ある休日
【わたせか世界】
彩藤叶湖:ヒロイン
彩藤和樹:叶湖の兄
叶湖の2番目の兄、和樹は、10人の女とすれ違えば、8人が目をひかれ、5人は振り返ってその後ろ姿まで目に納めようとするような、整った顔立ちをしている。
さらに、スポーツで鍛えられた健全な肉体に、国立大の医学部にも入れただろうと惜しまれる頭脳、幼いころから感情を読むのに苦労した叶湖によって培われた人心把握の技術を加えれば、これでモテないハズがない。
その証拠に、中学生で女の気配を身にまとい出し、高校時代には女が途切れることがなかった。と、いうか、常に2人以上の女が居たとみて間違いない。
大学に入れば落ち着くかと思えば、あまりその様子もなく、派手に遊んではいないが、1人に絞ることもなく、手慰みのように女を側においている。
と、いうのは叶湖が特に意思を持って調べようとせずとも、自分の身の回りを最低限把握しておこうとして耳に入ってくる情報であるので、真実は叶湖の知る以上かもしれない。
とはいえ、そんな和樹の女性関係について、叶湖は特に思うところもなかったし、数多の女たちに関して、興味を持たねばならぬほど、の関係を、自分とは今後一切持つことはないだろうとも思っていた。今日までは。
「あ」
声を漏らしたのは和樹が始めだった。
ちょうど叶湖の欲しかった古書が、近くの古めかしい古書店に入った情報を手にしたので、それを買いに出かけていた。
普段ならば、気付いた段階で、知らぬ顔をして少し離れて通り過ぎるところであるが、そうはいかなかったのは、2人の距離が近づきすぎたためである。
確実に、バシッと目があった。
それでも、1瞬の沈黙の後に、叶湖は無視をして横を通りすぎようとし、和樹は思わず声を漏らした。
3人の女を侍らせた和樹が、まぬけに口を開いて叶湖を見つめている。確かに、しばらく実家には帰っていないが、それほど珍しい顔でもあるまいに。叶湖は内心で溜息をついて、とはいえ逃げ切れないと悟って和樹を振り返った。
「お久しぶりです、和樹さん」
「おぉ。……叶湖は、買い物、か?」
「えぇ、見ての通り。……和樹さんは、グループ交際ですか?」
叶湖が首をかしげて問うてみれば、和樹は声を詰まらして首を振った。
「人聞きの悪い!」
「……今はともかく、過去のアナタは相当タチが悪かったと思っていますが。それで……ほぼ、呼びとめられたに近い形ですが、何か用事でもありました?」
用がなければすぐにでも立ち去りたい、という願望を隠しもせず……否、他の人間には伝わっていないだろうが、そこが分かるのが兄2人の訓練のたまものである。
「否、お前、最近、まともに連絡も寄越さないだろう? たまには家に来いよ」
「お家にお邪魔したところで、アナタは女性と遊び歩いていて、なかなか家に居ないじゃありませんか」
叶湖が面白いことを言われたように笑う。
「いや、お前が連絡いれりゃ、ちゃんと家に居るに決まってんだろ!」
女性関係をごまかしたい焦りもあるのか、和樹の語尾が強まる。それをどう勘違いしたのか、周りの女たちが騒ぎ始めた。
「ねぇ、和樹。この子誰?」
「年下……かなぁ? 大人っぽい子だけど。和樹、年下も好きだったっけ?」
「いや、コイツは……!」
そこで、何を誤解されているのか悟った和樹が声をあげる。叶湖は高校1年ではあるが、落ち着いた物腰と、落ち着いた色合いや形の服装を好むのもあって、本来の年齢よりも上に見られがちである。
その上、和樹と叶湖は半分しか血がつながっておらず、容姿から伺える血のつながりを表すものは、ほとんどといってない。
要するに、和樹の連れている女たちは、叶湖を彼女らのうちの1人として捉えたのだろう。
「何、必死になってんの? 和樹らしくない」
「まさか、この子が本命とか言わないわよね?」
「えー。黒髪の大人しめの年下の子とか、今までとジャンル違いすぎない!?」
とはいえ、3人そろって俄然姦しくなっている女たちは、和樹の否定に耳など貸そうともしない。
「……私は和樹さんと違って、女性に囲まれて喜ぶ趣味ってないんですよねぇ」
「いや、オレもそういう趣味があるわけじゃねぇけど」
「そうなんですか?」
叶湖が3人の女と和樹の顔を交互に見つめて不思議そうに呟く。
「なににしろ。私はそろそろ行きますね」
そもそも用事もなかったし、目当ての古書も手に入っていない。叶湖は先を急ごう、と和樹に告げて振り返ったところで、呼びとめられた。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「本命か何かしらないけど、ちょっと余裕すぎない?」
「頭にくるんですけど!」
「……そうは言われても、私、アナタたちに何かしたわけじゃありませんから」
冷静に反応を返した叶湖に、他の3人が目をつりあげる。
「なんなのよ、アンタ。気持ち悪い!」
「和樹、なんでこんな子と仲いいの?」
「ちょっとこっち来なさいよ」
叶湖の態度に逆上したのか、1人の女が手を伸ばした。
パシン、
しかし、それは目的を達する前にはたき落とされる。
今まで彼女らには向けたことのないのだろう、冷たい視線を伴った、和樹の手によって。
「テメェ、叶湖になにしやがる」
低く唸るような声。それに驚いたように女たちが1歩下がる。
普段は女受けのいい柔らかい印象の仮面をかぶっているから知らないのだろう。和樹の本性など、生まれたときから荒く、敵に対して容赦のない性格をしている。
叶湖の兄2人は叶湖の精神の病が見つかってからというもの、それまでに輪をかけたように過保護なのだ。まぁ、一般人であれば数針縫う程度ですむ切り傷で精神がイカれて廃人になるレベルなので、それも分からなくはないが。それでも、叶湖はそんな体と数十年の付き合いであるので、もはや今さらである。
とはいえ、普段、過保護を発揮するのは長男であり、真面目一徹の直であるのだが、こと叶湖の痛みに関しては別で、和樹が兄妹喧嘩の加減を誤り叶湖を大泣きさせてからというもの、直を大きく引き離して気遣っていた。
そんな彼が、これまで目に見えて仲を違えた1番の敵は母親であり、2番目の敵は彩藤家の元使用人らである。共通点は、叶湖を厭んで気味悪いと罵ったこと。
取り巻きの女たちの態度は、母や使用人を彷彿とされ、その伸ばされた手が叶湖を傷つけるのを許すわけがない。和樹の敵意ともいうべき意識が女たちへ向いていた。
「勝手にオレを囲んでワイワイやってる分には文句を言うつもりはねぇが。オレのプライベートに口出したり、大事な人間に手ぇ出すんなら、お前ら、覚悟できてんのか?」
「和樹さん、言い過ぎですよ。そもそも、ちゃんと教えてあげないのも悪いんですから。……初めまして。私は彩藤叶湖。戸籍上、和樹さんの妹にあたります。この場では、取り入る、が正しい選択肢、でしたね? では、おげんきで」
それでも、そんな妹思いの兄に対して、叶湖が同じように家族を思う気持ちは返せない。
兄の気持ちを知らないふりをして、叶湖は和樹と、それを囲む女たちから離れて行った。
試し投稿。
時間軸としては、叶湖と黒依の仲直り前くらい。
簡易『ざまぁ』な作品。




