初期地点から南へ
現実世界に帰れなくなって最大の被害者は己であると彼は思っていた。面と向かっては言わなかったが正直、他の三人とは違って自分は一刻も早く現実に戻るべき人間だと信じていた。
仲間たちと別れた後、南の森へ入ったショータは石を投げて遊んでいた。ゲームの攻略なんてものは放っておいてもベルやタクが進ませるだろう。それよりも今、彼に必要なのは球を投げる感覚を失わないことだった。
彼は莫大な努力を部活に注げて来た。そして下らないことしか言わない大人を退けて、気が合う友人たちを増やしてきた。これからも充実した日々が続くはずだった。来週にはみんなで中学最後の野球試合をするはずだった。
「それなのによぉ!」ショータは怒鳴りながら石をぶん投げた。コントロールの効かない石はどこか遠くに飛んでいった。「あんな奴らのせいで!」
ふざけ半分で誘いに乗った彼も彼なのだが、そんなことショータにはどうでもよかった。自分の栄光に影が差したのは全てベルたちのせいだと逆恨みも入った怒りを増幅させていた。
ピンピロリン、とどこかからレベルアップを伝える電子音が流れてきた。メニュー画面を開くとレベルが一から二になっている。
「こんなもんでもレベルが上がるなんてよ。ちゃっちい世界だなぁ!!」
咆哮はあまり轟かなかった。ショータは不貞腐れて横になった。
「痛っ!」
すぐに跳ね起きた。地面には尖った枝が落ちていた。ショータはそれを蹴り上げた。
この森は安眠するのには適していなかった。あらゆるところから枝や石が突き出している。一方、最初にいた平原なら昼寝にピッタシだった。しかし平原はちょうど中央にある。仲間たちのうちの誰かが安眠中に帰ってきたら小うるさいことになるだろう。
しょうがないのでショータは森の中で昼寝場を探さなくてはならなかった。
培ってきた体力には自信があったがこの世界に彼が持ち込めたものはその精神ぐらいのものである。すぐにばててしまった。ショータが膝を押さえて息を荒げていると彼の視界に不思議なものが映った。
大きな山の断崖絶壁にぶら下がる金色の宝箱である。
「レアアイテム?」
彼は頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出した。それから息を整えると、眠かったのも忘れてそこまで進んでいった。かなり遠くにあったがショータは憑かれたように歩み続けた。そして宝箱の真下へ辿り着いた。
ショータは地面から手ごろな丸石を手に取って投げつけた。宝箱にはなんとか届いた。しかし勢いをなくした投石の威力などたかが知れたもので宝箱は揺れもしなかった。
ふとショータの脳裏にスキルの存在が蘇った。
ショータはまた丸石を拾うと振りかぶった投げた。今度はスキルの使用を念じていた。すると石に押し上げられるように宝箱ははじけ飛んだ。宝箱の中身が下に落ちる。それをショータはキャッチした。
かなりの高さだったにもかかわらず、分厚い袋に守られた中身には傷一つなかった。ショータは袋を逆さにすると水晶球のようなものがゴロゴロと地面に転がり出た。透明の球の中には色味が勝った煙が渦巻いていて、宇宙を濃縮したような雰囲気を醸し出していた。色はそれぞれ赤、橙、黄、緑、青、藍、紫である。
その中の一つを拾っで覗き込んだショータは何を考えたのか不用心に歩き出した。そして転んだ。
その場には杖にするには都合のよい大きな木の枝があった。不幸にもショータは球を柔らかい土ではなく、硬い木の枝へ勢いそのままで叩きつけてしまった。球は砕け散った。
ショータはあまりの失敗に身を固くした。そして怒りのあまりその大枝を掴むと、地面に力一杯叩きつけた。すると火炎渦が舞い上がった。
目を丸くしたショータはもう一度叩きつけてみた。今度は火の粉が噴き出した。
ほうほう、と喜悦の声を漏らしたショータは大きな枝を地面に突き刺した。そしてそれに目がけて残りの球を全て投げつけた。たちまち七色の属性をもった魔法の杖が出来上がった。
ショータはバットのように魔法の杖を担ぐと、満足して平原に立つ土の家に帰った。