初期地点から東へ
マジックポイント略してMP。プレイヤーが魔法を使えないこのゲームではスキルを使うときのみ使用する。マジックポイントは自然回復する上に、使い続けると最大値の上限が増えて行く。なのでいざという時に使えなくなるというデメリットを除いておけば、頻繁に使用するほうが効率はいいのである。
タクもこの理論に沿って宙に浮いていた。高いところから見るほうが見える距離は広がる。何よりも歩かなくていいので疲れにくいのである。
どれほど移動したのか。下の光景は木々で緑一色である。最初に降り立ち、土の家を建てたあの平原も今は遥か遠くに見えた。そして日は沈み、二度目となる夜の登場を告げていた。
ふと浮遊感がなくなり、タクは地面に叩きつけられた。確認するまでもなくマジックポイントの底は尽きていた。彼はまた溜まりきるまで徒歩で進まなくてはならない憂鬱を思い出し、巨きな体に見合う大きな溜息をついた。
そんな時どこかから声が聞こえた。声に導かれて進むと、子供達が遊んでいたのが見えた。
子供達がいるのなら近くに町があるかもしれない、と考えたタクは子供達に近寄って行った。子供達はタクを見るなり泣いて逃げた。タクはそれを追いかけた。
逃げている子供達の中で少女が一人転んだ。タクはその娘にターゲットを絞り、ついに追いついた。走った疲労で息が荒かった。
「ゼェゼェ、あ、あのぉ、ゴホゴホ、ここら辺にぃ、ゼェゼェ」
少女は悲鳴を上げた。あまりの高音に耳がつん裂かれそうになる。
「落ち着い、ゴホォ、静かにしようか」
息は整わなかった。そこに子供達の悲鳴を聞いた大人達が到着した。
「何やってんだ!」
「不審者よ」
「捕まえろ!」
大人達に包囲されたタクを大振りに手を振りながら言い訳を考えた。
「待ってください! 私は、ケホッ、怪しいものじゃありませぇん!」
信用はされなかった。大人達には、汗だくで荒い息を吐いた大男が少女を襲おうとしているようにしか見えなかったのだ。タクは捕まった。そして荒縄で縛られたまま念願の村の中に引き込まれていった。
タクは暗い牢獄の中に閉じ込められた。筋骨隆々にモデリングしたことが災いし、体のあらゆるところに鉄枷を嵌められた。
さらに不幸なことがあった。
「きっとこいつは盗賊の仲間だな。子供を人質にして俺たちを脅そうとしたんだ」
この村は偶然、村の近くに来た盗賊団と揉めていた。すでに何度か衝突をして双方に死傷者を出している。村人たちは露出が多い奇抜な服装とそのたくましい肉体からタクを盗賊団の一員だと認識した。
村長はタクを見るなり死刑にするべきだと断じた。子供たちは牢獄と下界を繋ぐ隙間から石を投げてきた。
翌日、両手の自由が効かないタクはメニューを開いて仲間に救援を依頼することもできず、絞首台の上に立たされていた。
「話を聞いてください! 俺は悪い人じゃありません!」
見かけがどんなに勇ましかろうとも精神はまだ中学も卒業してもないような子供でしかない。タクは涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら必死に抗議した。しかし村人たちは誰もまともに相手しようとはしなかった。ただただ罵声を罪人へ浴びせていた。
死刑執行官を任された村人がタクに首に縄をかけて、台から蹴り落とした。タクの巨体が宙を舞った。そしてそのまま止まった。
絞殺刑を見物に来ていた村人たちは何が起きたのか分からないようだった。執行官に至っては首を傾げた後に縄を引っ張ったりしていた。
それでもタクは宙に浮いていた。彼はスキル:浮遊を使っていた。
タクにとって幸運なことが二つあった。まずは何度も上限ギリギリまで使っていたのでマジックポイントの上限が大幅に増えたこと。そして牢獄に閉じ込められて動くことはなかったのでマジックポイントはその上限まで回復したこと。おかげでタクは首を折られることを回避した。
「な、な、なんとぉぉ!!」
村長は立ち上がった。そしてその衝撃でぎっくり腰になった。腰に手を当てながら村長は喘ぐように再び、なんとぉ、と言った。
「まさかあの方以外にこのようなことをできるものがいようとは……」
「村長、どうしましょう?」
側近の言葉にも耳を貸さずに村長はしばらく独り言を溢していたが、やがて側近を見ると命令を下した。
「縄を解いてやれ」
「しかし奴には盗賊の容疑が」
食い下がる側近に村長は首を振る。
「彼は違ったよ。私が保証しよう」
タクのマジックポイントの底が尽きようとしたとき、執行官が村長の命を受けて首の縄を解いた。ふと集中力が途切れたタクはそのまま頭から落下した。ダメージはない。
「失礼した。話を聞こう」
側近に支えられながら村長はタクに近寄って来た。
「やっと分かってくれたんですか!?」タクは激怒した。「あんなに悪い人じゃないって言ったのに!!」
「すまなかった」
村長は頭を下げた。そこでやっとタクは冷静になり周りを見渡す余裕ができた。村人たちは何がなんだかわからずざわついている。中には未だに死刑を望む声まである。
「どうして急に私への処刑を中断してくれたのでしょうか?」
調子を取り戻したおかげで話し方も元に戻った。村長はそこが少し気になったが気にしないように努めて会話した。
「お前さんが盗賊の仲間ではないと分かったからだ」
「それを嬉しいのですが、どうして?」
「飛んでいた」
はぁ、とタクは相槌を打ったが納得はしていなかった。それを分かっているように村長は話を続けた。
「この村の守護神にハーピーというものがいる。半人半鳥の魔物で本来は人間を襲うのだが、この村には怪鳥の笛というものがあってそれがある限り我々を襲うことはないのだ。しかしつい一月前のことだが、とある盗賊団がそれを欲してこの村を襲ってきた。なんとかその度に撃退しているからまだ奴らに盗られてはないがな」
どうして笛を、という疑問がタクの頭に浮かんだ。それを口に出す前に村長は答えた。
「奴らは勘違いをしておるのだ。怪鳥の笛さえあればハーピーを操れる、と。奴らはここから南の大山にある秘宝を狙っているのだが、それは断崖絶壁にぶら下がっているため手に入れるには空を飛ぶしか方法はない。あの盗賊どもの計画では怪鳥の笛を使えばうまくいくことになっておるのだろう。実際にはあの笛にそんな効能などないのだが」
「そういうことか」ようやくタクにも合点がいった。「元から宙に上がることができる私がいるのなら笛を手に入れる必要がない。つまり私は盗賊団とは関係がない」
「うむ。しかし見かけで判断をして危うく殺すところだった。全ての否は我々にある。望むのなら金も出そう」
村長は改めて謝罪をした。
本音を言えばそれだけでは済ませたくなかった。ベルならばそれ相応のものを要求しただろう。ショータならば難癖をつけてでも相手に報いを受けさせただろう。しかし彼は小心者だった。事情を未だ把握しきれずに村人達が敵意を丸出しにしたこのような場所からは一刻も早く抜け出したかった。それゆえにタクは僅かばかりの金銭を受け取ることで承った。
しかし村長はタクを返すつもり毛頭なかった。側近の男がタクの背後に回った。
「どういうつもりでしょうか? 用は済んだでしょう」
震え声がタクの口から飛び出た。
「そうはいかんのだ」もったいぶった口調で村長は言った。「別の用がある。この村の古からの風習でな。お前さんのように不思議な力を持つものが村に立ち寄った場合、勇者としてもてなさなければないない」
「それはつまり?」
タクの声はまだ震えていた。不安になってつい顔色を伺うと村長はニコニコとしていた。後ろに振り返ると側近がニコニコとしていた。わけがわからずタクは俯いた。
「貴方をこの村で歓迎したいということです」
側近が声をかけた。それでようやくタクは理解した。この世界は所詮ゲームである。ならば村に寄ればイベントが起きるのは必須であろう。先ほどは盗賊と間違えられて処刑されそうになったが、誤解が解ければ本来あるべき処遇、つまりプレイヤーへのそれに戻るはずなのも当然である。
タクはパッと頭を上げた。
「それはありがたい。喜んでお受けしましょう。しかし二つほど問題があります。まずどうやら村人諸君の中には未だに私を盗賊と勘違いしている者もいるようです。誤解を解いていただきたい」
「時間がかかるだろうが私の責任だ。なんとかしよう」
「そしてもう一つ。私の仲間を連れてくることを許可してほしい」
それは、と老人は口ごもった。眉間にしわが寄っていた。
「心配無用。彼らもまた私と同じように不可思議な神通力をもっている」
不思議な力を持った勇者とはスキルを使用するプレイヤーのことに決まっている。それなら他の三人も自分と同じように村で歓迎されはずである。そう計算したタクには仲間を置いて自分だけ楽しもうという思考はありえなかった。
村長は胸をなでおろした。
「それならいい。ところでその仲間とやらはどこに? 迎えの者を派遣しよう」
「ここから西の地に土の家を構えています。私が案内しましょう」
村長はタクへ側近他数名を同行させることにした。
タクは村長の側近に連れられて村の外に出た。そして数人の屈強な男を従えながら誇らしげに帰路についた。早く仲間達のところへ帰りたかった。そしてこの吉報を伝えたかった。