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第1話

 冬が終わらない。

 王様は困り果てていました。

 この国には春夏秋冬、季節を司る4人の女王がいます。

 彼女たちが塔に代わる代わる住むことで季節が廻るのですが、なぜか今年は冬の女王が春の女王と交代しないのです。


 国民からは、このままでは秋に蓄えた食料が尽きて飢えてしまうと、陳情がひっきりなっしにあがってきます。

 臣下からも「王様、冬の女王に塔を立ち去るよう、説得して下さい」と、懇願されます。

 ですが、王様は自ら説得することに消極的でした。

 なぜなら、冬の女王とはほとんど話したことがなかったからです。


 春夏秋の女王は塔に住んではいても、自由気ままに外出をし、国民と交流を持ち、人々にも慕われ、王も親しいと言えるだけの関係を築いていました。

 3人の女王たちは塔にいる間、王が派遣した使用人たちに囲まれ、自分の季節を楽しく過ごすのです。


 しかし、冬の女王だけは人を嫌い寄せ付けず、派遣した使用人も全て塔から追い出してしまいます。

 王も戴冠した年の冬に、一度訪ねたことがあるのですが、門前払いでした。

 冬の女王はその季節に見合った冷たい女王だったのです。


 困った王様はお触れを出します。

『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。』

 これで、誰かが冬を春に変えてくれるのを待つばかり。

 臣下からも何人もの国民が塔に向かったと報告を聞き、一安心。


 と、思ったのですが。


「どういうおつもりですかっ、父上!!」

 いつもは静かな王城の執務室に、場違いな大声が響き渡ります。

「こら、静かにしなさい」

 と、いつものように諫めた王様ですが、その声には覇気がありません。

「いいえ、黙りません! なぜ、国民が困っているのに父上が率先して動かないんですか!?」

「レオ」

 王様は溜め息を吐いて見上げてくる瞳に目を合わせます。


「冬の女王は私の意見を素直に聞くような女性ではないんだ。そもそも人ではないからな」

 4人の女王は実は人ではなく精霊の王。

 不老不死の彼女らは、対外的にはこの国の王と対等な立場ということにはなっているのですが、実際は王の助言者・相談役という位置付けなのです。

 有事の際には知恵を借り、迷えば教えを乞い、間違いそうになれば道を指し示してくれる。

 しかし、それは冬の女王を除いてのことでした。


「王だからという理由では私の言うことなど聞きはしない。私が直接向かうより国民にがんばってもらう方がいいんだよ」

 幼子にもわかるように王様は言いました。


 けれど、10歳になったばかりのレオは納得がいきません。

 王様はいつもレオに国民の困りごとを解決するのが王の仕事だと言っていたからです。

 冬が長引いて皆困っているのに、自ら動こうとしない王様にレオは焦れていました。

 冬の女王が塔から出て行かないのなら追い出してしまえばいいのに。

 王様が動かない理由がレオには全くわかりません。


「父上は冬の女王と戦うのが怖いのですか?」

 それを聞いて王様は目を丸くします。

「冬の女王と戦う? ありえないことを言うな。それにお触れにも書いただろう? いなくなってしまっては困るのだ」

 確かにお触れには続きがありました。

『ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。季節を廻らせることを妨げてはならない』

「だから冬の女王と戦うことはできない。さあ、これ以上は仕事の邪魔だ。出ていきなさい」


 そうして、執務室から追い出されてしまいました。

 それでも、やっぱり納得できません。

 頬を膨らましてレオは自分の部屋に戻ろうと歩き出しました。

 下げた視線の先に、窓から漏れた光がキラキラと目に映ります。

 光に誘われるように外を見ると、一面真っ白でした。


 遠くに見える山の稜線が青い空と雪の白で区切られています。

 白がほとんどの中で微かに大きな樹木の陰影。

 城は小高い丘の上に建てられているので、眼下には雪に覆われた街が見えました。

 白に閉ざされた世界で、屋根から突き出す煙突の煙だけが人の気配を教えてくれます。

 冬がこんなに長引く前には人々の活気が城からでも感じられたのですが。

 雪のために出歩く者もおらず、白い世界はどこまでも静かでした。


 そして、人々の住む街の向こう側に、雪の中で微かに蒼く浮かび上がる塔が見えました。

 春夏秋に見る塔は、白い煉瓦の壮麗な建造物で、開放的な女王の気質を表すようにいつも窓が開け放たれ、どこか温かみを感じるのですが。

 今は美しさは変わらないものの、すべて氷で作られた建物のように冷たい印象を与えます。


 きっと、あの氷の塔のように、冬の女王は冷たいのだと、レオは思いました。

 それに皆が苦しんでいるのに春の女王と交代しないなんて、王と呼ばれるものの行動とは思えません。

『王は国民のためにある』と幼い頃から教えられていたレオには、冬の女王はすでに王ではないと思わずにはいられませんでした。


 やっぱり冬の女王をなんとしても塔から追い出すべきです。

 だから。

「父上が動かないのなら僕が冬の女王と戦います!」

 決意を口に出すと、さっそく行動を開始しました。


 しかし。

「レオ様、こんなところにいらしたんですか」

 声をかけてきたのは、レオ付きの従者の一人、フォーでした。

「また、勝手に城内を歩かれていたんですか? 居住区以外はおひとりではダメですよ」

 いつもの小言がはじまってげんなりします。

 けれど、レオはふといいことを思いつきました。

 フォーは小言は多いですが、頼みごとを断れない性格でレオのお願いは大抵のものなら聞いてくれる、人情味あふれた性格なのを知っていたからです。

「フォー、手伝ってほしいことがあるんだ」

 にっこりと笑顔を向けて、戸惑った顔のフォーを引き連れてレオは城内のとある場所に向かいました。


「レオ様、ここってもしかして」

 フォーは連れてこられた場所を見て驚きました。

 宝物庫、そこは一介の従者が足を踏み入れることを許されている場所ではありません。

 そして連れてきたレオも、王様と一緒ではなくここにくるのは初めてのことで、ドキドキしていました。

 まだ子供なので、勝手に立ち入ることはダメだと王様に言われていたのです。

 ですが、今日ばかりは言いつけを破ることを決めました。

 冬の女王と戦うためには仕方ないのです。


 戦うには武器が要ります。

 普通の剣でもいいのですが、精霊である冬の女王と戦うのに普通の剣では心もとないです。

 宝物庫には魔法を帯びた武器もあると聞いていました。


「さあ、フォー。冬の女王を倒す武器を探すぞ!」

「えええ?? レオ様、まさか本気で戦われるおつもりですか?」

「そうだ。早く探せ!」

「でも、レオ様・・・」

「もう、グダグダ言うな! 早くみんなに春を届けたいんだよ!」

 そう叫んだレオの息は真っ白でした。

 王様の住む城と言っても、暖房は限られています。

 人の立ち入らない宝物庫など、ほとんど外と変わらない極寒です。

 ほっぺたを真っ赤に染めて真剣な眼差しを向ける姿に、フォーは承諾の溜息を吐きました。

「わかりました。一緒に探しましょう」

 こうして、レオと従者のフォーとのふたりだけの冬の女王討伐作戦は始まったのです。


「そういえばレオ様、塔にはどうやって行くおつもりですか? 積もりに積もった雪で、塔に入ることすらままならないという話ですが」

「え」

 レオは知りませんでしたが、冬の女王以外の者がいない塔ですから、人の出入りも全くありません。

 誰も雪かきをしないのですから当たり前。

 塔の入り口にすら雪の壁が立ちはだかっていたのです。

 なので、実はお触れを聞いて塔に向かった人々も、まだただの一人も冬の女王にたどり着いた者はいませんでした。


 レオはそれを聞いて、しばらく頭を悩ませた後。

 いい物があるのを思い出しました。

 それはちょうどこの宝物庫の中にあります。

 武器となりそうな魔法のかかった剣も見つけました。

 そして、レオはフォーと一緒に冬の女王を倒すために城を飛び出したのです。


「ええと、レオ様? どちらに向かわれるんですか?」

 フォーは魔法剣を重そうに引きずるレオの後をついていきながら問いかけました。

 その背中には、宝物庫からレオに運ぶように言われた、なにやら嵩の浅い箱のような物があります。

 すぐに塔に向かうのだとフォーは思っていたのですが、なぜかレオは目の前の街を抜ければすぐの塔の方向には向かわず、城の外壁にそって左手に回って歩いていきます。


 レオは振り向いて得意げな笑顔をフォーに向けました。

「普通に塔に向かっても雪の壁で入れないんだろ? だったら雪の上をいけばいいんだよ」

「雪の上・・・ですか?」

 フォーには意味がわかりません。

「行けばわかるよ」

 そう言うレオの後ろをフォーはついていくしかありませんでした。


「うん、この辺りでいいな」

 レオが立ち止まります。

 そこは城のある丘からなだらかな斜面が続いている場所でした。

 斜面の先は街からも外れ、本来なら隣の街へと続く街道が横切っている場所ですが、今は雪に覆われて見えません。


 レオはフォーに運ばせていた薄っぺらい木の箱のようなものを足元に置くように命じます。

 それは、どうみても木の箱にしか見えませんでしたが、仮にも宝物庫に保管されていた品ですので、なにか価値のあるものだと思い、フォーは地べたに置くのを躊躇するのですが。

「なにをしているんだ? 早く置け」

 レオにせっつかれて、しぶしぶ足元に置きました。


 すると、レオは木箱の一部底が曲線になっている方を斜面の方に向けると箱の中に入ります。

 箱の角には馬の手綱のようにロープが渡されていて、レオはそれを握って中に座り込みました。

「ええと、レオ様?」

「何をしている。フォーも早く乗れ」

 フォーには意味がわかりませんでしたが、これはどうやら乗り物のようでした。

 そして、馬の手綱のようなものを見て、なんとなく想像がつきました。


 斜面を見ると思った以上に傾斜があります。

 躊躇っていると、焦れたレオが声をあげます。

「乗らないのなら、ここからは僕ひとりで行く」

 レオが斜面の先を見据えて言いました。

 フォーは慌てて乗り込みます。

 そのまま行ってしまいそうな雰囲気に焦ったのです。


 レオの正義感と行動力が人一倍あることを、フォーは良く知っていました。

 宝物庫でレオを止めなかったのは、反対しても、きっとレオはひとりで飛び出して行ってしまうと思ったからでした。

 ひとりで無茶をされるくらいなら、自分が一緒にいる方がまだましだろうと思ってここまで付いてきたというのに、こんなところで置いてけぼりにされるわけにはいきません。


「うっわ!?」

 しかし、フォーが乗り込んだ勢いで、木の箱が斜面を滑り出してしまいました。

 わーっと、思わず悲鳴を上げるふたりでしたが、レオはすぐに我に返って手綱のようなロープを引きます。

「大丈夫だ、このソリは魔法がかかっていて、ロープを持っている人間の思うままに進んでくれるんだ」

 確かにレオが馬の手綱の要領で引っ張ると、ソリの勢いが緩やかになりました。


 フォーは少しホッとして、ソリの縁を掴んで体勢を立てなおします。

「ソリっていうんですね、これ。そういうことは、はじめに教えておいてくださいよ」

 怖い思いをしたので、思わず愚痴が出てしまいます。

 レオはさすがに反省したようで、それについては文句を言いませんでした。


「でも、乗ったのは初めてなんだよな。父上から使い方は聞いていたけど」

「え」

 フォーはまた不安が湧いてきました。

 今はとりあえず斜面を滑っている途中で、確かにレオが行きたい方向へ進んでいるようです。

 街道のあった場所を超え、その勢いのまま、女王の塔に向かっていきます。

 木にぶつかりそうになることもないですし、このままいけば問題なく塔にはたどり着けそうだと思いました。


 ですが。


「・・・あのう、レオ様」

「なんだ?」

「このまま塔についたとして、このソリはどうやって止まるんでしょうか?」

「それは、このロープを引けば・・・」

 しかし、先程と同じように引きましたが、速度が緩やかになるだけで止まる気配がありません。


 フォーはやっぱりと思って冷や汗が流れました。

 さっきレオが思いっきり引っ張ったのに少し遅くなった程度だったのですから、きっとロープを引っ張っただけでは止まれないのだと思ったのです。


「レオ様、王様からほかに止まる装置があるとかいうお話はお聞きしていませんか?」

 レオも慌てて先ほどからあっちこっちロープを引いてみますが、やっぱり速度はあまり変わらずソリが左右に揺れるだけでした。

「ええと、そういえば・・・」

 レオはしかめっ面になって、王様にこのソリの話を聞いたときのことを思い出そうとしますが、目の前に近づいてくる塔に焦ってしまって良く思い出せません。


「レオ様、足元に何かあります!」

 フォーがレオの足元に、いかにも踏んでくれというようなでっぱりが三つあるのを見つけました。

 なんとなくどれかが停止装置な気がしますが、三つもあります。

「どれだ?」

 レオは焦ります。

 もう塔は目の前でした。


 避けることは可能ですが、右に逸れると街、左に逸れると木々がうっそうと茂った森に突っ込むことになります。

 どちらにしても絶体絶命でした。


 悩んでいるうちに塔の壁が迫ってきます。

 すでに横に逸れるだけの余裕もなくなりました。

「フォー、しっかり掴まっていろよ!」

 レオはもう迷っている時間はないと三つのうち真ん中のでっぱりを足で思いっきり踏みつけました。


 すると。


 ぽんっと勢いよくソリが跳ねました。

 その勢いはすごくて、なんと目の前の塔を飛び越えるほどでした。

 レオは驚いてロープから手を離してしまい、空中に放り出されます。


「レオ様!!」

 フォーの悲鳴のような声が響き渡りました。

 言いつけを守ってしっかりソリの縁を握っていた手を放して、レオに手を伸ばします。

 フォーはレオを空中でなんとか掴むことに成功しました。

 けれど、魔法のかかったソリから手を放してしまった二人は。

 重力のまま下に落ちていきます。

 落ちていく勢いに、レオは恐怖のあまり気を失ってしまいました。



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