
照れるどころか、堂々と言い放った姿に春の女王は目を丸くしました。
そして、満面の笑みを浮かべます。
「ライも変わったみたい。これで次の冬は安心ね」
と、その言葉に反応したのはようやく4人女王の現実を受け止めたレオでした。
「冬よりも、来年は遅れずに春にしてくれよ。皆、本当に大変だったんだからな」
レオは春の女王ののんきな様子にどうしても文句を言わずにはいられませんでした。
けれど、人の言葉を受け止めるだけで反論を一切しなかった冬の女王とは違い、春の女王は言われっぱなしで黙っている性格ではありません。
「あら、女王様に文句を言うなんて、レオちゃんはいつからそんなに偉くなったのかしらぁ」
にこりと笑顔で小首を傾げる様子に、レオはドキッとします。
「っていうか、もう10歳なのに、まだそんな格好で駆け回っているの? 言葉遣いも、そろそろ僕っていうのは恥ずかしいんじゃないかしら?」
「そ、そんなこと・・・」
とても楽しそうな女王の様子にレオはたじろぎます。
「ああ、そうね。やっぱり周りがちゃんとしないとだめね。本名のレオナちゃんって呼んであげないと。王様にもきちんと呼ぶように言ってあげるわ」
レオはそれを聞いて涙目になります。
「僕はレオです!」
「あら、そんなことを言っても何十年後かには、王女であるあなたも私と同じ女王になるのよ? この国では直系しか王様になれないんだから」
「だから、僕は王様になりたいんであって、女王にはなりたくないんです」
「ええ~? なんで? 私と同じ女王よ? 嬉しくない?」
「嬉しくないです!」
レオ・・・改めレオナは助けを求めるようにフォーにしがみつきました。
フォーは困った様子でレオナの肩を抱きます。
こんなふうに遊ばれるから女王様嫌いになっちゃうんだよなぁ。
心の中でフォーが呟くと、勘のいい春の女王はすぐに気づきます。
「あら、フォーちゃんもいじめられたいの?」
ニコニコの笑顔で言われて、フォーは飛び上がりそうになります。
「つ、謹んで遠慮させていただきます!」
「そう? 残念ね」
割と本気そうな女王の様子に冷や汗を流します。
そして慌てて話題を変えました。
「あの、やっと春が来たんですから、すぐに王様に報告に行かなければいけないんじゃないでしょうか?」
苦肉の台詞でしたが、春の女王には思った以上に効きました。
「そうね。さすがに今回は迷惑をかけたし、私からちゃんと説明しないとね」
そうして3人はライに別れを告げて城へと急いで戻りました。
***************
王様は突然春に変わった国と、春の女王の姿、そしてその報告に心底驚いていました。
冬の女王についても、レオナとフォーから人となりを聞いて、それも驚きでした。
理由はさすがに公表できるものではありませんでしたが、国に春が訪れたことは単純に喜ばしいこととして受け止めました。
ですが。
「父上。お約束の褒美をいただきたいのですが」
レオナの言葉に渋面になります。
基本的に娘可愛さのあまり、男装や呼び名まで好きにさせるほど甘い王様ではありますが、それでも今回の褒美は迷惑をかけた民への補償の意味合いもあったため、レオナに与えるのは気が引けました。
しかし。
レオナが望んだ褒美の品と理由を聞いて、王様は二つ返事で快諾したのです。
そして、レオナはそれを持って、さっそく目的地に向かいました。
手伝いにフォーと春の女王も一緒です。
なぜなら、それは・・・。
レオナは扉を開けて中を確かめます。
確かにこの部屋だと確認すると、フォーに命じて褒美の品を窓辺に運ばせました。
そして、自分の部屋から持ってきたきれいなリボンで飾り付けをします。
色とりどりのリボンは、ほとんどがパステルカラーでしたが、一本だけ真っ青なコバルトブルーをしています。
一番目立つところにそれを結びました。
作業を終えて満足そうな顔を見て、フォーはやっぱりこういうところは女の子なんだな・・・などと、レオナが聞いたら怒りそうなことを思いました。
レオナはそんなことを思われてるとはつゆ知らず、最後に城で書いてきた手紙を中に置きます。
手紙の宛名には「冬の女王へ」の文字が。
そして、もう一度飾り付けをしたソリをひと撫でして、レオナはフォーを伴って部屋を出ました。
そう、ここは女王の住む塔の中。
そして、あの窓辺は冬の女王がいつも街を見守っている場所でした。
春の女王は部屋の前に「冬の女王以外立ち入り禁止」と張り紙をします。
「あの子の驚く顔が見れないのが残念ね」
春の女王の言葉にレオナは思わず笑ってしまいました。
***************
そして、次の冬の季節が廻ってきました。
秋の女王と交替した冬の女王はレオナからのプレゼントであるソリを使い、今度は毎日ライのもとを訪れます。
もう、冬が終わらなくなることはありません。
人が困るほどの雪が降ることもなくなりました。
レオナは冬の女王がライのところに行っている間、塔の留守番を買って出ました。
毎日、女王を見送って、かわりに窓辺で街を見る毎日です。
そして、気づきました。
ああ、冬の女王は本当にこの国のことが大好きなんだと。
毎日少しずつ変化する街。
微かに聞こえる人の声。
煙突から昇る煙も、風に雪を散らす木々の姿も。
すべてが愛おしいものに感じられます。
レオナは目を細めて、冬の女王が戻ったら今日見たものを全部教えてあげようと思うのでした。
おわり。
えーと、ギリギリなんとか冬の童話祭に間に合いました(^^;
かなり滑り込み・・・なので最後の方とか推敲足らずな感じ。
しかも、かなり長くなってしまって・・・童話なので簡単にしようと思っていたのに。
本当は冬の女王と門番の話だけにしようと思ったんですが、あまりに年齢設定が高すぎで「これってどうよ?」って思って、そして後からレオナちゃんが生まれてきました。
彼女は幼いからこその正義感満載で、自分的にはかなり冒険なキャラでした。
今まで書いたことがない雰囲気?
トラウマがない主人公って初めてかも(^^;
童話らしい文体を意識しましたが、成功しているのかも微妙・・・。
まだまだ力量不足を感じましたが、楽しんで書けましたw