バスバス村
仕立てのいい服職人であった彼女の父はその商才によって築いた財力と、その性格から得た人望で町長の座に立った。
彼の素晴らしい統治もあり、争いごとも少ないのどかな町だったのだがある日、鬼がやって来たことでおかしくなった。
最初に鬼はご馳走を要求してきた。争いを好まぬ町長はお抱えのシェフに料理を作らせた。鬼は皿ごとそれを平らげた。
次に鬼は財宝を要求してきた。町長は自宅から金の冠を持ってきて渡した。鬼はそれも腹に入れた。
さらに鬼は馬を要求してきた。町長は馬屋から愛馬を連れてきた。鬼はそれを丸呑みにした。
鬼の要求は日に日にエスカレートしていき、遂には人間の子供が欲しいと言い出した。無茶な要求にも耐えてきた町長はこれだけは受け入れることが出来なかった。自分の娘はもちろん、町民の子供も鬼に渡すわけにはいかない。そうすればきっと鬼は食い殺してしまうだろう。町長は鬼に町から出て行くように頼み込んだ。
鬼は激怒して町を出る前に、町長へ呪いの言葉を吐き出した。この町を滅ぼしてお前の娘を最後に殺してやる、と。
その日の暮れ、ゾンビの大群が町を襲撃して町民たちを皆殺しにした。呪いの通り町長の娘を残して。
阿鼻叫喚が響き渡る地獄絵図の中、町長は鬼が吐いた呪いの言葉を思い出し、娘が優先的に狙われることはないだろうと確信した。しかし無一文で他の町へ逃がしたところでその人生は悲惨へ一直線。彼はせめてと高級カーテンを引きちぎりそれを娘の腰に巻いた。そして逃げるように命令した。
家族や友人を奪われた少女はただ駆け抜けた。どこを見てもゾンビが人を喰らっている光景があった。それが何よりも怖くて泣きながら走りに走った。気が付いたときには町から出ていた。
娘は昔行ったことのある村に匿ってもらおうと決意した。そしてそこでカーテン生地を売って手に入れた金銭を元手に、かつての父のように服屋を開こうと考えた。
今は村へ行くその道中、とのことだった。
「おい。俺の服を盗んだ理由は? どこにもそんな必要性がないだろ」
「慣れていない林道は険しくて、見ての通り私の服はご覧の有様。そんなときに誰も着ていない服があったから少し貰おうと思って」
「えげつねえな」
ヤマトは率直な感想を言った。少女が話した過去と彼女の常識のなさに。
「お前がどういう思いをしてきたかは分かった。しかしそれならよく分からないね。なんでその透け透けカーテンを俺にくれようとした?」
「命の恩人だからじゃダメ?」
即答だった。ヤマトは頷いた。
「ダメだ。そんなのなくなったらもう生活していけないだろ。助かった命なんだ。もっと大事にしろよ」
少女は黙りこくってしまった。
ヤマトは背伸びをして体をほぐすと、仲間のところへ帰ろうと東へ体を向けた。
「待って! どこに行くの!?」
慌てて少女はヤマトへ抱きついた。ヤマトは不意打ちに驚いて、心臓を大きく波立たさせた。
「どこって……俺の仲間たちのところに」
「一人にしないで……」
密着した体の震えは直接感じられた。こうなってしまっては彼に彼女を引き離すという選択肢は存在しなかった。
「俺はヤマト。お前は?」
「私? 私は……」少女は目を丸くした。それから意味を理解して微笑んだ。「私はエイリム・リーン。エイリムって呼んで」
「ならエイリム」ヤマトは泥塗れの少女の顔を拭った。「お前も俺についてこいよ。それで俺が裸の事情を説明してくれよ」
エイリムは何度も頷いた。
「変態野郎!」
仲間たちの元へ戻って言われた第一声がそれであった。当然のように発言者はショータである。ヤマトは殴り倒したいという衝動を抑えて弁解をした。一緒に来たエイリムがその裏付けを話した。
「ふーん。まあ、なんでもいいけどさ。お前さ、しばらくその格好でいるつもりなの?」
ショータは言い訳を適当に流して追及を始めた。するとその横合いからベルが口を出した。
「服なら作れるよ」
ベルはメニュー画面から着々と蓄えてきた木ブロックを引き出して合成させた。すると粗末な服が出来上がった。ベルはそれを掴んでヤマトに放り投げた。
「ズボンも作ってくれないか?」
「待ってて」
ベルが作った服をヤマトは着た。サイズが大きめなことと衣擦れで痛みが走ること以外は文句なしの服だった。エイリムはそれをまじまじと見て、ぺたぺたと触りながら感嘆した。
「凄いわね。もしかして魔法使い?」
いやいや、とベルは手を振った。プレイヤーなら誰もできることであってそんなに驚くことでもない、と。それから服をもう一着作った。汚れた服を纏っているエイリムへの配慮であった。
歓喜の声を上げながらエイリムは服を受け取った。それから困ったように周囲を見回した。着替える場所を探していた。なのでベルはこの泥だらけの少女を、ワンルーム分しかなく現在増築を検討している土の家に連れて行った。
「珍しい家ね。まさか貴方たち四人で作ったの?」
「まあね。人数が少ないせいと初心者だったせいで一日がかりだったけど」
「たったそれだけ? やっぱり魔法使い!?」
いやいや、と腕を振りながらベルはエイリムを家に押し込んだ。やがて着替えたエイリムが家から出てきた。いざ着てみると、服職人の娘としていろいろと気にくわない部分もあったがそれは黙っていた。
ベルは今度は水ブロックを取り出した。そのブロックは本来液体であるにも関わらず、掌の上で正方形を保っていた。
「どうしたの、それ!?」
「これは北の方に丁度いい泉があったからそこから取って来たんだ」
「そうじゃなくて」エイリムは両手で頭を支えた。「んもう! 魔法使いの常識は分からないわね」
さも自分は常識人だというような少女へ水ブロックを渡すと、ベルはブロック化解除の宣言をした。水ブロックが液体に戻る。そしてその衝撃で破裂した。
水しぶきが治まったときにはそこには全身ぐしょ濡れのエイリムと足元にできた水たまりだけがあった。
「最低」
「ごめん。こんなに威力があるとは予想外だった」
メガネについた水滴を拭き取りながら彼は頭を下げた。
エイリムが着替えから戻った時、待っていた三人は唾を飲み込んだ。
「誰だお前?」
「失礼ね。ヤマトは私のことを忘れたの?」
声を聞いて三人はやっと目の前の美少女が誰だかを理解した。
「嘘だろ」
ショータは呟いた。さっきまでのエイリムは泥をひっつけて歩くだけの不潔な女でしかなかった。今は違う。純白の肌が印象的な顔は芸術と言っても過言ではないほど神々しく見えた。生気に満ち、ほんのりと赤い頬と濃い紅色の唇がなければ世に言う天使ではないかと錯覚したかもしれない。
横だけが長く伸ばした青髪を揺らしながらエイリムは歩き出した。茶色い瞳はヤマトだけを捕らえてる。
「どう?」
「かなり綺麗になったな。顔を洗ったのは何日ぶりだ?」
「ええっとぉ〜、三日ぶりね」
ヤマトは吹き出した。
「しょ、しょうがないでしょ! あんな転びやすいところ歩いたことがないんだから! ちょっと、何笑ってんのよ!」
その後、腹を抱えて起き上がれなくなったヤマトが調子を取り戻し、気分を害したエイリムが平静になるまでしばらく周りは尽力しなくてはならなかった。
場が収まった頃、彼らはそれぞれの収穫を話し合っていた。ベルは北の地理とそこで手に入れられるブロックのことを。ショータは南で見つけた不思議なアイテムを。ヤマトはエイリムの悲惨な話を。タクは西には村があったという発見を。
「まぁ、つまり、そういうことだ」話をまとめ始めたのはショータである。「俺たちもエイリムもバスバス村に用事がある」
一同同時に頷いた。
彼らは日が暮れる前に荷物を整えた。そしてやがてやって来た迎えと共にバスバス村へ出発した。