ブロックガーデンセカンド
ブロックガーデンセカンドは呪われたゲーム、というのは近頃ネットで囁かれている噂である。その内容はゲームをプレイしたものは変死を遂げるという単調なもので、生粋のゲーマーである彼には信用のおけるものではなかった。
彼は過去様々な不吉な噂を含んだゲームをプレイしてきた。万分の一の確率で起動の際に出る死のメッセージ、エンディング途中で唐突に出るバグ文字でのみ構成された不明な名前、本物の幽霊が入ってしまったホラーゲーム。全て体験してきたが噂に聞くような事件が起きたことはなかった。
だからこそ今回も彼は好奇心半分で噂のブロックガーデンセカンドをプレイすることを決定した。そこまではいつも通りの行動だった。しかし彼はここからいつもとは違った行動を起こしてしまった。
ブロックガーデンセカンドは名が知られてない小さなゲーム会社が作ったマイナーなゲームであり、一般的なもののようにハードとソフトが別になっていなかった。ゆえに値段が張った。さらに四名のプレイヤーで同時に遊べた。そして再来週には中学を卒業して友達ともバラバラになってしまうということ。
以上三つの理由から彼はこの高価なゲームを複数人で遊ぶことを考えてしまった。
プレイヤー集めは困難を極めた。呪われたゲームになど触りたくない、と友人たちは誘いを拒絶した。賛同してくれたのは親友の肥満男と、趣味が格闘技とゲームしかない筋肉男だけであった。
それに話を横から聞いていた、あまり交流はないがたまに話す程度の仲ではある野球部を加えて彼はブロックガーデンセカンドをプレイすることにした。
約束の日、彼の家に集合した四人は適当な雑談をしながらゲームのセッティングをしていた。
「これを頭につけんのか?」
太い腕でヘルメット型コントローラーを持った少年は低い声でそう尋ねた。
「そう」
主催者である細身の彼はメガネを外しながら答えた。
「夢を見る感覚で箱庭世界を楽しめるらしいよ」
なんか怖いな、とだけ返事して少年はコントローラーを被った。野球部と親友は既に準備を終えていた。主催者の彼は周りを確認すると今度は自分の頭部を確認してからゲーム機のスイッチを入れた。
いつの間にか白一色の空間に彼はいた。仲間たちの姿は見えない。それどころか自身の姿すら見えなかった。その場に存在するのは宙に浮く黒い液晶パネルと自己の意思だけである。
パネルに赤い文字が浮かんだ。
「キャラクター編成を行います」
最初の文字は薄れて消えて行き、そしてセレクト画面というものに変わった。カラフルな文字で「頭」「身長」「声」「眼」など多数の項目が記されていた。彼は「頭」を選択しようとしたがその時、手がないことに気が付いた。
すると様々な「手」が辺りに現れた。大なり小なり、指の長さまでそれぞれが違った。選び方は簡単だった。彼がいいなと思えばその手が彼の手になった。また別の手を試したいと思ったらそれが彼の手になった。彼は万余りの手から自分のキャラクター、つまりブロックガーデンセカンドでの己の姿に合ったものを選びだした。
他の部位も同じようにして選び続け、最後にプレイヤーネームをつけて彼は完成した。
すると自分以外が全て暗転した。落下しているようで何かに引っかかっているような奇妙な感覚に襲われた。
そして気が付くと彼は平原に立っていた。
「お前は誰だ?」
声がしたほうを見るとそこには見知らぬ赤毛の男がいた。
「ベルと言います」
彼は先程付けたばかりのプレイヤーネームで自己紹介をした。すると赤毛の男は拭きだした。
「なんだよ! 鈴木じゃん!」男は腹を抑えながらやっとという様子で笑い声を絞り出す「俺はショータだ」
ショータ、とベルは反復した。彼は野球部の人物を思い出していた。赤毛の男は頷いた。
「お前さぁ、その姿本物そっくりじゃん。ゲームなんだから少し位変えとけよ。メガネまでかけちゃってるし」
「他のみんなは?」
ワックスで塗り固めたような髪型をしたイケメンの言葉は無視して、ベルは大事なことを尋ねた。
「知らね。キャラデザに時間がかかってじゃね?」
「メニューでも開くか」
ベルが胸の前で手を叩くと半透明のパネルが浮かんだ。左上のほうにプレイヤー情報と銘打たれたものがある。
「それどうやってやんの?」
「メニューを念じながら胸の前で手を叩けばいい」
「聞いてねえよ」
説明書読まなかったからだね、とだけ言ってベルはプレイヤー情報を見つめていた。そこにはベルとショータの情報が載ってある。プレイヤーネームと証明写真のような顔の下に、パーセントで示された体力値。さらに下は「正常」となっている現在の状態があった。
そしてそこに未だ来ていない二人分、すなわちプレイヤーネーム「ヤマト」と「TA☆CU」の分が増えた。
「おーい」
声がしたほうを見ると二人の人物が立っていた。一人は肌が黒い大男でスキンヘッドに銅色のバンダナを巻いていた。筋肉質でライオンのような顔だちをしているがしっかりとメニューを開いているところからベルは即座に男の正体は彼の親友であると見抜いた。
消去法で正体がわかるもう一人は銀髪を振り乱した少女で、露出が多い大男とは対照的に真っ白い肌を布で覆い隠していた。馬鹿みたいな陽気な声で呼んでいたのはこちらのほうである。
「ヤマトってデブのほうか?」
ショータが若干引き気味な顔をして現実世界での彼らを思い浮かべた。
「いや、太っている方はタク。マッチョなほうがヤマト」
ベルが訂正した。
「マッチョなんかいた?」
「家の中なのに厚着してた奴なら分かる?」
ああ、あれね、とショータは納得した。それから自分と同じくらいの背丈の少女と顔を合わせた。
「ヤマトはなんで女にしたんだ?」
「男と比べて見栄えがいいからだけど」
わざとらしく両手を挙げると、首を振ってショータは黙り込んだ。その小馬鹿にした態度に、ヤマトの表情がにこやかな顔から真顔に、真顔から険しい顔へと移り変わっていった。仲裁が必要かな、と思ったベルの代わりに二人の仲に入ったのはタクであった。
「まあまあ。同志たちが集まったことだ。無駄なイザコザは置いておいて作業を開始しよう」
「お前ってそんな話し方だっけ?」
「ここは架空世界。私もなりきっているのだよ」
ヤマトの問いにタクはそう答えた。
ブロックガーデンセカンドはまるでその世界にいるかのような操作感覚を除けば他の箱庭ゲームとそれほど大差はなかった。
プレイヤーが「ブロック」と宣言することで目の前のアイテムがブロック状に保存される仕組みとなっている。例えば土を集めたいときは、ほぐした土の山へ「ブロック」と唱えるだけで最大一立方メートルのブロック状土塊が出来る。水ならば直接宣言すればよい。枯れ木などはある程度細かくするという加工が必要となる。そうして出来た多様なブロックはアイテムボックスに収納される。
メニューの中にあるアイテムボックスは縦十六横十六のマスで構成されていて、同じ種類のブロックだと認識されれば同じマス内に複数個保有することが可能となっている。
プレイヤーは上記の特性を使い、多数のブロックを作製、保存そしてそれらを幼児用玩具のように積み上げ、くっ付け思い思いの建築をする。それがブロックガーデンセカンドの醍醐味であった。
当然、彼らもそのように遊ぶことにした。
しかしここでショータが意見を挟んだ。
「ブロックを積み上げるのはいいけどさ。ブロックの材料の土とかって素手で集めんの?」
「そこは心配しなくていいよ。『合成』がある」
ブロックガーデンセカンドでアイテムを手に入れる手段はいくつかある。ゲーム世界の住民に作ってもらう。宝箱を見つける。夜になると現れる魔物を倒す。そして合成である。
メニュー画面を開くと『合成』という項がある。合成は材料に必要なブロックさえ保有していればそれを消費してアイテムを作ることが可能である。プレイヤーたちはブロック化と合成という二つの能力を使ってクリエイティブに楽しむことができた。
小石を集めた石ブロックと小枝を集めた木ブロック、その二つを合成して作った石製シャベルとスコップを使ってひたすら穴を掘った。出てきた土は屋根や壁に再利用しようとブロックに加工した。そんな作業を延々と続けた。
まず根を上げたのはショータだった。ゲーマーでもないことが災難したのか、はたまた面倒くさがり屋の性格のせいか彼は土掘りを止め、投石で遊び始めた。
「何してんだよ」
「うるせー! 俺はお前らと違って地味じゃねーからそういうのは苦手なんだよ」
「お前は後で殴るからな」
ヤマトとショータの口論も尻目にベルとタクは作業を続けていた。
次に根を上げたのはヤマトだった。
「クソゲーじゃねえか」
ヤマトが言うのも無理はなかった。格闘ゲームやアクションゲームばかりやっていたヤマトにしてみればこのようなゲームは性に合わないものでしかない。
「己が踏み入れていない領分なのだ。その愉しみが分かるのにも時間はかかろう」
タクはたしなめた。しかしヤマトはまだ駄々をこねる。
「それに肩も凝るしさ」
「胸をデカくしたせいだろ、バーカ」
木の枝で素振りをしていたショータが後ろから罵声を浴びせた。
「なんで巨乳にしたんだ?」
「それはな……はっはっ……」
答えに窮したヤマトは沈黙した。
「笑ってごまかしてんじゃねーよ! 変態野郎」
「お前は後で殺すからな」
苦笑いの表情のままであったがその目は殺気を帯びている。ベルとタクといえば素知らぬ顔で作業をしていた。
そしてどれほど時が経ったのか、遥か高みからさんさんと日光を浴びせていた太陽は沈みかけて今はその半身を見せるだけであった。建築には日が沈むまでのほぼすべての時間を費やした。しかしかけた労力に見合わず、彼らが建てたのはワンルームサイズの土の家だけだった。
「これだけ……」
最後までやり遂げたベルは家の前でそう呟いた。横からタクが肩を叩いた。
「こんなものだ」
「そうだね」
「ところでだ」タクの声色が変わった。「そろそろ帰らなくちゃパパに叱られちゃいそうなんだけど帰っていい?」
もちろん、とベルは頷く。そして、ただ、と話に続けた。
「ブロックガーデンセカンドの一日は現実時間の一時間だからそんなに経ってないと思うよ」
「説明書を熟読したんだからそれくらい知ってるよ。それでも心配だからねぇ。帰るよ。お先に」
ウインクをしたタクは俯いて手を叩いた。そしてゲームから抜け出そうとメニュー画面を開いていた。それを背後にベルは家に入った。中では何故か最初に入ったショータとそれを注意しに入ったヤマトがまだ口論を続けていた。
「二人に質問だけどさ、タクはもうゲームを降りるみたいだけど二人はどうする?」
二つ返事でショータもタクと帰ることを選んだ。
一方ヤマトは、お前はどうするつもりだ、と尋ねた。
「俺はもう少し残るつもりだけど」
「なんで?」
馬鹿を見る目をしながらショータは口を開いた。
「もしかして噂を確かめるため? いやー、ただのゲームだったじゃん」
「まだ分かんないかもしれないしもう少しだけやってみるよ」
事件はその時起こった。ベルが口を閉じる前に家の中にタクが飛び入ってきた。
「大変だー!!」
途端に全員のメニュー画面が強制的に開かれる。「緊急」という赤い二文字が禍々しく点滅していた。
「ゲームを止めることが出来ない」
タクの消え入るような言葉を聞いた三人の顔から血の気が失せた。
「嘘だろ?」
「ゲーム機の不調か?」
「まさかずっとこのままとかありえる?」
三者三様リアクションは違うものの平静を欠いているのは共通だった。
重苦しい沈黙の中、一人の老人が家に入ってきた。
「わしは預言者。この世界の意思をお主らに伝えに来た」
不意に現れた長身の男性に四人は警戒を強めた。その様子を楽しむように長い髭をしごきながら老人はゆっくりと話し始めた。
「お主らがどのような経緯でこの世界へ来ることを望んだのかは知らぬが、それはどうでもいいことである。大事なのはお主らは条件を満たさない限りこの世界から出ることは不可能ということだ」
コホン、と老人は咳をした。そしてゆっくりと首を左右に傾けた。
「条件は二つある。一つ目は死ぬこと。しかしその場合は現実世界でも死んで戻ることになるがな。二つ目は大魔王と呼ばれる化け物を倒すこと。こちらの場合は生きて帰れることを保証しよう」
ここで老人は口を閉ざす。質問があるのなら今話せと目が言っていた。
「大魔王を倒すのにはどれくらいの時が必要でしょうか?」
ベルが尋ねた。
「お主ら次第じゃろうなぁ」
「ではもし何週間もこの世界にいた場合は現実の俺たちはどうなるんですか!?」
「そこは心配しなくてもよろしい」
老人が持っていた杖で床に円を描くと現実世界の彼らの姿が観察できた。四人ともコントローラーを被ったまま寝ていた。
そこで老人が杖を振った。すると現実の彼らは起き上がった。そしてコントローラーを外すと何事もなかったように解散した。
「これは……」
「お主達の精神がこちらにある間、体はわしらが管理しておこう。心配するな。お主らの行動パターンは把握しておる。しっかりとそれぞれにあった食事はさせるし、各自の嗜好通りの交流関係を築かせよう」
四人のプレイヤーは深く絶望した。ショータはベルを睨んでいた。
静まり返った場を見渡すと老人は踵を返した。
「さて、これでいいか」
「いや、まだだ」
「ではお主で最後にしよう」
食い下がってきたヤマトに優しい目線を向けながら老人は聞き耳を立てた。
「どうして俺たちにこんな仕打ちを? なんでこんな世界に閉じ込めるような真似をした?」
「そんなの簡単じゃよ」
老人は哄笑した。皺くちゃの顔が一層ぐちゃぐちゃに歪み、そのあまりの不気味さにヤマトは恐れをなした。
「お主らはゲーマーじゃろ? だからゲーマー冥利に尽きるよう死のゲームをやらせてやろうということじゃ! ふひひひ、ひひゃひゃひゃひゃ!」
笑い声だけを残して預言者は消えていった。やがて声も聞こえなくなる。
好奇心でゲーム始めた少年四人はこうしてこの世界で勇者となることを宿命づけられたのである。