祭り
鬼の襲来。その報告にも村長は冷静に対処した。
勇者たちを要らぬ心配で慌てさせるわけにもいかない、と祭りで賑わっている村の片隅の庵で村長は鬼と対面した。鬼の欲求は単純なものであった。
「馳走を食ワセロ」
村長は周りの者に命令すると、料理を運ばせた。
鬼はそれを皿ごと丸のみにした。
「コレカラ俺ハココニイル。日ガ昇ッタラ落チル前ニ俺ノトコロニ来イ。モシ言ウコトヲ聞カナケレバコノ村ヲ滅ボシテヤル」
二つ返事で村長は承諾した。
リンゴ飴のような菓子を両手にした少女は相方の少女の口に片方の飴を押し付けていた。
「俺はリンゴ飴が苦手なんだって……勘弁してくれ」
「リンゴ飴って何よ。これには『アップルの飴包み』っていう立派な名前があるのよ。食べなさい」
エイリムの猛攻を防ぎながらヤマトはうんざりと顔をしかめていた。この祭り中、ヤマトは彼女に散々苦労をかけさせられた。
このリンゴ飴は元々屋台で配られていたものだ。無料で配られていたのでそれを持っていること自体は何ら問題はないのだが、行列に並ばずに取った。
屋台の主人と、リンゴ飴を心待ちに行列を構成していた人たちは、主犯のエイリムとそれを連れて謝りに来たヤマトの二人の姿を見て許してくれた。見てくれの言い少女二人が粗末な造りの服を着ていたから同情してくれたのかもしれない、とヤマトは推測していた。
そしてこれはエイリムが悪くないのだが、酔っ払いのオヤジたちが群がって来ることが多々あった。
今もまた頭から麦酒を被った半裸の男が「おじさんがそれを食べてあげよう」と酒臭い息を吐きながら近寄って来ていた。
この手の男が話し合いでは引き下がらないのを学習していたヤマトはエイリムの腕を掴むと、この祭り何度目かになる逃走をした。しばらく走ると人の群れでナンパ男の姿は見えなくなった。ヤマトはゆっくりと速度を落としていった。その時、不意に横から飛び出した棒に引っかかってヤマトは派手に転んだ。勢いのままエイリムがその上に乗っかって来た。
「痛ぁぁい」
つんのめった姿勢のままヤマトの後頭部に頭突きをしてしまったエイリムは頭を押さえて悲鳴を上げた。それからゆらゆらと立ち上がった。ヤマトはまだ悶絶していた。
「雑っ魚」
軽口を叩いて、ショータが姿を現した。脚に引っ掛けるのに使ったであろう七色の棒をくるくると回している。通りがかりの通行人が、迷惑そうにその姿を見ていた。
抗議の目を向けるエイリムと小刻みに震えるヤマトを前にしてもショータは楽しそうに笑っているだけだった。
やがてヤマトが立ち上がった。服についた砂を叩いて、口を開いた。
「あの村長の話をどう思う?」
屈辱に対する怒りはあったがそんなことはどうでもよかった。今、大事なことを彼は優先した。
「どうって、良かったじゃん。もしかしてさ、お前って現実に戻りたくないの?」
「そういうわけじゃなくて、あの村長の話を信用できるかってことだ」
ずっと考えていたことを言った。本当に大魔王を倒すという困難な道に進まずとも現実に変える方法はあるのかもしれない。が、そんな美味しい裏口があっていいのか。彼はいまいち信用できなかった。
ショータの返答は単純なものであった。
「当たり前じゃん。だって帰れるって言ってたじゃん」
疑いなどはしなかった。人は都合がいいことを信じやすいが、今のショータにはそれが顕著だった。とにかく帰りたい。そんな彼にはヤマトは騙される危険性を警告してくれる仲間ではなく、現実に帰りたがらない駄々っ子にしか見えなかった。
「どうせあれだろ。エイリムが懐いて来たから帰りたくないとかそんな理由だろ? お前って女子と付き合うこととか無理そうだもんな」
特に悪意があったわけではない。軽い気持ちで言っただけであった。
だからショータは気がつかなかった。ヤマトの横でエイリムがうなだれたこと、を。
「言いやがったな、このヤロー」
失笑だけ残してヤマトは去っていった。しっかりと落ち込むエイリムを抱えていた。
ショータはそれを見ながら思った。やはり自分の言うことは正しかったのだ、と。
村の中はどこも賑やかった。だから人気がないところに行くには外に出るしかなった。
「私のせいで酷いことを言われたのよね」
「関係ない。ショータみたいな奴は嚙みつくところがあったらどうでもいいことでも結びつけてくるんだ。上手く流してやればいい」
そうね、とエイリムは気を取り直した。そしてまだ手にしていたりんご飴をヤマトの手に押し付けた。どさくさに紛れて転んだ際に土がついた方をヤマトに渡していたが、ヤマトは何も言わずに受け取った。
「少し気を張りすぎてないか?」
「そう?」エイリムは首を傾げた。「そうかも」
二人は笑いあった。
「鬼は来るし、独りになっちゃうし、ゾンビに襲われるし、せっかく助けてもらったと思ったら今度は異世界の魔法使いだから元の世界に戻っちゃうだなんてメチャクチャよ」
笑い声だったがどこか寂しそうでもあった。
全て四日以内の出来事である。彼女の気苦労は知れない。だからこそ嬉しかった。まだ知り合って間もないこの人物が自分を大切に扱ってくれたことが。
「私なんかに気を使ってくれてありがとう」
小さな声でそう言った。卑屈に聞こえるだろうから言ってはいけない言葉だが自然に出てしまった。
幸い、聞く側の本人はこのりんご飴をどこに捨てようか思案していたので聞き取れなかった。
「なんか言った?」
「秘密よ。先に村に戻っているわ。ここで馴染んでおかないと後の生活が大変そう」
走っていくエイリムをヤマトは見届けた彼はもうしばらく外にいようと思った。中にいてはうるさくて考えることができない。静かな外がよかった。
そう思案して散歩していると、あの庵は見つかった。